魔法少女リリカルなのは Broken beast 作:やまあざらし
執務官。
それは時空管理局において事件の捜査や法の執行、現場人員への指揮権を持つ管理職だ。また、検察と警察の両方の権限を兼ね備え状況に応じてその場で簡易裁判を行い、即時処刑を執行できる強力な権限も持っており、法務職でありながら尉官級の軍権も発動することができる。
それ故に執務官の資格を取得するには高い魔力資質と法律全般の知識、そして実務能力が必要とされる。
クロノ・ハラオウンが執務官となったのは三年前だ。当時、まだ十一歳だったクロノは史上最年少で、狭き門で知られる執務官試験をパスし、既に三年のキャリアを積んでいる紛れもない天才だ。
そんなクロノがたまたま乗艦していた近隣の次元世界を航行していた次元艦に、ジュエルシードと呼ばれるロストとギアが管理外世界で紛失した事案の一報が入ったのは不幸中の幸いだった。
スクライアの部族からの情報提供と、サーチャーと呼ばれる探査機で得た事前情報によると、そのジュエルシードは推定でもAAA級危険指定にされるほどの代物だ。
さらに、調査の段階でそれを狙う犯罪者が居ることも確認できているため、本局からの人員を待つわけにもいかず早急に動かなければならなかった。
その犯罪者は少なくとも二人。それぞれが強力な使い魔を有しており、また魔道師自身も相当な実力を持っていると推測されている。
おそらくは、並みの武装局員では歯が立たないだろう。クロノが単身で出撃した理由はそこにある。
ようやく目的の次元世界に到着したと思ったら、既に二つの勢力がジュエルシードを巡って争いを起こしていたのだ。
いや、そこまではいい。ジュエルシードを狙う犯罪者と、ジュエルシードを発掘した遺跡の現場を監督していた少年が現地住民に協力を申し出て何度か衝突していたことは知っている。その二人が年端もいかない少年だということも。
だが、一体誰が想像できただろうか?
その少年たちが非殺傷設定すらも解除して、激しい殺し合いの中で嗜虐の笑みを湛えていることなど……。
クロノが咄嗟に二人の間に割り込むと、瞬間、二人の動きが止まった。
戦いの余韻が耳を打つ。訪れた静寂の無音に、クロノは圧し掛かるような重力を背中に感じた。
「ストップだ。 二人とも戦闘を中断してデバイスを収めろ。 聞きたいことが山ほどある」
クロノが言い終える瞬間、魔力が荒ぶる波濤となって大気を攪拌させた。
「……盟約に従い森の深淵から現れよ 三つ首の髑髏 鴉の骨 狼の牙 百足の血 散在する狩人の屍 集え死神」
「銀嶺を砕き雲割て出づる八本足の軍馬! 嘶き 吠え 空を砕け!!」
地を這うような冷淡な声と、昂りをあげる声は魔法を発動させるための詠唱だ。クロノは胸に突き上げるものを感じ、頭よりも先に体に覚え込ませた回避行動に移った。
__Grim Reaper.
__Mikazuti.
無機質な機械音が響くと同時に、暴力的な魔力の塊がクロノに襲いかかる。
癖っ毛の少年からは真空に圧縮された空気の鎌が曲線を描き、黒い少年からは獅子頭となった電子の塊が超高速の刺突となって死を叫ぶ。
双方が非殺傷設定など最初からしていないことなどクロノは知っていたはずだった。
これは油断だ。違法魔導師といえど相手は自分と同い年程度の子供であり、もう一人はたまたま巻き込まれてしまっただけの現地住民の子供だという認識しかしていなかった。
執務官として少なからずの経験を積んできたクロノは幾度となく自分よりもはるかに年上の犯罪者を相手にしてきたが、今回のようなケースは初めてだった。
いざとなれば力づくで制圧することができるという、子供の喧嘩の仲裁程度の覚悟しかしていなかったのだ。まさか間に割り込んだだけで、殺意の標的が自分に移行するなどと露ほども考えていなかった。
咄嗟に身体が動いたのは執務官として積む重ねた経験のおかげだった。全身に魔力を通し高速移動で直撃は避けられたものの二人の少年が放った魔法がぶつかり合った余波がクロノの背中を突き抜け、崩された体のバランスは重量のままに地面に引き寄せられ魔力の残滓は慣性のままに矢雨となりクロノに突き刺さった。
リンカーコアを傷つけられる時の特有の胸を引き裂かれるよう激痛と大気を乱す激流に流されながらもクロノは手放しそうになった意識をとどめ、衝撃に揺れる視界の中で地面との衝突は避けることができた。
