Central・Continent   作:ハンドボーラー

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第三試験:終幕

 信じられないとでも言うかのように、目を最大限に見開くフラン。

 

「まさか、あれを知っていたとはな……。確か、そいつは十年以上前に情報規制したんじゃなかったか? 何でルネアはあれを知ってんだ……?」

 

 固唾を呑みこみ、震える声音で呟く。なぜ、と何度も思考が反芻した。知らず知らずのうちに、手すりを掴む力が強くなっていく。隣に並ぶミュネルも、彼女以外の試験官も、フランと同じように何かしらの動揺をしていた。

 

「情報規制とはいえ、知る術がないわけではない。例えば、規制が入る前の古い本があったらそれを読むことで知ることができる。あるいは……教えてもらったか」

 

 冷静に分析しているミュネルであるが、あの状況を見つめる眼差しには恐怖が入り混じっている。それもそのはず、あの《血肉喰らい(バイタル・イロウスィヴ)》は知る者全員が忌み嫌うものだ。

 使用すれば確実に、内臓が撹拌されたようにぐちゃぐちゃになる。皮膚には裂傷が大量につけられ、ひどい場合は筋肉や靭帯が断裂する。最悪の場合、大量出血などで死に至る場合もあるのだ。心臓にも負担がかかりすぎて、心肺停止になる危険もある。

 

「なに、やってんだアイツ……!」

 

 即刻試験を止めたい。そんな気持ちに突き動かされそうになる。が、しかしそれは無理な話だ。手すりが変形しそうなほど握りこんで、飛び出しそうになる自分を必死に押し止める。

 この試験は個人の問題で一時中止にすることができない。試験官が救助に行くことも、その受験生が長時間止まっていないかぎり、倒れ伏して微動だにしていないかぎり不可能だ。例え――死にかけていたとしても。

 ならば、フランには願うことしかできない。

 ――死ぬな。と。

 

  ***

 

 第三試験は中盤に差し掛かり、ディーネたちがいるバルコニーからは、受験生たちの様子が見えなくなっていた。二人は風が吹いて気持ちよかったバルコニーを後にし、知り合いが集う二階の大会議室に向かっていた。

 ディーネたちの知り合いはみんな戦闘などに精通していて、騎士団で言えば将軍並の強さを誇っている。中には、強すぎて国外へ出ることを禁止にされている者もいた。

 

「やっほー! みんな、試験はどんな感じー?」

 

 大会議室のドアを勢いよく開けて、まさに暴風と形容すべきディーネがドアの付近にいた、暗紫色の髪色をした同い年に飛びかかる。背後から飛びつかれた少女は、長い髪を揺らさせられながら驚愕の声を上げた。

 

「ちょ、ディーネ……! あなた……いつも飛びつかないでって言ってるでしょ!? どうしてそれができないのよ……!!」

「えー、だってぇシアがどんな反応するかなーって思うと面白そうじゃん」

 

 えー、とは言いながらもディーネの行為は終わらない。ディーネにとっては最後の一仕事が残っている。気取られないように、そっとシアと呼ばれた少女のポケットに指を這わせると。

 散々繰り返されてきた行為に慣れた少女は、ポケットに半ば突っ込んだディーネの手を掴む。

 

「今日は持ってないわよ」

「ありゃ残念」

 

 まあ、これは判っていた未来なので、そこまで肩を落とすことはない。

 今度こそ潔く離れると、ディーネと一緒に来たリリアが微笑みながらドアを閉めた。

 

「あまりスミュラシアを困らせたらだめよ?」

 

 あくまでこの一言は形式なので実際は、リリアにはディーネを止める気がない。ディーネもそれを解っているので、とりあえず体のいい返事だけしておいた。

 大会議室には、試験の様子が分かる大型モニタースクリーンがある。地点ごとに無数にいる精霊の視覚情報が、受験生が映し出されているところだけモニターに表示されるのだ。

 もしずっと見ておきたい受験生がいるのなら、ミュネルに言ってもらい精霊に動いてもらうことも可能だ。ほかにも、大きく動きのある受験生――例えばトップであったり、魔法を使用するなどをして猛烈な追い上げを見せていたり――には精霊が反応して追随していく。

