魔法少女リリカルなのは Broken beast   作:やまあざらし

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 『私は……ここにいます……』

 

 まるで脳味噌に直接スピーカーを埋め込まれたかのように響く声に誘われて、一葉は声のする方へと歩き出した。

 先ほどまでのは少年の声だったが、今聞こえているのは穏やかな女性の声だ。

 なのははこの声には気がつかなかった。一葉にしか聞こえていないのだ。

 

 夢の中で聞こえてきた声に似ている声は、病院を出た辺りからはっきりとした輪郭を持って響き始めた。

 そして歩を進める度に、その声は大きなものになってゆく。

 

 槇原動物病院と、海鳴海浜公園との対角線上にある山岳部には山を切り崩して建てられた、稲荷を祀った神社がある。

 

 八束神社と呼ばれる神社は住宅地から離れていて、落ち込んだような静寂が支配しており人の気配が感じられない。

 敷地の入り口に置かれた一対の石灯篭の間を抜けると、所々に色の剥げ落ちた鳥居が参拝者を迎える。

 さらにその先には百八段の階段と、御神体を祀る本殿が。

 

 一葉は暗がりに足を踏み外さないように注意しながら石段を踏みしめ、参拝道を歩く。

 本殿のあたりを抜けると、既に社務所の明かりは落とされていて、夜を照らす明かりは月から降り注ぐ金糸の束だけだった。

 

 一葉は躊躇うことなく足を進ませ、本殿の裏にある鬱葱とした陰樹の森に入る。

 幸いにも、森を形作る木々は背の高い落葉樹が多い為か下草がまったく生えておらず、微かにしか差し込まない月の光でも足を取られることなく歩き続けることができた。

 

 一葉が足を踏みしめる音と、梟の鳴き声。そして虫の音が森に響く中、一葉の頭に響く誘いの声は徐々に、そして確実に大きなものになっていく。

 しばらく森の中を歩き続けると、巨大な一本杉が憮然と立っていた。

 樹齢はゆうに千年を超えているのだろう。大人が五人手を繋いでも一周りできないほどの太さの幹には神木の証である麻縄が括られていた。

 

 「スッゲ……。 リアル竹取物語だ……」

 

 その巨木を見た一葉の第一声はそれだった。

 

 神木の根っこのあたり、樹木の中心に位置する樹幹から内側から淡く鈍い光がぼんやりと滲み出ていた。

 暗闇でもわかるその輝きは、基調は黒なのだが角度によっては翠や青の線が入っていて瑠璃色の烏の羽のような色をしている。

 

 一葉はその光に近寄ると、しゃがみこんで手を触れた。

 乾いた木の皮から伝わる温度は樹木が保つものではなくて、人肌よりも温かい。毛の持つ獣のそれだった。

 

 『貴方は……?』

 

 不意に声が響く。

 今までの、ラジオのオープンチャンネルのような不特定多数に語りかけるようなものではなくて、一葉だけに向けられた言葉だ。

 

 「多分、アンタに呼ばれてきたんだと思う。 さっきまでの声はアンタだったんじゃない?」

 

 一瞬、樹木が内側から脈打った気がした。

 

 『私の声が聞こえたのですか?』

 

 「聞こえてなけりゃ、こうして今も話すことができないと思うんだけど」

 

 一葉の尤もな台詞に、声の主は「確かに」と、クスクスと笑い始めた。

 それはどこか上品な笑い方で、姿も見えないせいもあって、ふとお嬢様なすずかと重なる。

 

 『貴方はここから私を出してくれるのですか?』

 

 「検討中。 力づくで強行するには道具がないし……、そもそもアンタ何者? 幽霊の類は信じてないけど、悪霊ってオチは勘弁して貰いたいんだけど……」

 

 『その辺は安心してください。 私は、いわゆる霊的なものではありません。 むしろ、対極に位置する機械的なものです』

 

 一葉はその言葉に眉根を顰めた。

 

 「なんで木の中に機械が埋まってんのよ?」

 

 『不運が重なったとしか言いようがありません』

 

 声の主は、落ち着いた口調で言う。

 

 『この木が少々傷つくのは諦めてもらうしかありませんが、道具は無用です。 幹に手をかざしたまま私に魔力を送って下さい』

 

 「まりょく?」

 

 聞いたことのない単語に一葉は言葉を反芻すると、声の主は一瞬だけ逡巡し、納得した口調でさらに言葉を重ねた。

 

 『そうですか……。 この世界にはまだ魔法文化がないのですね』

 

