時間がなくて内容がすっごい雑になってしまいました――!!
ほんっと最近は休みがないよ……
自室に戻ると、机の上には先週借りた本が積み重ねられていた。それらは全て読み、ルネアが抱いた感想は、うちの村にも図書館があればいいのに、だった。ナユカはあってもなくても、どうでもいいのだろうが。
それらの本を抱えると、ルネアは一つに纏めた少ない荷物の傍を通り、部屋を出る。するとするどい聴覚を持つ耳が、ナユカの部屋からドタバタという音を微かに捉えたので足を止める。おそらく荷物を適当に纏めてしまったので入浴の用意が行方不明になり、それを必死に探しているのだろう。
帰ってきてもこの状態だったら手伝ってあげよう、と用事を追加して歩を進める。
階段を下り、一階まで降りるとそこから、不合格者たちが荷物を持って玄関に集まる光景が見えた。反応は人それぞれで、泣く者、当然だという者、悔しがる者。勝者の自分と、敗者の集団。その光景にあるものを重ね、本の重みを忘れて思わず足を止める。
重ねたものとは、狩りだ。
もちろん、狩られる側の獣たちは敗者となった瞬間から屍となり、何の反応もない。しかし、狩る側も時として、狩られる場合がある。
神父に狩りを教えられた時、最初に言われたのは「狩りとは命を奪う行為。だから、自分も命を奪われることを覚悟しなければならない」だった。それは言われてもピンとこなかったが、痛感したのはルネアが九歳の時だった。
その日は神父の帰りが遅く、孤児院のみんながお腹を空かせて神父の帰りを待っていた。が、風呂に入る時間になっても戻ってこなかったため、シスターがランプを片手に、神父を探しに教会を出て行ってしまった。
その時は何とも思わなかったが、年少の子供たちが寝始めると、年長の子供たちの間で不安な空気が漂い始めた。神父が森で迷ったのではないか、シスターは誰かに襲われたのではないか、神父は――と、言い出してはキリがないほどたくさんの意見が出た。
話し合いの結果、一番年上のルネアとナユカが暗闇のなかを、神父とシスターを探しに出ることに決まった。ランプはシスターが持って行ったため、代わりにナユカの心炎で周囲を照らして歩くことにした。もちろん危険かもしれないので、ルネアとナユカは弓とナイフを携えて出歩いた。教会では一つ下の子供たちが起きて待つことになった。
夜の村はあまりで歩いたことがなかったため、二人だと余計恐ろしく見えた。大木は魔物に見え、夜闇に響く獣の遠吠えは、子供のルネアたちを狙っているようだった。暑い時期なのに吹き付ける風は冷たく、傍をくっついて歩くナユカは体を生まれたての小鹿のように震わせていた。ルネアは震えこそしなかったが、弓を構えてしまうほどは余裕がなかった。
風が吹くたびに木々の葉がこすれる音がし、ナユカはそれに驚いて「ひい!」と言いながら何度も跳び上がった。終いには涙目で「もう無理……。帰りたい、帰る!」と言い出すほどになっていた。
しかしその頃には、常闇の森に足を踏み入れていた。光はナユカの心炎しかなく、空は樹に覆われて見えない。獣たちの不気味な唸り声がそこかしこから聴こえ、いよいよルネアも限界が近づいていた。いつ襲いかかられてもおかしくなかった状況だったが、そうならなかったのはナユカが心炎を絶やさず点けてくれていたからだろう。動物は火を避けるからだ。
痛いほどナユカが腕を組んでいると、遠くで鳥たちが一斉に羽ばたく音が聞こえた。次いで何かが樹にぶつかった衝撃音。ナユカは心臓が飛び出しそうになるほど跳び上がり、ルネアも遂には涙目になってしまっていた。
それでも音がした場所の近くまで怯えながら走ると、そこから見えたのは――壊れたランプの傍に、体中に傷を作って座り込むシスターと、血塗れになりながらも獰猛な獣からシスターを庇う神父の姿だった。
