ゆるユリ   作:肝油

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お久し振りです。肝油です。
覚えていて下さる方がいらっしゃるか不明ですが、「ゆるユリ」最新話をお届けです。
ラッチモンさん大活躍の巻。



《ラッチモン、頑張る》

「動きませんね」

 

完全に包囲が完了し、標的は掌中。

にもかかわらず、村の中に潜んでいる筈のガゼフ以下王国戦士団が動く気配がないことに、副官は首を傾げる。

これだけ堂々と姿を晒しているのだ。こちらに気が付いていないわけはないだろう。

そして、その包囲の輪が徐々に狭まりつつあることも。

打つ手なしと諦め、投降の算段に入っているというなら有り難いが、音に聞く王国戦士長であれば、刺し違えてでもこちらの首を狙うべく最後まで剣を振るう選択をするのではないか。

そんな印象がある。

 

陽光聖典として数多の作戦に従事する中で、これまで幾度となくそんな場面に遭遇してきた。

追い詰めた標的の、なりふり構わない決死の突撃。

窮鼠猫を咬むというが、捨て身の攻撃というのは単純ゆえに怖ろしく、まして強者のそれは、時にこちらの統制を乱し得るほどに鬼気迫るもの。

彼自身、まだ経験の浅い頃、それに呑まれかけたことも一度や二度ではない。

 

さすがに隊の次席を担う程度の信頼と実績を積んだ今の自分であれば、想定外の事態にも概ね冷静に対応できる自信はある。

しかしながら、経験を積んだが故に生じる類の予感もまた存在するのだ。

 

相手は周辺国家最強と謳われる超級の戦士。

個人であっても、決して侮れない相手。少なくとも一対一で対峙して、勝利できる可能性は皆無。

まだゴブリンの村落を単騎で落としてこいと命じられる方が慈悲深いといえるほど、人間の戦士という枠にあって間違いなく最高峰に位置する人物だ。

何か、こちらの想像もつかないような切り札を隠し持っているのではないか。

この完璧な布陣を覆し得る一撃を叩き込む機会を、冷静に伺っている可能性はないか。

 

(包囲したつもりが、逆にこちらが誘導されている?・・・・・・まさかな)

 

ただ待つだけの時間はイヤなものだ。悪い考えが、どうしても浮かんでしまう。

しかしながら、そのようなことで集中を欠いていては、隊の補佐など務まろうはずもない。

蟠る不安を払うように、周囲に悟られないよう静かに息を吐く。

 

「恐れることはない。仮にヤツの装備が万全であったなら、こちらもただでは済まなかっただろう。だが今回、ヤツは王国の至宝を身に付けていない。負けるはずのない賭けだ」

 

傍らの指揮官――陽光聖典隊長ニグン・グリッド・ルーインから投げられる、こちらの不安を見透かしたかのような明瞭な返答。

泰然と構える指揮官の頼もしさに、もたげかけた不安は露と消える。

 

そう、何も問題はない。その筈だ。

彼らが取り得る、あらゆる状況への対策は事前に講じてある。あとは粛々とそれを果たすのみ。

乱れかけた集中を再び取り戻し、改めて前線を睨む。

 

そのタイミングで、村の方角から喊声が上がる。

 

土煙を巻き上げて現れたガゼフの戦士団。一塊となって、地鳴りを轟かせ突進してくる。

馬の突進力を利用して包囲網を強引に破ろうという、想定した内で、最も確率が高いと思われた行動。

当然、対策も万全。

 

しかしながら、一つだけ想定外の要素があった。

 

「隊長、あれは・・・・・・」

「無駄な足掻きを・・・・・・」

 

 

 

 

ニグンは目を細める。

西日を反射し煌く、黄昏の波濤の如く迫るガゼフの戦士団が放つ、その鈍色の輝きに。

 

彼らは、めいめいお揃いの"帝国製"の全身鎧を身に纏っていたのだ。

 

事前情報では装備もバラバラの彼らが、何故今になって統一された武装に身を包んでいるのか。

答えは明白だ。先に囮として帝国騎士に偽装し、村を襲った法国の騎士団。彼らの武装を奪い取ったのだろう。

 

囮――陽動部隊には安全を、決して敵に捕捉されないことを最優先に行動するよう厳命されている筈だが、逃げ惑う獲物を深追いする余り、撤退のタイミングを見誤ったといったところか。

