魔法少女リリカルなのは Broken beast   作:やまあざらし

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  この二人の少年の起こす行動はあまりにもクロノにとってあまりにも予想外で、想定外過ぎた。

 今まで出会ってきた犯罪者の中には、当然一般人を盾にしてまでも逃亡を図るとする輩は多くいた。しかし、その全ては逃げきれないと悟り自棄になったが故の悪あがきだ。そして自棄になったが故に冷静な判断ができず、思考が直線化され大抵は自滅していった。

 

 だが、アゼルは追いつめられたわけでも自棄になったわけでもないというのに、瞬き一つせず冷静に、冷酷に地上に居た傍観者の少女たちに牙を向けた。

 

 そんなあまりに唐突過ぎる出来事を視線では追えるというのに、一葉のように身体が反応せずむしろ緊張で強張ってしまっていた。

身体が緊張したのは一瞬だが、その一瞬が各々の行動の優位性を決定づけた。

一葉はアゼルの放った紫電を追いかけ、アゼルはその隙を突き自らの足もとに転移魔法の陣を敷き終えていた。クロノは一人状況に取り残され、牽制のために保っていたお互いに魔法を発動された時に反応できる絶妙な間合いが仇となった。

クロノの立ち位置からではアゼルに対して射撃もバインドも間に合わない。何もできないまま、みすみす取り逃してしまう。

 腹の底から噴出した焦りと悔しさが胃の中に溢れ出た途端、地上から押し出すような叫び声が響いた。

 

 「執務官の人! 今だ!!」

 

 クロノは咄嗟に下を向く。視線の先にはバインドで両腕を縛られた一葉がいた。

 

 

 ◆◇◆

 

 

なぜ身体が動いてしまったのか、その理由はわからなかった。おそらくは未練とか、執着とか、そんな様なものだろう。

 魂が肉体に惹かれるというのであれば、“緋山一葉”として過ごし蓄積された日々の思い出に、肉体が勝手に反応してしまったといったところだ。

 

 アゼルの放った紫電は魔力によって指向性が付属され、意志を持ち地上にいるなのはたちに襲いかかった。その様子に気が付いていたのはベヌウだけだった。

 いや。

 きっと、なのはが反応できていようがいまいが関係なかったのだ。緋山一葉が最も恐れていたことはなのはが傷つくことだった。

 なのはに危害が及ぶ可能性に対して、身体が反射的に動いてしまったのだ。

一葉は足に込めた魔力を爆ぜさせ、普段の一葉にはそぐわない騒擾な高速移動で紫電を追いかけた。本来ならば射撃系統の魔法で撃ち落とすべきだが、一葉は砲撃に属する魔法の一切が使えない。

 単純に才能がないのか、形成した魔力を完全に体から切り離すことがどうしてもできないのだ。しかし、逆に言ってしまえば、魔力を体から切り離さず身に纏い発動するタイプの近接・中距離間の攻撃魔法の発動に関して一葉は紛れもない天才だった。

 魔法を発動させるための計算式の精密と速度は当然のことながら、演算には独自の閃きや発想さえも取り入れ、より効率的で効果的に発動させることができた。

 そして一葉の才能の最たるものは、脊髄を介さない程の反射能力だ。どんな緊急時でも、頭ではなく体が最も最善の行動を選択する。

一葉はアルデバランに通された魔力は大気を飲み込み押し固め、穂先の延長線上になるように形成された。

 

 __invisible spearhead.

 空気を魔力で昂ぶらせた、アルデバランから伸びる見えない穂先はアゼルの放った紫電を貫き砕く。

 雷は衝撃で四散し、閃光となって消滅した。

 その閃光で目が眩んだ、ほんの一重の隙だった。

 

 若草色の鎖が、一葉の両腕に巻きついた。

 

 「執務官の人! 今だ!!」

 

 戦塵で汚れた甲冑小手がきつく締め上げられる。これはユーノの魔法だった。

 一葉はあくまで冷静に、そして冷淡に状況を把握し地上に四肢を着け魔法を展開しているユーノを見下ろす。すると畏れと怯えが入り混じり青ざめた表情のユーノと視線がぶつかった。

