魔法少女リリカルなのは Broken beast 作:やまあざらし
悪意と怒気と見下し、そして隠された嫉妬。
遠慮もなくぶつけられる負の感情に、なのははたじろいでいた。
緊迫する空気が爆発したかのように、少女は金色の閃光となってなのはに襲いかかる。
獲物を貪る鮫のような斬撃は、桃色の障壁を削りながら何度もなのはに斬りかかる。
今はまだ、防御魔法が持ってくれているからなんとかなっているが、それも時間の問題だった。
なのはは少女が視界に迫ってくるタイミングを見計らって、足元に魔力の渦を集中させる。
__Flashu move.
レイジングハートにインストールされていた、特殊な回転をかけた移動魔法だ。
空を薙ぐ大鎌の一撃が、虚しく大気を斬る。
フェイトは、一瞬、視界の外から消えたなのはを探す為に身体を硬直させた。なのはは後ろに居た。
「くっ!?」
突きつけられた杖の矛先は既に砲撃魔法の装填が済んでいて、魔力光が揺らいでいる。
背後を取られたことの驚きを押し殺しながらも、フェイトは反射的に防御魔法を発動させた。
__Divine shooter.
なのはのレイジングハートから、弾丸のような一撃が撃ち出される。
フェイトが展開した防御魔法は、魔法弾の衝突に重苦しい衝撃が響き、金色の欠片が空に散る。
数瞬、煌めきに遮られた視界の中で、フェイトは咄嗟になのはとの距離を取り、次の一撃に身構えた。
だが、なのはは矛先をフェイトに向けるだけで追撃の一撃を放とうとはしない。
__知りたい
ぶつかり合う視線。
フェイトは体勢を立て直し、刃のように鋭い目つきでなのを睨む。
__知りたい
なんでそんなに悲しい目をしているのか、なのはは知りたかった。
自分はもしかしたら、勘違いをしていたのではないか。そんな気持ちが胸の中でぐるぐると渦巻いていた。
少なくとも、目の前の少女はすずかの家の庭で会った少年とは全く違うように思えた。
あの少年は、人の姿をしているのに人以外のなにかを見ているかのような気持ち悪さがあった。
だけど、この少女は違う。
きっと、自分と同じだけなんだ。
誰もかれもに追い抜かれていってしまう孤独感に追い込まれて、御しきれない感情をどこにぶつけたらいいのかもわからない、道を見失ってしまった迷子なだけなんだ。
「フェイトちゃん!」
なのはが叫ぶ。
二日前に、一葉が少女を呼んでいた時の名前が、なのはの耳に残っていた。
フェイトは突然、名前を呼ばれたことに驚きを隠せず、バルディッシュを構えたまま顔を硬直させる。
なのはは、その隙にぎこちない声で喉を震わせた。
「えっと……、一昨日はごめんなさい! 私、なのは! 高町なのは!! 私立聖祥大学付属小学校三年生!!」
__Photon lancer.
フェイトが手にしている死に鎌が光る。
「……!?」
__Protection.
なのはの名乗りに、フェイトは攻撃で答えた。
誘導型ではない高速直射弾にレイジングハートは辛うじて反応できたが、相殺しきれなかった衝撃に身がたじろぐ。
「……あなたが何者でも、私には関係ない」
「関係なくなんてない! だって、私は一葉くんの友達だもん! フェイトちゃんだって……!」
「うるさい!!」
一葉の声を出した途端、今まで氷のように固く冷ややかだったフェイトの表情が歪んだ。
凍てつく大地に咲く荊の棘のような鋭い視線でなのはを睨みつけ、再びフェイトがなのはに襲いかかる。
斬りつける刃。
いくらレイジングハートが防御能力に長けているとはいえ、限界がある。
徐々にだが、確実に蓄積されていく衝撃がなの葉から体力を奪っていく。そうなれば、自然と魔力結合も緩んでしまう。
息をつく暇さえ与えないフェイトの高速攻撃を弾く、なのはの防御魔法の堅さが落ち込んできている。
魔法を構成する桃色の輝きも、精彩を欠き始めていた。
「待って……! 話しを聞いて!!」