所詮は捨て駒。失ったところで痛くもない損失だが、敵に塩を送るも同然の不始末には、怒りを通り越して呆れるばかりだ。

ニグン自身、これまで四度ガゼフを採り逃している失態がある以上、彼らのみを一方的に責められる立場でもないのだが。

 

 

「いずれにしても我々がすべきことは変わらん」

 

 

今回の件に法国の関与を疑わせる物証を残すわけにはいかない。

ゆえに捕虜、あるいは骸と果てたであろう陽動部隊の、可能であれば回収、最低でも"無かったことにする"という余計な仕事が増えたことは頭が痛いが、陽動としての役目は最低限果たしたことを思えば差し引きゼロといったところか。

 

改めて戦士団を伺えば、その数は、事前情報通りの20騎。

つまり、全身鎧で身を隠す何れかがガゼフ・ストロノーフ本人と見て間違いないだろう。

カモフラージュのつもりか奇策を弄したところで、全員殺せば同じことだ。

極めて順風。依然、計画に変更はない。

 

 

「落ち着いて行動しろ。射程範囲に入り次第、先ずは馬の足を止める」

 

 

指揮官の呟きに従うように、陽光聖典隊員達は整然と構える。

炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)を盾に、ゆっくりと差し出された掌の先に魔法の輝きが宿った、その瞬間だった。

 

ニグンは瞠目する。

魔法が発動するタイミングを計ったように角笛の音が高らかに鳴り響き、同時に、それまで強固な突撃方陣を形成していたガゼフの戦士団が扇状に分裂したからだ。

 

ただでさえ寡兵を、この状況で更に分断するなど自殺行為に等しい。ここは被弾覚悟で強引な突破を図ってくると予想していたのだが。

想定外の戦術に、前線に生じた僅かな混乱――その致命的ともいえる刹那の間隙を突き、4つに分かれた小部隊が包囲の隙間を駆け抜ける。

 

慌てて追いすがるように放たれた魔法は、しかし馬の足が僅かに勝り、ほとんどが空を切る。

そのまま各個に一定の距離を保ちつつ右に左にと的を絞らせない。

まるで演舞と見紛う、ニグンをして一瞬見惚れるほどに鮮やかな戦術機動。

馬術の腕だけでも相当な訓練を重ねていると分かる。さすがは王国最強の戦士団。周辺国家最強の男が率いるだけのことはある。

 

(力押しの亜人共とは違うということか)

 

それらを、凄まじい速度で天使達が追う。

光り輝く翼をはためかせ、空高く舞い上がると一気に急降下。瞬く間に距離を詰めてきていた。

更に、村の後方に展開していた隊員が集結。そのまま天使達とで挟撃、崩れた包囲を形成し直すべく隊列を組み始めたタイミングで、再び角笛の音が響く。

 

またもや機転――天使という盾を手放した隊員に向かって、カゼフの戦士団が転身。猛然と襲い掛かった。

 

距離、あるいは前衛が構える場合、魔法詠唱者(マジックキャスター)の脅威度は跳ね上がる。

逆に言えば、それらを取り除きさえすれば、近接攻撃手段しか持たない戦士であっても互角以上に渡り合えるという理屈。

魔法詠唱者は体力的に一般人とそう変わらない程度に脆弱、というのが常識だからだ。

故に、ガゼフの戦士団が取った戦術は実に理に適ったものといえる。

何より「言うは易し」の状況を、一時とはいえ作り出した采配は、敵ながら賞賛に値するもの。

 

「見事。しかし・・・・・・それだけだ」

 

魔法だけではない、肉体的にも優れたるエリート部隊。選ばれし者のみが所属を許されるが故の"聖典"。

本職ではない白兵戦においてさえ、並みの戦士に後れを取る事などあり得ない。

(まして六色聖典において殲滅戦を旨とする我々を、そこいらの魔法詠唱者と同じに見て貰っては困る)

 

即座に武器を手に、迎撃に備える陽光聖典とガゼフの戦士団が擦れ違う。

 