 ディーネは試験が始まる前から目を付けていた、今頃にはきっと面白いことになっているであろうルネアを探す。もしそうなっているのであれば、絶対に精霊が追いかけているはずだ。鼻歌交じりにモニターから、映像を確認していく。

 

 

「にしても、まさかアレを使う人が出たとはね……」

 スミュラシアの、畏怖の念が滲み出てくるような口調に、「んー? どうしたの?」と探しながら返した。リリアも首を傾げ、モニターから視線を外す。

 

「血肉喰らいだよ。バイタル・イロウスィヴってのが正式名称だっけか?」

 

 スミュラシアの代わりに答えたのは、緑のメッシュを橙の短い髪に少々入れているフィーラだった。髪の合間から覗く右耳には、(いかずち)をモチーフにしたのであろうピアスが付いている。

 

「しかも、そいつの魔法は見たことのないやつだ」

 

 片手に持つ紅茶を飲み干すとフィーラはモニターを操作し、ある一場面を映し出した。それこそがディーネの探していた映像であり、本命だった。

 何とも言えない謎の靄に全身を覆われているルネア。

 第一エリアである市街地の迷路地区に現在差し掛かろうとしている。が、この地区は建物を完膚なきまでに破壊しつくさなければ、どのルートを進んでも構わないのでおそらく、ルネアは一っ跳びで建物の上を通り過ぎるだろう。この映像を見るかぎりまだ完全に理性は失われていないが、それも時間の問題だ。

 

「そうね、言い表すなら……虚無、かしら」

 

 スミュラシアの言葉にはどこか、分析する研究者のような雰囲気が含まれていた。いや――実際にアルケミストは研究もするのだから、本物の研究者とも言える。

 

「ディーネみたいに、通常の魔法とは違って強烈で歪んだ魔法を使う人が、ディフィレンターほどではないけど少ない確率で現れるし……。あの子の魔法もそうなのかしら?」

「んー、どーだろ。試験直前にあの子とぶつかったんだけどさ、そのときは氷魔法を使ってたよ? あんな靄は出してなかったけど」

 

 ルネアの魔法は得体が知れないことは、ナユカと呼ばれていた少女の記憶から読み取っていた。しかし、肝心の中身はこれといって得られず、本当の魔法は氷じゃないということは解っていても、なぜ氷を生み出せたのかは謎のままだ。

 ルネアもナユカも魔法に関しては、ほとんど情報を得ることはできなかった。それだけ心のガードが固いということになるが――それは良いことなのだが――、いまはそれがもどかしい。

 知識欲に駆られ、自然とディーネの口の端が上がった。

 その様子に気付いたリリアは、手刀で軽くディーネの頭を叩く。

 

「こら、いま『面白いなー』とか考えてたでしょう?」

「あ、バレた?」

 

 茶目っ気のある笑顔で軽く誤魔化すと、近くにある椅子を引いて座る。意外とクッション性のある赤いソファーイスは、ディーネが腰を下ろすと小さく音を立てた。

 ふう、と小さく息を吐くと、再びモニターに注視する。

 そこにはディーネの予測通り、建物の上を跳躍している姿が映っていた。地上で馬鹿正直に攻略していく受験生たちを瞬時に追い抜き、突き放していくその姿ははっきり言って異様だ。

 時折ルネアが纏う靄が増幅し、速度を上げるブースターのような役割をしている。間違いなく、あの虚無こそがルネアの魔法の本質だ。

 

「……うん、やっぱりルネアしかいない」

「……ん? なんか言ったか?」

 

 ディーネが小さく独りごちると、微かに聞こえたのか、フィーラが問うた。

 

「その子、あたしの弟子にする」

 

 今度は全員に聞こえるように、そして――《横取りするなら容赦はしない》という意味合いも兼ねた弟子宣言をした。既に聞いていたリリアは相変わらずの微笑を浮かべていたが、そうでない二人は驚きを露わにする。

 

「お前、そいつを弟子に取るのか!?」

 

