魔法少女リリカルなのは Broken beast 作:やまあざらし
フェイトは自室のベッドの上で、天井を眺めていた。
「一葉を連れてこい……か……」
ぼんやりと呟く。
つい数刻前、ジュエルシードを封印した時に怪我はベヌウという一葉の使い魔に応急処置して貰ったまでは覚えている。
だが、それから後の記憶には霞がかかっていて気がつけばこの家に居たのだ。
そして、あれほどひどかった傷がどういうわけか完治していた。アルフが言うには、アゼルがやってくれたらしい。
手の怪我が治ったことは非常に喜ばしいことだが、フェイトの胸中は別のことで占められていた。
緋山一葉を連れてこい。
それが母、プレシアの新たな命令だった。
アゼルの説明では、一葉の持つ
レアスキルにプレシアが強い興味を抱いたらしいが、フェイトからしてみれば一葉がレアスキルを持っていることなど初耳だった。
その事実は、驚きと同時に胸を打つものがあった。
フェイトは一葉の実力の全てを見ていないのに、自分よりも遥かに優れていると感じていた。遥かに遠く、高い場所に居るのだと思っていた。
それは寂しさであり、厳しさであり、憧憬でもあった。
渾然と一体となった不可思議な心の動きに、フェイトはずっと戸惑っていた。
水を湛えるあの森で槍を振るう一葉の背中は強く、美しく、そして悲しかった。まだ、知り合ってから重ねた時間は薄氷のように薄いというのに、一体どうすればあれほどまでに純然な強さを手にすることができるのかと、いつも考えていた。
__ああ、だからか
フェイトは得心した。
自分が一葉に惹かれたのは、多分これなんだろう、と。
まだ三回しか顔を合わせたことはないし、いつそれを感じてしまったのかもわからない。自分がどれほどまでに、胸の内で燻ぶる感情を理解しているのかもわからないが、ただ感じてしまったのだ。
そして同時に、フェイトは一つの問いも持っていた。
フェイトは、掌に収まる短い鎖を何気なしに持ち上げた。
自分と一葉を繋げる“縁”。
深さを図る錘のように、フェイトの心に投げいられた問いは心の深さをどんなに深いかを知る為の鎖だった。
森の去り際に感じた、一葉の獣性。已むに已まれない心持が語りかけてきたのは孤独か、或いは不和か。
そして、そのどちらとも言えるものがアゼルと重なって見えてしまってしょうがなかった。
不安定な者。迷える者。捩り損ねた者のように苦しく生きているように見え、かくも孤独に高処へ伸びて行く蔦のように哀れに思えた。
アゼルのことは気に食わない。一葉のことはすごく気になる。
だけど、あの二人は同じのだと感じてしまう矛盾。フェイトから見て、あの二人は十分に苦しんでいるように見えた。
自分自身に苦しみ、人間一般に苦しみ、それなのに自分はそうではないと必死に振舞う道化のように。
フェイトは不安だった。
なぜ、今日は一葉の姿が見えなかったのか。なぜ、使い魔だけが姿を現したのか。
幾百の言葉と、もっとも好ましい美徳を探しても波が押し寄せて深い辺りへと持ち去っていってしまう。
そして、言葉にできない不安は色とりどりの貝殻となってフェイトの心に投げ出してくる。
しかし……
「えへへ……。 一葉、私のこと話しててくれたんだ」
ベヌウの言葉を反芻して、つい頬が緩む。一葉がどんなふうに自分のことを話していたのか、想像しただけで顔が火照った。
寝返りを打ちながら、鎖を見つめる。
毎晩、寝る前に手入れを欠かしていないので、新品同様に輝く“縁”は、まだ一葉と自分を繋いでいてくれているのだ。
だから、大丈夫。
どんなに深く気持ちが沈んでいても、この鎖を見ていると束の間の一瞬で水面まで浮かび上がる魚のような軽やかな気持ちになれる。
これは穏やかなる歓喜だ。
暗黒に覆われた空を指す、光明へと繋がる“縁”という鎖。
それはフェイトにとって希望であり、絆でもある。フェイトは、その希望に優しく口づけをした。
◆◇◆
未来というものが一枚の葉に広がる葉脈のようなものならば、きっとそれはありとあらゆる方向へと枝分かれしていて無限の可能性と未来がその先にあるのだと思う。
