Working Girl   作:草浪

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WorkingGirl カッコボツ

 

「更生プログラムぅ〜?」

 

執務室に呼びされた北上は手渡された一枚の書類を訝しげに眺めていた。

 

「そうです。それに……」

 

田所が説明を始めたところに北上は被せるように言った。

 

「わかった。この北上様にこれを受講させるべき子を選定しろということか。提督も人を見る目があるね〜。任せてよ。この北上様に任せた以上、大船に……」

 

「あなたが行くんです!」

 

「私かぁ〜」

 

北上はわざとらしく頭をかいた。どうやら適当なことを言って押し切ることは出来ないらしい。

 

「そのプログラムは戦果を問わず、内面に問題があるもの……例えば、誰かさんの様に訓練には出ない、提出すべき書類は出さない、上官に対しての態度がなっていない……」

 

「なるほど。つまりは提督の戦線維持を妨げる敵を見つけて連れて行けばいいんだね」

 

北上はそう言い、前髪をかきあげた。それを見た田所は更に激昂する。

 

「あなたのことです! このお馬鹿!」

 

「私だったかぁ〜」

 

「もうあなたの名前を書いて大本営に提出してあります。必ず行ってください。行かなければ……解体も視野にいれて処分を検討します」

 

それはお前の私怨だろう。北上はそう思ったが声には出さなかった。そしてそれ以上に自分よりも行くべきやつがいるだろう。そう思い田所の横に立つ大淀を見た。視線を向けられた大淀は不思議そうに北上のことを見返した。

いけない。この大淀じゃないんだ。北上は苦笑いを漏らすと、大淀にぺこっと頭を下げた。新しく来た大淀はいわゆる優等生というやつで誰にも恨まれず日々必死に提督の執務の補佐をしている。北上も何度か提出していない、書いてすらいない書類をこの大淀が代わりに作成してくれたことがある。

 

「わかった。わかった。じゃあ久々に東京観光でもしてくるよ」

 

北上は手の代わりに書類をペラペラとさせて執務室から出て行く。

 

「遊びに行ってこいとは言っていません! 待ちなさい! 北上さん!」

 

扉を閉めている間、田所は北上に向けて叫んだが、北上はそれを気にせずに扉を閉じた。

 

 

ーーーー

 

「ほぉ〜……うちの鎮守府の会議室とは違って豪華だねぇ」

 

書類に指定された時刻に指定された場所、大本営内の講堂に来た北上は感嘆の声を漏らした。赤い絨毯に装飾された壁。必要以上な豪華な講堂には既に何人か席に着いており、入り口には前から席を詰めろと書いてあるのにも関わらず、皆後ろの方に座っていた。北上も例に漏れず座れる後ろから詰める。北上が座ったのは窓側の長机の通路側に座った。

 

「あら? 見ない顔ですね?」

 

北上は後ろの席から声をかけられた。北上が振り返ると、そこには茶髪のポニーテールが座っていた。

 

「はじめまして。私は重巡、熊野と言いますの。横にいるのは同じ鎮守府所属の足柄さんといいますの」

 

「はじめまして。雷巡の北上だよ〜」

 

あまり不良たちとは絡みたくない。そう思った北上だが、隣に座る足柄と呼ばれる艦娘。彼女は熱心に爪を磨いているが、熊野には好印象を持った。どうしてこの場にいるのだろうか。そんな疑問を持ったが、机の上に置かれた鞄で全てを察した。

 

「早く終わらないかしら。この後銀座に行きたいんですの」

 

熊野がぼやく。しかし、これは独り言ではなく、隣に座る足柄に向けられたものだ。足柄に北上とのコミュニケーションを取らせようとしているのがわかる。

 

「そうね。さっさと終わらせて買い物して……今日こそはいい男を手に入れてみせるわ」

 

北上は横目で足柄を見た。足柄は熱心に爪を磨いていた。机の上に置かれた鞄は熊野のものも足柄のものも高級ブランド品だ。北上が持って来たPX品のショルダーバッグとは違う。

 

「お金持ってるねぇ……」

 

北上は聞こえない様に言ったつもりだが、二人に聞こえてしまった。熊野は北上の方を見ると親しげに話しかけた。

 

「足柄さんと一緒にしないでくださる? 足柄さんは男に貢がせたものですけど、私のは限定品でこれよりも価値があるものですの」

 

