Central・Continent   作:ハンドボーラー

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申し訳ございません!
早くなると言っていたのに今までにないぐらい遅くなりました。
こんなペースですが、物語は楽しんで読んでもらえたらと思います。


わたしって何でも食べるとか思ってるよね!?

 背に嫌な予感が走り、辺りを見回す。しかし、それらしきものは何もない。

 気のせいだったのだろうかと思うが、いまも続く粘ついた悪寒は正真正銘だ。苦笑どころか、乾いた笑いも口から出ない。せめてもの強がりに、強張った笑みを浮かべる。

 

「……? ルネア、どうかしたの?」

 

 一緒に育ってきたナユカに首を傾げてそう訊かれると、硬い動作で首を振った。

 

「いや……何でもない。ナユカこそ平気? 顔が引き攣ってるけど」

「あら、本当ですわね。お腹でも壊しましたの?」

「ちょっと二人とも! わたしって何でも食べるとか思ってるよね!? でもホントはね、お腹がちょーっと痛いかな~って」

 

 ナユカはあはは……と苦笑すると、後頭部を掻いた。まったく、いつまで経っても変わらないな、と思うしかない。手刀で頭頂部を叩くと、「何すんの!」と瞬時に返ってきた。流石は長年、ボケツッコミをしてきた相棒ではある。

 

「何も食べてないからね!? ただお腹が痛くなってきただけだからね!? 食欲も湧かないの!」

 

 叩かれた部分を両手で押さえながら口を尖らせて言われると、ルネアたちとしては苦笑するしかない。ナユカは頬を膨らませると、軽く睨んできた。

 嫌な気配が消えて、柔らかさを取り戻した表情で口を開く。

 

「ごめんごめん、でも……ナユカが緊張するなんて珍しいね」

「うん……自分でも思うよ。緊張したことなんてあまりないから……」

 

 一転、元気の失くした笑顔でナユカが答える。先ほどまでの笑顔は、もしかしたら空元気だったのかもしれない。顔を伏せて、いつもの弾んだ声音ではなく、沈んだ声で続けた。まるで萎れたヒマワリのようだ。

 

「いつもだったら、何が起こるんだろう! ってわくわくするんだけど、いまはそんな気持ちになれないの……」

「逆にわたくしは楽しいですわ。前まではただ怖気づくだけでしたが、いまはそれを楽しもうと思えるようになりましたの……ナユカのおかげですわ」

 

 空色の瞳の奥には、ナユカが持っていて、ルネアには持っていない光るものがある。しかしナユカの眩しいほどの烈火の煌めきとは違って、シャルネルの光は静謐な稲妻。熱くはないが、痺れる極光。

 それらこそがルネアの渇望しているものであり、手に入らないもの。手を伸ばしても、遥か遠方にある宝。なぜだろうか、仲間が貴重なものを手に入れたのに、素直に喜べない。

 脳の思考速度が鈍り、感電させられたかのように麻痺し始めた。四年前から手に入れようと必死に努力してきたのに、手に入ったものは偽物。本物はルネアの手が届かない場所にあると、そのとき痛感させられた。

 ――やっぱり私は……。

 そこまで思考して、シャルネルに止められる。

 

「……ルネア? どうかしましたの? あなたも先ほどからおかしいですわよ?」

「……えっ? いや、大丈夫。お腹は壊してないから」

 

 考えていたことを悟られないように、いつも通りの笑顔で誤魔化した。昔から、本当に自分の気持ちに気付かれたくないときは、相手を欺くのが得意だった。それがたとえ、ナユカであっても――自分であっても。

 

「そっか、でも無理はしないでね。わたしたちは絶対にアルケミストになるんだから!」

 

 ナユカに指を突き付けられながら、威勢よく言いきられた。痛みが増してきたのか、脂汗が浮かび始めた苦痛の表情で言われれば、まったく説得力はないが。

 

「よし! 地図は憶えたかぁ!! 只今より、第三試験を始める。これまでは地域ごとに試験を行ってきたが、今回からは国内全土から集まった者たちと試験をしてもらう」

 

 三階のバルコニーに立ったフランが、何らかの魔法によってルネアたちの意識に直接叫び、試験の内容を離し始めた。

 

「この試験は毎年行っているものだ。制限時間の十五分以内にもう一度ここに立つ――それがゴールだ。ちゃんとこの地図に描かれている通りに進めよ? 道をすっ飛ばしたら失格だ!」

 

 巨大な地図を冒頭で指示して、念を押すように言った。

 

