Central・Continent   作:ハンドボーラー

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ララリア最後の夜

 ルネアの最後の悪あがきも、ほとんど効果がなかった。

 一時間くらいは時間稼ぎできるだろう、と思っていたが、二人は早く行きたいのか、ゆっくり談笑しながら食べることをせず、無口で手と口を動かしていた。ナユカはガツガツと、シャルネルは優雅にモグモグと、それはそれは早く皿の上から料理が消えていった。

 

「もっとゆっくり味わって食べようよ……」

 

 と言っても二人はまったく耳を貸さず、

 

「…………」

 

 と、ずっとこういった調子だった。

 もし、ルネアがナユカのようにもっと活発な性格だったら、この嫌な気持ちはなくなり、お祭り騒ぎが楽しそうと思えるのだろうか。料理が次々と消えていく二人の皿を見て、ルネアはかなり憂鬱な気分になった。

 ――ああ、始まるのか……と。

 

 ひとことで簡単に言うと、地獄だった。あくまでルネアにとって、だが。

 耳栓はちゃんと着けている。しかし、それでも聞こえてくる楽器の音は震動も伴って、ルネアの体に響いてくる。ナユカは舞台の上で堂々と踊り、見事な動きだ。狩人よりも踊り子のほうが、実は向いているのではないかと思うほど。

 シャルネルは予想以上に楽しんでいる。あなた、実は貴族ではなくて平民なのではないかと思うほど。

 ルネアはやはり、自分でも判るほど冷めた表情をしている。舞台前のあちこちに設置されている木製の丸テーブルに、木製のイスに座って右手で頬をついている。その様子は非常に退屈そうに見えるのか、時々下らない男たちが下らないナンパをして誘ってくる。「こっちで酒を呑まねぇか?」やら「家こねぇか?」やら「相手すんぜ」などなど、下心丸出しの標準語に近い、少し砕けた言葉で。

 まあ、どの男もルネアの殺気溢れる眼差しを受けて逃げたが。ナユカなら、ちゃんと断るのだろう。相手を怖がらせることなく、人当たりのいい笑顔で相手を拒否することなく折り合いを付けるのだろう。

 

「オレの家で一緒に――」

「興味ないです。一人で家に帰ってください」

 

 辛辣な台詞とともに殺気を放つ。それだけで、この男もか細い悲鳴を上げて逃げる。

 普通なら誘いに乗るのだろうか。しかしルネアは色恋沙汰に興味がない。年頃なのに、だ。今までに恋愛感情を持ったことすらない。だから、もしルネアが恋をするならば、それが初恋になる。あり得ないとは思っているが。

 甘酸っぱい味がする、オレンジジュースに似た見た目のフィーリチジュースを口に含み、二人で踊り始めたナユカとシャルネルを半眼で見てあくびをする。二人の踊りがつまらないわけではないが、強制的に連れてこられたルネアとしては、早く部屋に戻りたいのだ。

 何か面白いことが起こらないかなー、と思い続けてちょうど一時間になる十秒後――

 ルネアの期待通り、面白いことが起こった。

 

 ふと視線を感じ、ルネアはうしろを見る。

 そこには下卑た笑みを浮かべている、がたいのいい男たち。そのうち、特にがたいのいい、リーダーに見える男が挑発するような手招きで明らかにルネアを呼んでいる。

 ルネアは耳栓を取り、何か飲食物を買いに行くふりをして二人の監視から逃れ、人混みに紛れてから男たちのところに行く。男たちはその様子を見て人気のない場所へ向かって歩き始め、ルネアは隠れながら付いて行く。

 曲がりくねった路地を抜け、木が増えてきた、と思うと、森に入った。夜の森は暗く、夜目が効かなければよく見えないだろう。小道を歩いているルネアは夜の狩猟に慣れているので、夜の森はよく歩いていたが、夜の森は危険だ。

 無意識に周囲を警戒していると、リーダー格の男が話し掛けてきた。

 

「そう警戒すんなって、この道で獣が出てきたことなんてねっから」

 

 それでもルネアは警戒を解かない。耳を澄まし、目を周囲に光らす。足音を殺し、あらゆる情報を感じ取る。

 

「ダンマリか。まあいい、おい、着いたぜぃ」

 

 足音がぴたりと、少し開けた場所で止まった。

 腐った木のベンチに、手入れがまったくされていない、苔が生えた大木。周囲に自生する木には数羽の鳥。

 

「こんな場所まで連れ出して、どういうつもり?」

 

 警戒心が丸出しの声音だったが、リーダー格の男は気にした風もなく答える。

 

「おめぇ……よくもうちの奴らを突っぱねてくれたな」

「……はい?」

 

 要するに、逆恨み? とは口に出さなかった。なぜならリーダー格の男が額に青筋を浮かべていたからだ。煽る危険性のある言葉は言う必要がない。

 

「俺たちゃに誘われたら、どれだけ泣こうが喚こうが、そいつらにゃぁ拒否権はねえ」

 

 ――うわー、完全に逆恨みだー。

 

