Central・Continent   作:ハンドボーラー

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第二次試験・筆記

「第二次試験の筆記の注意要項を説明する。今回の試験官は俺、フランを含めた三人だ。そこのふざけた女がミュネル、固すぎ無口の男がジャルダだ。俺は今年の候補生の主任指導官になるから、この試験を突破したら覚えておくように」

 

 はい、と椅子に座っている受験生全員が返事をする。当然ルネアも――小さくだが――返事をした。ナユカは離れているので遠くからしか姿が見えないが、落ち着いた様子が見られる。

 シャルネルはフランの説明を真剣に聞きながら、今までの総復習を脳内でしているようだ。

 ルネアは――痛む右腕をほぐしながら聞いていた。よっぽど右腕が痛むのなら、いざとなれば左手で記入するつもりだが、できれば右手で書きたい。

 説明が終わり、前から用紙が配られる。問題用紙が五枚、記入用紙が三枚だ。制限時間は一時間半。記入欄も多く、制限時間内にすべて埋めるのは難しそうだが、一文字でも、一欄でも多く記入すれば、第二次試験を通過する可能性が高まる。

 ルネアはやはり、自分よりもナユカが心配だ。前日に一夜漬けで猛勉強し、今朝は脅さなくては起きなかった。しかし、今は助けたくても助けられない。ルネアは深呼吸をし、頭のスイッチを切り替える。

 

 ――今だけは、自分のことだけに……

 

 集中! という思考と、始め! という声が重なった。

 書くための棒をインクに付け、一問目の文を読む。

 

 一人で二種類の魔法が使える者のことをディフィレンターと呼ぶが、二人以上の人数で二種類以上の魔法を組み合わせることを何と言うか。

 

 たくさん読んだ本に書いてあった。この問題の答えは――《複合魔法》だ。《複合魔法》は、魔法の組み合わせによっては一+一にもなるし、二×二にもなる。つまり、可能性は無限の、すばらしい技なのだ。まあ、ルネアの場合は一人でできるかもしれないが。

 答えを書き込むと、ルネアは二問目に取りかかる。

 

 精霊を従わせることを《精霊契約》。では、幻獣の力を身に宿すことを何と言うか。

 

 これはあまり、一般には知られていない。幻獣を倒すことさえ難しいのに、幻獣の力を身に宿すことなど、さらに難しいからだ。むしろ不可能に近い。成功例はアーリスト帝国内でも、今まででたったの八件。現在は一人しかいない。

 ルネアは《邪霊結》《じゃれいむすび》と書き、次の文を読む。

 

 二問目のことを現在、最後に成功させた人物の名前をフルネームで書きなさい。

 

 ルネアの手がぴたりと止まる。

 何度も覚えようとした名前だが、やはり朧気にしか思い出せない。スポンジの水をすべて絞り出すように、一文字一文字を書いていく。

 書き込んだ名前は――スヴィ・ラキナ。

 絶対間違えてるなーと思いながらも、これ以上は思い出せそうにないので、次々と別の問題に取りかかっていった。心のなかで、すみません、とずっと呟きながら。

 

 カンカンカンカンカーンという終了の鐘が鳴り、ルネアは左手に持っている棒を置いて背伸びをする。解答欄はすべて埋め、三問目以外はすべておそらく正解だろう。

 試験官が各机を回り、回答用紙を回収していっているあいだ、ルネアは顔をうつ向けて目を閉じていた。フル回転したあとの脳は疲れ果て、難しいことを考えるのが億劫になる。このまま何も考えずに寝てしまいたい。

 しかし、忘れてはならない。ここが崖の上だということを。

 あくびを噛み殺し、頭をブンブン振って眠気を覚ます。そうしていると、回答用紙がすべて回収されたようでフランが、注目! と呼び掛ける。

 

「試験、お疲れ様だな。回答用紙は明日返却する予定だ。それまではゆっくり休んでくれ。それでは、解散!」

 

 短い労いの言葉と解散の挨拶のあと、フランは大量の回答用紙を持って部屋を出た。しばらく誰も動かなかったが、やがてナユカが不意に抱きついてきた。

 

「ル~ネ~ア~~~~!」

 

 いきなり勢いよく飛びついてくるので、ルネアはイスごと床に倒される。叩きつけられた衝撃で、「へぶっ!」という奇声が口から飛び出すが、ナユカはお構い無しに締め付けてくる。

 

「く、苦しい……誰か…………」

 

 ほとんど声にならない声で助けを乞うが、誰ひとり唖然として助けてくれない。というより、ルネアの声が聞こえていないだろう。

 

「ナユカ、離して……」

 

 ルネアの懇願は聞き入れてくれず、もうダメだ、と思い始めた頃――白衣の天使あるいは救世主が降り立った。白金の髪は目映く輝く光に見え、青い瞳はまさに救世主の瞳。ルネアは思わず、シャルネル様と心のなかで呟いていた。

 

「ルネアが苦しそうですわ。早く離してあげてほしいですわ」

「……あっ…………。ご、ごめん、決して悪意はないから」

 

 ようやく気づいてくれたのか、ナユカはルネアを解放してくれた。ルネアは少し咳き込んでから、立ち上がってナユカを見下ろして睨む。

 

「今まで私に締め付けで迷惑掛けたこと、何回ある……?」

「……数え切れないほど掛けました」

 