あの時にああしていれば、こうしていれば……と、人はあったかもしれない未来の残骸と、選択されなかった過去の叫びを抑制しながら大抵は群衆に紛れながら自己にとって最も安易な流れに身を委ねていく。
高町なのはもそうだった。
家族に囲まれ、友人に囲まれ、間違いなく幸福であるはずの日常で、あらゆる意見と恐怖の鎖に繋がれながらも行き着く先の見えない生には意味も慰めはないのではないかという虚しさを薄い胸の内に押し込めていた。
あらゆる安静と、生育と成熟として懶惰に繰り返される日常に、広い希望も、希望に燃える努力もなく心の内に相応しい未来も描くことができないまま、自分が過去の末裔であるということさえも忘れてしまっていた。
当然、そこに生き生きとしたものはなく、世間にうまを合わせて考えるような見せかけだけを演じて、個性を殺してしまっていた。
幼いなのはには、それを言葉にできるものではなく、ただ感性が雄鶏の熱い叫びとなって心の裂け目から響くものであった。
しかし、歳を重ねればいつの日かわかる時もきっと来るのだろう。そして、その日がなのはにとっての、人生の分岐点であったのだということも。
それは、ユーノ・スクライアと魔法との出会いか。
ジュエルシードを巡って、哀しい眼をした少女と対峙した時か。
それとも、死という約束をその身に背負って生まれた少女の兄の慟哭を聞いた時か。
ただ、いつだって理解はほんの少しだったが確実に、そして決定的に未来を選択して前進してきたのだ。
そして、歩んできた道を振り返れば帰ればいつだって緋山一葉の姿があった。
いつも目で追いかけていた少年は刀のように強く、星霜に美しかった。
ずっと、そう思っていた。
だが、あの少年は刀は刀でも、血に錆びた刀だった。
鞘にあっては鞘を腐らせ、抜き打ちの音は耳に卑しく、斬れず、いたずらに人を傷つけながら己も折れ、砕ける、血濡れの刀。
公園で暴走したジュエルシードを巡って起きたあの日のことを、なのははきっと忘れることはないだろう。
彼が立っていた未来への分帰路は引けと言われて引ける道ではなく、もはや引いて戻れる道などどこにもなかった。
例え、その先が奈落の谷と知っていても、歩き進む道しか彼には残されていなかったのだと。
そして、あの日。
緋山一葉がその命を一度終わらせたときのことも、なのはは忘れることはない。
◆◇◆
その日は土曜日で、午前中だけの授業だった。
なのはがスクールバスのステップを降りて仰ぐ空は青く、太陽はまだ高い位置に居る。
一つだけ、普段と相違点があるとしたら太陽の一部が狼に喰いちぎられたかのように欠けているということだ。
数ヶ月前からテレビを騒がしていた皆既日食の観測日が今日だった。
そして、その最良観測地が海鳴市だということもあって、バス停のある通りには多くの人が行き交っていた。市外、県外からわざわざ赴いた人も多いだろうし、中には外国人の姿も見える。
今日という日を逃せば数十年、少なくともなのはの生きている間では日本で皆既日食を眺めることはできないという一大イベントだ。
だというのに、なのはは喜怒哀楽の哀だけに寄りかかっているかのように、そのイベントを楽しめないでいた。
なのはは三日前の夜に起きたことに想いを馳せると、激しかった戦いの余韻が呼び起こされる。
赤い瞳の奥に深い憂いを秘めた少女のこと。
助けに来てくれなかった一葉のこと。そして、呪詛のような言葉を残して去っていったベヌウのこと。
きっと、自分が知らないところで物語りは進んでいるのだ。
樹海が街を呑み込んだ時に決意した、密やかな覚悟は果たされることなく、一緒に居たいとずっと願っていた少年の背中は既に見えなくなり、今や自分は取り残されてしまった傍観者に過ぎないのだ。
そもそも、今日という日は四人で過ごすはずだった。何カ月も前からそう言う約束を交わしていたはずなのに、結局それは果たされずに終わりそうだ。
そうなってしまった理由も、なのはは誰にも詳しく語ることはできないことに墨を飲んだような気持ちになった。
一葉は、ここ数日学校を休んでいる。
