魔法少女リリカルなのは Broken beast   作:やまあざらし

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 「ようやく、その気になってくれたんだ……」

 

 アゼルは自室のベッドに腰を下ろしながら、フェイトに送って貰った映像データを見て嬉しそうに呟いた。

 

 「それは?」

 

 珍しく、感情を顕に戦慄した笑みを押し殺したアゼルの声を聞いて、リニスはアゼルの首に腕を回して後ろから映像を覗きこむ。

 

 アゼルのデバイス、“イカロス”。ギリシャ神話に出てくる、太陽の怒りを買い地に堕とされた愚者の名を与えられた、リニスの造ったデバイスだ。

 

 そこにはバルディッシュが保存していた映像の中で、黒い甲冑を纏った少年が一太刀の元にジュエルシードの暴走体を斬り捨てていた。

 

 「んー? フェイトがジュエルシードを回収した時の映像。 見なよ、これ。 一葉が一枚噛んでやがんの。 仲いいんだね、あの二人」

 

 普段は薄ら笑顔を張り付けて感情を読ませないようにしているアゼルが、まるで新しい玩具を買ってもらった子供のように興奮した口調で言うと、リニスは少しだけムッとした。

 

 「私を抱いている時でさえそんな顔しないのに、彼のことになると本当に嬉しそうな顔をしますね。 少し妬けます」

 

 リニスはそう言うと、唇をアゼルの耳元に持っていき、ぺロリと舐めた。そして、舌先を這わせながら徐々に首筋へと移動させていく。

 

 「そう言うなって。 前は、ああ言ったけどやっぱり彼とやり合うんだったら紛い物なんかじゃなくて、本物とやりたいんだよ。 それに彼は一歩踏み出した。 きっかけを作ってくれたのはフェイトだ。 これは感謝しないといけないな」

 

 「そんなこと言って……。 彼は路肩の石に過ぎないんじゃなかったんですか?」

 

 「そうだよ。 路肩の石さ。 でもね、大義の道のど真ん中に邪魔な石があったら、当然排除しなきゃいけない。 それと同じさ」

 

 アゼルは右腕をリニスの首に絡ませ、首筋に顔をうずめていたリニスの頬を引き寄せ、軽く口づけをした。

 

 「それにね、正直に言ったら僕は楽しみでしょうがないんだよ。 彼との戦いはどんな美酒を飲むことよりも、どんな女を抱くことよりも愉しいことだった。 あの快感がまた味わえる。 そう思うだけでゾクゾクするね」

 

 「どんな女を抱くことよりも……ですか。 私の前でよくそんなことが言えますね」

 

 「あだだだだだ! 苦しい苦しい!!」

 

 リニスは、アゼルの首に巻いていた腕を強く締めた。二の腕は喉仏に入っているはずなのに、アゼルは苦しいと言いながら嬉しそうに笑っている・

 そんなアゼルを、リニスはどうしてやろうかと考えていると、不意にアゼルの手がリニスの腕にかかり、グッと力が込められたと思うと景色が反転した。

 

 「うりゃ! 反撃だ!」

 

 「え? わっ!? ちょっ……、アゼ……、きゃはっ! やめっ……っくはははははは!はっ……、あはははははははははは!」

 

 アゼルは一瞬で腕を力点にリニスをベッドに押し倒すと、布一つ纏わないリニスの腹の上に圧し掛かり、脇の下をくすぐり始めた。

 

 「やめ……っ……。 くひゅ……! はんっ、あはははははっはははは! この! 仕返しですっ!!」

 

 リニスは腹の上に感じる、布を通さないアゼルの素肌の温もりを感じながら、手を伸ばして肋骨のあたりをくすぐり始める。

 

 「ぬの!? このやろ!」

 

 アゼルの身体は筋肉に固められていて、まるでゴムタイヤに触っている感覚がした。それでも、リニスの指先の攻撃が効いているのか、アゼルはくすぐったそうに表情を緩ませながら、リニスへの攻撃をさらに強くする。