 一葉にとって、この展開は予想していなかったわけではない。なのはと違い、一葉はユーノにとって仲間ではなく状況に流されてたまたま一緒に居ることになっただけにすぎない。

 それでいて、ユーノが一葉のことを危険視していることも十分に承知していた。

 時空管理局というユーノの住む警察機関が現れたら、なんらかの行動を起こすことは容易に想像ができていた。

 

 一葉の腕を締めるバインドは拘束魔法なだけあって魔力結合が堅い。しかし、それは一葉にとって意味をなさなかった。

 一葉はバインドの魔力の構成を分析し、魔力結合同士を結合させている成分を魔力が結合することの出来ない成分に“入れ換えた”。

 まずはアルデバランを持つ左腕のバインドが渇いた粘土のようにボロボロになり崩れ落ちる。その様子を見たユーノの表情に、怯えの色が一層に濃くなった。

 

 一葉はユーノに対して怒りを持っていなかった。

 例え短い時間とは云え、濃密な時間を共に過ごしたユーノに対して同情も斟酌もなく、ただアゼルとの戦いを中断された苛立ちをぶつけることができる相手が一人増えた程度にしか考えていない。

 

 左腕と同じように、一葉は右腕を縛るバインドの構成の分析に取り掛かる。瞬間、ネイビーブルーのバインドが一度は開放された左腕を再び締め上げ、右腕にもユーノのバインドの上から重ねて現れた。

 

 それはユーノの声に反応したクロノのものだった。

 クロノはアゼルの身柄を確保できないと判断すると、ユーノが動きを制限した一葉の拘束を最優先と判断したのだ。

 

 クロノの展開したバインドは意思を持った蔦のように一葉の身体を縛り上げ、ユーノもそれに倣うかのように再び一葉の身体にバインドを展開させる。

 混じり合う若草色とネイビーブルーの魔力は滲むような黄色に変色し一葉の四肢を空に固定する。それは単純に身体を拘束するものではなく腕や指の関節部分は曲がらない方向に圧力が加えられ、不穏な動きを見せればそのまま骨を破壊するぞという無言の脅しがかけられていた。

 

 だが、クロノやユーノの考えとは裏腹に、一葉にとってその脅しは意味をなさないものだ。いくら強度や術者が変わろうとも、バインドを構築する魔力の成分や構築式が変わることはない。

 つい先ほどユーノのバインドのように、一葉にとっては乾いた粘土と何ら変わりがないのだ。

 

 しかし、刹那としてぞわりとした怖気が一葉の背中を舐めまわした。明確な理由などない、もしかしたら前世で蓄積された経験が空気を感じ取ったのかもしれない。

 言いようのない不安が一葉を支配し、それを明確に感じ取った瞬間、形のある脅威が一葉の背中から圧となって迫ってきていた。

 

 この圧はバインドの術者たちのものではない。もっとほかの脅威だ。

一葉が首だけで振り返ると、その圧の正体は直ぐにわかった。

それはアゼルだった。一葉がバインドで拘束されたのを見計らい、転移魔法を中断して刃を構えたまま猛進してきていたのだ。

 

 その行動は決して卑怯とは言えない。アゼルは一葉と違い明確な目的を持って行動している。その障害となる一葉が見せた絶好の隙を取り溢す愚かなことは決してしなかった。

 

 一葉はアゼルの姿を視界に収めると、咄嗟に腰紐に結んでいた麻袋の中身を一振りの巨刀として顕現させた。一葉の隙を逃すまいと、猛進していたアゼルは急な方向転換は出来ない。

 それでも目の前に突然現れた刀の切っ先に恐れもなく突っ込み、イカロスの切っ先を巨刀の刀身に併せ滑らせる。その反動でアゼルは身体の軌道を逸らすことはできたが、それでも満足に避けきることは出来ずに首筋から横腹にかけての縦一直線に肉を裂かれてしまう。