 フィーラは視線をモニターからディーネに移し、あり得ないとでも言うように凝視してくる。足音もなく腰に巻きつけた上着を揺らしながらゆっくりと歩み寄って、ディーネを見下すように傍に立った。腰の鞘に付いた金具がチャリと音を鳴らす。

 

「悪いことは言わない、やめとけ。血肉喰らいは五分もしないうちに内臓がぼろ雑巾のようになるんだ。多分、この試験が終わったら死んでるぜ?」

「――そうね」

 

 とスミュラシアが同意し、ソファーイスに腰を下ろして腕を組んだ。

 

「血肉喰らいは長時間の使用を想定していないわ。あの子、いまは火山洞窟の中盤にいるから、三分で大体二一〇〇メートル進んでいることになるわ。つまり、一分で七百メートルね。あの状態になったのは試験開始から二分後で、いまは始まって五分経っている」

 

 モニターのルネアをまっすぐ見据え、次に紡がれた言葉はさらに静かなものだった。

 

「このペースで行くと、本部に着くのは十分前後になるわね。もちろん、途中で迂回路があるからそっちを選べば確実に間に合わないでしょうけど」

 

 間に合わないという言葉に、室内には静寂がもたらされた。

 ディーネの中に宿ったヴァーハイトの力は、あくまで心身掌握でしかない。未来視はそれに伴うおまけの力とでも言うべきもので、あくまで直近の確定する未来しか見せてくれないのだ。つまり――ディーネにもルネアがどうなるかなんてわからない。

 しかしディーネは、少々手厳しいスミュラシアの言葉を笑い飛ばした。

 

「じゃあ賭けをしようよ。あの子が生きて戻れば、あたしがあの子をもらう。んで……シアは罰ゲームを試験が終わった後にやってもらおうかな~」

 

 罰ゲームというワードを聞くとスミュラシアの表情は――例えるならば下種な男性を河原で見かけた時のようなものに、瞬時に切り替わった。ディーネを蔑視するスミュラシアを見たのはこれで何十回目か解らないが、もはや見慣れたものではある。

 

「なら、もしあの子が死んだら……あなたが罰ゲームを受けて、私はあなたから解放されるってことでいいのよね?」

 

 半ば脅しのようなぎらついた眼差しを向けてくるが、そんなものはディーネにとって恐れるに足りないものだ。ついでに言えば、スミュラシアが提示してきた賭けの内容も、全く痛くも痒くもない。

 ピエロのような笑みを浮かべ、「よし、乗った」と手を叩いて契約の魔法を構築する。

 

「わが名はディーネ、暴風を扱う者」

 

 スミュラシアも同様に構築を開始し、起句を口にした。

 

「わが名はスミュラシア、念力を扱う者」

 

 二人のあいだに精霊の魔法文と呼ばれる文章が出現し、辺りは紫に染まった。

 ディーネたちが行っているのは誓約魔法と呼ばれているもので、口約束や書面誓約などよりも効果が強い。例えば国家間で交わされる条約などは、国のトップによって契約魔法を使う。つまり、破られては困るほど重要な契約などに用いられるのだ。また、期限を定めなかった場合においては自然消滅することはない。

 誓約魔法は誓約者同士の魔法によって結ばれるが、それを承認するのは人間ではない。周囲にいる野良の精霊たちによって承認されるのだ。

 

「この誓約はは賭け事である。ゆえに命をかける必要はなし」

 

 先ほどディーネが口にしたのは、誓約を破った場合においての罰則だ。命を掛けない場合は罰金一〇〇〇億アーリィが課せられる。一〇〇〇億アーリィといったら、国の一等地のどこかに大きく豪華絢爛な城を建てられるほどの大金だ。

 流石にそこまでの大金は持ってないし、もとより破るつもりも毛頭ない。それはスミュアシアも同じだろう。あくまでこれは誓約においての必要条件なのだ。

 

「異論なし。勝者は望みを叶え、敗者は罰ゲームを試験終了後に行うものとする。罰ゲームの内容は勝者が決定する」

 

 スミュラシアは淡々と賭けの内容を口にしていき、それに応じて精霊の魔法文は文字数を徐々に増していく。

 

「異論なし。双方の合意により、この誓約はなされた」

 

 結句を告げると、文字は光り輝いて霧散した。

 