怒涛の如く迫り来る馬の体躯が、厚い雨雲のように頭上を覆い、踏み鳴らされる蹄の音は、さながら大地を叩く通り雨の如く。

降り注ぐは剣戟のスコール。裂帛の気合と共に馬上から振るわれるそれらを、渾身の力で弾き返す。

火花が散り、跳ね上がる土砂が全身を斑に染め、乱れ飛ぶ鉄のスリングが金属鎧を打つ音が、怒声が、馬の嘶きが、一瞬の交錯のち、耳の奥に残響となって木霊する。

 

機動力に物を言わせたヒット&アウェイ。

戦士が魔法詠唱者に対して、付かず離れず、乱戦に持ち込むのは一つの最適解だろう。

二度三度と繰り返せば、あるいは削り切ることも可能だったかもしれない。

 

だが、敵もさるもの。

ガゼフ戦士団の乾坤一擲の奇襲をほぼ無傷でしのぐと、再び散開、乱数機動を取る彼らを、天使達と連携し追撃を開始。

 

畢竟、馬の足が優れていたとて、三次元機動が可能な天使と比べれば牛歩も同然。土台が違う。

背後にピタリと張り付かれ、まるでガゼフ達のお株を奪うようなヒット&アウェイで追い立てつつ、戦士達の体力を、馬の脚力を着実に消耗。足の止まった戦士達が徐々に絡め取られていく。

 

乱れた盤面を再整理するように、瞬く間に形勢は逆転していた。

 

 

 

 

ニグンは哂う。

 

ギリギリのタイミングで魔法による初撃を回避し、ギリギリまで引き付けた天使を一時置き去りにする。

見事というほかない采配だが、何度も使える手ではない。

どれほど策を弄したところで、種が割れれば対応のしようはある。

 

一方で、これだけ繰り返されれば、いやでも分かる。

全体の指揮を執っているのは誰なのか。

 

天使達に包囲され身動きの取れなくなった戦士達に、後方から魔法が集中する。

とりわけ、指揮官――つまりガゼフ・ストロノーフと思しき、角笛の男に。

 

周囲の戦士達が必死に庇おうとするが、いかな全身鎧で固めた壁とても、これだけの集中砲火を前にしては余りに薄く、脆い。

やがて魔法の直撃をもろに受け、力なく崩れ落ちる姿を確認し、ニグンは任務の完遂を確信する。

 

「止めだ。ただし一体でやらせるな。数体で確実に止めをさせ」

 

検分は、首を刎ねた後でゆっくり行えばいい。

生死が定かでない状況での油断は命取りになる。

あまたの亜人を相手にしてきた彼らだからこその経験則。

 

そんな彼らの一連の動きを見て、己の直感が当たったことを角笛の男――ラッチモンは確信する。

 

陰に潜み、獲物が罠に嵌るタイミングをじっくりと見極める。

絶対安全な間合いを維持しつつ、追いたて、袋小路に誘い込む手管。

それは戦士や魔法詠唱者よりも野伏(レンジャー)――狩人の手法に近い。

 

だからこそ、分かる。

だからこそ、逆手に取り、思考を誘導し、注意を引き付けることができる。

 

じわじわと距離を詰めてくる天使達をぼんやりと眺めながら、ラッチモンは嘲笑う。

脳味噌なしのあんぽんたんども。お前達は決定的に間違えたぞ、と。

 

闇雲に走り回って敵陣を撹乱したのも、こちらの仕掛けだ。

一時の混乱から見事に立ち直り、再び包囲を形成したつもりだろうが、それ自体が罠だったとは思うまい。

 

全てが思惑通りに運んでいるときほど、概して隙が出来るもの。

相手だって人間だ。何日前から潜んでいたか知るべくもないが、忍耐も限界に近かったに違いない。

 

(長かった辛抱の日々からようやく解放されるんだ。気だって急くよな。分かるぜ。お前らの浮かれ様は)

 

あぁ、まったく愉快だ。託宣を下す神の如き万能感に包まれながら、だからこそ慌てず騒がず。

大地に転がり朦朧とする意識の中、冷静に、最後の合図を出すべく角笛をまさぐるも、しかし見当たらない。

どうやら今の乱戦の最中に紛失してしまったらしい。

これは、さすがに想定外。

 

――とはいえ、慌てるような問題でもない。

 