多分関係ないだろうが、すずかも一葉が学校に来なくなるのに合わせて姿を見せなくなった。
毎日顔を合わせているアリサは、なのはが話しかけようとしても憤りが冷め止まぬようで、未だに教室で視線を合わせよともしない。
もしかしたら、このままずるずるとそれぞれが孤立していってしまうかもしれないという恐ろしさが冷たい鎖となって、喉に幾重にも巻きついてくる。
暗い溜息を吐きながら歩く通学路の人流れは、なのはとは真逆の方向だった。おそらく、空を一望する為に遮蔽物のない
海岸を目指しているのだろう。
道行く人々の表情は、期待と興奮に溢れている。
誰ひとりすれ違う人たちに知り合いがいない時ほど、自分が孤独であるとひどく感じることはないだろう。
『なのは』
憂鬱が胸に押しかかるなのはの脳裏に、聞き慣れた声が過る。
俯かせていた顔を上げると、小さな路地に繋がる電信柱の影に、レイジングハートを首に巻いたユーノの姿があった。
フェイトとの戦闘で大きな損傷を受けたレイジングハートの修復が終わったので、わざわざ届けてくれたのだ。
なのははユーノが待つ、人影のない路地に入ると、ユーノはなのはの制服に爪を立ててスルスルと肩に昇っていく。
頬に寄せられたレイジングハートは、三日前は蜘蛛の巣のような亀裂が走っていたのに、今は傷一つなく艶やかな表面が太陽の光を反射させていた。
「レイジングハート……。 直ったんだ……」
__Condithion green.
なのはは、ユーノの首に巻かれた首紐を解いて自分の掌に乗せる。午後の陽光を吸いとって輝く紅玉は、チカチカと表層の奥にあるAIが反応してなのはの呼びかけに答えた。
__I am sorry. for worry.
「レイジングハートが頑張ってくれたんだ。 僕だけじゃ、こんなに早く治らなかったよ」
耳に届くユーノの声が胸に響いた。
そうだ、戦っているのは自分だけではないのだ。
どうしようもない状況に嫌だ嫌だと泣き喚いて、川底の石のようにじっとしているのとはわけが違う。
指先の隙間から零れ落ちてしまう砂のように、このままなにもせずに大人しくいたら自分の手にはなにも残りはしないことぐらい、なのはにだってわかった。
戦っているのは、自分だけではないのだ。
なのはがそう知った瞬間に、世界が割れる音が響いた。
◆◇◆
晴れない霧のようなもやもやは、きっとアゼルが重要な部分を教えてくれないせいだと思う。
プレシアが求める一葉のレアスキルのことや、アゼルと一葉の過去のこと。この三日間の間にフェイトは何度もカマをかけたり、正面から聞き出そうとしても、アゼルはいつも薄ら笑顔で話しを逸らしてしまうのだった。
自分の知らないところで複雑に絡み合った物語りは進んでいるような居心地の悪さを胸の内に溜めこみながら、フェイトは半袖のパーカーとデニムのハーフパンツを身に纏い、太陽が欠けた空の下を歩く。
フェイトの前を行くのは、黒い繋ぎを着たアゼルだ。ポケットに両手を突っ込みながら、しっかりとした足取りで歩く足元には山猫の姿のリニスが短い足をチョコチョコと動かして着いていっている。
『ねえ、アゼル。 本当にこっちに行けば、あのガキんちょに会えるんだろうね?』
フェイトの膝もとで、狼の姿のアルフが念話でフェイトの気持ちを代弁する。
アゼルが一葉に会いに行く時は、必ず自分もついていくとフェイトはずっと主張していた。自分だったら、もしかしたら一葉との戦闘を回避して説得できるかも知れないと思ったからだ。
アゼルも、その真意は微笑みの下に隠してしまって図ることはできないが、了承だけはしてくれた。
そして、今日になっていきなり、一葉に会いに行こうと誘われたのである。
アゼルは、まるで最初から約束を交わしていた場所に赴くかのような迷いのない足取りで歩を進めるが、フェイトはどうも納得がいかなかった。
「大丈夫。 一葉はこの先に居るよ」
アルフの質問に、アゼルは肉声で答えた。確証もなく言い切るアゼルに、アルフだけでなくフェイトも不機嫌に顔を顰める。
しかし、アゼルはいつもの調子で足先に視線を向けたまま、言葉を重ねた。
