魔法少女リリカルなのは Broken beast   作:やまあざらし

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 廊下は静かだった。暖房が利いているのか肌に纏わる空気は生温かく、人気は少ない。時々、なのはを先導する少女と同じ制服を着た乗組員とすれ違うばかりであった。

 アースラの中は、テレビや映画で見る巡洋艦とは大分違って思えた。

 身を圧迫するような狭い通路や、オイルに汚れた壁などはここにはなく、また筋肉で身を固めた屈強な男どもはここでは見られなかった。

 リノリウムを張られた白く広々とした廊下は、むしろ巡洋艦というよりも病院のような清潔さを感じさせる。

 それでも、やはり空間は限られているのだろう。

 真っ直ぐとした道は少なく、網のように曲がり角が入り混じり、さながら迷路のようなものとなっていた。

 医務室から出て、既に曲がり角に差し掛かる回数は二桁を超えていた。その都度、案内板のようなものが目に入ったが、それはやはり異世界の文字で、なのはが目の前を歩く少女とはぐれてしまえば、たちまちに道を見失ってしまうことは明白であった。

 しかしながら、なのはは俯きがちの視界に移る先導者の背中を機械的について行くだけであって、意識は自らの内にある暗澹の中に在った。

 一葉の心臓が貫かれた光景が、頬に降りかかった血の熱が、腕に圧し掛かる死の体温がどうしても忘れられないのだ。

 それは足が竦み強張る恐怖であり、自らの愚かしさを呪う恨みであり、乾坤の一切がひっくり返ってしまうような絶望であり、それらが渾然と混ざり合い、心臓を締めつける。

 そして、我儘を突き通してアースラにしがみつく事は出来たが、状況に流されることしか許されない自らの脆弱から、犠牲にしてまでもアゼルと捕まえると言う破滅的な思惑が芽生え始めていた。

 自分をかばうために傷ついた一葉は、まさしくアゼルの言った通り、なのはがいなければ傷つく事はなかったのだ。

 ならば、一葉が目を覚ました時になにもかもが終わっているようにしたいという気持ちは、一葉を傷つけるきっかけを作ってしまった自らへの贖罪の意識と混ざり合い、心のどこかで二度と立ち直れないぐらいに傷つきたいという危うい願望が心のどこかに在った。

 いつかの、蜂蜜を溶かしたかのような黄昏の下で、傷ついて痛いのは傷ついた本人ではなく、周りの人間だと言われたことを忘れたわけではない。

 だが、こうして思い出を反芻させながらも、こうして一葉が傷ついたことにこんなにも傷つきながらも、なのはは自分自身が傷つことを願わずにはいられなかった。

 

 「あ……」

 

 不意に、聞き慣れた声が耳に届く。

 伏していた視線を挙げると、先導していた少女が立ち止まっていた。そして、その先には一葉とアゼルの間に割って入った黒い少年と、その隣には見たことのない少年が気まずそうな面持ちで視線を逸らした。その横では、黒い少年が、しまった、と顔に書いたように表情を少しばかり強張らせている。

 束の間の停滞。そして、なのはは一瞬だけ考えこみ、記憶の中に耳に届いた声があることを思い出した。

 

 「……ユーノくん?」

 

 「……」

 

 零れるような問いかけの言葉に、ユーノは今にも泣き出してしまいそうな沈黙を持って肯定した。

 同時に、古傷を指で押したような微かな痛みを胸に感じた。

 ユーノ怯えは、きっと自分と同じだ。

 体中の毛が逆立ち身体の中で黒い嵐が荒れ狂うような自己嫌悪と、心臓を捻じ切られるような恐怖。自己弁護さえも許されないことをしでかしてしまった、首筋に冷たい刃を突き付けられるような寒気はきっとこれからもずっとなくなることはないだろう。

 苦しそうな重たい沈黙が続く中、なのははユーノを見据え、これだけは言わなければならないというように、真剣な声で言った。

 

 「ユーノくん……。 私、アースラに残ることにしたよ」

 

 

 「え……?」

 

 「どういうことだ?」

 

 虚を突かれたその言葉に、ユーノは引き絞られるような声を出す。ユーノの前に立っていた黒衣の少年も、なのはの言葉の真偽を確かめようと真剣な面持ちでなのはを見た。

 なのははこの少年のことを知らない。アースラに乗艦しずっと、一葉の近くに居たからだ。しかし、佇まいや雰囲気、先の戦闘でも一人でアゼルと一葉の戦闘を止めようとしたことから、一見して幼く見えても実力のある魔導師で艦でもそれなりの地位に就いているのだろう。

 

 「えっと……、あなたは?」

 