 お互い一糸纏わぬ姿で、ベッドのスプリングを軋ませながらポジションをとっかえひっかえして二人は身体をくすぐり合い、ひとしきりじゃれあった後で、ふと視線が重なった。

 

 最初とは違い、今はリニスがアゼルの腹に乗って見下ろしている。一瞬の間、天使が通り過ぎたかと思おうと、アゼルはリニスと視線を合わせたまま哀しそうな笑みを浮かべた。

 

 「ごめんな、リニス。 僕はね、今こうして君と一緒に居ることよりも、ずっと戦いに惹かれている。 僕が成し遂げようとしていることも、もしかしたら自分が戦いに赴く為の口実にしているのかもしれない。 でも……、僕はそういう生き物なんだ」

 

 鳥が空を駆けるように、魚が水の中を舞うように、自分は戦うことで生きることができる生き物なのだ。アゼルはそう言っている。

 かつて、リニスの記憶の中に居たアゼルは優しい少年だった。動物を愛し、花を慈しみ、命の尊さを知る優しい少年。プレシアがリニスとの契約を破棄し、ただ死を待つばかりのリニスに、手を差し伸べたのはアゼルだった。いつだって、自分のことよりも誰かのことを考えているようなアゼルを、リニスは誰よりも近くで見続け、そして恋に落ちた。

 使い魔を、ただの性の捌け口として扱う術者は多い。だが、アゼルはリニスを愛し、リニスもアゼルを愛していた。

 例え、アゼルが過去の人格に呑みこまれてしまったとしても、リニスの中でアゼルは変わることなどない。

 アゼルを愛した過去は、今でも未来としてリニスの中に生き続けていた。

 

 「今までさ、哀しませてきたと思う。 そして、これからも僕はリニスを悲しませると思う。 でも、もう戻れないところまで来てしまった。 それでも、リニス。 リニスは僕に付いてきてくれる?」

 

 アゼルはリニスの頬に掌を優しく触れながら、問いかけた。

 白くしなやかな指先の表皮は、硬い石のようにごつごつとしている。過酷な訓練で、デバイスを握り続けた為に手の皮が破れ、新しい皮ができる前にさらに皮を破るという行為を繰り返し続けていた為だ。

 リニスは、そんなアゼルの手が好きだった。頬に触れた手をそっと包んで、リニスは泣きそうな顔で笑った。

 

 「この身が滅びても……、それでも貴女に仕え続ける。 それが、私がアゼルと結んだ契約です。 例え世界の全てが貴方の敵になろうと……、世界に降り注ぐ光が矢となって襲いかかろうと、私はアゼルの傍に仕え続けますよ」

 

 「……ありがとう、リニス」

 

 「たーだー……」

 

 リニスは悪戯な笑みを浮かべると、手にしていたアゼルの指先に艶めかし舌を這わせ、もう一つの手をアゼルの股間伸ばす。

 

 「アゼルにはもう少し、女の身体の良さを教えてあげなければいけないようですね」

 

 「……さっきシャワーを浴びながら三回……、今、ベッドで二回やったばかりな気がするんだけど?」

 

 「若いから大丈夫でしょう?」

 

 「いや、体力と精力は確かに関係なくはないけど、実際は精巣で繁殖できる精子の数が……、む……」

 

 アゼルの言葉を塞ぐように、リニスは唇を押し付けた。そのまま閉じられた唇を舌先でこじ開け、口内を蹂躙していく。くちゅくちゅとと水っぽい音が、静かな部屋に響いた。

 

 「ん……、ちゅ。 ぷぁ……。 御託はいいから、お仕置きです」

 

 「お仕置きって……、いつも足腰が先に立たなくなるのリニス方じゃん」

 

 「む……。 今回は私が勝ちます」

 

 「はいはい、わかりましたよー。 それじゃあ……」

 