 一拍置くと、再び言葉が続く。その言葉には先ほどまでになかった真剣みが帯びていた。

 

 『よろしい、判りました。 では、私の言うとおりにしてください』

 

 「チョイ待てコラ。 なんで急に上から目線になってんだ」

 

 『久しぶりに人と言葉を交わしたので興奮しているのです。 気にしないでください』

 

 悪びれた様子もなく、凛とした声で言い張る声に一葉は不服ながら従うことにした。

 もっとも、状況に流されているのもあるのだろう。

 それでも内心では信じてはいないものの、本当のこの中身が心霊的なもので解放した瞬間に呪い殺されたり取憑かれたりするとシャレにならないので、気持ちだけは森の出口にと向かっている。

 

 『まず、目を閉じてください』

 

 言われたとおりに一葉は瞼を下ろす。視界から入る全ての情報が遮断されて、掌にかかる温もりが先ほどよりもずっと鋭敏に感じる。

 

 『そのまま集中して。 胸の奥の辺りに何かを感じるはずです』

 

 そう言われると確かに心臓の奥の方、胸のやや左側に温かいものがこみ上げてくるのを感じる。それに伴って、一葉の心臓が徐々に、まるで雄鶏の叫びのように、静かにそして力強く、目覚めの歓喜に打ちひしがれるように鼓動が早まる。

 自然と額に汗が浮かび上がる。

 その叫びが血管を駆け巡り、身体中に浸透してゆく。

 

 『いい感じです。 そのまま耳を澄ませて。 そうしたら、聞こえてくるはずです。 貴方だけの、私を起動させるパスワードが』

 

 寒さを孕んだ夜風が森の木々を躍らせる。木の葉同士が重なり合う音がザラザラと森中に響く。その音に混じり炙り文字が浮かんでくるかのように一葉の脳裏に言葉が浮かび上がってきた。

 

 「深淵の空、宵の影……」

 

 聞こえる。誰のものでもない、自分だけに用意された目覚めの言葉。

 

これは祝詞だ。

 

 自分から自分に送る、目覚めの祝詞。

 

 「光届かぬ眠りの森、獣が眠る夜の果て」

 

 身体が熱い。

 まるで内側から炎が燃え盛るように、心臓が沸き上がる。

 それでも、これは決して不快なものではない。

 むしろ、興奮している。

 嬉しいのとも、愉しいのとも違う。そんなに綺麗で単純な感情ではない。

 生きたまま生まれ変わるような、束縛から解き放たれた雄牛のような、暴れ狂う情熱が心臓の奥で活火山のように暴れ狂う。

 

 「誰も踏み入れぬ楡の館で……、死を侍らせてお前を待つ……」

 

 言い終えた瞬間、瞼と通して鈍い光が一葉の眼球に突き刺さるとともに、樹が割れる乾いた音が森に響く。

 一葉は咄嗟に顔と頭を腕で隠して一歩引き下がった。

 

 「随分と根暗で、鬱つうとしたパスワードですね」

 

 今までとは違いフィルターが外れたかのようにはっきりとした声が耳に届く。

 反射的に力いっぱい閉じた瞼をピントを合わせるようにゆっくりと開けると、目の前には有り得ないものがいた。

 

 「初めまして、マイマスター。 私は聖王を守護する盾であり、翼。 護国四聖獣が一。

月の踊り子の名を冠するものです」

 

 燃え盛る黒い炎。

 それを纏った、巨大な黒い鳥。

 一葉と同じ程の背丈はあるだろうか。漆黒の怪鳥は王に傅く家臣のように、一葉に頭を垂れていた。

 

 「契約はここに交わされた。 これより私は貴方と翼となり盾となりましょう」

 

 怪鳥はゆっくりと頭を上げる。

 身体も、翼も、嘴も、全てが黒で彩られた鳥の巨躯の中で浮かび上がるように嵌め込まれた深緑の双眸が一葉の視線と絡み合う。

 深い湖の底のような色をした瞳は、見ているだけで吸い込まれそうなほどに美しかった。

 

 「貴方が……、私の新たな主だ」

 

 怪鳥の言葉は静かに、それでもはっきりと静寂な森に響いた。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 「つまり何か? お前は鳥の形をしてるけど実は機械で、ベルトっつう国で王様の護衛をしてたわけ?」

 

 「ベルトではなくベルカです。 貴方は一体何を縛る気なんですか?」

 