 「失礼。 僕はクロノ・ハラオウン。 この艦で執務官と言う役職に就いている。 それで、アースラに残るとはどういうことなんだ?」

 

 「艦長の意向でなのはちゃんは嘱託としてお手伝いすることになったんだ。 つまり、しばらく同僚になるってことだよ」

 

 なのはは厳しい視線に臆することなく尋ねた。

 クロノと名乗った少年は、リンディ艦長と同じ姓を名乗ったことに引っかかりを感じたが、なのはが口を開く前にエイミィがクロノの疑問に答えた。

 

 「艦長が許可を出したのか? どういうつもりなんだいったい……」

 

クロノは額にしわを寄せた顔でつぶやく。

 

 「さあ。 私は艦長じゃないから。 でも、なにか考えがあってのことじゃないかな?」

 

 なのはの位置からエイミィの表情を見ることは出来なかったが、先ほどまでの張り詰めたような堅苦しい言い方ではなく、クロノに対しては噛み砕いた態度で接することから、この二人は近しい間柄だということが見て取れた。

 まるで幼い頃から一緒に居たかのような距離感に、自分と一葉を見ているようで、胸にまた少しだけ痛みが走った。

 

 「ごめんなさい。 でも、足は絶対に引っぱりません」

 

 「あ……、すまない。 そういう意味で言ったんじゃないんだ。 君の魔力は平均から見ても飛びぬけている。 手伝ってくれるのだったらこれ以上心強いことはないが……、危険なんだぞ? 特に……」

 

なのはは芯の通った声で言うと、クロノはハッとして焦るように言った。

 

クロノは言葉を濁したが、ここに居る全員が誰の名前を言おうとしたのかは簡単に予想が付いた。

アゼル・テスタロッサ。

一葉を殺害したあの少年は、一体何者なのだろうか。一葉の心臓を貫いたのは間違いなくアゼル自身なのに、その死を誰よりも悲しんでいるのもアゼルに思えた。

沈鬱な落胆。期待への裏切り。およそ言葉では言い表せないような重たい感情が、アゼルの瞳の欝屈としたものが沈殿していたような気がしたのだ。

あの二人の関係を、なのはは知らない。それでも、決して逃れることのできない鎖のような呪いがあの二人を縛り付けているのだと確信めいたものはあった。

ジュエルシードのことはもちろんだが、この事件を解決するにはアゼルは避けては通れない脅威だということをなのはは理解していた。

 

 「わかってます……。 でも、私は逃げたくないんです。 ちゃんと最後まで見届けて、それで……、それで一葉くんが目を覚ました時に謝りたいんです。 ちゃんと……、ごめんなさいって……

 

 

 「そうか……。 ならば僕から言うことはないな。 これからよろしく頼む」

 

 「はい。 よろしくお願いします」

 

 「それから……、君はいいのか? しばらく同じ艦に乗り合わせることになる仲間だぞ」

 

クロノがユーノに振ると、言葉を探しあぐねているように目を伏せたり、唇を結んだり、半開きにしている様子で、結局口を噤んでしまった。

なのはは、ユーノが人間であったことにさしても驚きはしていなかった。むしろ、こうして人間の姿のユーノを目の当たりにすると、人間のように振る舞うフェレットの方が遥かに不自然であったとさえ感じている。

そして、人間の姿でアースラを案内されているということは、責任感の強いユーノのことだ。ユーノもまた、自分と同じようにこの物語にしがみつく覚悟を決めたのだろう。

 

 なのはは、ユーノの目じりに光るものを見た気がした。もしかしたら糾弾されるかもしれないと思っていたのかもしれない。お前が一葉を殺したのだと罵られると思ったのかもしれない。

 しかし、なのはにそんなつもりは毛頭なく、またそんな資格もないと思っていた。

 ユーノとなのはは同士だ。一葉を追いつめ、一葉を壊し、そして死なせてしまった同じ罪を持つ仲間だ。

 少なくとも、なのははユーノと共犯者めいたなにか特別な絆で結ばれた気がしていた。

 

 「僕は……、その……」

 

 「ユーノくん……。 一葉くんが目を覚ました時に、一緒に謝ってくれる?」

 

 「なのは……」

 

 なのはの言葉に、ユーノは胸の内があたたかなもので満たされていくのを感じた。それは赦しではない。本来、ユーノが赦しを乞うべき相手はまだ目を覚まさないでいる。

 それでも、なのはに拒絶されなかったことに、ほんの少しだけ救われたように気持ちになれたのは間違いなかった。

 

 「そうだな……。 その時は、僕も一緒にいいかな?」

 

 クロノがいたわるようにユーノの肩を叩く。

 ユーノの顔は、今にも泣き出してしまいそうだった。

 