 と心のなかで、棒読みで呟く。しかしその呟きは心のなかだけではなく、声にもして呟いていた。

 聞こえていたらしいリーダー格の男は、青筋をピクピクさせ、顔を赤くして突如殴りかかってきた。

 

「こんの……生意気娘がァァ――!!」

 

 リーダー格の男の拳はルネアの左頬にしっかりと当たり、ルネアの口内が切れて、血の味が広がる。頬も皮膚が切れて血が出るが、受ける瞬間に拳の勢いに合わせて顔を動かして流したので、そこまでひどくない。

 リーダー格の男に続いて取り巻きたちが襲い掛かる。うち一人は炎の拳で殴り掛かり、うち一人は水を勢いよく放水する。ほかにも、大地魔法でルネアの足元の地面を針地獄にする奴らもいたが、次の瞬間、男たちは驚くことになる。

 

 ――ばーか。そっちが先に魔法を使ったんだから、半殺し以上にひどくなっても文句は言えないよね?

 

 そう心のなかで呟きながら、ルネアは今まで数えるほどしか本気を出していない魔法を本気で使う。

 ルネアの周りに何色とは言えない、物質として存在しているのかすら判らない、謎の靄みたいなものが取り巻く。それがルネアを包み、コンマ一秒後にルネアが消える。男たちの攻撃はすべて空振り、男たちはルネアを見失って辺りを見回す。

 その時ルネアは先ほどの靄で創られたような空間にいた。その空間は時間がない。つまり、一秒が五秒にも一時間にもなるし、三時間が十分にもなる。時間の進みは自分の感じ方によって早くなるし、遅くもなるのがこの空間の特徴であり、ルネアの魔法の特徴でもある。

 

「虚無空間魔法《ホロウタイム・ビースト》」

 

 寒々とした声音で技名を唱える。慣れれば唱えなくても技を使えるが、大技になればなるほど技名を唱えなければできなくなる。ルネアは氷を創るや、炎を創る程度であれば技名を唱えなくてもできるが、ちょっとした応用になると唱えなければできない。

 ルネアの魔法――虚無魔法はあるようでないし、ないようである。色というものはなく、時間もないし、感覚もない。

 まるで――自分を表している魔法だ、とルネアは思う。

 だからこの魔法になったのかも、とも。

 虚無の空間に、虚無によって作り出された獣が現れる。獣は雄叫びを上げ、自分が切り刻むべき人間を探す。ルネアはその獣のために、次の行動に移った。

 

「虚無空間移動魔法《エンプティ・インヴァイト》」

 

 獣は喜ぶ。ようやく切り刻むことができるから。ルネアは冷ややかに男たちを虚無に導く。

 虚無空間に次々と男たちが出現し、獣が唸り声を発しながら、男たちを切り刻む。

 

「殺さずに、三分の二殺しにして」

 

 不満の唸り声を漏らすが、四つ目の青い瞳は喜びと狂気に染められている。獣にとって、ルネアの指示に従うことは喜びであり、生き甲斐だからだ。

 ルネアは自身を虚無の靄に包み、空間から出る。出る直前にある言葉を残して。

 

「この空間の外で十分経ったら出してあげる。その時には――精神年齢はどれくらい実年齢とずれるんだろうね?」

 

 氷のような冷たい笑みを浮かべながら、光景が変わるのを見る。ルネアが空間から戻ってきた場所は森ではなく、お祭り騒ぎの広場が見えるほど近い路地だった。

 ルネアが広場から抜け出したことには、ナユカとシャルネルは気付いていないらしく、舞台でヴォラを踊って楽しんでいる。その様子に柔らかい笑みを浮かべながら、ポケットに入れた耳栓を取り出して着ける。

 さらに、このまま広場に戻れば頬の傷のことをナユカたちに追及されるかもしれないので、残りの使える魔力で傷を癒やす。

 

「虚無回復魔法«カンペンセイト・ホロウ»」

 

 靄が傷の部分を覆い、目に見える早さで治癒していく。靄が消えて傷が完全に塞がると、ルネアは広場に戻った。残り魔力が底を付いてきたので、広場に戻る途中で一瞬フラついたが、運よくバレずに済んだ。

 元々座っていた椅子に座り、お祭り騒ぎが終わるまで、非常に退屈しながら見ていた。もちろん、男たちも忘れずに、十分きっかりで解放した。解放した時点でどうなっていたかは知らないが。

 

 そうしてルネアたちの、ララリア最後の夜が明けていった。

 

 一方、ミュネルを含む試験官たちの夜は――

 酒漬けならぬ解答用紙と赤インク漬けだった。

 

「ああ――――!! どうしてこんなことになってんだよ!? 記録していたから全員の点数と解答が判るけど、返却する解答用紙とアタシたちがインク漬けじゃないか――――!!」

 

 全身を赤インクに染める三人。こうなった原因は――

 

「す、すまん。ようやく終わった、と思って油断したらこんなことになってしまった」

 

 フランだ。

 インクは床にまでこぼれ、赤く染まっている。だから三人はインクの後始末をしている。

 

 三人の試験官たちは徹夜でララリア最後の夜を過ごした。

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