音風緋炉騎という男がいる。
整った見目に低目の身長、顔立ちはどちらかというと人形の如きものである。
――いや、正しく、彼は人形であった。
♢
ざしゅ、と鈍い音がして、緋炉騎は息を吐いた。
音のした方を振り返れば、黒地に銀で縁取りのされたフードを着こんでいる少年が大振りな槍を肩に担ぎ直すところだった。
「相変わらずだな、『神槍』?」
「アンタもじゃないんすか、『
断定形でこう喋るこの目の前の少年を、緋炉騎はあまり得意とはしていない。この少年、何よりもこちらのことを何でも見透かしてくるタイプである。
何気に本質をつつきまわしてくるタイプ。おそらくこれと一対扱いをされている白い方も似たものではあるが。
緋炉騎は、控えめに言って、この世界への
しかも、機械人間と訳していい。
元は機械生命体なのだが、それは言ってもどうしようもない。とにかく彼はほとんどこの世界でエネルギーを摂取できず、この世界の摂理も不明であった。
何より、異能の理のある世界に何度か転移したことはあれど、ここまで細分化されたものは初めて見たのだ。
目の前のこの少年に最初拾われた。拾った当初彼は、「アンタ全身機械かー、すっげえな!」と屈託なく笑ってひょいと緋炉騎を抱え上げたものである。
緋炉騎は見た目に反して100キロを超える体重である。というか、はっきり言おう。この世界では動ける重量を超えていると言われた。逆を言うならばそこまで自分は武装していただろうかと首を傾げた緋炉騎に、まず最初にこの少年が緋炉騎を連れて行ったのが、カフェ日和だった。
あの日はもう死ぬかと思った、と何度思い返しても思うのだ。
「この後何か用はあるか、『神槍』」
「いーえ? 日和にでも行くんすか?」
「ああ。……まったく、お前はつい最近高等部に入学したばかりだというのに、なぜこんなに戦闘慣れしているんだ。この世界は中学生を好んで戦線に投入するのか」
「まーまー、俺は戦闘向きってだけだし、俺も戦闘は好きだし、ヘーキですってー」
緋炉騎がこの少年で恐ろしいのは、どことなくというか、戦闘狂のきらいがあるためだ。これは自分自身にも言えることで、生存本能が薄いというか、潔すぎるともいうところがこの少年には在った。
2人が任務を終えて帰還すれば、職員たちが出迎える。
能力者治安維持機構ジャッジメント、そこに2人は所属していた。
フードを取って顔をあらわにした少年の髪は黒く、瞳は暗い赤で、髪をヘッドフォンで上げている。とはいっても、彼の場合はこれが仮初の姿という意味の分からない状況なのだが。
「任務ご苦労様です、『
「ああ」
「へーい」
給料は口座に振り込まれるので問題ない。緋炉騎はさっさと慣れた戦闘服から普段着に着替えて、同じくどこにでもいそうな高校生の服装に変わった『神槍』の少年を連れ、ジャッジメントの本部を出た。
ジャッジメントは都市ごとに存在している。指揮系統は基本ばらばらであり、それぞれの村、町、市に対応している。上に県、地方、国と官僚組織然としたものが乗っかっているが、緋炉騎には関係ない。
「それで、来てくれるのか、日向紅陽」
「いいすよー。暇だし、今日なんか皆遊びに行ってるみたいなんでー」
こいつの家、それでいいのだろうか。緋炉騎の記憶だと、家族にまったく関係のないところの家の子供を居候させている。まあその子供がこれと本来セット扱いを受けている白い奴なのだが、互いに依存しているかと思えばそうでもなかった。
最初は呼びかけには「おい」とか「貴様」とかしか言わなかった緋炉騎なので、現在のフルネーム呼びはなかなかに進歩が速い。
さて、ここでひとつ、緋炉騎を拾った日向紅陽、この少年について言及せねばならない。
彼について言うならば、たったひとつだけ。
彼は、この都市の中と言わず、おそらくこの国の中でも最高峰の能力を保有している。故に研究機関に多く狙われ、公共の権力の庇護下に置かれた存在である。
彼自身はそれを非常に、疎ましく思っている。
飄々とした態度を崩さぬがゆえに分かり辛くもあるが、緋炉騎にはすぐにわかった。伊達に異世界巡りをしているわけではないのだ。
彼は、生来獣である。
これはヒトとして生きることができる獣である。
しかしその道を閉ざしてしまったのは、奇しくも彼を保護した公共の権力であった。公共の権力の庇護下に入ったがゆえに彼はジャッジメントに所属することを余儀なくされ、そして命をその手に掛けた。
戦闘慣れしている。
命を奪うことに迷いがない。
しかもそれを彼は、相手に敬意をもって行う。
ここまで科学の進んだ時代においてそれはただの蛮行である。
それを彼は許されている。
番のように表される白い少年によって。
生き辛い世の中であるなあと、緋炉騎は思っている。
緋炉騎がこの世界に転移してきて、実に6年の月日が経とうとしていた。
♢
カフェ日和。
日和という名字のマスターが開店した、不思議なカフェである。
ここには、科学によって否定された存在が多く集う。
魔法と呼ばれている類のモノ、英雄の記憶を持った者、果ては神威を封じ人になった神まで、様々である。
からんからんと軽快な音を鳴らしてベルを揺らせば、カウンターに立っている金髪のマスターがこちらを向いた。
「いらっしゃい、って、お前かい、ダリット」
「ああ、任務明けだ」
「なるほど。あ、コーヨーも一緒だったのか」
「どもっす、マスター」
2人はカウンターに腰を下ろす。マスターは疲れ切った表情の緋炉騎を見て、苦笑を零した。
「今日は一段と大変だっただろう」
「ああ……殲滅戦は、好かん」
「うんうん、そうだろうなあ。できんのと好かんのは別だからの」
2人にお冷を出したマスターはそのままいつも2人が注文するものをそれぞれ作り始めた。
「あ、今日は夕御飯食べていくかい?」
「! それは助かる」
「俺もいいすか? 今日皆いないみたいなんすよ」
「ああ、いいとも。食事は皆で楽しむものだ」
マスターが上機嫌に食事を作り始める。
今日は何かいいことあったんだろうな、と思った緋炉騎の耳に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「父よ、ただ今戻った」
振り返ると、そこに立っていたのは。
「久しぶりだな、晃」
「ああ、久しぶりだ、緋炉騎教官」
マスターの息子、日和晃であった。