 それでも、迸る激痛を奥歯を噛みしめることによって誤魔化し、イカロスの刃を一葉にぶつけた。

 

 アゼルが狙っていたのは一葉の首筋から心臓にかけての一閃だった。だが、一葉の顕現させた巨刀によって僅かに軌道がずらされたと同時に、その間に一葉は左半身だけとはいえバインドの解除を成功させていた。

 アゼルの一撃を振り向きざまに防ぎ、イカロスとアルデバランの刀身がぶつかり合う。

 その衝撃に負けたのは、イカロスであり一葉だった。

 

 先までの激しい戦闘に加え、巨刀を避けるために無茶な角度から圧力が加えられたため、イカロスの刀身は限界に達していたのだ。

 アルデバランとの衝突は、イカロスの刀身を折る決定打になってしまった。

 

 それでも、武器として負けたのはイカロスだったが人間として敗北したのは一葉だった。

 痛んでいたとはいえデバイスが折れる程の衝撃を、一葉は左腕だけで耐えきることは出来なかった。

 左腕に痺れが走り、瞬間的に握力がなくなる。そして、一葉はアルデバランを掌から滑り落してしまった。

 

 アルデバランが重力のままに落下していくのを阻止したのはアゼルだ。アゼルはイカロスを捨て、一葉の手から離れたアルデバランを蹴り上げ自分の手に収める。

 そして、その勢いのままにアルデバランの切っ先を一葉の胸に向けた。

 

 その一瞬は、まるでスロー再生をしているかのようだった。

 飛び散る血汗さえも明確に目で捉えることのできる、まるで世界を置き去りにしてしまったかのような感覚の中で、アゼルの声が一葉の耳朶を打つ。

 

 「これで幕だ。 君の敗因は、自分が守ろうとした者を信じすぎたことだ」

 

 瞬間。アルデバランは一葉の心臓を貫いた。

 

 「……畜生」

 

 感じたのは痛みではなく熱だ。胸の中に火鉢を突っ込まれたかのような激しい熱を感じた刹那、一葉の命はそこで途切れた。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 「う……そ……?」

 

 なのはの頬に滴が落ちる。それは雨ではなく、まだ仄かな熱を持つ赤い血だった。

 見上げる視線の先には空に磔にされた幼馴染。まるでゴルゴダの丘で命を奪われた聖者のような姿に、なのははの心臓は冷たく凍えてその光景を愕然と見上げることしか出来なった。

 

 「そん……な……。 僕は……、こんなつもりじゃ……」

 

 自分の行動がきっかけとなって起こってしまった悲劇に、ユーノは動揺で声を震わせていた。クロノもまた、自分が介入する暇などない一瞬の出来事に、アゼルと同じ視点から呆然とその光景を見ることしかできていないでいた。

 そんな二人の動揺は展開していた魔法にも影響を及ぼす。死んだ一葉の身体を空に繋ぎとめていたバインドは制御を失い、解除される。

途端に、一葉の亡骸は糸の切られたマリオネットのように地面に落下していった。

 

 「……ッ! 一葉くん!!」

 

 地面に縫い付けられていたかのように立ち竦むことしかできなかったなのはは弾かれるように走り出した。

 心臓が冷たいというのに頭の芯は焼けるように熱くて、苦しくて息が止まりそうになる。

 目の当たりにしてしまった光景を否定する言葉を頭の中で何度も何度も繰り返し、嘘であれと血を吐いてしまいそうになるほどに自分自身に懇願しても、闇の中に真っ逆様に落ちて行ってしまうような恐怖に皮膚が泡立だった。

 

 赤い血を飛沫に舞わせて、空に煌めきを描きながら落ちる一葉をなのはは魔力で強化して身体で受け止める。その腕ごと持っていかれてしまいそうな激しい衝撃は、腕に収まった一葉の顔を見たとたんに胸を抉る痛みによって掻き消された。