彼らであれば気付くだろう。

あるいは、こっちの合図を待たずに動き始めていたりするかもしれない。

勝利を確信した気楽さと、ほんの少しの稚気から、仰向けのまま弓を構えるポーズを取る。

 

 

「必殺の陣形にようこそ」

 

 

そして放たれたるは、二本の――最強の矢。

 

 

 

 

 

遡ること数分前――。

堂々巡りをするユリとガゼフの問答に、口を挟んだのはラッチモンだった。

 

「ちょっといいか?」

「失礼、貴方は?」

「あぁ、自己紹介がまだでしたな。俺は、この村で野伏(レンジャー)をしているラッチモンって者で」

「野伏?」

「昔取った杵柄でね。まぁそんな話はどうでもいいんだが・・・・・・戦士長様は、今の状況をどう思う?」

「どう――とは?」

「奴らの目的はアンタだ。であれば、アンタをこの包囲から逃がすことが出来れば、少なくとも当面の村の安全は保たれるだろう」

 

ガゼフは同意する。しかし――

 

「だが、そいつは難しいことはアンタも承知の筈だ。例えば馬の突進力を利用して強引に突破を図るとしよう。それに対して相手はどう出る?バカ正直に真正面から受け止めると思うか?」

「――いや、それはないだろうな」

「そういうこった。野伏なら事前に罠を仕掛ける。そんな大層な仕掛けは必要ねぇ。馬の足を止められりゃいいわけだしな。魔法詠唱者であれば、もっと簡単だろうよ。<魅了(チャーム)><支配(ドミネイト)>・・・・・・いくらでも手立てはある。それも、先頭の何騎かで十分だ。二十騎ばかりで方陣を組んだところで簡単に崩せるだろうな」

「その通りだ」

 

実際ガゼフの考えていた策こそが、正に突撃方陣による包囲網の突破だった。

しかしながら改めて指摘されてみれば確かに、そんな力押しなど簡単に跳ね返されただろう。

少し考えをめぐらせれば分かることを、死地を前に、柄にもなく昂ぶっていたらしい。

内心で自分を諌めつつ、その上で務めて冷静に、自らの意見を述べる。

 

「加えて厄介なのが、あの天使達だな。あれを馬の足で振り切るのは難しいだろう。背後に付かれて遊ばれるのが精々だ」

「そうだ。そしてアンタを捉える、あるいは仕留めた後で、すんなり撤退してくれるとも思えねぇ。行きがけの駄賃で、村の生き残りも全て始末して行くだろうよ。つまり、この状況で"逃げる"って選択肢は現実的じゃないとオレは思う。なら、戦うしかねぇ。そして、やるからには必勝だ」

「無論、私としてもむざむざ負け戦を挑むつもりはない。だが、装備も、数の上でも、個々の能力においても上回る相手だ」

 

勝算は乏しいのではないか?

少なくともガゼフには浮かばない。劣勢を覆し、勝ち鬨をあげる未来図が・・・・・・

 

「奴等もそう思ってるはずだ」

 

ガゼフを、戦士達を一瞥しながらラッチモンは続ける。

 

「アンタという、掛け値なしの大物を確実に仕留める為に、随分と念入りな下拵えをしてきたようだしな。敵の大将辺りはこう思ってるだろうよ。「負けるはずのない戦」だってな。初めからおかしいと思ってたんだ。音に聞く王国戦士長。その直卒の戦士団にしちゃ随分と・・・・・・気を悪くしたら謝るが、みすぼらしい装備だってな。いっそ襲撃してきた連中の方が充実してたくらいだ」

 

背後で聞いていた戦士達が鼻を鳴らす。ガゼフも、この指摘には苦笑するしかない。

もちろんそれはラッチモンに対してではなく、別の何かに向けられたものなのだが、思い当たる節だらけといったところか。

 

(宮仕えの悲哀かね)

 

上の鞘当に利用される彼らに若干の同情を抱きつつ、ラッチモンは続ける。

 

「兵糧攻めは基本だからな。装備を剥ぎ、供給を絶ち、疲弊させ追い詰め、弱らせたところで頃合を見て狩りに行く。常套手段さ。ヤツらは狩人なんだ。だからこそ、俺なら裏をかける」

「興味深いな。聞きたい、一体どんな手が?」

「こんなのはどうだ?『戦士長を作る』」

 

周囲がざわつく。

 