「必要ない! 言っても、どうせあなたにはわからない!!」
胸が抉られるほどに痛々しい声で、フェイトは叫ぶ。
「友達がいて……! 一葉がいて……! 優しくしてくれる人がいるあなたなんかに……、私のことがわかってたまるか!!」
なのはの防御魔法が砕け散る。
「きゃあぁ!!」
フェイトの凶刃が、なのはの左肩を袈裟に切り裂く。
非殺傷設定の一撃は、バリアジャケット越しということもあって肉体に傷は負わないが、勢いのままに薙ぎ飛ばされ、なのはは整然と立ち並ぶビルの一つに叩きつけられた。
魔法による一撃で、魔力の源であるリンカーコアにダメージが蓄積される。内臓を直接殴られたかのような衝撃に、胃の中の内容物が喉元まで逆流してきた。
「ぅえ……」
なのはは背中に痺れを感じて、飛行魔法がうまく維持できない。重力のままに落下しそうになるのを防ぐのが精いっぱいだった。
視界に火花が散る。どうやら頭を打ったらしい。
だが、なのははそれでも立ち上がれた。
レイジングハートの力も借りて、魔力を足にしっかりと喰いこませ虚空に立つ。
立ちあがってなのはが見たのは、星が死んだ夜空を背負う、金色の死神の姿だった。
「ジュエルシードから手を引いて。 次は、手加減しない」
言葉を失うほどに、美しかった。
元々、可愛らしい女の子だと思ってはいたが、こうして当り前の日常から乖離した状況で見ると、まるで編みあげられた物語に登場する月の女神のようだ。
こうして、ビルに叩きつけられ不様を晒す自分とはまるで違う。
だが、今は見惚れている状況ではない。
言いたい放題言われたままで黙っている方が、よほど不様だ。
「最初から……。 わからないって決めつけないでよ……」
一昨日の、嫉妬に狂った青い炎はどこかに消えてしまった。
今、なのはの胸にあるのはフェイトを……、自分と同じ寂しい目をした少女を知りたいという欲求だけだ。
「話しあったり……、言葉にする前からぶつかり合っちゃえばわかるものもわからないよ……。 私は……そんなの嫌だ! なにもわからないままぶつかり合うのなんて!!」
「一昨日はそっちから仕掛けてきた癖に」
「それは……。 あの時は本当にごめんなさい……。 でも、今は違う。 私はフェイトちゃんと話しがしたい。 フェイトちゃんとなんで戦わなきゃいけないのか……、その理由が知りたいんだ」
なのははフェイトと視線をぶつけ、言葉を重ねる。
「私がジェルシードを探すのは、ユーノくんの為。 ジェルシードはユーノくんが見つけたもので、それを元通りにしなきゃいけないから私もお手伝いしてる。 最初は……、状況に流されてるだけだったけど今は違う! 今は、私は自分の意思で集めてるの! ジェルシードは危険なものだから……、そのせいで私の大切な人たちが危険な目に合うのが嫌だから、私はジュエルシードを集めてる!! それが、私の理由!!」
「だから?」
「……え?」
冷ややかな声が、なのはの胸を貫く。
「だからなに? そんなこと、私には関係ない。 あなたの戦う理由を聞いたからって、あなたが私の戦う理由を知ったからって、それが戦いをやめる理由にはならない」
「そんな……」
霜のように薄く、冷ややかなフェイトの声に、なのはは言葉を失った。
燃え上がる感情を抑え込む声色の下は悪意と憎しみが見え隠れしていて、フェイトの内側に軋む哀しみの音色のようにも聞こえた。
「言いたいことはそれだけ? だったら……」
フェイトは月の光のように揺らめくバルディッシュの切っ先をなのはに向け、なのはもその晒された敵意にレイジングハートを構える。
「なのは!!」
再びなのはとフェイトの間に張りつめた空気の糸を切り裂いたのは、押し出すようなユーノの叫び声だった。
対峙していた二人の注意がユーノに向く。アルフに追いかけまわされていたユーノは激しく息を切らしながらも、切迫した眼差しで貫く視線の先ではジュエルシードが鈍く輝き異変の兆候を示していた。
