吹き抜ける風に目を見開くと、そこは草原だった。
周囲に視界を遮るものは何も無い、どこまでも平らな草原が続いているように見える。
というのも、夜である為、昼間と比べ一部視界が通らない部分がある為だが、いずれにしても、ここが今の今まで自分が警備に当たっていたナザリック地下大墳墓第九階層ではない事だけは確かだった。
一体何が起こったのか。
直前までは確かにナザリック内を警邏していた筈なのだ。
それが、一瞬目眩のような――それも錯覚と思える程に僅かな――感覚を覚えた時には、既にこの状況だった。
改めて上空を仰ぎ見れば、第六階層のような星空が広がっている。
しかし、当然ながらここは第六階層ではあり得ないのだ。
もしここが第六階層であるならば、当該階層守護者である闇妖精の双子から何かしらのアクションがある筈だから。
ユリ・アルファは、おもむろに自分にのみ特別に所持が許されている貴重アイテムを起動する。
戦闘メイド"プレアデス"――いや、"
しかし、繋がらない。
万が一、何がしかの緊急事態を受けて、末妹の力による強制転移を疑ったからなのだが。
何度か試すも、結果は変わらない。
こんなことは今まで一度だって――このアイテムを起動する機会自体、数える程だったが――なかった。
創造されてこの方、ナザリック地下大墳墓の外に出たことはない為、このアイテムの効果範囲について、正確なところは把握していない。
けれども、大墳墓内であれば繋がらなかったことはない――即ち今現在自分は、ナザリック地下大墳墓外に立っているということ。
他の皆はどうしたろう。
そこではたと気が付く。
妹達は当然として、一般メイドや階層守護者をはじめとするNPC達、
何より、自らの創造主たる至高の四十一人、その頂点に立つ絶対支配者にして彼の地に残りし最後の至高の御方、モモンガ様は?
果たしてご無事でおいでだろうか?
しかしながら、連絡を取ろうにも、ユリにはその手立てが無い。
彼女は物理攻撃特化の純粋な戦闘タイプであり、魔法の類は一切使うことができない。
唯一の手段は早々に空振りに終わり、小範囲をカバーする、スキルによる探知に引っ掛かるのは、到底脅威にはなり得ない小動物の類ばかり。
僅かなりの手持ちのアイテムの中にも、使えそうな物は皆無だった。
つまりは手詰まり。
(こういう場合は、下手に動かない方がいいかもしれないわね)
一体何が起こって、このような状況に陥ってしまったのか定かではないが、
自分以外の誰かが、やはり同じようにやって来ないとも限らない。
あるいは向こうから連絡が入る可能性だってある。
とりあえず一晩待って、何も起こらなければ夜が明け次第、行動を開始しよう。
行動を開始するといっても、具体的なアイデアがあるわけではない。
行き当たりばったりの、ともすれば投げ遣りな思考放棄に近いそれだが、なるようにしかならないのだから、あれこれ考えたところで時間の無駄だ。
腹を括ったユリは静かに息を吐くと、普段どおりの姿勢をとる。
至高の四十一人に仕える戦闘メイドを束ねる長姉として相応しい姿。
アンデッドゆえに睡眠・休息を必要としない彼女からすれば、24時間フルに活動するくらいは造作もないこと。
しかしながら、日中は周囲の探索を、夜は待機というサイクルは、しかし先の見えない状況では精神的な疲労が溜まる一方だった。
せめてナザリック内であれば、掃除をするなり気分転換も可能なのだが、他にする事がないというのは想像以上に辛い。
そんな調子で、待てど暮らせど何一つ進展のないまま、とうとう3日目の朝を迎えた時のこと。
――ユリの耳に、遥か遠く異質な音が届いた。
◆
それは風に乗って運ばれてきた、本当に極々僅かな物音だった。
何一つ変化を見逃すまいと、極限まで五感を研ぎ澄ませていて尚、奇跡的に捉えられたような異音。
あるいはそれは、状況の変化を望む余り、自らが作り出した幻聴だったのかもしれない。
しかし、鳥の囀りとも草のそよぐ音とも違う、自然の中で聞こえることはあり得ない類のそれは、確かな、個人的には馴染みのある――金属のぶつかる音だった。
弾かれたように即座に移動を開始しようとして、ユリは留まる。
何か――、もし後になってこの場にナザリックの者が来た場合のことを考えて、何かしら目印になるような物を残しておくべきと思ったのだ。
しかし、装備品はもとより手持ちのアイテムも、全ては創造主たるやまいこより賜った、ユリにとっては命よりも大事な物であり、
緊急事態とはいえ、さすがにそれを使うことは躊躇われた。
何者の気配も無いとはいえ、盗まれでもすれば目も当てられない。
しばしの黙考の後、ユリは懐より一枚の布切れを取り出す。
何の変哲も無い、魔法的な効果もないそれは、白地に金糸で奇妙な紋様が刺繍された、極々普通のハンカチだ。
しばらくそれを眇めつ眺め、また大事そうに折り畳み、懐に収める。
そして、固く拳を握りこむと――