「それは、影武者を立てるということか?」

「標的であるアンタ以上に囮役に打ってつけな者はいないだろ?だが、本人を使うわけにもいかねぇ。だからこそ、偽者のアンタを用意する」

「だが、戦士長は有名人だ。遠目とはいえ、さすがに気付かれるんじゃないか?」

 

話を聞いていたガゼフの部下からのもっともな反論は、しかしすぐさまガゼフ自身によって訂正される。

 

「なるほど、あの鎧を使うのだな」

「察しがよくて助かるぜ。こちらのユリさんのお陰でほとんど無傷で残った装備品。あれを活用させて貰う。細かい調整の暇はないから、ちっと窮屈な場合もあるかもだが、そこはまぁ我慢してもらうしかねぇな」

 

ガゼフも覚えている。

つい先程検分した遺体。装備品は身に付けたままだったが、どれも驚くほど損傷は少なかった。

驚くほどの大穴が開いていたものもあったが・・・・・・

 

「確かに、それであれば一見しただけでは個々の識別は不可能だろう」

「単純だが存外引っ掛かりやすい手ではある。これが第一の仕掛けだ」

 

獣の毛皮や、野草などで己を擬態する。野獣の嗅覚を誤魔化す為に、野伏(レンジャー)が使う手の一つだ。おぞましい術などと嘲られることもあるが、裏を返せばそれだけ効果的ともいえる。

野性の世界で人の世の常識など通じない。況や、礼儀作法や騎士道精神など謳ったところで威嚇にすらならない。

生きる為に手段を問わないのが弱肉強食の世界における唯一絶対の掟。そんな世界で磨かれ、培われた技術。

様々な状況下におけるサバイバル能力という一点において、野伏のそれは群を抜く。

 

斬り合いの場で足技を使うだけで「品が無い」と腐す貴族共。

華美に飾られた宮殿で、尻で椅子を磨くだけの無能連中が聞いたら、どんな顔をするだろうか。

利用できる物は何でも使う見識の幅広さ、思考の柔軟さに感嘆を抱きつつ、だが同時に自らの視野狭窄に愕然とする。

あるいは、かつての自分であったなら、このくらいのことは即座に思いつき、躊躇いもなく実行していただろうか。

人目を意識し、王の剣として恥ずかしくない振る舞いを心掛けてきた日々の中で、知らぬ間に連中の流儀に染まりつつあったかもしれない。

 

何が王の剣か。奸敵を見事に屠ってこそのそれ。

威容だけで中身の伴わないお飾りになる趣味はない。

 

(もし生きて帰ったなら、王に具申してみるか。より広範な状況に適応可能な、雑多な職から編成される新たな戦士団の創設を)

 

例えば冒険者チームなどは、一つの理想形だろう。

当然ながら横槍は入るだろうが手段は選ばず。ここは野生の流儀に倣うのも一興。

別の思考に耽りつつ、ガゼフは目下の議論へと耳を戻す。

 

「そして第二の仕掛け――『包囲の撹乱』だ」

「鬼ごっこをするってことですか?」

「言い得て妙だな。但し、追いかけてくる側が天使という違いはあるが・・・・・・目の色変えて追って来てくれれば成功だ」

「尻でも振って誘いますか?」

 

おどけて腰を振ってみせる戦士の尻目掛けて、四方から蹴りが飛ぶ。

 

「包囲の突破。然る後、敵本陣目掛けて突進だ。無論、振りだがな。もちろん魔法の標的にならないよう、決して直線的な単純機動は取らないこと。範囲魔法に警戒して間を取る事も忘れるな。とにかく足で敵陣を引っ掻き回す」

 

話を聞いていた戦士の一人が手を挙げる。

 

「質問がある。包囲の突破と言うが、つい先程「難しい」と判断した筈では?」

「手はある。一発勝負の博打要素は否めないが、多分、上手くいくと思う。だが真の狙いは、あくまで突破を図っていると敵に思わせることだ。実際に突破できるかどうかは、この際問題じゃない。出来た方が、より効果的ではあるが」

「要するに、悪足掻きをしろということですかね」

「そういうこった。俺達の役割は弦だ。限界ギリギリまで引き絞って・・・・・・真打ちは、言うまでもねぇよな?」

 

 