 一葉の顔は鼻と口から吐き出された血によって赤く塗られていて、薄く開いた目には光がなくぴくりとも動かない。

 それはまるで、精気のない人形のようだった。

 

 「一葉……くん……?」

 

 掠れるなのはの呼びかけに、一葉は応えない。

 乱暴に肩を揺らしても身体と首をがくがくと傾けるだけで怒らない。笑わない。身体の真ん中に槍が刺さっているというのに苦しみもしないし痛がりもしない。

 

 「うそ……。 こんなの……うそだよ……」 

 

 なのはは恐怖で身体が震えた。真冬の夜のような凍えが背中を駆け抜け、指先を痺れさせ思考を鈍感にさせる。

 ただ、目の前にある……、自分の腕の中にある現実はただの光景として出しか捉えられず、頭が受け入れることを拒んでいた。

 一葉の身体から流れ出る血はなのはの白いバリアジャケットを穢していく。それに比例していくように、一葉の身体は徐々に冷やかなものになっていった。

 それはまるで血に魂が宿っているかのようで、血が一滴流れていく度に一葉が死んでいってしまっているのではないかと思えてしまうほどのもので……。

 

 死……。そうだ……死だ。

 血の温もりに浸っていたなのはは、ようやく緋山一葉の死を認識した。

 

「あ……、あぁぁ……。 いや……。 いやああぁぁぁぁぁあぁぁぁ!!」

 

 空を切り裂くような慟哭。絶望。心臓をナイフでズタズタに切り刻まれるような激痛がなのはを襲い、嵐のように荒れ狂う混乱と恐怖が頭の中で錯綜した。

 

 なんで!?

 どうして!?

 なにがいけなかったの!?どうしてこうなってしまったの!?なにが、どうして、なんで……、誰が……

 

 誰がやった……?

 

 針のような疑問は、冷たい衝撃となってなのはの脳裏を貫く。

 

 「いつか、僕が言った時のようになってしまったね。 君の脆弱さが君を殺した。 呆気のない幕切れだよ……、本当に残念だ……」

 

 鉛色の空。風さえも吹かない停滞した世界で少年が、憐憫と失望が入り混じった赤い瞳でなのはを見下ろしていた。

 いや、見下ろしていたのはなのはではなく、なのはの抱える一葉“だったもの”だ。

 黒いバリアジャケットを纏う少年の金髪も、白い肌も一葉の返り血で赤黒に彩られ、その姿はまるで不遜に佇む死神のようで、なのははその死神に怨嗟の怒りが津波のように押し寄せてきた。

 渦巻く絶望は理性を排斥し、冷たい恐怖は目眩がするほどの激しい感情は憎悪を通り越し、殺意となって喉元にこみ上げる。

 

 ああ、そうだ……。 そんなの決まっている。

 誰がやったのかなんて、ずっと見ていたではないか。

 力がないからと、ただ傍観することしかしなかった卑怯で醜い自分の目の前で、大切な人を殺した人間は目の前に居るではないか。

 臓腑を抉る程の怒りを、殺意を、痛みも哀しみも絶望も何もかもをぶつけるべき相手がいるではないか。

 

 錯綜していた恐怖と混乱は、激しい狂気となってなのはを焼き尽くす。

 

 「レイジング……、ハート……」

 

 __Yes sir. Kill mode on.

 

 アイツダ……

 

 

 ◆◇◆

 

 

 激しい戦いの空気は、一人の死によって束の間の停滞が訪れた。魔力の奔流であれほど荒ぶっていた風が止み、それなのに揺れだけが体の中に残ってしまったような感覚が張り付いている。

 訪れた静寂には息をのむ沈黙、切迫した冷たさ、張り詰める気配が支配していて封印によって密閉された空間で緊迫した雰囲気を作り出していた。

 

 その中で、傍観者にしかなり得なかったクロノは息を呑む。何もかもが一瞬の出来事として過ぎ去ってしまった現実に、クロノは身動きが取れずに立ち尽くしていた。

 