「それだけを守れば、あとはどのように進んでも(、、、、、、、、、)問題ない。あとはな……この場所に一分以上留まると失格だ! 例えどんな状況でもな! では、始めえええええ!!」

 

 フランが木刀を振り下ろすと同時に、ルネアたちの進行方向とは真逆の場所から爆音が響く。咄嗟に耳を塞ぎ、素早く確認すると――黒い物体が見えた。虚無と似た、禍々しいナニカ。

 数瞬の差で、周囲から大音量の悲鳴。そのなかにはナユカとシャルネルも含まれていた。

 パニック状態になったナユカがルネアの肩を鷲掴みにし、容赦なく激しく揺らす。その隣には同じく、お嬢さまの共犯者がナユカの肩にしがみ付いていた。世界が安定して見えない。

 

「ルルルルルルルルルネア!! しししししししししんっぷさんっがあああああ!! 逃げないと死ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬうううううううううう!!」

「くくくくくくくく蜘蛛が、あの多足生物がっ!! いるの! そこに!!」

 

 ひどく混乱した様子で、ナユカに至っては何が言いたいのかよく解らないほどの悲鳴。だが、二人の発言が一致しないことは理解した。

 

「な、ナユカ……! 何が見えるの?」

「しょ、正気で言ってるの!? 見えないの!? そこに神父さんが作った地獄の毒料理がいるんだよ!? しかも巨大化までして、手足も生えてるの!! そこまでしてわたしたちを追ってきてるんだよ、奈落からあ!!」

「――何を言ってるのよナユカ!! そこにちゃんといるじゃない! 巨大蜘蛛が!!」

 

 二人とも理性を失いかけている様子だが、遂に堪えきれなくなったのか、前方にいる人々を押し退けて逃走を始めた。どこからそんな力が湧き出ているのか不明だが、脱兎のごとき俊足であっという間に姿を消した。

 だが二人の会話で、みんな見ているものが違うことが明確になった。おそらく見ているものは、当人の恐怖の対象だ。それも、堪えきれないほどの。

 ならば、ルネアの見ているものは何だろうか。その好奇心が、再び禍々しいものに目を向けさせた。その瞬間、見ないという選択肢を取らなかったことに後悔することになった。

 

「…………っ!!」

 

 胸の奥底から、震えて湧き上がってくる恐怖。ルネアの魔法よりも空虚で、禍々しい虚無。呼吸が乱れてき、たまにしゃくりあげるような声が漏れる。そうこうしている間に、何十人かの受験生たちが逃げ始めた。しかしルネアは動けない。

 いまにも落ちてしまいそうな意識を必死に繋ぎながら、おどろおどろしい物体を睨みつける。

 正体は解らないが、どこかで見たことがある気はする。記憶に残ってないほど、昔に見たのかもしれない。遠くから、残り十五秒というフランの声が聞こえた。

 全精神力を振り絞って虚ろから目をそらし、頬から滴ってくる冷や汗を拭いながら、ナユカたちのように駆けだした。ルネアに遅れて数名、こちらも負けていない速度で追いかけてくる。あとはみんな、地面に精神的な骸となって転がっていた。

 十五秒を切ると、後方から物体が動き出す気配がした。それに伴って、何人かの人間が足を止めてしまい、狂乱の叫びをあげた。ルネアも恐怖に耐えきれず、逆に速度を上げてしまった。

 これから長い道のりを走り続けるというのに、体力のことを考えない速度で、前方の人混みをあっという間に追い抜かす。もちろん、アレとの距離も離れたが――。

 全身にのしかかってきた倦怠感に、思わず顔をしかめた。呼吸を荒くして、みぞおち辺りが苦しくなる。しかし、これだけ追い抜いてもナユカとシャルネルは見つからなかった。

 

  ***

 

 森の小道を走り切り、ぽつぽつと住宅が見え始めると、遂には街の石畳に足を踏み入れた。急激に建物が増え、いくつかの商店を目にする。そう、ここはブルーリアだ。進めば進むほど解るが、ブルーリアはララリアとは雰囲気が違う。

 ララリアは陽気な人が多く、音楽で溢れる街だった。夜になっても明るく、料理がおいしい。石畳は不揃いなものが多く、治安も良くなかった。そして、どこか民族的な街でもあった。

 しかしブルーリアは街路樹が圧倒的に多く、石畳は断然こちらの方がきれいだ。あちこちに点在している古民家の屋根や壁はツタが絡んでいて、なかには草まで生えているものがある。気温と湿度が高い影響なのだろう。