◆◇◆
__まずい!!
焦りがフェイトの胸の奥を締め付ける。
周囲の魔力を呑みこんで、危うい光を湛えるジュエルシードは明らかに暴走の兆しを見せていた。
初撃の打ち合いでジュエルシードは安定したものだと思い込んでいたが、実はその逆で飽和状態になっていたのだ。
辺りは戦闘で放出されたフェイトとなのはの魔力で満ちている。
飽和状態になったジュエルシードは、並々と酒を注がれた盃と同じだ。後一滴の魔力が零されれば、たちまちに溜めこんだ力を暴走させるだろう。
そうなってしまう前に、封印をしなければならない。
フェイトはバルディッシュの穂先をなのはからジュエルシードに移し、投擲された石のような勢いで飛び出した。
ジュエルシードが放出する圧力に晒されて、濁流に呑みこまれた時のような抵抗感が身体全体を突き抜ける。
その衝撃に、肉も骨も悲鳴を上げていた。
だが、逃げるという選択肢は、フェイトの頭の中には存在しない。
瞬きもせずに見つめる先には、自分の求めるものがある。この場で無茶をする理由はあっても、引く理由などどこにもないのだ。
__間に合え!
祈るような気持ちで手にしたバルディッシュを伸ばす。が、視界の端に捉えた影に、フェイトは一瞬の驚きと苛立ちで顔を歪ませた。
フェイトの横には、なのはがいた。
フェイトと同じようにレイジングハートを伸ばし、ジュエルシードが発する凄まじい魔力の流れの中を必死の形相で逆らい進んでいる。
ここまでジュエルシードの魔力が不安定になってしまえば、遠距離からの狙撃による封印は不可能だと判断したのだろう。
それは、正しい。フェイトもまったく同じ判断をしていた。
桃色と金色が、一つの青色を目指してぶつかり合う。
拮抗する力によって、激しい火花が散る。その一撃が、ジュエルシードにとっての最後の一滴だった。
溜めこまれた圧力が、一気に弾き出される。
「きゃあぁぁぁ!?」
「くっ!」
衝撃の余波に、フェイトは体制を崩しながらも直ぐに整える。
揺らめく視線の先では、なのはが体制を立て直せずに、風に舞う花のように遠くまで飛ばされていた。
好機だ。
フェイトは、一度は崩れた封印術式を再び構築しようとバルディッシュに魔力を込めようとする。そして、そこで初めて気が付いた。
自分の相棒であるデバイスが、外装だけでなく核までにも亀裂が入り、これ以上の酷使は危険だと警告の点滅を示していた。
デバイスは魔力を含んだ特殊な合金で出来ている。俄かな衝撃では傷一つ入ることはないというのに、フェイトの手にするバルディッシュは、触れればそのまま壊れてしまそうなほどに痛んでしまっていた。
ジュエルシードの威力は、それほどまでに凄まじいものだったのだ。それにも関わらず、自身に傷一つなかったことは僥倖なのか……。いやで、違う。
本来だったら、肉体に受けるはずのダメージを、バルディッシュが全て受けてくれたのだ。だからこそ、この程度で済んだ。
「バルディッシュ……」
__Ich bin Ordung kann e simmer noch machen.
大丈夫だ。自分はまだやれる。
バルディッシュはそう言う。
だが、これ以上のバルディッシュの酷使は危険だと、メンテナンス技術では素人であるフェイトでもわかる。
「大丈夫だよ、バルディッシュ。 戻って」
__Aber.
「大丈夫だから」
__Ja…….
渋々、といった感じでバルディッシュは準待機状態に入りフェイトの手に戻る。
バルディッシュの力が今借りられないのは大きな痛手だが、大事な相棒をこんなことで失うわけにもいかなかった。
それに、これ以外の手段がなくなったわけでもない。
フェイトは、ジュエルシードに目を据えた。その視線の先では、ジュエルシードが悠然と蒼い輝きを放っている。
上等だ。
そんな思いを胸に、フェイトは地面を滑るかのように疾走する。
その動きには躊躇いも遅滞もなく、同時に鬼気迫っていた。
ジュエルシードの余波は湯気にように揺らめいており、悶えるようにして空を目指している。
この場から逃げ出したいのか、それとも自分の力を発揮させる為の依代を求めているのか、魔力の残滓は筋のように、そしてやがては紐を編むかのように一つになり、さらにその紐が重力に逆らうように悶え苦しみながら頭を伸ばすように空を目指していた。