「か……っは……」
肺にたまっていた空気が全て押し出される。クロノは地面にゆっくりと着地しながら息を整えると同時に現状を理解し、諦観が鎖となってクロノの心臓に巻きつく。
自分ではあの二人を抑えることはできない。
その現実は、あの二人が発動させた魔法が物語っていた。
金髪の少年が発動した魔法は、決して魔力の電気変換などという単純な能力ではない。そもそも電気の発生原理は上空と地面との間にある電位差が生じる為であり、電気変換資質の持った魔導師は自らのリンカーコアで発生させた魔力を電位差へ変換させることによって放電現象を起こしている。つまり、電気変換の魔法は魔導師が魔力によって引き起こす自然現象の一つに過ぎないのだ。
だが、あの少年は魔法の発動時に電気分子を獅子頭の形に具現化していた。魔力を具現化させるレアスキルは極稀な例として確認されてはいるが、電気変換資質の魔導師としては決してありえない現象であり、もはやその能力は放電現象ではなく荷電粒子間のプラズマ現象に限りなく近い。
それは魔力を電気に変える能力ではなく物質の分子を意図的に振動させてエネルギーを生み出す、電気変換資質に酷似しているが遥かに高位な能力だ。
そして、癖っ毛の少年が発動させた魔法は、発生させた魔力によって大気の相対密度の空気をぶつけ合い意図的に発生させた空気の移動を魔力によって殺傷能力を極限にまで高めて操っていた。
今の少年のように自然現象を人為的な魔力によって発動させることによって消費魔力を控えつつも、より高い魔法を発動させる技術は理論は昔から提唱されてはいたが実際に実戦で使用する魔導師は皆無だった。
魔法は一言するとファンタスティックな響きに聞こえるが、実際は種も仕掛けもある科学の結集だ。
デバイスがマナと呼ばれる大気の微粒子を取り込み、人体にあるリンカーコアを刺激し化学反応を引き起こしているにすぎない。
そして化合によって引き起こされる現象であれば、そこには必ず化学式が存在する。
魔導師は魔法を使う際にほとんどの演算式をデバイスに依存しているが、現在でもデバイス技術では魔法と自然現象を同時に発動できるほどの計算能力を持つデバイスは開発できていない。
つまり、少年のデバイスは現在のミッドチルダのものとは別の技術。“失われた時代”のものである可能性が高い。
そんな二人を相手に一人では荷が重いでは済まないことなど、クロノ自身が一番理解していた。
だが、力の足りなさが即ちこの場で逃げ帰っていい理由には決してならない。
時空管理局とは次元世界のあらゆる万人に対しての秩序と法の番人でなくてはならず、絶対的な存在でなくてはならないのだ。
その番人の象徴たる執務官が、犯罪者を前に尻尾を巻いて逃げ帰ったとなれば、それが秩序の綻びへと繋がってしまうのだから。
クロノは、ふと視界の端に映った人影に気がついた。
そこにいたのは二人の少女と三体の使い魔。状況から鑑みて上空で斬線を切り結ぶ少年たちの関係者だろう。
人員がいれば彼女たちの身柄を確保するべきなのだが、現場にはクロノ一人しか出ていない。
現場の状況を甘く見ていたミスだった。
今は何よりも先に二人の少年を制圧しなければならない。状況において公園を中心にした強力な結界が張られてはいるが、どんな拍子で結果が破壊されるかもわからない。
それだけ少年たちの力は未知数なのだ。
結界が破壊されてしまった場合、これだけ見晴らしのいい立地だ。管理外世界に対する魔法の露見は免れないだろうし、物的被害や、ここは公園という公共の場なのだ。一般人の被害者も間違いなく出る。
そうなってしまう前に、現在の状況の何もかもを解決しなければならなかった。
クロノは視線で少女たちを睨みつけた。その視線に気がついた全てがクロノと視線をぶつけ合う。
今はこれでいい。あの少女たちがこのまま大人しくあの場にとどまり続けてとは考え難い。
だからと言って、クロノ一人では手が回らないのであれば、既に管理局が目をつけたという警告をしておく必要がある。
それが、今後の彼女たちの活動においての枷になるはずだ。クロノの一瞥にはその意味合いが含まれていた。
今のクロノにとって最優先の行動は、上空の二人の制圧だった。
◆◇◆
「フェイト! リニス! いったん引こう!!」
焦燥で滲む声をアルフは荒げた。