全員の眼差しがガゼフに、そしてユリに注がれる。

 

 

「こいつが第三の、最後の仕掛けってわけだ。戦士長には悪いが、やはりアンタには動いてもらわないと困る。そしてユリさん、アンタにもな」

「言ったろう、守られる側に甘んじるつもりはないと。喜んで引き受けるとも」

「お任せを」

 

納得だ。

敵の立場であれば、この二人が伏兵として潜んでいるなど悪夢に等しいだろう。

自らの命を撒き餌として晒す決死の作戦。しかし敵に致命的ともいえる煮え湯を提供できるとすれば、これほど痛快な役どころもあるまい。

まったく、本懐といっていい。

 

「それでは、誰が戦士長役をやる?」

「そうと知れれば真っ先に、集中して狙われる役だ。ある意味で一番危険なポジションでもあるわけだが」

「俺が行きます。これでも打たれ強さには定評がありますし」

「いや、定評があるって・・・・・・お前は先ず打たれないようにしろよ」

「見かけだけなら遜色はないんだがなぁ。如何せん腕前がな・・・・・・」

「うぅ・・・・・・すみません」

 

真っ先に手を挙げた部下だがフルボッコだ。

今残ってる中では一番の若手であり、実際大柄な身体は見た目だけならガゼフと遜色ないほど。但し、剣の腕は少々どころではなく酷く劣る。

比較対象がガゼフである以上、誰しもに当てはまることだが、戦士団の中でも下から数えた方が早いとなれば、満場一致で却下も已む無しだろう。

あたら若者を危険に晒したくはないというベテランなりの気遣いも、もちろんあるが。

 

「やる気は買うがね、既に配役は決定済みだ」

 

一体誰が?

問うような視線に、ラッチモンは肩を竦める。

 

「そいつはもちろん、言い出しっぺの俺だろ?」

 

それを聞いた戦士達は皆絶句し、そして互いに顔を見合わせる。

 

「・・・・・・ラッチモン殿。我々の立場としては、仮にも民間人を矢面に置くのは憚られるのだが、理由を聞いてもいいだろうか?」

「王国は徴兵制を採っていたと思ったけどな・・・・・・まぁいい。例えばだ、狼の群れの中からボスを識別する際、何を根拠にする?毛並みの色が明らかに違う、他と比べて立派な体躯を持つ――見た目で区別できりゃ苦労はないが、そうでない場合だ」

「申し訳ないが分かりかねるな。人間であれば、一番安全な場所に陣取っているなど、配置によってある程度の当たりは付けられるだろうが」

「同じだよ。群れを為すような知性ある獣であれば、根本的には同じだと考えていい。つまり群体の中心となる、核となる存在。統率者。全体の動きを俯瞰すれば、まともな目を持ってりゃ、必ず見分けられる」

 

戦士達を見回してラッチモンは続ける。

 

「アンタらの能力を知らずに滅多なことはいえないが、その都度状況を見た上で、最も確実なタイミングで指示を出せるか?自信のある者は?」

 

こればかりは全員下を向かざるを得ない。口惜しいが、しかしこの状況で虚勢を張るほど子どもでもないのだ。

ガゼフを除く、この場にいる戦士達の中で大なり小なり部隊を指揮した経験のある者は数えるほどしかいない。

出された指示を稠密にこなす分には不足はないだろうが、機を読み、それを適確に指示伝達するとなると、技術以上に経験が必要になる。

その点、ラッチモンであれば適役なのだろう。ここまでの彼の洞察力の鋭さや戦術思考から察するだけでも打ってつけだと理解できるほどに。

 

だが一方で、王に仕える立場であり、国を、民を守る戦士としては受け容れがたい。

当然ながら納得のいかない戦士達だが、ラッチモンにもまた理屈以上に譲れない理由がある。

 

「それに、ここは俺達の村だ。俺達が身体を張らずに、誰が女子供達を守ってやれるんだ?」

 

つい先頃の襲撃。

恵まれた安全な環境に胡坐をかき、常日頃の備えを怠ったツケ払いには高すぎた代償。

贖罪というわけでない。帳消しになるなどと思ってもいない。だが、指を咥えて見ているだけなど出来るはずもない。

そんなラッチモンの思いを、戦士達は汲む。全員の表情が、何よりも雄弁に語る。

 