それはまるで、翼を失ってしまった鳥を見ているかのように哀しい光景だった。
フェイトは、手を伸ばしジュエルシードを掴む。
「フェイトぉ!!」
絹を裂くような、悲鳴にも似たアルフの叫びが響く。
暴走を始めたロストロギアをデバイスなしで封印するなど、不可能を通り越して自殺行為だ。
だが、フェイトは握りしめた手を解くどころか、指の隙間から溢れ出る濃密な魔力のうねりを閉じ込めようと、ジュエルシードを掴む両手を強く握り直した。
__止まれ!
バリアジャケットのグローブが弾けて、皮膚が破れる。腕ごと吹き飛んでしまいそうになるほどの激烈な痛みが駆け巡った。
__止まれ!
「フェイトダメだ! 危ない!!」
アルフの、全身を震わせる叫びもフェイトには届かない。
手の中で迸る無音の衝撃が、汗の粒を飛ばす。
__止まれ!
フェイトはジュエルシードを握りしめたまま、神に祈りを捧げるかのように膝をつき、強引に封印術式を展開した。
足元に金色の魔法陣が浮かび上がる。
だが、ジュエルシードの勢いは衰えるどころか、徐々に強くなってきている。
__止まれ! 止まれ! 止まれ!!
血が痛みとともに溢れ出る。
破れたバリアジャケットのグローブはあっという間に赤く彩られ、腕を染める赤い温もりの感覚が少しずつ麻痺していく。
__お願い! 止まって!
焦燥がフェイトの胸を押し付け、視界に霞がかかり始める。
もう駄目かもしれない。必死にしがみつく意識の中で、フェイトに微かな諦観の念が過った時だった。
頭上に、黒い影が射した気がした。
突然、フェイトの展開した魔法陣の上を沿うように黒い炎が揺らめき奔る。
すると、今まで怒り狂う雄牛のように暴れていたジュエルシードの力が瞬間的に弱まった。
そのまま、黒い炎とフェイトの魔力に抑え込まれるジュエルシードの青い光。まるで、赤子が泣き疲れ眠りに落ちたかのように、今までの騒然が静まり返る。
いったいなにが起こったのか……。フェイトは震える膝に力を込めて立ち上がろうと視線を上げると、ギョッとした。
目の前に、黒い鳥が居た。
時間が止まった異質な世界でも、さらに浮いて見える異質な存在にフェイトは言葉を詰まらせた。
「まったく、暴走を始めたジュエルシードを素手で封印しようとするなど、無茶無理無謀もいいところですよ。 とりあえず、手を見せてください。 応急処置ぐらいならば私にもできます」
「え?」
エメラルドの双眸に射抜かれながら言われた言葉に、フェイトは疑わしげに目を細め、いつでも逃げられる準備をしていた。
バルディッシュが大破した今、情けない話しだがフェイトには逃げるという選択肢しか残されていない。そんなフェイトの思考を読み取ったのか、怪鳥は溜息ともとれる大きな息をわざとらしく吐いた。
「敵意はありませんし、そのジュエルシードを奪う気もありませんよ。 あれだけの根性を見せられて横から奪うほど無粋ではありませんからね。 ただ、貴女が傷つくと一葉が哀しむかもしれない。 それだけです」
突然出てきた名前に、フェイトは目を丸くした。
「一葉? なんで……」
「ああ、言われてみれば、何度か顔は合わせていますが、こうして話しをするのは初めてになりますね。 これは失礼しました。 話しは一葉から伺っていますよ、テスタロッサ嬢」
「あ……。 一葉の……、使い魔?」
フェイトは記憶の中の一葉を思い出すと、確かに初めて会った時、一葉の肩には黒い鳥が居た気がする。
「使い魔とは少し違いますが、まあ似たようなものです。 一葉と主従の関係を契っていませんが、ベヌウという名を与えて貰いましたからね。 それよりも、早く手を見せてください。 治癒魔法は専門ではないので得意ではありませんが、なにもしないよりはマシなはずです」
「う、うん」
フェイトは促されるままに両手を差し出す。それを見たベヌウは、つい顔を顰めてしまった。
思っていたよりも傷がひどい。
ジュエルシードの魔力によって傷つけられたフェイトの掌は皮膚が破れ、肉が抉られている。
滾々と滴る血の流脈の隙間から、白いものが見えた。
それは骨と、剥き出しになって脂肪だった。
ここまで手の損傷が激しいと、傷跡が残るどころか手の機能が回復するかさえ怪しい。
「随分と無茶を押したようですね。 指が原形を留めているのが奇跡ですよ。 痛みは感じますか?」