 いつもは冷静なリニスが頬を赤くしてふくれっ面で言うのを見て、アゼルは腹の上にリニスを乗せたまま行き追うよく上半身を起き上がらせた。

 

 「きゃっ!?」

 

 反動のまま、リニスはベッドに投げ出され背中にシーツの柔らかな衝撃が貫くと思ったら、アゼルの硬い掌で、両腕を抑えこまれ自由を奪われる。

 視界には、嫌らしい笑みを浮かべるアゼルの顔が眼前に広がっていた。

 

 「ご主人様に逆らおうなんていう悪い使い魔には、お仕置きが必要だね?」

 

 息が頬にかかる至近距離。不敵に口角を吊り上げ色をるアゼルを見て、自分は勝てない相手に喧嘩を売ってしまったのだとようやく自覚した。

 

 「あ……、あの……、アゼ……。 ヒャッ!? ンア!? だめ……ぇ……」

 

 そのままリニスに覆いかぶさるアゼル。その夜、リニスの激しい喘ぎ声が止むことはなかった。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 「いい加減にしなさいよ!!」

 

 いつもの朝。一葉が登校して教室に入ると、そんな怒声が突然聞こえてきてドキリとした。

 廊下にまで響く、学校特有の朝の喧騒は水を打ったかのようにシュン、と静まり返り誰もが声のした方を注視する。

 一葉もそうだ。入口に立ったまま視線を向けると、その先には憤怒の形相でなのはの机に身を乗り出しているアリサがいた。

 

 「私たちがなにを話しかけても上の空で、そんなにつまんないわけ!?」

 

 アリサを発端とした気まずい空気が教室を支配していく中、アリサの隣に立っていたすずかはどうしていいのかわからないような表情で戸惑っている。

 こうなった原因はわからないが、アリサの怒りは既に最高潮に達しているようで、沸騰したように顔を赤くしながら激情を、席に座るなのはにぶつけている。そんなアリサを、教室の誰もが遠巻きに眺めるだけで、止めようとはしなかった。

 

 もちろん、一葉もその内の一人だ。普段ならば直ぐに間に割って入るだろうが、その光景を一瞥しただけで自分の席に足を進める。一葉の席は窓際の前から三番目だ。教室の後ろ側の扉から入ってきた一葉は、教室の中央辺りの席に居る三人を迂回するように自分の席に向かうと、ふとうなじに視線を感じた。

 振り返ると、すずかがこちらを見ていた。

 困惑と懇願が入り混じったような、今にも泣き出してしまうそうな表情で一葉を見ている。だが、一葉は糸度は絡まった視線を突き放すような気持ちで逸らし、鞄を乱暴に自分の机の上に投げ置き、椅子を引いた。

 

 「緋山、緋山。 どうしたのよ、あれ?」

 

 腰を落ち着けようとしたところ、前の席に座っている坊主頭の少年が好奇心に満ちた声音で尋ねてきた。

 

 「知らない。 てか、なんで来たばっかりのオレに聞くの?」

 

 「だって、いつもあの三人とセットでいるじゃんよ。 それよりも、止めなくていいの? 高町泣きそうだぞ?」

 

 「人をマックのバリューセットみたいに言わないでよ。 目障りだったら、お前が止めに行けばいいじゃん」

 

 不機嫌を隠しもせずに吐き出すように言うと、少年を不穏な雰囲気を感じ取ったのかそのまま押し黙って前に向き直してしまった。

 触らぬ神にはなんとやら、ということだろう。一葉は、自分が今、怖い顔をしているということが自分でもなんとなくわかっていた。正直に言ってしまえば、もはやなのはたちどころか、他人に構うような余裕がなくなってきてしまっているのだ。

 

 海鳴温泉から帰ってきて二日が経過した。あの夜の森でなのはを傷つけ、そうして生じた関係の亀裂は瞬く間に蜘蛛の巣のように広がり、日常を壊していった。それは、事情を知らないアリサまでもが苛立ちを爆発させるほどのものだ。