 後ろから毒料理が追いかけてきていることも忘れて、半ば観光客気分になりながら、速度を緩めて走る。正直、体力がきつくなってきた。一本道を駆けながら、額を流れる汗を拭う。

 

『……いま一番早い奴が第一関門である街の、中央広場に到着した』

 

 ナユカの意識に直接響くフランの声は、おそらく全員が聞いているだろう。

 自分がいまどの位置にいるかは知らないが、ミュネルからブルーリアは広いと聞いた。その言葉通りなら中央広場はまだ先にあるだろう。焦る気持ちを抑え、自分のペースを維持する。

 

『そこで、だ。お前らに二つ目(、、、)のヒントを与える』

「……なっ!?」

 

 驚きのあまり、石畳につま先を引っかけてしまった。転びそうにはなるが、腕を振り回して何とか持ちこたえる。ホッと一息吐くが、後方から化け物が追いかけていることを思い出して再び、今度は気持ちを落ち着けて走り出した。

 

『街をよく見ろ――街には意外といいものがあるぞ? 例えば……名画とかな』

 

 おどけた口調で言われれば、曲がり角でぶつかりそうになっても、誰一人ナユカを咎めないだろう。鼻をぶつけることだけは全力で回避し、レンガ造りの住宅の壁に頭突きを食らわせた。作用・反作用の理屈で衝撃がこちらに跳ね返ってき、よろけながら座り込む。ナユカの背後で誰かが通り過ぎて行ったのが感じられた。

 頭角を抑えて激しい痛みに悶絶しながら、石畳の地面を蹴ってジタバタ暴れる。幸い出血はしていないが、コブはできそうだ。涙目になりながら荒い呼吸を繰り返す。

 ――と。

 痛みを忘れるほどのものが見えた。

 蜘蛛の巣状に割れたレンガの隙間に、何らかの絵の一部が現れていた。風がそよぎ、欠片がいくつか零れるとさらにその姿を見せる。

 立ち上がり、壁から少し離れて全体をよく見ると、その部分だけが真新しいレンガだった。とはいえ、周りに馴染ませるように塗装は施されていたが。しかし、よく見ればおかしいことに気付けるだろう。

 これは試験――何でも疑わなければ勝てない。

 特に今回はそういうものだと、はっきり理解させられた。

 ひび割れた部分を短時間で丁寧に剥がしていくと、絵の全体像が現れた。子供のように幼稚な絵柄ではあるものの、見る者すべてに理解させてくれるような図。ナユカは真剣な面持ちで、何ひとつ情報を取りこぼさないように見つめる。

 人が風に乗って空を飛んでいる絵だった。いや、正確には『浮く』と言った方が正しいのかもしれない。地面すれすれで、僅かばかり足が浮いているだけなのだから。

 

 ――これが……ヒントなんですね。

 

 口角を吊り上げ、フランに向けて問いかける。無論向こうには届かないが、それでも思った。

 靴裏から炎が噴き出るイメージで魔力を放出すると、地を炎が押し上げた。ふわりと僅かに浮かび、感嘆の吐息を漏らす。心炎が、毛先で燃え盛り始めた。次いでナユカの周囲で火花が飛び散る。もちろんこれも心炎だ。

 烈火のごとく赤い瞳は、炎よりも熱い魂の焔を映す。

 炎は靴を燃やし、靴下も燃やす。裸足になってしまうが、そんなことは気付かずに、前倒しの姿勢になった。これまでの何倍もの速さで、先ほどナユカを追い抜かした受験生を僅か十秒で追い抜いた。建物が目まぐるしく後方へ動いていく。

 

「《インフェルノ・ドラグーン》!」

 

 焔がナユカを薄い膜のように包み込み、所々竜の鱗のようになっている。おおよそ心炎八割、本物の炎が二割と言ったところだろうか。たまに実体を持った炎が、ナユカの白い肌をなでる。早めに解除しなければ、大やけどを負わされるだろう。

 出力を僅かに上げ、炎を息と同時に吐き出すと、遠くに感じられていた中央広場があっという間にうしろへ遠ざかった。

 

  ***

 

 幻獣の力を解除すると、ディーネは意味ありげに微笑んだリリアの背後に回り込んで、勢いよく抱きついた。リリアの髪から、ふわりといい匂いが漂う。

 

「その口ぶりは……さては、教えたい子でも見つかりましたな?」

 

 リリアの家の権限で一度だけ貴族議会を見学させてもらったことがあるが、そのときにいた特徴的な声音の、頭が固い中年の男の口真似をした。顔はディーネのままだが。

 