「私はあなたと違ってお家がお金持ちじゃないの」

 

足柄は手を休めずに答えた。

 

「でも、ものを見る目は確かですわ。だから高望みしすぎて殿方と会えないのでしょうけど……」

 

熊野の言葉に反論しようした足柄だが、北上の横に立つ人物を見つけて好奇の目で見た。

 

「あら? あなたも見ない顔ね」

 

「……すまないが詰めてくれないか?」

 

足柄に尋ねられた人物は足柄を無視し、北上に声をかけた。

 

「いいよ〜」

 

北上は机の上に置いた鞄を持つと、窓際に座りなおした。それまで北上が座っていたところにその人物は座った。

 

「航空戦艦の日向さんですの?」

 

熊野がその人物に声をかけた。

 

「そうだ。短い時間だがよろしく頼む」

 

日向は振り返らずにそう言った。北上は机に肘をつくと頰付きをしながら日向をながめた。ここにいる熊野や足柄とも自分とも似つかわない真面目な人物だという印象を受ける。

 

「もしかして、講義中に私達が寝ないようにするのが今日のお仕事?」

 

北上は日向にそう問いかけると、日向は笑って手を横に振った。

 

「とんでもない。私もこれの受講生だ」

 

「へぇ〜……人は見かけによらないねぇ」

 

「人になんと思われようと私には関係ない……私は寝る。終わったら起こしてくれ」

 

日向はそう言うと腕を組み目を閉じた。北上はそんな日向がどことなく自分に似ていると思った。

 

 

ーーーー

 

開始時刻になると、鉢巻を巻き、扉からオレンジのワンピースを着用した女性が入って来た。手には日本刀を持っている。教壇に登ると、睨むように北上たちを見回した。

 

「開始時刻を過ぎているというのに集まったのはこれだけですか……今回、あなた達を再教育することになった神通です。出欠を確認します。呼ばれた方は返事をしてください」

 

神通は名簿を読み上げるが、一向に誰も返事をしない。

「北上さん」

 

自分の名前を呼ばれたが、それより先に呼ばれた足柄が返事をしなかったので北上も返事をしなかった。そのままスルーされ、熊野も呼ばれたが答えない。日向に至っては既に寝息をたてている。北上もその寝息を聞いているうちにうつらうつらとしてきた。

 

「以上ですか……」

 

北上もあと一息で眠りに落ちるところだった。だが、神通の怒声により現実に引き戻される。

 

「あなた達は字も読めなければ、自分の名前すらわからない! 本当にそれでも誉れ高き帝国海軍の軍人ですかッ!」

 

「おぉぅ?」

 

田所とは比べものにならない怒声に北上は思わず動揺した。

 

「入り口の貼り紙には前から詰めろと書いてあります。席を移動してください!」

 

神通がそう叫ぶも誰も動こうとはしない。しびれを切らした神通は熊野の横まで来ると、熊野の腕を取り、強引に最前列まで引っ張っていく。

 

「ちょっと! 痛いのですけど!」

 

熊野が抗議の声をあげるも、神通はそれを無視して最前列に座らせる。

 

「あなた! これの荷物と一緒に移動してください!」

 

「何なのよまったく……」

 

足柄は渋々立ち上がり、熊野の荷物と自分の荷物を持って熊野の横まで移動した。同じ鎮守府の所属ということもあって一人にさせるのは忍びないと思ったのだろう。

 

「他の皆さんも移動していただけますか?」

 

神通がそう言うも、誰も動こうとはしない。再び神通は席の後ろまで歩いて来た。

 

「あなたは確か……時雨さんですね。動いてください」

 

神通は睨むように時雨を見た。だが時雨は顔をあわせようともしなかった。しばらく無言の時間が続くと、神通は日本刀を抜いた。そのまま鞘の方で時雨の頭部を殴打する。

 

「動くまでやめませんよ。あなたは確か、訓練にも出ず、出すべき書類も出さず、部屋に引きこもっていたらしいですね」

 

神通はそう言い、再び時雨の頭部を鞘で殴る。だが、時雨は動こうとはしない。そんな時雨に腹をたて、神通は力任せに時雨を殴った。だが神通が殴る場所が悪かったのか。時雨は頭から血を流すと、そのまま机にひれ伏した。神通は肩で息をしていたが、息を整えると、廊下に出て憲兵を呼んだ。呼ばれた憲兵は時雨を担ぐと、そのままどこかに連れて行った。