時空管理局の登場はジュエルシードをめぐる今回の一件で最も恐れていたことだ。ロストロギアの探索、所持は厳しく規制されている。
古くから遺跡発掘を生業とするスクライアの一族でさえ、ロストロギアと思われる遺跡を発掘すればいったんは管理局に引き渡さなければならない取り決めがある。
何の資格も持たない一般人が能動的にロストロギアを収集していること自体が重大な犯罪行為に加え、アゼルとリニスはジュエルシードを奪うために輸送船も強襲している。その時点で管理局に捕まれば実刑200年は優に超えるほどの罪を犯してしまっている。
それは共犯であるフェイトの同じだ。
ここで捕まってしまえば今までの行動が全て水泡に帰すだけでなく、一生涯を棒に振ることになる。アルフはそのことを理解していた。
しかし、アルフの慌ただしさとは対照にリニスとフェイトは静かだった。フェイトは単純に狼狽し戸惑っているだけのようだが、リニスは冷静に状況を判断していた。
「仕方ありませんね。 水を差されて腹立たしくはありますが、捕まってしまえば元も子もありません。 どうやら管理局の先行隊はあの魔導師一人だけのようですから私はアゼルを連れて後から行きます。 アルフはフェイトを連れて先に行ってください」
リニスが言うと、アルフは首肯しフェイトの手を取った。
「あ……」
フェイトの唇から躊躇いの声が漏れる。フェイトの中には、まだなのはの手をとるべきかどうかという葛藤があった。
だがアルフはフェイトの零した声を聞こえないふりをした。自分の主が何を考えていることはわかる。時空管理局の脅威が目の前に迫っていても、実兄と一葉の争いをこのまま放っておくことに躊躇いを持っていたのだ。
たとえ状況が一つでも選択を誤れば自らが破滅してしまうとしても、今まで押し殺し堆積してきたフェイトの良心が呵責に悲鳴をあげていたこともアルフは知っている。
それでも、アルフはフェイトの使い魔だ。例え何が起ころうと、どんなにフェイトの心が揺らいでいようとも、アルフにとっての最優位性がフェイトの身の安全であるということは不変でなくてはならない。
アルフは自らの足元に燈色の光を走らせた。魔方陣を描く光の線は転送魔法の術式を展開し、発動させる。
「待って! フェイトちゃん!!」
光に消えようとするフェイトとアルフになのはは手を伸ばす。だが、伸ばされた手は虚しく空を掴む、なのはは悲しそうな眼差しを向けるフェイトと目が合った。
「ごめん……。 私はここで捕まるわけにはいかないんだ。 一葉は貴女が止めて。 会ったばかりの私なんかより、貴女の声の方がきっと一葉に届くはずだから……」
フェイトの声はどこか寂しそうでいて、悲しそうだった。その悲しさは燈色の光の残滓とともに消えていった。
そして一人残されたリニスは厳しく冷ややかながらも余裕のある眼差しでベヌウを見ていた。
「命拾いしましたね使い魔。 心惜しいですが、あのジュエルシードは貴女たちに差し上げましょう」
「このまま……、私が貴女を見逃すとでも思いましたか?」
語気を荒げず平坦な殺意を潜ませた声でベヌウは言った。まるで獲物を見つけた狩人のような鋭い視線とベヌウの周囲で揺らめいている炎の矢群の切っ先はリニスを貫いたままでいる。
リニスもまた八十其のスフィアを展開しているとはいえ、ベヌウとの実力の地力が違うことは承知しているはずだ。
だが、リニスは余裕の表情を崩さないまま人差し指を天に向ける。
瞬間、落雷の轟音と震動が大気を揺るがした。
◆◇◆
対峙する両者は目まぐるしく立ち位置を変え、移動を繰り返しながら空間に傷を刻んでいく。
斬線は煌きとなり、大気を引き裂く。その度に鉄のぶつかり合う劈く音が空に響き、木霊する。
相手を破壊せしめてやろうという一撃一撃が、一葉にとっては心地が良かった。
思慮も遠慮もいらない。髪の先から足の爪先まで電流が駆け抜けるように走る、本気になれる悦び。自分を偽らずにいられる快感。そして興奮。
あたりに満ちた“殺陣”の空気は委縮し矮小になっていた一葉の狂気を暴走させるに十分なものだった。
過去や未来ではない。心の底から湛える欲のままに酔いしれることのできる今に一葉は溺れていた。緋山一葉としてのしがらみも、魂のしがらみも関係ない。平穏への祈りも、不変であれという願いも、もはや一葉には無くなってしまっていた。