 ところ変わって一葉の自室。

 勉強机の上にチョコンと佇む一羽の鳥と対談する、間の抜ける光景があった。

 

 森で木を割ってこの鳥が飛び出てきた時、一葉は本気で妖怪の類だと思い込み、とりあえず携帯電話で写真を撮ってから知り合いに一斉送信しようとしたところ目の前の鳥に携帯電話を消し炭にされた。

 中に入っていたデータも当然、灰に帰した。

 

 「ふざけたことしないで下さい。 この世界で私の存在が知られたら、立場が悪くなるのは貴方もなのですよ」

 

 そう言われても、ただの黒い塊となった携帯電話を片手に涙を流さずにはいられない一葉が項垂れる姿が森の中でしばらく見られた。

 

 一葉の家は二階建ての一軒家だ。

 父親は大学の准教授で、母親はフリーのカメラマンをしている為生活水準は平均よりもやや高い方だ。一葉が一人っ子ということもあって八畳のフローリングの部屋を貰っている。

 

 折りたためばソファーになるベッドと、あまり服の入っていないタンスとクローゼット。そして本棚と勉強机と必要最低限のものしか置いていない一葉の部屋は片付いているというよりもどこか殺伐としていた。

 ただ、唯一の趣味として勉強机の隅に置かれた二十センチのキューブ水槽が置かれ、中には二十匹の小型の淡水フグが泳ぎ回っている。

 

 一葉は家に帰ると無地の黒いTシャツとダメージジーンズに着替え、連れ帰って鳥の尋問……もとい話し合いの場を設けることにしたのだ。

 

 驚いたことにこの鳥は自分の大きさを自由に調整できるらしく、今は一般的な中型の鳥のサイズになっている。

 机の上に置かれた、暖かな紅茶が並々と注がれたマグカップよりも一回り大きい程度だ。

 

 「かつて私と、私の主は戦闘中に虚数空間と呼ばれる亜空間の奔流に巻き込まれ地球に流れ着きました。 しかし、その時既に主は事切れており、私も魔力が枯渇していた為にまったく動けない状態であの木の根元に長い間放置されていたのです」

 

 「そんで成長した木に巻き込まれたってわけか。 何とも壮大で間抜けな話しだこと」

 

 「返す言葉もありません」

 

 一葉はとりあえず鳥に好きなようにしゃべらせてから、わからない箇所は後に聞くというつもりだったのだが、出てくる単語が初めて聞くものばかりで予想以上に時間がかかってしまった。

 

 ともあれ、話しを要約するとこの鳥は地球ではない別の世界にあるベルカという国で国王を守る為に開発されたデバイスと呼ばれる機械らしく、戦闘中に時空間の奔流に巻き込まれてしまい地球まで流れ着いたとのこと。

 

 持ち主が死に、樹木の成長に巻き込まれながらも大気中に漂う微量の魔力を取り込みながら自分の声に気がつく魔導師が現れるのをずっと待ち続け、今日ようやく見つけることが出来たという話しだった。

 今まで届くことのなかった声が、何故今日になっていきなり届くようになったのかはわからないが、この鳥が言うには最近になって急に空気中の魔力の濃度が上がったらしい。

 契約は一葉が起動パスワードを口にした時に交わされ、破棄するには相互の了承がなければ不可能とのこと。

 当然、この鳥は久しぶりの術者を逃がすはずがない。

 そして、この鳥はデバイス呼ばれる魔導師が魔法を扱う時に使用する補助機械の中で、ユニゾンデバイスというものに属し、術者と融合することによって戦闘能力を爆発的に高める機能を持っているらしい。

 本来ユニゾンデバイスは人型なのだが、護国四聖獣と呼ばれるこの黒い鳥を含めた四機だけが獣型として開発されたという話しだ。

 

 「んで、リンカーコアだっけか? それは魔導師の身体だけにある疑似器官なわけね」

 

 「はい。 マスター(仮)には魔導師たる資質があります。 飛びぬけて魔力が高いという訳ではありませんが、それでも平均よりは上のはずです」

 

 「そんな地球では役に立たない才能があるって言われても全く嬉しくないんだけど。 つーか、なんだよ“カッコ仮”って」

 

 「(仮)とは仮定の仮です。 契約は交わしましたが、私はまだ貴方をマスターとして認めたわけではありません」

 

 「なんじゃそら」

 

 一葉は紅茶を啜りながら言うと、鳥は翠の双眸を一葉の視線と絡ませて嘴を動かす。

 