 

「いやいや……やりすぎでしょ」

北上は思わず声を漏らした。しかし、どうして時雨が頑なに動こうとしなかったのか。北上はそのことを疑問に思っていた。

これを見た他の者もゾロゾロと席を立つ。北上も殴られたくはないので席を移動しようと席を立った

 

「お〜い……日向さ〜ん?」

 

未だに眠りこけている日向の肩を揺らして見たが起きる気配がない。肩を叩いても駄目だった。そんなことをしているうちに日向の横に神通がやって来た。そのまま有無を言わずに日向の脳天めがけ鞘を振り下ろす。北上は思わず目を瞑った。だが、一向に鈍い音が聞こえてこない。恐る恐る目をあけると、神通が振り下ろしたと鞘を掴んで止めている日向の姿がそこにはあった。

 

「何も殴ることはあるまい。言葉で言えばいいじゃないか」

 

何度も言っていたし、呑気に寝ていたのはあんただよ。北上はそう思ったが口には出さなかった。日向はそのまま席を立つと、大きく伸びをして前の方に歩いていく。北上はその後ろをついていった。

 

「すごいねぇ〜」

 

「あれぐらい。姉の伊勢の太刀に比べたら造作ない」

 

日向はそう言い、熊野の後ろの席に座った。北上はその横、足柄の後ろに座る。

 

「今回は実力行使で来たようね」

 

足柄が振り返り、北上に声をかけた。

 

「今回は? いつもは違うの?」

 

先ほどの会話で足柄と熊野がこの講義の常連だということはわかる。北上は身を乗り出すと足柄に尋ねた。

 

「えぇ。東京に来れるからいつもは楽しみにしてるのだけど……今回は面倒ね」

 

「誰が好き勝手に話していいと言いましたか?」

 

北上の後頭部に鈍痛が走る。涙でぼやける視界の中で足柄が神通に殴られる映像が流れる。自分も殴られたのだとその時にわかった。

 

「では講義を始めます……みなさん、筆記用具をだしてください」

 

北上は痛む頭を抑え、鞄の中からノートと筆箱を出した。すると、隣に座る日向が肘で北上をこずく。

 

「すまないが……書くものを貸してくれないか?」

 

北上は日向を見た。そういえば、日向は手ぶらでここに来てすぐに寝ていた。

 

「仕方ないわね……ほら、これあげるわ」

 

北上ではなく、リングノートを持参していた足柄が日向にボールペンと破った数ページを与えた。

 

「すまない」

 

「構わないわ。足りなくなったら言いなさい」

 

日向は足柄に礼をすると、足柄は片手をあげて答えた。

講義は二時間近く続き、残りは明日ということになったが、日向が書いたメモは1ページにも満たなかった。

 

 

ーーーー

 

翌日、指定された時間に北上が来ると具合の悪そうな足柄と呆れたように座る熊野。そして昨日と同じ席で船を漕ぐ日向がいた。

 

「朝っぱらからどうしたの?」

 

北上が熊野に尋ねると、熊野はため息を漏らした。

 

「どうもこうもないですわ。昨日、足柄さんがホテルに帰ってきたのは朝方でしたの。話を聞けば、いい男を捕まえるどころか、全員潰れてしまって一人一人送ってきたと仰るの。流石の私も呆れてしまいましたわ。朝、足柄さんを担いでここまで来れば、日向さんは既に寝ておられますし……」

 

「そう……それは大変だったね……」

 

北上はそう言うと日向を見た。日向は昨日も終わる頃には寝てしまい、何度か揺らしたが、あぁ、と答えるだけで動こうとはしなかった。足柄と熊野は我先に講堂を飛び出したが、北上は最後まで日向を起こそうと努力はした。だが、日向の方が大丈夫だ、というばかりで動こうとはせず、結局北上は日向を残して講堂を出た。

 

「昨日と同じ服着てるけど……」

 

「それは足柄さんも変わりませんわ」

 

熊野が呆れたように答える。まぁ、なんでもいい。自分には関係ない。

結局、体調の悪い足柄と日向は神通に殴られたが、二人とも態度を改める気はなかった。

 

ーーーー

 

「ん? どうしたのさ? こんなとこまで」

 

三日目の朝、宿泊先で朝食をとっていると、対面に鳳翔が座った。

 