「ま、わかるんだよね。 どこで、どういった気持ちで彼が待っているのかがさ。 僕たちは、きっと今日の太陽と月のような関係なんだろうね。 どんなに断ち切ろうともがいても、心のどこかでは惹かれあって、こうして何年もの月日を経た後にぶつかり合ってしまう。 もっとも、僕らのどちらがハティでスコルだかまではわからないけどさ」
「スコル……? ハティ……?」
効き慣れない名前に、フェと歯首を傾げる。今日は一葉と話しに来たのではないか、と。
フェイトの膝の下を歩くアルフも、似たような表情でフェイトを見上げていた。
「ああ。 ごめん、ごめん。 北欧神話なんてフェイトは知らないか。 ま、気にしないでよ。 これはあくまで比喩表現だからさ。 それよりも、ほら。 着いたよ」
アゼルが足を止める。
赤信号で阻まれる横断歩道の先には、大きな公園の入り口があった。
「あそこって……」
「海鳴海浜公園。 一葉はあそこに居るよ」
フェイトはアゼルに連れられた先には、初めて一葉と出会った場所だった。
刹那、あの時の記憶が鮮明に蘇り、身体中が心臓になったみたいに熱く脈打つ。
無意識の内に握り締めていたキーチェーンに汗が滲む。
「こんなに、人が多い所に?」
「結界を張れば関係ないでしょ。 あの辺の有象無象がいなくなれば、あそこはあ少しの足場と、海と空しかない。 全力で戦うには適した場所だよ」
信号待ちで足を止めるアゼルの横顔を盗み見るように、フェイトは見上げるとアゼルの微笑みには微細だが深みが増していた。
その笑みに、フェイトは嫌なものを感じだ。
一葉が、あんなに優しい少年がそんな打算的なことを考えるはずがない。そもそも、フェイトは心のどこかで一葉と戦闘になることなどないと思っていた。
事情を話せばきっとわかってくれる、と。
むしろ、フェイトにとっての一番の不安はアゼルだった。
「兄さん。 先に、私に話しをさせてくれるっていう約束忘れてないよね?」
「ん? ああ、忘れちゃいないけどね……、多分無駄だと思うよ」
「そんなの……、やってみなくちゃわからない」
吐き捨てるようにフェイトが言うと、アゼルは曖昧な笑みで答えた。
信号が変わり、行く手を阻んでいた車の流れが止まると、自然と足が動き出す。
吸い込まれるように公園の入り口を通過し広場に行くと、潮風が吹くそこは普段以上の人でごった返していた。
そして、その人ゴミの隙間の向こう側。時間が、止まった気がした。
広場の内奥。公園と海との境目に置かれた柵の前で、海と空の混じり合う青を背にして厳しい面持ちで立っている一葉と目が合った。
「一葉!」
本当にいた!
きっと、自分は今笑っているだろう。
なぜアゼルが一葉の居場所を、こうも的確に知ることができたのかなんて、今はどうでもいい。
一葉の顔を見ただけで、歓喜に心臓が跳ね上がり、一葉の元へ駆けだそうとする。
「待って、フェイト。 落ち着いて」
一葉との距離は走ればすぐだというのに、フェイトは距離を一歩も縮めることはできなかった。
右腕に感じる圧迫感。
アゼルがフェイトの腕を掴んで制止していた。
「兄さん、約束が……」
叫び出したいほどの苛立ちを喉元に押し込めて、フェイトはアゼルを睨みつける。
だが、アゼルはフェイトを見てはいなかった。
「やっぱり、説得は無駄みたいだ。 見なよ。 向こうはやる気満々だ」
アゼルの視線の先には、一葉が居た。そして、一葉の視線もフェイトではなくアゼルに向いている。
二人は、まるで自分たちだけの世界を見ているかのようで、フェイトどころか雑多に行き交う人の群れの喧騒の音も、二人には聞こえていないように思えた。
「なんで、その子連れてきたの?」
感情のこもらない一葉の声に、フェイトは素手で心臓を掴まれたような気がした。
苛立ちを含んだ一葉の目は鋭く、冷ややかで、フェイトの期待をナイフのように切り裂く。
最後に一葉と会った時の別れ際、湖の畔で感じた、肌に纏わりつくような生温かな恐怖を思いだす。
悪意も敵意もない、代わりに親愛も友愛もない、沈殿する負の感情を撹拌させたかのような淀んだ眼をした一葉は、フェイトの知らない一葉だった。