「ううん。 あんまり……」
冷たい汗を額に浮かばせながら、フェイトは答えた。
掌は感覚が麻痺しきってしまっていて、痛みどころか血の温かささえも感じないというのに気持ちの悪い汗が全身の毛穴から吹き出てくる。
「だとしたら、おそらく神経もやられてしまっていますね。 私ができるのは応急処置だけです。 早く専門の医者に診せることをお勧めします」
ベヌウは簡潔に言うと、嘴先でフェイトの手に軽く触れるとフェイトとベヌウの足元に魔法陣が浮かび上がり、黒い炎がフェイトの手に広がった。
一瞬、ビクリとしたが、手を覆う炎は仄かな熱を孕んでいるだけで身を焦がすような熱さは感じない。
息を吹きかければ消えてしまいそうな薄い炎は、すぐ消えてしまい幻から醒める時のような飛沫となって散っていく。
そして、フェイトは驚いた。
手を濡らしていた血の赤が、無くなっていたのだ。無骨に晒される傷口から覗く骨などに一瞬吐き気を覚えたが、完全に血も止まっている。完璧な止血だ。
「あ……、ありがと……」
「止血と消毒をしただけです。 私にできるのはこれだけです」
治癒魔法は道具が魔力に変わっただけで、医療と同様で決して万能ではない。医療の限界は、同時に魔法の限界でもあり専門の技術と知識が要求される。
一流の医療魔導師ともなれば傷の回復を促進させたり、血液の精製も可能だが、本来情報戦の機体として開発されたベヌウにはこれで限界だった。
「しばらくの間、大人しくしているのが賢明でしょう。 その手じゃデバイスも握れませんよ」
「でも……」
「アンタァ! フェイトになにやってんだい!?」
フェイトの言葉を薙ぎ払うかのように、アルフがベヌウに殴りかかってきた。
狼から人間に形態を変えており、風を砕くような勢いで拳をベヌウに突き出す。
だが、その拳がベヌウに叩き込まれる直前に、ベヌウは翼を広げ風を巻き起こし、フェイトたちと距離を取った
アルフは、一度は虚しく空を斬った拳で追撃をかけようとして、フェイトに止められた。
「アルフ待って! この子敵じゃないから!!」
フェイトとベヌウの間に立つアルフが、フェイトの制止の言葉にビクリと身体を硬直させる。
「テスタロッサ嬢の使い魔ですか。 早く、主を連れて帰って下さい。 その怪我は、決して看過していいものではありません。 追撃を恐れているのであれば、向こうの二人には私が話しを通しておきましょう」
黒い体躯から覗く緑の双眸は冬の湖のように澄んでいて、言葉の通りに敵意や悪意は感じられない。
だが、フェイトはその瞳に気持ち悪さを感じた。
使い魔の素体となるのは獣の死体だ。魔法で新たな命と共に知性や理性を与えたとしても、細胞に刻みこまれてしまっている野生を完全に消去することはできない。
それなのに、目の前の怪鳥には野生というものが微塵も感じられなかった。
獣の姿をした使い魔ではなく、まるで獣の姿をした人間を見ているかのような矛盾。理解できないのではなく、理解できてしまいそうなことが気持ち悪かった。
「早くこの場から去りなさい。 私は違くとも、あの二人は貴女たちをすんなりと返す気はなさそうですから」
フェイトが思考を張り巡らせていると、ベヌウはフェイトたちから視線を外し、なのはとユーノを見た。
突然の乱入者に迂闊に動けず、遠くから様子を窺っている。
「行こうアルフ。 これ以上、ここに留まる必要はないよ」
「で、でもこいつは……」
フェイトに諭されても、アルフは握りしめた拳を緩めることはしなかった。
ベヌウの治癒魔法は、遠目から見たら炎熱魔法の攻撃に見えたのだ。自分の主を傷つけようとした相手をこのまま見過ごすことができないという義憤がアルフの中にはあった。
「いいから。 えと……、ベヌウだったよね? ありがと、怪我を治してくれて」
「治してませんよ。 私がやったのは傷口に消毒液をぶちまけるのと、そう変わらないことです。 礼を言われることではありません。 それよりも、使い魔の誤解はしっかりと解いておいてくださいよ。 怨みは安く買うものではありませんからね」
「うん、わかった。 アルフ、行こう」
「ふん! 命拾いしたね!」
フェイトはアルフの袖を掴んで促すと、アルフは捨て台詞を吐き出して中指を突き立てた。
足元に燈色の魔法陣を展開させる。その光に溶けるように、二人は消えていった。
◆◇◆