「それってもしかしてルズールさんのマネ?」

 

 リリアに苦笑いを浮かべられながら、「当ったり~!」と答えた。「全然似てないからね?」とコメントを頂くと、腕を上げてリリアを解放する。ディーネは悔しげな表情を作るが、本心ではどうも思っていない。

 

「んー……この会場に見知った顔の子がいたから、その子にしようかなって。その子が通ればの話だけどね」

 

 やや遠慮がちにリリアが答える。隣で鉄の手すりにもたれかかって、脳内に流れ込んでくるヴィジョンを静かに眺める。途端にディーネの意識を狂気が支配し始めた。表には出ないように、必死に心で止める。

 

「シャルネルでしょ? その子なら通るよ。ルネアたちからいい影響を受けてるからね」

 

 声は僅かに震えるが、注意深く聞かれていなければバレないほどだ。

 

「それともうひとつ。予知をそなたに授けよう……ルネアとシャルネルのほかにもう一人が、つまり三人組なわけだけど、最後の一人は何と! 選ばれます! スミュラシアに!!」

 

 芝居がかった声音でワザとらしい大業な動きでそう告げると、リリアに目を丸くされながら、咄嗟に口を押さえられた。しかしディーネの表情は、先ほどの言葉を堂々と語りつくしている。

 

「それ、誰にも言っちゃだめよ? 特にスミュラシアには言ってはダメ! そういう未来はあまり変えてしまってはダメだと思うから」

「うん、そーだね。じゃあ、試験に集中して見よう!」

 

  ***

 

 消耗しすぎた体力が、シャルネルの体を蝕む。苦しい。息が荒い。

 しかし背後に迫ってくる巨大蜘蛛の存在が、すでに限界を迎えつつあるシャルネルの体を前に突き動かしていた。恐怖でつたう嫌な冷や汗が額に浮かび、前髪が張り付く。

 思えば、生まれてこれまで長距離を全力疾走したことなんて一度もなかった。ほかの受験生に比べて圧倒的に乏しい体力は、いまさら恨んでも仕方ない。楽したい。この苦しみから解放されたい。そう思う心が、思考がシャルネルを支配していく。

 なぜこんなにも必死になって走らなければならないのだろう。

 肺と心臓が破裂しそうで、今すぐにでも立ち止まりたかった。

 

 ――どうしたらいいの?

 

 自分に問いかける余裕すらないはずなのに。

 

 ――どうしたら走らずに済むの?

 

 気付けば、心のなかにいるもう一人の自分と対話していた。

 投げかけられた問いに、僅かな思考能力で答える。

 

 ――魔法を使えればいいのに。

 

 半ば愚痴のような答えだった。だが、本当にそう思うのだ。魔法が使えないからいま、自分はこんなにも必死になって走らなければいけないのだと。

 

 ――どうして、使ってはいけないと思ったの?

 

 そんなシャルネルの考えを見透かしたように、核へ切り込むように問われる

 それは……と言ったところで気づく。

 なぜ使ってはいけないのかと。

 どのように進んでもいいとフランは言っていたではないか。それは、もしかしたら『地図の通り、地区を通ればいい』ということではなくて、『魔法を使え』ということではないか。

 そう思うと、必死になって走っていた自分が馬鹿らしくなってきた。

 徐々に速度を落とし、足を止めて一つ深呼吸。

 丹田の辺りを廻る魔力に集中し、それを靴裏に出現させて放出するイメージで――。

 

「《エレクトリック・ホバー》!」

 

 瞬間、周囲が眩く輝いた。その中心にいたシャルネルの姿は、雷光に阻まれて見えない。が、たとえ見えたとしても、もうシャルネルはそこにいなかった。

 

  ***

 

 遠くで魔法が使われたような気がした。

 しかし集中力は乱さない。ペースを崩さず、呼吸のタイミングを僅かたりともずらすことなく、ただただ前へ走る。

 森はどこまで続くのだろう。フランのアナウンスではすでに、中央広場に到着した者が出たと言われていた。ということはつまり、現在ルネアがいる場所は先頭とだいぶ離れていることになるだろう。

 悲鳴を上げながら、脱兎のごとく俊足で逃げて行ったナユカは? シャルネルは? いまはどこを走っているのだろう。きっとナユカはすでに街中を走っているはずだ。シャルネルも、じきに街に着くだろう。

 ――もしかしたら二人とも、魔法を使ってもいいということに気付いているかもしれない。もしそうだとすれば、何らかの手段で魔法を用いているだろう。その肝心の手段は不明だが。