「間宮さんからの伝言と……あとは荷物を持って着ました」

 

いつもの和服の上に道中着を羽織り、手には大きな鞄を持った鳳翔は側から見ればそこそこの良家に嫁いだ人に見えないことはない。

 

「だったら間宮さんが来ればよかったのに」

 

「間宮さんが鎮守府から抜け出す訳にはいかないでしょう?」

 

鳳翔はそう言うと、鞄から袱紗に包まれたものを取り出すと、懐からティッシュに包まれたZ旗のランチ旗を北上の朝食であるパンに刺した。

 

「やっぱりそういうことかぁ……おかしいと思ったんだよね」

 

「今回、北上さんに連絡が遅れたのは、対象がこの場に出てくるとは思っていなかったからです。阿武隈さんには随分とお世話になりました」

 

鳳翔はそう言うと天井を眺めた。

概ね、阿武隈あたりが不平不満を爆発させて田所に抗議して、その結果がこれだろうと北上も読んではいたが、仕事が絡んでいるかどうかは確信が持てずにいた。

 

「それで? 今回のマトは?」

 

「北上さん! そんな下品な言葉を使うもんじゃないですよ」

 

鳳翔はそう言うと、何重にも梱包された北上の単装砲を取り出した。

 

 

ーーーー

 

 

その日は神通が急遽特別訓練の指示をとる。ということで講義は休みだった。

こちらには急遽という形で連絡が入ったが、恐らく前々から決まっていたことだろう。その証拠に昨日の講義は随分と区切りのいいところで終わった。

北上は鳳翔からの連絡を受け、すぐに行動に移していた。対象は何食わぬ顔で大本営の訓練場を歩いている。だが邪魔が入った。

 

「あなたは?」

 

「お疲れのところ悪いな。伊勢型航空戦艦二番艦の日向だ」

 

北上は影に隠れる。とんだ邪魔が入ったものだと。日向と神通は向かいあって話をしている。北上は自分の心音を落ち着かせると、二人の会話に聞き耳を立てた。

 

「私も長い間鎮守府を空けるわけにはいかん。もう帰ってもいいか?」

 

「そうはいきません。講義も明日で終わります……ですが、私にはどうしてあなたがここにいるのか理解できません。あなたの鎮守府にはあなたの他にも要注意者はたくさんいます。ですが、その中であなたが選ばれた理由がわかりません」

 

「それは簡単なことだ。私が航空戦艦だからだ」

 

「言っている意味がわかりませんが?」

 

「もう大鑑巨砲でも航空戦力だのと言い争っている時代ではない。空から得られた情報を元に戦術を組み立てるべきだと。そう説いて回っていたら不良扱いされたのだ。私には鎮守府を戒める仕事がある。もう帰ってもいいか?」

 

「あなたの言いたいことはよくわかりました……ですが、返すわけにはいきません。明日一日、我慢してください」

 

神通はそう言うと日向の肩を叩いて通りすぎた。

 

「やはり私の意見は通らないっぽい」

 

日向がそう呟くと、神通が鬼の形相を浮かべバッと振り返った。日向が振り返ることはなかったが、右手は腰に挿した日本刀に添えられている。

 

「何か……仰いましたか?」

 

神通は額に汗を浮かべると持っていた日本刀を抜いた。利き手である右手には刀の柄の部分。つまり、鞘ではなく切れるほうを持っていた。

 

「お前がこの世にいる限り、彼女の雨はやまないっぽい」

 

日向がそう答えると、神通は刀を大きく振りかぶった。だが、それよりも速く、日向が振り返り、そのまま神通の上半身と下半身を斬りわけた。神通は驚いた表情をしたまま刀を振りかぶったままの上半身が北上の隠れていたところまで飛んできた。

 

「そこにいるのはわかっている」

 

日向はヒュッと刀で空を斬り、刀に付いた神通の血を拭った。

 

「あいえ……バレてたのね」

 

北上は物陰から出ると、鳳翔から渡された単装砲を日向に向けた。

 

「びっくりしたよ。あんたもこっち側だったとはね……それで、今回もそれをヤリにきたの?」

 

「あぁ。そうだ。妹を奪われた艦娘の恨みを晴らすためにな」

 

「そっか〜……しかし感心しないね。依頼主のことを他人にペラペラと話すもんじゃないよ」

 