  ***

 

 もう出発してどれくらいたったのかな。

 そんなことを考えながら、ナユカはトップを独走していた。目の前には地図で真っ先に目がいった、豆のような形をしたブルーリア湖がある。たしか、端から端で一番長くて三キロって書いてあったような……と思い出していると、湖まで着いてしまった。

 とりあえず浮いた状態で立ち止まると、周囲を見渡す。ナユカのすぐ隣に立っている看板には『迂回路』と書いていて、右を示している。しかしその文字の下には約七キロとも大書されており、どう見ても試験の落とし穴だった。

 となれば、もうナユカに残された道は一つしかない。向こう岸には巨大な看板も立っていて、ご親切なことに『ここで上陸』とも書いてある。

 これはもう、行くしかない。

 後ろを見れば、火山洞窟を抜けた二番手たちが追いついてきている。まだまだ初夏だというのに、真夏の真昼に力仕事をした人並みに汗水たらして、必死に魔法を使うなり全速力で走るなりしている。見ているだけでかなり暑苦しい。

 とはいっても、ナユカも負けてないほど滝のように汗を流しているし、見た目はこっちの方が熱そうだ。なんせ炎に包まれているのだから。

 まあ、そんなことを考えている暇はないのは明確だ。ここで余裕を持たせて彼らに花を持たせてやってもいいが、そんなものは時間の無駄でしかない。

 再びナユカは湖を見ると、今度は湖の底を見つめ始めた。見た感じ、この湖はそこまで深そうに見えない。確か最大水深三十メートルとか書いていたが、ナユカが進まなければならないコースは五メートルくらいだろう。もしかしたら一メートルかもしれない。

 などとごたごた考えていたが、高く前方へ跳躍してようやく先に進み始めた。

 五メートル先に自分の身体が落ちていき、ナユカは着地体勢に入る。くるであろう衝撃に身を構え、迫りくる水面を見つめる。

 やがてナユカの炎が水面に触れ――。

 一つの水柱が音とともに出現した。

 

「がっばがぼぼぼぼ!!」

 

 ナユカの炎は水面の上では浮くことができず、重力に従って墜落してしまったのだ。一か八か行ってみたが、やはり駄目だった。

 しかしそんなことは問題ではない。

 

「ぶはああああああああ!!」

 

 必死に手足でバタつき、何とか顔を水面から覗かせた。水しぶきが小雨のように降りかかってきて、ナユカの口に入ってくる。何度か気道に入りそうになり、むせた。

 しかしそれもちょっとした問題でしかない。いや、大問題に付随してくる問題と言うべきか。

 

「お、お助け……助けてください!! おねが、お願いします――!!」

 

 パニック状態になったナユカだが、いつの間にか追いついた後続の受験生たちは無視して、素早く追い抜いて行く。それも当然のことで、いつ追い抜かされるかもわからない女を助けようとするなんて、バカでしかないのだから。ルネアやシャルネルなら助けてくれるかもだが、二人が近くにいるかは分からない。

 そもそもルネアに救助ができるかと言われると、絶対無理だ。

 何せ、ナユカとルネアはカナヅチなのだから。

 

「泳げないんです助けてくださいお願いしまぶぶ…………」

 

 矢継ぎ早に救助を求めるが、すぐに身体が沈んできた。顔も水中に引き込まれていく恐怖から、ナユカは思わず目を固く閉じた。口が水中に消えていく前に大きく息を吸って、酸素を肺に溜める。

 ああ、こんなことならば、人工巨大池を村に作ってくれって村長にお願いすればよかった。と遅まきながら後悔しながら、恐る恐る瞼を上げる。

 そこには、ぼやけて見える水中世界しかなかった。水面の方を見上げると、そこには眩しい光の塊。そして泳いでいく受験生たちが発生させている泡。

 ナユカと同じように、炎魔法を持つ受験生は泳がざるを得ない場所だろう。他の魔法に比べて、この場所では圧倒的に不利だ。つまり、水に身を沈ませてしまったナユカは詰んでしまったことになる。

 しかしこのままでは死んでしまう。試験が終わるころには、水死体になって引き上げられるだろう。そんな事態は何としてでも避けねばならない。

 たとえ、奥の手を使ってでも。

 