 「はい。 みんなで一緒に……」

 

 なのはの口調は穏やかだった。それでも、その中には揺るぎのない決意があった。

 

 

◆◇◆

 夏の帳の風が吹く。

 今年の桜は咲くのが早く、また散るのも早かった。そのせいか、まだゴールデンウィークが過ぎたばかりだというのに、例年よりも早く風に夏の息吹を感じた。

 手入れの行き届いた短く刈り込まれた草の上で、緋山亜希子は腰を下ろして海の水平のその先を眺めていた。

 耳に届くのは風が草を揺らすと音と、遥先から耳に届くウミネコの鳴き声。束の間の夜が過ぎ、海鳴海浜公園の広場には人の姿はもう疎らにしか残っていなかった。

 髪をゆらす風も、柔らかな夕日に包まれる空も、どこまでも情緒的だというのに、亜希子の表情は険しく、どこか沈鬱な影を落としていた。

 亜希子は煙草を吸おうとジーンズのポケットに手を伸ばすが、どうやら翠屋に忘れてきてしまったようだった。結局、口元の寂しさを埋めるために、自分の舌先を前歯で削ったり、甘噛んだりしていると、ふと、周囲に魔力の気配を感じた。

誰かが簡易な結界を張ったのだろう。

久しぶりに感じる外部からの魔力の刺激に、胸の裏側にあるリンカーコアが刺激される。

 

「時空管理局提督・・・・・・、リンディ・ハラオウンです。 お久しぶりです。 副隊長」

 

この地球での安寧の暮らしのうちに、夢ですら聞かなくなったはずの懐かしい声だった。

 

「まさか先輩を寄越してくるなんてね。 上も気の利いた嫌がらせをしてくるもんだ」

 

亜希子は腰を上げ、ゆっくりと振り返る。

そこには、やはり想像した通りの人間がいた。そして、同時に忘れようとしていた記憶が揺り起こされる。

隣には部下だろうか、まだ幼い顔立ちの少年がいる。しかし、亜希子の注意はかつての先輩で、そして同じ部隊の部下だった女に注がれていた。

 地面に伸びる長い影。リンディ・ハラオウンもまた、亡霊を見るかのような目つきで亜希子を見ていた。

 

 「信じられないかもしれませんけど、偶然です。 そもそも、貴女が生きていたなんて私は思ってもいませんでした」

 

 「いいや、死んだよ。 魔導師としての私は10年前にね。 今はどこにでもいる主婦をやってる、ただの緋山亜希子だよ」

 

 両者の間には、今にも罅割れて砕け散ってしまいそうな緊迫感があった。そこにあるのは不審か懊悩か。あるいは覗き込めば吸い込まれてしまう暗闇のような、胸の轟を感じていた。

 

 「艦長。 お知り合いですか?」

 

 そんな二人の只ならない様子に、クロノはつい口を挟んだ。亜希子の視線がクロノに向くと、そして一瞬目を丸くしてから無遠慮に距離を縮めて、クロノの顔を覗き込んだ。

 

 「もしかして……。 君、クロノか? クロノ・ハラオウン?」

 

 「え……、ええ。 どうして……?」

 

 「はは。 父親そっくりだ。 時間が経つはずだよ。 最後に会ったのはまだ三つか四つぐらいの時だったからね

 

 

 クロノは、亜希子の顔を見た時からどこかで会ったことがあるような既視感を感じていた。そして、間近で亜希子のかを見て、物心がついたばかりの頃にいなくなった父親のことを出されて、胸の内にあった靄のような疑念は一瞬にして形を為す確信となった。

 しかし・・・・・・、まさか彼女がこんなところにいるわけがない。クロノはまさに自分の母と同じ心境に陥った。

 ここに来るまでの間、クロノはリンディから誰と落ち合うことになっていたのかを伝え聞いていなかった。

 いや、もちろん緋山一用の母親と会うことは聞いていたが、何かを隠している風だったので問い詰めると、実際会って確認が取れるまで待ってくれと言われたのだ。

 クロノは驚いた様子でリンディを見た。すると、リンディはあくまで冷静な面持ちのまま、亜希子が何者なのかをクロノに伝えた。

 

 「彼女はセキレイ・クロスフォード。 名前は知ってるでしょ? この人は貴方の叔母、お父さんの妹よ」

 

 セキレイ・クロスフォード。それはクロノが予想した通りの答えで、父クライド・ハラオウン。旧姓クライド・クロスフォードの妹だ。

そして10年前に死んだはずの、かつて時空管理局で最強と謳われたエース・オブ・エースの称号を冠した魔道士だった。

 

 

◆◇◆

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