そんな二人の姿に、ルネアは思わず矢を地面に落としてしまった。矢が落ちる音に気付いた獣がルネアを見ると神父も二人に気付き、「逃げろ!!」と大声で叫んでいた。
そのあとのことはおぼろげにしか憶えていないが、唯一はっきり思い出せるのは神父が左腕を、ルネアたちを庇って切断された時のことだ。耳をつんざく悲痛な叫び声がいまも頭の片隅に、はっきりと残っている。
そのようなことがあって神父の左腕はなくなり、狩人を引退せざるを得なくなった。教会を維持したり子供たちを育てたりするお金は、寄付や八歳以上の子供たちが稼いで何とか暮らしている。なかには「お金持ちになって神父さんたちに恩返しする!」と言ってくれている子もいる。
だからルネアはこんなところで立ち止まれない。
早く一人前のアルケミストになって、強くなって――年長者として教会のみんなを守らなくてはならない。
いままでに仕留めてきた獣たちの屍を敗者たちに重ねながら、再び歩き始めた。
***
風呂に入る前に、汗を流す前にシャルネルは自分がすべきことをしていた。誰もいない鬱蒼とした森で、どれだけ走ったのか分からないほど足を動かしていた。息は荒く、噴き出てくる汗の量は多い。どんな鬼教官でも、休めというほどに。
それでも脚は絶対に止めない。自分が憧れたものになるために。
――自分を応援してくれた人のために。
少し走っただけで疲れてしまうのなら、この先の試験は絶対に通らないだろう。今回は運がよかっただけだ。
岩と岩を軽くジャンプして、さらに大きな岩に飛び移って飛び降りる。着地するときは白い服が汚れるのも気にせずに、前回転して衝撃を和らげる。立ち上がろうとすると貯まった疲れのせいか軽く悲鳴を上げ、ふらついて前のめりに倒れる。
遅い動作で体を起こすとその辺りに座り込み、土を掃いながら体の状態を確かめる。
幸い怪我はなかったが疲労のせいで体が重く、もう走れそうにない。いつもの丁寧な口調を忘れて、素になって独りごちる。
「普段しないことは……さすがに、きついわね…………」
実は素のほうがシャルネルとしては気楽で、ありのままでいられる気がする。しかし貴族の長女として英才教育を受け、貴族同士の社交も何度か経験したことがあるので、自然といつも仮面を着けるようになっていた。
それどころか妹や弟、両親すらも素のシャルネルを知らない。おそらくシャルネル自身が、誰かに本当の自分を知ってもらうことを恐れているのだろう。
見栄っ張りなうえに臆病で、素直になれない性格を――。
ルネアは自分にどこか似ているところがある、とシャルネルは思う。同時に、大胆で明るく、とても素直なところがあるナユカが羨ましいとも思う。そして、二人ともシャルネルとは比較にならないほど強いという、決定的に違う点もある。
――だからなのかもしれない。
あの二人になら本当の自分をさらけ出してもいい、と心のどこかで思っている自分がいる。あの二人をきっかけに変わっているのかもしれない、と思う自分がいる。
心の奥底で、自分に宿る魔力がバチバチと音を立てているのを感じた。次いで、紋章が描かれるイメージ。
「いえ、バリバリのほうが正しいのかしら……?」
バリバリという言葉が出た瞬間、音はさらに大きくなった。しかし何かができそうなのに、ピースが足りていない。
もどかしい。とても狡猾な動物の尾を、必死に掴もうとしているかのようだ。掴めそう、と思った次の瞬間には、尾は手に収まっていない。
あまりにも歯がゆくて、小さく唸る。しかし、やがて思考を一時保留にしておいて、風呂に入るため宿へ戻った。
未だに鳴る、魔力が弾ける音は、遠雷を連想させた。