魔力の塊がぶつかり合う。衝撃で生み出される風は鋼と金の魔力の残滓で視界を遮り、アゼルと一葉に両者が両者とも命を刈り取る絶好の好機を生み出した。
一葉はアルデバランに魔力を通した。
__Gravty core.
一葉を中心として魔力で押し固めた円状の空気の塊を下方向へ叩きつける魔法だ。遮られた視界の中でもアゼルの居場所は直感的にわかる。それは恐らくアゼルも同じだろう。
術式を展開しながら一葉は、獲物を見据えた蛇のようなアゼルの粘つく視線に捉われないように縦横無尽に移動する。
一葉の放った魔法は僅かに手応えはあったが致命傷には至らず、また動きを制限するような怪我を負わせることもできなかった。
そして視界を遮っていた魔力の残滓を貫いてきた数本の閃光も、一葉の右肩の肉を僅かに削っただけだ。
傍から見れば今までの一連の攻防は、全て一瞬の出来事だった。魔力によって生み出された靄も、瞬き間に霧散し、アゼルと一葉は再び刃を切り結ぶ。
「今すぐ戦闘を中断して武器を捨てろ!! 君たちが行っていることは次元法に抵触する犯罪行為だ!!」
そんな二人の間に、クロノの喝破が響いた。
その声に反応し動きの速度を緩めたのはアゼルだった。それにつられて一葉もクロノに意識を向ける。
一葉は弾む息を整えながらも、緩やかに冷やかになっていく自分の体温に苛立たしさを感じていた。この戦いはあくまでアゼルと一葉の私闘だ。その間にジュエルシードという打算的なものはない。だというのに、突然現れた少年は次元法などという聞いたこともない法律を押し付け水を挿そうとする。
一葉がアゼルにつられて槍を収めた理由は、この戦いは第三者が与えた隙をついて決着をつけるような戦いではないからだ。
アゼルもまた、それを理解していたからこそ刃を一時的にひいた。
アゼルは額から流れる血で濡らした唇で微笑を浮かべながら、聞き分けのない子供を見るような眼差しでクロノを見据えた。
「君の方こそ、そういうの止めてくれないかな。 仕事熱心なのはいいことだと思うけどね、人様の喧嘩にまで首を突っ込むことも時空管理局の職務に入っているわけ?」
「論点を挿げ替えないでくれ。 君たちの行っている喧嘩自体が犯罪なんだ。 なんだったら罪状を一つ一つ述べていこうか?」
アゼルのからかうような言葉に、クロノは努めて冷静でいて厳しい口調で答えた。
弱みを見せれば、そのまま喰われる。そんな直感めいたものがあったからだ。
「面倒だし先にそいつ殺さね?」
一葉の不穏な言葉に、クロノはデバイスを身構えた。
この場に砲撃魔導師がいないことは不幸中の幸いだった。三者はお互いに牽制し合い距離を保ってはいるが、それでも一歩踏み込めば必殺の魔法が放てる間合いを測っている。
今のクロノにできることは時間を稼ぐことだった。
どうにかして今の状況を持続させ、応援が来るのを待つ。クロノが乗っていた艦に配備されている武装局員ではこの二人の相手は荷が重いかもしれないが、クロノ一人ではどうすることもできないのであれば物量戦で臨むしかない。
幸い辺りを包囲している結界は不可視結界であって他者の侵入を積極的に阻むタイプのものではない。後五分もすれば増援が駆けつけてきてくれるはずだ。
だが、クロノのそんな目論見はたやすく崩される。
今の状況を良しとせず、行動を起こしたのはアゼルだった。
「なるほど。 確かにそれは魅力的な提案だけど、管理局員殺しはちょっとばかしリスクが高すぎるかな。 彼を殺して管理局から恨みを買うのは、それはまだ僕の望むところじゃない。 だからと言って現状を維持していても、応援が来てもっと面倒くさいことになるだろうからね。 遊びの途中で悪いけど、今日はこのままお開きにさせてもらおうかな」
言い終えると同時に、イカロスの刃から魔力が弾けた。
__Kurui kazuti.
放たれた魔力は形となり、膨大なエネルギーを内包した紫電に姿を変える。そして紫電は一瞬にして拡散し、空間を刻む亀裂となって地上にいたなのはたちに襲いかかった。
◆◇◆