「――――――――!!」

 

 力の限り叫んだ声は、泡となって水面に向かって上っていく。

 それと同時に、ナユカの周囲で風が巻き起こった。その風はナユカを水上へ向かってふわりと押し上げてゆく。光が近づいて、思わず目を細める。

 身にかかる水圧がふと消えると、ナユカは肺いっぱいに空気を吸い込んだ。

 服がずぶ濡れで少し寒いが、じきに乾くだろうことを祈るしかない。

 

「――ナユカ?」

 

 ようやく再び地上へ目指そうとしていたら、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。振り返ると、そこには白金の長い髪の少女がいた。シャルネルだ。

 足裏には何やらスパークが弾け、光り輝く模様がある。あれはシャルネルの魔法なのだろう。模様から出てきている? のは雷で、それが地面に反発して浮き上がっている仕組みなのだろうか。

 いや、それよりも。シャルネルが驚きの視線を向けているのは、ナユカのことでしかありえない。それはびしょ濡れだから、とかではないのは明白だ。

 なぜなら。

 

「風? 炎だけではありませんでしたの……?」

 

 ナユカはいま炎ではなく、奥の手である風魔法を使っているのだから。

 

 この世界の法則に当てはめるならば、魔法二つ持ちというものはとても信じがたいものだ。

 普通は一人につき一種類しか魔法は発現しない。それ以外の二つ持ちはディファレンターと呼ばれ、昔は差別されていた。時には村の安寧のためだの悪魔だのと言われ、その都度処刑されてきた歴史もある。

 いまではそんなことはないが、ごく一部の地域では最近まで行われていたと、シスターから聞いたことがある。ディファレンターだと聞いて、いい顔をしない人は未だに多くいるとも。

 なぜ魔法が二つも使える人がいるのかは、いまだに解明されていない。

 現在最も有力な仮説は『神の恩恵』とされているが、実際は個人の能力や体質によるものでしかないだろう、とナユカは考えている。

 

 こうなったからにはごまかしなんて絶対に効かない。

 陸地を目指しながら風で移動し始めると、シャルネルも追従していく形で徐々にナユカに並んでいく。

 

「ナユカは炎魔法ではありませんでしたの?」

 

 再度訊ねられると、今度こそナユカは答えた。

 

「実はね、ディファレンターなんだ」

 

 たったそれだけ、短く口にする。続きは試験の後で、という意味を含めてウインクをするとと、今度こそゴールに向かって本気の速度を出すために、魔力の出力を増幅する。

 

「《デトネーション・ゲイル》」

 

《インフェルノ・ドラグーン》に似た技だが、たった今発動した技は風の力で推力を発生させ、更に炎による火傷を防いでくれるので、こちらの方が使い勝手がいい。

 魔力消費は若干こちらの方が激しいが、出力を調整すれば長めに使えそうだ。

 あっという間に置いてけぼりにされたシャルネルを見やると、対抗意識を燃やしてか、すぐに速度を上げてきた。

 このまま追い抜かされるわけにはいかない。しかし森林エリアに突入したら炎の出力を抑えないと、木に炎が燃え移って大火事になってしまう可能性があるため、ここからは不慣れな風魔法で勝負しなければいけない。

 試験が始まる前は一位になることは簡単かもしれないと、心の大部分では思っていた。

 なぜなら、ライバルであるルネアは魔力消費の燃費が悪いため、この試験のような長期戦は最も苦手とするからだ。したがって、ナユカに敵なんていないと思っていた。

 しかし実際始まってみれば、最初に神父さんのクソまず料理に追いかけられて、次いで壁に激突して悶絶するほどの激痛に襲われて、終いには巨大湖で浮くことができずに溺死しかけた。

 今日ほど命の危機にさらされたことなんて、これまでの短い人生の中で二、三度しかなかっただろう。そう考えると自分の人生はほかの人よりも若干修羅場が多い気もするが、今回に関しては自らその渦中に突っ込んで行っているので何も言えない。