 むしろ、一番困惑しているのは、突然一葉に付き離されたなのはよりもアリサなのかもしれない。勘のいいすずかは、なのはが消沈している理由をなんとなく察しているはずだ。

 しかし、アリサにしてみればあの朝、目を覚ましてら突然、自分を取り巻いていた人間関係が激変していたようなものだ。

 

 一葉はこの二日間、なのははもちろんすずかともアリサとも口を聞いていなかった。電話もメールも無視しているし、話しをかけられそうになったら偶然を装いながら距離を置いた。

 そんな一葉をなのはは気まずそうに、すずかは捨てられた子犬のような目つきで遠巻きに見てくる。そんな居心地の悪い視線に纏わりつかれながら、一葉は頬杖を突きながら窓の外を見上げた。

 透明な朝の太陽の光が雲一つない空に浮かんでいる。目が痛くなるほどの青空だというのに、一葉の心は曇天の空を眺めているように沈んでいる。

 

 __いつまでこうしていられるのだろう?

 

 アゼル・テスタロッサ。過去に食われ、今を失った哀れな少年。そして、一葉を待つ末路に先に辿りついてしまった悲しい少年。

 アゼルがジュエルシードを集めてなにをしようとしているのか、一葉にはわかっていた。

 同じ時代を駆け抜け、同じ戦場に立ったものだからこそわかる。あの男は、自らを縛り付けた運命というものを破壊する為に動いている。

 運命とは、運命に縋らなければ生きていけない者の為に在る。あの男は、なにもかもを振り切って、その運命の果てに行こうとしているだけなのだ。

 

 「もう好きにしなさいよ!!」

 

 一葉が思考に没頭していると、アリサのつんざく高い声が教室に響く。どんなに尋ねても、曖昧な態度しかとらないなのはに激昂したアリサが、会話を投げ出したようだった。

 だが、そんな悶着にも一葉は我関せずと振り向き見せずに空を眺めていると、突然引き裂かれるような激痛が耳に走った。

 

 「イデデデデデデデデッ!! なになになに!?」

 

 「あんたはこっち!! さっさと立ってキリキリ歩きなさい!!」

 

 アリサだった。

 故意に意識を向けないようにしていたせいで、接近にまったく気がつけなかったのだ。

 アリサは人差指と親指で、一葉の耳たぶをおもいきりつねり上げると力任せに立ちあがらせ、教室の出口へ引きずるように引っ張っていく。

 

 「取れる! 耳取れるって!!」

 

 抓まれている耳の奥の鼓膜がミシミシと音を立てる。痛みを通り越して熱い熱が広がっていく。

 一葉が引き攣るような声を上て痛みを訴えると、アリサは進める歩を緩めることなく、視線も前に向けたままドスの聞いた低い声を出した。

 

 「話しがあんのよ。 黙ってついてこい」

 

 そんなアリサの声に、一葉は冷たい台風が胸を突き抜けるような寒気に背筋を震わせ、小さく息を呑んだ。

 怒りの矛先が自分に向いた。視線を合わせようともしないアリサとの間に、深海のような不穏な空気が漂う中、一葉は耳を引っ張られながら教室の外まで連行されていく。

 廊下へ出る時、はたりとすずかと目があった。

 なのはを慰めていたのだろう。一葉が最初に見た位置と変わらない場所に立っていたのだが、一葉と視線がぶつかると、一瞬だけ逡巡して、戸惑いに濁った瞳に決意にも似た炎を宿し、アリサとすずかの後に付いてきた。

 

 また、旅館のときのように感情をぶつけられるのだろうか。見えない糸に絡め取られるようなしがらみが、今の一葉には疎ましく思えた。

 自分の中に居る獣が、なにもかもを壊してしまう前に、早く自分を見放して貰いたかった。

 

 

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