 「先に言っておきますが、悪い意味でとらえないで下さいね」

 

 「善処はする。 とりあえず言ってみ」

 

 「貴方はまだ子供だからです。 いくら私を起動させる力を持っていたとしても、貴方はまだ幼く、なんの力も持っていない。 私を取るに相応しいとは思えないからです」

 

 さらに言えば一葉はまだ子供である分だけ時間と可能性が満ち溢れている。魔法の世界に足を踏み入れ魔導師としての運命に縛りつけるにはまだ早すぎる。

 

 「それに、私は兵器です。 貴方の扱い方次第では、人だって簡単に殺せる。 子供が軽い気持ちで持っていいような代物ではないのですよ」

 

 「ふぅん……正直だね、お前は。 下手に取り繕うよりも全然好感が持てるよ」

 

 「ありがとうございます」

 

 一葉は口に付けていたマグカップを置いて、言葉を続けた。

 

 「とりあえず、お前の言うとおりオレは子供だ。 だから親に扶養されてる立場であって、被扶養者のオレが何か生き物を飼いたいって言ったら勿論両親の了承を取らなければならない。 ここまでは解る?」

 

 「はぁ……」

 

「そう言うことで、一応明日両親にお前を家においていいかの許可を頂かにゃならない。 その辺は多分問題ないと思うけど、誰かに何か聞かれてもお前はペットってことになるけどそれでもいい?」

 

 「まあ、魔法文化のないこの世界ならば仕方がないのでしょうね。 貴方が平然とし過ぎて、私がこの世界では異質な存在だということを失念していました」

 

 「喋ったり、火を出したりする以前に、もう見た目が異常だけどな」

 

 今でこそ鳩ほどの大きさになっているが、本来は一葉と同じ大きさの巨体を有する鳥の見た目は鷹そのものなのだが、その羽は黒く染まっていて、それで漆黒という訳でもなく光の角度によって碧色や瑠璃色の線が走っている。

 当然こんな鳥は地球上には存在しないし、種類によっては他の生物の声を真似する鳥もいるが、自分の意思でこんなにも流暢にしゃべる鳥が世間に知れたらとんでもないことになるだろう。

 

 一葉は、出会って最初の方に写真に撮って知り合いに送信しようとしたことは失敗してよかったことなのかもしれないと思い始めた。

 それでも、炭になった電話帳の中身はもう一度聞き直さなければいけないめんどくさい作業を考えるとどうしても気持ちが億劫になってしまう。

 

 「まっ、今日はもう遅いし寝るか。 お前は……、あー。 えーと……」

 

 どこで寝る?と聞こうとして、一葉は重要なことに気がついた。

 

 「そういや、お互いの自己紹介まだだったような気がする」

 

 「ああ、言われてみればそうですね」

 

 一葉の言葉に、鳥も初めてそのことに気が付き首を小さく頷かせた。

 

 「とりあえず、オレの名前は緋山一葉。 緋山が名字で一葉が名前」

 

 「私は……、そうですね。 このあたりで心機一転して、貴方に付けてもらうのもいいかもしれません」

 

 「オレに? 最初に言ってた月の踊り子ってのは?」

 

 「あれは、いわゆる二つ名です。 と、いうわけでマスター(仮)。 私に格好いい名前をください」

 

 「いちいちカッコ仮って言うのもメンドイだろ。 一葉でいいよ。 それよか、名前ねぇ……」

 

 一葉は俯きながら手を組んで考え始めた。生き物に名前をつけるなんて初めてのことだったが、意外にもすんなりと頭に思い浮かんだ。

 

 「……ベヌウ」

 

 ポツリと、呟くように声に出してみる。

 

 「ベヌウ……ですか。 どのような意味があるのですか?」

 

 「エジプトの神話に出てくる神様だよ。 鳥の姿をしてて火の化身でもある。 まさにお前のことじゃないか」

 

 立ち上がる者の意味を持つ、死者の守り神であり再生のシンボルでもある。あれは確か太陽の化身だったが、まあ月でも似たようなものだろう。

 

 「なるほど、悪くはありませんね」

 

 鳥は猛禽の双眸を閉じると、身体からカシャカシャと機械が作動する音が聞こえてきた。

 どうやら新たに授けられた名の登録作業を行っているようで、一葉はその音でこいつは本当に機械なのだと改めて実感する。

 

 「登録が完了しました。 これから、しばらくの間厄介になります」

 