「いいだろう。貴方に部下達を預ける。どうかこき使ってやって欲しい」

 

しばしの黙考の末にガゼフが告げれば、戦士達も口々に同意を示す。

 

「預けるぜ」

「あぁ、任せてくれ!その役割、絶対にこなしてみせる!!」

「だが、アンタは死なせねぇぜ、ラッチモンさん!俺達が、この身に代えてもきっちり守ってやるからよ」

「何なら戦士長よりも過保護にな!」

「いっそ俺達で奴らの腸を食い散らかしてやりましょうよ!戦士長達の出番がないくらいにね!!」

「王国は戦士長だけじゃないってことを教えてやろうぜっ!!」

 

意気高々に盛り上がる部下達を横目に、ガゼフはラッチモンに頭を下げる。

 

「ラッチモン殿。何卒、宜しく頼む」

「止めてくれよ。お互いやるべきことをやるだけだ。まぁ精々暴れてくるさ。こういう緊張感も久々だ。心躍るってヤツだ」

「まったく、貴方は戦士だな」

「勘違いするなよ。俺は野伏(レンジャー)だ。そう言うアンタの方こそ怖い顔してるぜ?そっちの方が俺は好きだけどな」

 

ニヤリと男臭い笑みを浮かべ、そしてどちらからともなく拳を突き合わせる。

 

「アルファ殿も、宜しくお願いする」

「もちろん、全力を尽くします。皆様の献身、決して無為には致しません」

 

ユリは静かに微笑む。

 

「それと戦士長様に確認しておきたいのですが・・・・・・」

「何だろうか?」

「彼らは一人残らず始末してしまって構いませんね?」

 

さらりとのたまうには余りにも苛烈な内容に、ガゼフは絶句すると共に悪寒を抱く。

ゾクリとするほどの美しさを湛えたその笑顔の裏に燻る、極寒の殺意を感じ取って。

 

「・・・・・・この作戦に関していえば拙速こそが肝要。本音を言えば情報は欲しいが、二兎を追うのは贅沢というものだろう」

「では、そのように」

 

 

(怖い顔だ)

 

 

個人的にどちらが好みか、さすがに口に出す勇気はなかったが。

 




『ゆるユリ』の「ゆる」は更新頻度の「ゆる」さ。
・・・・・・許されざるゆるさ。

そんな次第で、またぞろ間隔が空いてしまって申し訳ありません。肝油です。
加えて本文先出し、あとがき追加という妙な形での更新になってしまって・・・・投稿手順すら覚束ない有様。
『ゆるユリ』最新第九話のお届けです。

新たに各話に付けてみましたサブタイの示します通り、今回はラッチモンさんが大活躍の回です。
位置付けとしては原作書籍におけるゴブリントループ辺りを連想させるポジションでしょうか。
色々と戦術だの何だのと御託の多い回になってしまいましたが、書いてる本人もあんまりよく分かってない感じですので、
嵌めたつもりが嵌まってた。要約するならば、そんな雰囲気だけ伝わってくれれば十分でございます。
伝わってなければ・・・・・・精進します。

本編補足事項をいくつか。
Q「野伏のラッチモンさんは全身鎧なんて装備できるものなの?」
A「あの鎧には軽量化の魔法がかけられているらしいので、大丈夫ということにしました」

Q「魔法って回避可能なの?」
A「ショックウェイに限っていえば、ヴァンパイア・ブライドのそれをブレインさんが見事に回避している描写があるので、物によるかもしれません。
マジックアローなどは自動追尾っぽいですね」

Q「角笛はどこから?」
A「これも偽装騎士からの鹵獲品です。ゴブリンは出てきません」


こんなところでしょうか。
余り二次創作で原作の設定に縛られ過ぎるのもアレですが、その設定をあれこれ考察して表現する楽しさもまた二次創作の醍醐味。
純然たる読み違えなどはともかく、解釈の違いについては「そういう考え方もあるかもね」くらいに甘受頂けると有り難いです。
無論、頂戴するご意見・ご感想はいつも参考にさせて貰ってます。返事してなくて恐縮ですが。

それでは、ここまで読んで下さりありがとうございました。
上手く運べば次回でカルネ村編は終了の予定。
是非ともお付き合い頂ければ幸いです。

肝油でした。
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