 苦笑いを浮かべつつ、二人は同時に森林エリアへと突入する。この速度であれば、ゴールへとたどり着くにはそう時間はかからない。

 ナユカは周囲の木々に火が燃え移ることのないように火力を弱め、代わりに風力を上げる。シャルネルも木々に雷が落ちて出火するのを恐れたのか、雷の勢いが弱まって速度も減速していく。それでも二人の速度は速いままだ。後方からの追っ手もなかなか来ない。

 ――いや、違う。

 何かが、恐ろしくおぞましい魔力をまき散らしながら近づいてくる。血生臭い底なしの闇が、虚ろな存在が巨大湖を一瞬で突っ切ってきている。本能的な恐怖が、体の奥底から震えあがってきた。たまらず、ナユカは後方を確認した。

 シャルネルもナユカと同様に異質な何かを感じたのか、怯えが混じる空色の瞳を巨大子の方へ向ける。巨大湖がある辺りの上空はなぜか、大量の水が雨のように降り注いでいた。

 

  ***

 

 時は遡ること一分前。

 ディーネたちはしばらく無言のままで試験を傍観していたが、やがてルネアが火山洞窟を抜け出すと、試験が大きく動き出した。

 ルネアは驚異の追い込みを見せ、現在は上位争い組のやや後方にまで追いついている。

 そしてこの試験において、一番の合格の明暗を分ける地点である巨大湖にたどり着く数秒前。

 自我をほぼ消失していると言ってもいいほど消耗しているルネアの身体を、より禍々しく膨大な魔力が鎧のように覆う。左手には剣の形に魔力を形成し、走駆しながらそれを構え――。

 次の瞬間、彼女はその虚ろな剣で――巨大湖を切った。

 目には見えない瘴気が周囲を包んだように感じたその刹那、水や受験生たちは宙に舞い、湖は真っ二つに分かれた。

 

「へぇー。すごいね……」

 

 にやりと口の端を釣り上げて微笑むが、目は微塵も笑っていないのが自分でも感じられた。不気味だからやめろ、とよくスミュラシアに言われているが、こんな楽しいことばかり起こるのだから、やめられそうにない。

 まだ制御できていないのにも関わらず、これだけの威力をルネアは発揮している。もし彼女がこれからより多くの知識と技術を身に付けたならば、きっと敵なしになるほど強くなる。

 致命的な弱点を克服する術を身に付けたならば――。

 

「……楽しいことになってるよねぇ」

 

 

  ***

 

 迫りくる轟音。この虚ろな魔力の気配は、ナユカがよく知っている人物であるルネアのもので間違いない。

 ルネアの血の匂いが徐々に近づいてくる。ナユカは風圧を強くして、シャルネルとルネアを引き離す。嫌な汗が頬を伝うも、それは風が吹き飛ばしてくれた。

 しかしそれでもルネアは追いついてくる。もう目視できるほどまでに近づいてきた。じきにシャルネルは抜かされそうだ。

 森林エリアの残りはあと半分だ。遠くにだが、ゴールも見えてきている。まだここで負けるわけにはいかない。

 

「もっと! 翔べえええええええええ!!」

 

 腹の底から獣のように吠える。感情の昂りと共に、抑えていたはずの火力が強くなる。心炎も炎も風も最大火力・風力となって体を覆い、最速の弾丸と化して飛翔する。

 

「…………ぅぁあああああああ!!」

 

 錯乱した精神状態っぽいルネアが、よどんだ瞳でナユカを睨む。

 

「邪魔だ! どけえええええええ!!」

 

 ナユカに向かって伸ばされた右手から、虚無が伸びてくる。それは腹をすかせた貪欲な獲物のように、ナユカの炎を飲み込もうとしている。いや、実際はナユカをも飲み込もうとしているのだろう。きっとナユカの中に残る魔力を補給したがっている。

 

「……くぅっ!」

 

 毒牙の生えた蛇のように足を嚙みつかれ、すさまじい脱力感に襲われる。間違いなく、魔力を抜かれている。

 もう魔力は残り少なく、限界だ。それでも――。

 

「届けえええええええ!!」

 

 全身を必死に伸ばし、何とか追い越されるまいと抗う。

 そして――。

 ついに、長いようで短い勝負に決着がついた。

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