 クロノがアゼルを認識したのは、一葉の心臓にアルデバランが突き付けられた直後だった。

 ユーノ・スクライアの叫びが耳に届き、自らの魔力を触媒にし一葉の四肢にバインドを巻きつけた直後に空気が爆発するような音が耳朶を打った。

 訪れる突風。

 脇を過ぎ去る黒い塊。

 その塊が、僅か一合の攻防で緋山一葉を殺害する。それは本当に一瞬の出来事で、クロノは止めるどころか指先を動かすことさえも叶わなかった。

 

 「お礼を言うよ、執務官。 多分、下のフェレットのバインドじゃ彼には足りなかった。 君のおかげで、僕は彼を殺すことができた」

 

 それは空虚な声だった。期待に満ちて宝箱を開けたら中身が空だった時のようであった時のような期待に裏切られた声。

 アゼルはむしろ、自分がなのはたちに攻撃を仕掛けた瞬間に自分に斬りかかって欲しかったとどこかで願っていたのかもしれない。

 アゼルがいつも見ていたのは、自分の仇であり主の仇だった男だ。違う世界、違う時代で邂逅したその男の魂を持つ少年が緋山一葉だ。

 この出会いは運命の采配なのか悪戯なのか、自分にとっての不幸なのか幸運なのかもわからない。わからなかったが、それでも出会いに歓喜している戦士としての自分がいた。

 今さらになって遺恨を晴らそうなどという考えは持っていなかった。純粋に戦いとしての喜びがアゼルにはあったのだ。

 だが、緋山一葉は魂の確執よりも肉体に蓄積された思い出を選んだ。目の前の戦いよりも、他人を選んだ。

 それはアゼルにとって、完全なる裏切りだった。

 

 しかし、そんなアゼルの心情はクロノに伝わることも、よしんば伝わったとしても理解できるはずなど決してない。

 クロノにとっては状況判断を起こったという、執務官にあるまじき初歩的なミスによって人を一人死なせてしまったという現実に己を呵責し、その不甲斐無さに唇を震わせていた。

 

 「貴様……ッ。 なんてことを……!」

 

 クロノは怒りのあまりに眩暈が起こり、立眩みそうなるのを必死に堪えデバイスの先端から砲弾と化した魔力を撃ち放った。

 その数は全部で十二弾。クロノが一度に装填することのできる最大弾数だ。青い光の残滓で大気に尾を引きながら襲い掛かってくる魔弾に対して、アゼルはピクリとも動かない。

 落胆の感情の余韻を消した鋭い表情で、目線を動かすだけだ。

 

 捉えた。

 クロノの中で確信が生まれる。十二の魔弾全てが直撃コースに乗り、クロノは追撃のための魔力を装填する。

 アゼルの身体が微かに揺らいだのは、クロノのデバイスから薬莢が吐き出されるのと同時だった。

 

 「遅いよ。 そんなのじゃ一生かかっても僕に一撃を届けることなんてできない」

 

 「……ッ!?」

 

 後ろ。そう認識した時には既に炯炯とした黄金の魔法がクロノの身体を突き抜けていた。それは指向性のない、ただ魔力を吐き出しただけの殺傷性の低い衝撃だったが、アゼルの特性である電気変換の特性を帯びた一撃は動きをしばらくの間封じるには十分すぎる威力があった。

 

 「君は殺さない。 君には恩ができたからね」

 

 頭の先から足の爪先まで走る痺れに体が麻痺し、重力のままに墜ちるしかないクロノの耳に、風を切る音に混じってアゼルの声が届く。

 敵に掛けられた情けと自分の無力さに、視界から遠ざかるアゼルを睨みつけながらクロノは血が滲むほどに唇を噛み締めた。

 何もできなかった。

 少年たちの身柄も、ジュエルシードも確保できずに、むしろ自分の登場によって状況を無暗に搔き乱し被疑者を死に追いやってしまった。

 悔しさに鼻の奥が熱くなった瞬間、桃色の猛流がアゼルを飲み込んだ。

 

 

 ◆◆◆

 

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