「そこは問題ない。私はまだ消えるつもりはないからな……お前、間宮の差し金だろう?」

 

日向はそう言うと振り返り、単装砲を構える北上と対峙する様に刀を大きく振りかぶった。間合いでいえば、刀を持つ日向に対し、引き金に指をかけた単装砲を構える北上に分がある。だが、北上は圧倒的な不利を感じていた。それは理屈ではなく本能によるものだ。

 

「そうだよ〜……あんたを消してくれって仕事を受けてる」

 

「なら……撃てばいいだろう。私の得物はこれだけだ」

 

「そうしたいのはやまやまなんだけど、そうしたら私が死ぬと思うんだよね……ひとつ聞いてもいいかな?」

 

「なんだ?」

 

「同じ稼業の日向さんが、間宮さんに恨まれる理由を聞きたい」

 

「あいつは恨みを晴らすためにこんな仕事をしているんじゃない。あいつは、金の為にこの仕事を選んでいるんだ」

 

日向の言葉に北上は首をかしげた。

 

「言っている意味がよくわからないかな。私達仕事人は金を貰って対象を消すだけ。そこに自分の私情なんて入り込む余地ないと思うんだけど?」

 

期待外れだ。北上はそう思い単装砲の引き金を無意識に引いていた。撃鉄が弾薬を叩こうとしたその時だった。

 

「あぁ、お前の言う通りだ」

 

日向がそう言うや否や、北上の視界から日向が消えた。北上は焦って日向を探す。しかし、視界に飛び込んできたのは宙を舞う火を吹く単装砲を掴む自分の腕だった。その直後、右腕に鋭い痛みが走る。

 

「ッ痛!」

 

「心配するな。その程度、入居すれば治る」

 

カシュンっと単装砲が空薬莢を排出する。日向はそれを見て納得した。

 

「なるほど……よく出来ている。消音も殺傷力も十二分だ……だが、扱うのが未熟者ではな……」

 

「あんた……」

 

「間宮に伝えておけ。私を殺りたのなら、お前が出てこいと」

 

その時、北上の右耳のすぐ横でヒュッと言う空気を切り裂く音が聞こえた。それと同時に日向が空を斬った。いや、そこにあった何かを斬った。すると北上の右耳が血を吹いた。

 

「災難だな、お前も」

 

「そりゃどうも……」

 

北上が嫌味を言うも、日向に意識が北上にないことはわかっていた。

 

「琴屋よ……仲間に手を出すことはあるまい」

 

「琴屋……ですか。もう名前では読んで頂けないのですね」

 

北上が振り返ると物陰から鳳翔が現れた。その指には琴爪がはめられいる。悔しそうな鳳翔とは対象的に日向は哀しそうな顔で鳳翔を見ていた。

 

「あなたが私達の元を去ってから、間宮さんはあなたを消すことだけを考えていました」

 

「まぁ、そうなるな」

 

日向は刀を鞘に収めると、鳳翔をジッと見た。北上はその隙に単装砲を拾い、左手で日向に目掛けて発砲する。だが、北上にはそれからの日向の動きは見えなかった。気がついた時には、日向が抜刀し無傷でたたんずんでいる。

 

「いったい何が……」

 

「砲弾を切り落とすなど造作もない」

 

日向は抜刀した刀を鞘に収めた。

 

「正面きって、日向さんを殺るのは無理よ。間宮さんが北上さんと私を選んだのも不意打ちが出来るから……そう考えたのでしょう」

 

「あいつの考えそうなことだな……北上よ」

 

日向はそう言い、北上の残った左手を捻りあげると強引に立たせた。

 

「お前は金の為にこんなことをしているとは思えないが……本当の目的はなんだ?」

 

「そんなの、美味しいご飯を食べる為に……」

 

「違うな」

 

日向は更に腕を捻りあげる。北上は思わず苦痛に歪んだ声を漏らした。

 

「お前は苦しむ為にこんなことをしている。殺し、その罪悪感に自分が苦しむためだ。それが心地よいと……それで生きているという実感を得られるのだろう?」

 

日向の言葉に、北上は胸が痛んだ。

眠れない。お腹が空いた。そんな実感が心地よいと思うわけがない。だが、どこかでそれを求めていた自分もいる。

 

「だからお前らとは手を切ったんだ」

 