 しかしルネアは、この試験では魔法を使えるということに気付いていても、ルネアの魔法の特性上使えない。いや、厳密に言えば少しなら使えるが、せいぜい十秒しか持たないだろう。

 しかも痛いことに、試験の前に魔力がごっそり半減してしまっている。これでは制限時間内に本部に戻れないのではないだろうか。

 この試験はおそらく――というより、魔法を絶対に使わないと合格できない。

 フランは試験の開始前に、制限時間は十五分と言っていた。しかしルネアたちが走らされているルートは、魔法なしでは十五分以内に走りきれるものではない。もし走りきれる人がいたら見てみたいものだ。

 つまり――この試験はルネアと絶望的に相性が悪い。

 突き付けられた事実は、ルネアに焦りを感じさせた。高い壁となって立ちはだかる、大きな課題はルネアにどうする? と何度も問いかけてきていた。

 

 ――どうしようもない。

 

 私はあの二人のように魔法を自由に使えない。魔力は多い方でも、魔法の燃費が悪いからすぐに使い果たしてしまう。本当に使い勝手の悪い魔法だ。

 幼いころからこの問題にぶち当たっては、何度も何度も諦めてきた。そのたびに別のやり方を見つけて、本当に苦手なことからは逃げてきた。そのツケが今になってきたのだ。

 いまさら悔いても遅いのは解っているが、悔いずにはいられない。心の中で盛大に自分自身を罵倒し、右手を強く握りこむ。爪が食い込んで、皮膚が裂けて血が滲む。不思議と、痛みは感じない。

 こんなとき、ナユカならどうするのだろう。

 きっと、身体がボロボロになると解っていても、精神がズタズタにされると解っていても、無謀でも課題に正面から考えなしでぶつかりに行く。

 そのがむしゃらさがナユカにあって、ルネアにないもの。

 

 ――それなら、ナユカになくて私にあるものは?

 

 考えろ、考えろ。と呪文のように頭の中で繰り返し、やがて一つの解に辿り着く。自然と息苦しさは楽になり、笑みが口の端に浮かぶ。

 

 ――考える力と、本から得た魔法に関する豊富な知識。

 

 遥か昔に読んだ、一冊の本。これを読むのはダメだと、シスターに取り上げられた魔法の書。もう記憶から消えかかっていたが、まだ辛うじて憶えている二節がある。

 いま思えば、その本は魔法に関する闇が詰まっていたのだろう。思い出した二節の恐ろしさに、いまからそれを実行しようとする自分に、身震いしそうになってくる。それを編み出したアーリィも同じような気持ちだったのだろうか。

 しかしやるしかない。何としてでもこの試験に合格したい。幻獣によって悲しむ人を救いたい。怯えて泣くしかない人を助けたい。

 

 ――たとえこの身がズタボロになるとしても。

 

 次第に減速し、足を止めた。そして体内を循環する魔力に意識を向け、大きく息を吐く。脈打つ心臓が徐々に落ち着いてきたとき、息を吸ったと同時にその二節を口にした。

 

「魔力は人の体内で生み出されるが、魔法で当人の身を喰らわせて生み出すのも可能であり、またそのときに莫大な魔力を得るのである」

 

 身体を虚無が覆っていく。内臓がかき乱される感覚がする。気持ち悪い。痛い。全身が虫に喰われていくような痛みで、気をしっかり持っていないと気絶しそうだ。

 

「その、際に……耐えがたい激痛、そして理性の崩壊が稀に起こりうるが、それらを代償に、得られる魔力と身体能力は……絶大、である」

 

 言い終えたと同時に、ルネアはあまりの苦痛に膝を折り、吐血した。内臓のダメージが思っていたよりも大きいようだ。吐くような咳に、思わず顔をしかめる。

 でも――これでようやく前に進める。ナユカとシャルネルに追いつける。

 その喜びから、ルネアの口からは狂気じみた笑い声が迸った。体内を高速で循環する血液が熱い。心臓が通常よりも三倍の速さで脈打っている。

 ルネアは膝を折っている状態からゆらりと立ち上がり、力強く地面を蹴った。土煙が立ち上がり、辺りは砂粒が舞う。しかし、そんなことはルネアに関係ない。

 街には瞬時に足を踏み入れた。ほぼ一直線なコースには、いまだに一生懸命に走っている受験生がたくさんいる。その愚直さに鼻で笑い、刹那の時間で彼らの頭上を一っ跳びで抜かす。次いで曲がり角を、壁を蹴って減速せずに曲がった。

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