 ベヌウと、名を登録された鳥は瞼を上げ緑の双眸を一葉に絡ませる。

 森のように深緑は、見ているだけで吸い込まれてしまいそうになるほどに綺麗だった。

 

 ◆◇◆

 

 

 『僕の声が聞こえますか!? 誰か!!』

 

 「うおぉう! なんだ、なんだ!?」

 

 突然、頭の中にスピーカを埋め込まれてたかのように響く声に、一葉は片づけようとしていたマグカップを床に落としそうになった。

 

 ベヌウとの話も終わり、そろそろ寝ようかということでちょうど片づけをはじめたばかりだ。

 いつもの就寝時間を大幅に超えてしまっている為、風呂は明日の朝でもいいかなということに意識を向けていたので、大音量で響く声に一葉はひどく動揺してしまった。

 

 「ビックリした。 本当になんだ今の?」

 

 「念話ですね。 近くに魔導師がいるのでしょう」

 

 目を丸くしながら視線を彷徨わせる一葉に、ベヌウはティッシュ箱製の寝床に収まりながら言った。

 箱の中には緩衝材として、景品で当たった上等なスポーツタオルが敷いてある為、寝心地は悪くないはずだ。

 それでも近いうちにちゃんとした寝床を作ってやらなければならないだろう。

 

念話とは魔導師同士の思考を声を出さずに伝えあう無線のようなものだ。

 魔法の知識がなくともきっかけさえあれば突然使えるようになるもので、大抵の魔導師が初めに覚える初歩的な魔法だということを教えられた。

 

 ベヌウが一葉を呼んだときに使用していた魔法も、念話の亜種だ。

 無作為に、誰にでも言葉を伝えるのではなく自分を起動できる資質を持つ者だけに届くように魔力の波長を調整していたらしい。

 

 緩衝材に、景品で当たった上等なスポーツタオルを敷いているので急遽あつらえた割には案外気に行ってもらえたようで既にうつらうつらと船を漕いでいる。

 「魔導師ねぇ……。 そういやこの声ってさ、さっき話したフェレットを見つけた時に聞こえてた声なんだけど」

 

 一葉は、ベヌウを見つけた経緯として夕方に聞こえた声に誘われてフェレットを見つけたことを教えていた。

 ただ、状況だけでは何もわからず結局この話題は保留ということになったのだ。

 

 「そのフェレットが変身魔法で姿を変えている魔道師か、もしくはその使い魔なのでしょう。 助けを求めているようですが、どうしますか?」

 

 「んー……」

 

 『僕の声が聞こえる人! お願いです! 僕に力を……、少しでいいですから力を貸して下さい!!』

 

 一葉は首を捻る。

 押し出すような叫び声にはっきりとした緊迫感が帯びていた。

 明らかに厄介事の匂いがするし、そうしたことに自分から首を突っ込むほど馬鹿ではない。

 別に放っておいてもいいのだが、たった一つだけ一葉の頭に引っかかるものがあった。

 

 「あのさぁ、その念話ってのが聞こえた奴がオレの他にももう一人いてさ……。 友達なんだけど、頭にバカがつくぐらいお人好しなんだよね」

 

 「だとしたら、様子だけでも見に行きましょう。 御友人がいなければ帰ればいいですし、結界が張られているので大まかな場所は判ります。 私の背に乗っていただければすぐの距離です」

 

 ベヌウはそう言うと、ティッシュ箱の中からピョンと跳び出ると、翼を広げて窓まで移動した。

 窓枠からガラスにコツコツと嘴を当てる。

 ここを開けろということなのだろう。

 

 ベヌウは早く開けろと視線で一葉に催促する。

 だが、ベヌウと一緒に行くとしても身を守る為の最低限のものは持って行きたかった。

 

 「ちょい、待ち。 持っていきたいものがあんだ」

 

 「早くして下さい。 こうしている間にも御友人が巻き込まれている可能性があるのですよ」

 

 わかってるよ。と言いつつ、一葉は机の一番上の引き出しを開けて紺色の麻包みを取り出した。

 紫の組紐で止められた麻包みは筆箱と同じぐらいの大きさで、ずっしりとした重量感が一葉の手に乗る。

 

 これは一葉にとってこの世界で唯一の、そして最強の武器だ。

 この平和な世の中で使うことは一生ないと思っていた。もしかしたら杞憂で済むかもしれないが、用心をすることにこしたことはない。

 

 だが、一葉は気がついていなかった。

 この日、この時に緋山一葉にとっての終わりが始まったのだということに。

 

 

 ◆◇◆

 

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