 ナユカは正座をし、反省の表情を見せる。

 

「その様子だと、私以外の人にも迷惑掛けたのか……」

「どうしてわたしが迷惑を掛けたこと前提なの!」

 

 ナユカが反駁するが、ルネアは変わらず水色の冷たい瞳で問い詰める。

 

「じゃあ、掛けてないの?」

「……掛けました」

 

 今度は先ほどよりも申し訳なさそうに目をそらし、反省の色を濃く見せている。ルネアは小さくため息をつき、左手をナユカの顔の前に突き出す。

 

「……許す。ただし、これで」

 

 後日ナユカやシャルネルに聞いた話だと、低めたルネアの声は今までで一番恐ろしく、このやり取りのあいだに、ほかの受験生たちはそそくさと無言で退場していたらしい。そして試験官たちのあいだでは、ルネアは様々な意味で要注意人物としてマークされたらしい。

 ルネアはナユカの頭を左手でがっしりと掴み、グググッと最大限の力を込めた。

 ナユカがその後、どのような反応をしたかは――ご想像にお任せする。

 

 第二次試験が終了し、一連の出来事も終わって街に戻ろうとなった時、一日のなかで一番暑い時間になっていた。今はもう空が夕焼け色に染まり始めている。

 昼食はまだ取っていないので腹の虫は鳴き、ナユカは少し文句を言い始めている。一日抜けばブツブツ、二日抜けばブツクサブツクサ、三日抜けばブーブー地獄、という言葉が教会にあったほどだ。

 

「お腹すいてきたんだけどー。ララリアはまだー?」

「あともう少しだから我慢して」

「そう言ってから何分立ってるのさー」

「一分」

「そんだけしか立ってないんだ……」

 

 というルネアとナユカの会話もすでに何回も繰り返された。ルネアはまだ三時間くらいは我慢できそうだが、朝食を朝寝坊で抜いてしまったナユカはかなり我慢の限界に近づいている。

 魔法を使って下山してもいい、とは言われているが、残念なことに安全に滑り下りる魔法や空を飛ぶ魔法を使える者が、この三人のなかにはいない。そもそも、精霊と契約しなければ空は飛ぶのが難しい。

 ぎゅるるるる……という女子らしからぬ腹の音を聴きながら、麓の山道を歩く。小さな家はポツポツと並び始めているので、そろそろララリアの宿屋に着くだろう。

 あちこちの家から漂ってくる夕食の香り。ナユカは声に出して、スープ、焼き肉、チキン、炒めもの……と呟いているが、ルネアもついつい匂いで料理を予想してしまっていた。ナユカは嗅覚が村一番と言っても過言ではないほど鋭く、ルネアとシャルネルが捉えられていない料理の匂いまで捉えていた。

 

「これは――パンとスパゲッティだ!」

 

 目を輝かせ匂いだけでも上機嫌になるナユカ。シャルネルは目を丸くし、驚きの声を上げる。

 

「そんなものまで判りますの!?」

「《ナユカが空腹時の嗅覚は侮ることなかれ》。これは教会の注意事項。普段でも嗅覚鋭いのに、空腹時の嗅覚は普段の倍鋭い。夕食直前のある時は、神父さんが隠していたお菓子を恐るべし嗅覚で見つけ出したの。その時の神父さんの悲壮な顔といったら……。その年は一年に一度の楽しみを奪われたみたい」

 

 神父に同情するような表情を浮かべ、シャルネルは苦笑いした。ルネアは言葉を続ける。

 

「だから食べ物関連では、ナユカに秘密にしないほうがいいよ」

「肝に命じますわ」

 

 シャルネルが胸に手を当てて言うと、ルネアはこくりと頷いた。

 そうこうしていると、いつの間にかあの騒がしいララリアに着いたようだ。ボンボコボンボコという太鼓の音が三人を出迎え、ナユカはルネアの背をバシバシ叩く。

 

「……痛い!」

 

 仕返しとばかりにナユカの背をバシンと叩き、止めさせる。

 左隣を見ると、いかにも興味津々ですと言わんばかりに、シャルネルが目を輝かせている。まさかね~……と思っていると予想通りの言葉がシャルネルの口から飛び出てきた。

 

「わたくし……あの場所に行きたいですわ」

 

 ルネアは顔を俯けて右手で額に当て、ナユカは行こ行こ! とシャルネルの手を取る。そして二人揃って何かを期待するような瞳を――こちらに向けた。

 ルネアは最大限のうへぇな表情を作るが、二人はそれを止めない。ならば部屋に閉じ籠ってやる! と第二手段を取るべく、高速逃走を披露しようとするが、その魂胆を察した二人はルネアの肩をがっしり掴む。そしてそのままナユカが羽交い締め。

 

「今日は別にいいよね~? 筆記試験は終わったし、今後の試験は体力がものをいうと思うし」

 

 有無を言わせない説得力だった。しかしどうしても嫌なルネアは悪あがきをする。

 

「いや、今日は疲れたし……」

「ルネアなら疲れてないでしょ?」

「騒がしいの嫌いだし……」

「耳栓すればいいでしょ?」

「耳栓持ってないし、踊りたくないし……」

「踊らなくても楽しめるよ」

 

 見事に丸め込まれたルネアは最後の悪あがきを実行した。

 

「……夕食を宿屋で食べない?」

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