突如連続して起こった地響きに、周囲の小動物が蜘蛛の子を散らすように走り出し、一斉に鳥が飛び立つ。
もうもうと立ちこめる土煙が晴れると、草原の一部が、まるで掘削機で抉り取られたかのように土が剥き出しになっていた。
もし仮に、上空よりその場を見下ろせば、そこにハンカチに刺繍されたのと同じ模様が描かれていることが見て取れた筈だ。
少しばかり歪なそれは、しかしナザリックに属するものが見れば確実にそれと認識できるであろう、アインズ・ウール・ゴウンのギルドサインだった。
ユリは満足げに一つ頷くと、改めて金属音のした方向へと全速力で駆け出した。
◆
瞬歩――短距離高速移動系のスキルで、特に戦闘時に相手との距離を詰める際に有効――を連続使用することで、直線にして10㎞程の行程を、瞬く間に踏破。
音の発生源に程近い、周囲をすっかり見渡せる小高い丘の上から眺めてみれば、眼下にて行われているのは人間同士の争い。いや、一方的な虐殺行為だった。
小さな村――集落を舞台に繰り広げられるワンサイドゲーム。
戦闘馬に騎乗した、全身鎧で身を固めた騎士達が、ほぼ丸裸といっていい村人達を追い回し、背後から切りつけ、あるいは複数人で嬲り、暴力の限りを尽くしている。
装備の差、錬度の差。ありていにいって鴨撃ちだ。それも人間を標的にした。
下賎極まりない光景に眉を顰めつつ、さて、どうしたものかとユリは一人ごちる。
ざっと眺めて見た限りにおいて、期待した結果は得られそうもない。
初めて遭遇した、話の通じそうな異種族ではあったが、友好的にお話を伺える状況ではなさそうだ。
ならば元居た場所へ引き返し、待機を続けるのが正解だろう。
こんなことをしてる間にも、あるいは後から来た誰かしらが、ギルドサインを確認して待ってくれているかもしれないのだから。
本音を言えば、加勢してやりたい気持ちは山々だったが、少々気になる点があった。
襲撃側の騎士達――賊の類かとも思ったが、それにしては装備が統一され過ぎている。
ひょっとすると襲撃に見せかけた欺瞞、陽動、あるいは斥候部隊である可能性は否定できない。
つまりは、恐らく裏で糸を引く組織があるということ。
下で暴れている騎士程度のレベルであれば、この10倍の数でも雑草を刈るくらいの片手間で殲滅できるだろう。
しかし、彼ら以上の強者が裏に控えていた場合。特に魔法詠唱者などが居たら、単独では対処しきれない事態になり兼ねない。
相手の目的、戦力、規模。これらが不明瞭である以上、藪蛇にもなり兼ねない状況で軽率な行動は取るべきではない。
(戻りましょう)
後ろ髪を引かれつつも踵を返しかけたユリの視界に、騎士に追い立てられる二人の村娘の姿が飛び込んできた。
姉妹だろうか?
全身鎧の騎士との追いかけっこ脚力の差は歴然だった。しかも村娘の方は、幼いといっていい妹の手を引いた状態。
程なく追い詰められ、そして何事かの遣り取りの後、村娘の取った予想外の行動にユリは瞠目する。
殴り付けたのだ。
全身鎧に身を包む完全装備の騎士を向こうに回し。
恐らくは戦闘行為など経験もないであろう素人の娘が、素手で。
頭で考えての行動ではなかったろう。
その証拠に、殴った方の手を抱え悶絶している。
一方、騎士の方は然程ダメージを受けた様子はない。それどころか、激昂し振るった剣が娘を切り裂き、その細い背中を真っ赤に染める。
即死ではなさそうだが、しかしそれも時間の問題と思われた。
あるいは素直に投降していれば、まだしも楽に死ねたかもしれないのに。
何故、あの娘はあのような自殺行為ともいえる行動を取ったのか。
――考えるまでもないことだろう。
その時には、既にユリはその身を虚空に躍らせていた。
どうも。お久し振りの方には、ご無沙汰しております。
はじめましての方には、肝油と申します。以後、お見知りおきを。
というわけで、唐突に始めてみましたユリ姉さんの単独転移モノ。
第一回目という体で、次回がいつになるか定かではありませんが、アニメ二期で盛り上がる、ここで投稿せずにいつするの!?
ちょっと特殊な、段落毎に小分けに書いたものをある程度まとまったところでまとめ出しという具合に投稿していこうかと。
というのも、本来であれば読み応えを考えて、もう少し分量を増やしたい気持ちはあるのですが、なかなか完成まで漕ぎつかずに頓挫中のネタがいくつか・・・
とりあえず、10000メートルではなく、50メートルダッシュを200回な、勢い重視の形式でもって、このシリーズは書いてみようと思っております。
といっても、〆方だとかも漠然とすら想定していないアレなので、いつ止まるとも知れない危うさはあるわけですが・・・。
今更感漂うネタですが、どうぞごゆるりとお楽しみ頂ければ幸いです。
アニメ二期の見所としては、個人的にはユリ姉さんVSアイちゃんでしょうか?
ゲスト声優陣はじめ、色々力が入ってる様子なので、年明けが楽しみです。
肝油でした。