日向はそう言い、北上を鳳翔に向かって投げた。投げられた北上は日向を睨んだが、日向は既に闇の中に消えていた。

 

 

ーーーー

 

その翌日、不可思議な噂が大本営に流れていた。

更正プログラムの教官をしていた神通が事故に巻き込まれて亡くなった、と。

だが、北上がその噂を聞くことはなかった。

右手に包帯をグルグルに巻き、メッセンジャーバッグを背負ったまま新幹線の席に座っていたからだ。横に座る鳳翔は無表情で前の席を見ていた。

 

「ねぇ。教えてよ。今回の仕事はなんだったのさ」

 

「あなたに言えることはありません」

 

「私は右手を失ったんじゃない。こんなの入居すれば治る。私が失ったのは!」

 

この仕事をしていく上での矜持だ。北上はその言葉を飲み込み、包帯が巻かれた右手を見た。斬られた右手はメッセンジャーバッグの中に入っている。

 

「……日向さんは、最初にこの仕事を始めた時の仲間でした。ですが、今は違います」

 

「違う? 違わないね。あの人は仕事人だった」

 

「あの人は仕事をすることを辞めたんです」

 

鳳翔はそう言うと、北上の右手を掴んだ。北上に激痛が走ったが声を堪え、涙目で鳳翔を睨んだ。

 

「私達は……私と間宮さんはお金を貰って恨みを晴らす。それだけの存在です。ですが、日向さんは違いました。納得できなければ人は斬れないと。そう言いいました。そして私達のもとを離れました。人の善意につけ込んで自分の偽善を成す。そんな人です」

 

鳳翔はそう言うと、手を離し、再び前の座席を無表情に眺めた。

 

「私は……偽善者なのか?」

 

北上が力なく言うと、鳳翔は首を横に振った。

 

「いえ、それ以下です」

 

「知ってたよ。わかってた」

 

北上はそう言うと再び視線を自分の右手に戻した。

 

 

ーーーー

 

その日の講義が中止。更正プログラムそのものが中止を告げられたのは講堂にてだった。

多くの艦娘が不満を漏らす中、時雨だけは満足気な表情をしていた。

その顔を見た足柄は日向を見た。

 

「あんた、何者なの?」

 

席を立とうとしていた日向は声をかけられ鬱陶しそうに足柄を見た。だが足柄は怯まない。

 

「私、ものを見る目は確かなのよ。ブランド品と言って偽物を渡してきた男とは付き合わない主義なの」

 

「私は女なのだが……」

 

「私にはわかるわ。あなた只者じゃない。どう? 私と付き合ってみない?」

 

足柄の発言に横に座っていた熊野は驚いたように目を見開いた。

 

「足柄さん……そっちの趣味がおありでしたの?!」

 

驚き、口を抑える熊野の頭を日向は撫でた。その行為に、熊野は更に驚いた表情で日向を見た。

 

「どちらかを選べ。そう言われた彼女を選ぶがな」

 

日向の発言に熊野は顔を真っ赤にした。だが、対照的に足柄が日向を見る目は鋭いものだった。その目を受け、日向は納得したように頷いた。

 

「長く付き合うならお前らしい。何かあったら連絡しろ」

 

日向はそう言うと、足柄から貰っていたリングノートの何も書いていないページを足柄に返した。足柄がそれを受け取るのを確認すると、日向は講堂を後にした。

日向が講堂から去り、足柄は日向から受け取った白紙のページを見ていた。

 

「足柄さん。私はノーマルだから、あなたにあの人はお譲りしますの」

 

熊野はやっと呼吸を落ち着かせ、足柄にそう言った。

 

「そうさせてもらうわ……熊野、鉛筆持ってる?」

 

「鉛筆? これですわ」

 

熊野から鉛筆を受け取った足柄は白紙のページを鉛筆で軽く塗りつぶした。

足柄の行動に、熊野はさっと目を逸らした。

 

「足柄さんはヤンデレさんでしたのね」

 

「言っている意味がわからないわ……」

 

足柄は塗りつぶした場所に浮かぶ英数字の羅列を見た。

 

「でもそうかもね……いいわ。かならず辿りついてあげる」

 

足柄はそのページを綺麗に畳むと、鞄の中の内ポケットに入れた。

 

「足柄さん、意外と情熱的なんですのね」

 

「そうよ。狙った獲物は逃がさないわ」

 

「さすがは飢えた狼さんですの」

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