「フェイトがどうしても君を説得したいって言ってね。 どうやら、そんな気遣いも無駄だったみたいだけどね」
雰囲気の重い一葉とは対象的に、アゼルは新しい玩具を買って貰った子供のように弾んだ口調だった。
「それでも、僕としては嬉しいかな。 ようやく君がやる気になってくれたんだ。 緋山一葉……。 いや、もう君にこの名前は相応しくないのかな?」
「名前なんて、肉体っていう器に貼られたラベルに過ぎない。 オレたちがどういう名を名乗ろうと、中身が変わらないんだったら、やることも変わらないだろ」
一葉が一歩踏み出す。同時に、一葉の肩に居たベヌウと、アゼルの足元に居たリニスが結界を展開していく。
黒色と青色の魔力光は混じり合い、より強固な結界を構築する。それは、お互いの主の戦闘が熾烈を極めると知っていると言わんばかりの、示し合わせたかのような行動だった。
魔力を持たない者を排除する世界は三人の魔導師と、三匹の獣を残して静寂と濃厚な殺意の渦に沈む。
深海に居るかのような圧迫感に、フェイトは絶対零度の凍気が舞い降りてきて空気が動きを止めたかのように思えた。
冷気は体内にある血液すらも凝結させ、身体が動きを停止させたのかと思えた。
世界そのものが呼吸を止め、次に起こることを待っているかのように思えた。
__Photon Lancer Phalanx Shift.
最初に動いたのアゼルだった。
腕に巻いていたブレスレッド型のデバイスを起動させ、同時に三十八其のスフィアを展開させる。
毎秒二発の斉射を四秒間。三百八発の魔力弾を叩きこむ。
__Black rain.
瞬刻、僅かに遅れて一葉が迎え撃つ。首にぶら下げたアンクを手に取り、騎士甲冑の展開と共に剣群が宙に浮く。
その刃の全てが黒い炎に包まれ、フェイトごとアゼルに襲いかかった。
巻き上がる爆炎と、轟音。
一葉の動きに反応しきれなかったフェイトは、アルフと、自律的にバリアジャケットを展開したバルディッシュとの防御魔法に守られ怪我はない。だが、フェイトの心は今の一撃で大きな傷を負ってしまっていた。
「うそ……」
貧血が起きた時のような眩暈に座り込みそうになるのを必死に堪えながら、フェイトはポツリと呟く。
一葉が自分ごと攻撃した。
自分の信頼を、いとも簡単に焼き払ったことが信じられなかった。
「うそだよ……」
黒い渦巻きのような絶望がフェイトの心を掻き乱し、頭をガンガンと叩く。
わからない。
わからない。一葉がなにを考えていたのか、一葉の気持ちがわからない!
なぜ、こんなことになってしまったのかがわからない!!
一葉との出会いは特別だったのに!
一葉のくれた言葉は特別だったのに!思い出も、結ばれた“縁”も、一葉に関係するなにもかもが特別だったのに!!
こんなことになるのだったら、こうして裏切られるぐらいだったら最初から出会わなければよかったじゃないか!!
燃え盛る黒い煉獄は地面を焼く。隣に居たはずのアゼルの気配はいつの間にかなくなっており、空からは剣戟の音が降り注いでくる。
傍観者にしかなり得なかった自分を置き去りにして、物語りは進んで行く。
「フェイト……」
世界が闇に染まり、茫然と立ち尽くすことしかできないフェイトに、アルフ心配そうに声をかけるが、フェイトは足を踏ん張るように震えるだけで、表情を愕然と蒼白にしていた。
上空でぶつかり合う鋼色と金色の魔力によって、空気がビリビリと震えている。
__あれは、一体誰なんだろう?
空を仰ぐフェイトの目に映る二人の少年は、狂気のままに殺し合う醜い怪物にしか見えなかった。
まるで、太陽に月が射すように黒々とした不安が胸を締め付ける。
そして、運命はさらなる切迫をフェイトに強いることになる。
一葉とアゼルの魔力が暴れ狂う、この閉ざされた世界で、まったく異なる魔力の反応が現れたのだ。
この魔力を、フェイトはよく知っていた。
ジュエルシードだ。
おそらく最初から公園内に在ったのだろう。一葉とアゼルの魔力に共鳴し、呼び起こされたのだ。
ジュエルシードは背の高い樫の木に取り込まれ、子供の落書きのような樹木のお化けとなって、灰色の世界に現れた。
◆◇◆