アルケミスト
時は流れて、ルネアとナユカは十四歳になった。
アーリスト帝国では、成人は十六歳とされている。しかしラッシャー村ではもう、二人は大人として扱われ、特にルネアは一流の狩人と評されている。しかし、二人が目指すものは一流の狩人ではなかった。
二人が目指しているのは魔法戦団。
魔法戦団とは、魔法を使って戦う騎士団だ。しかし普通の騎士団とは少し系統が異なる。騎士団は王直属の隊から命令を発信されてから戦場に赴いて戦うが、魔法戦団は本部から命令が下されて行動する。騎士団は一番上が王だが、魔法戦団は本部長だ。下される命令も異なり、騎士団は主に戦場や護衛だが、魔法戦団は幻獣関係だ。さらには、戦闘スタイルも異なってくる。騎士団は剣や銃の武器を用い、集団戦法をとることが多い。しかし、魔法戦団は二つの戦いかたがある。
一つ目は騎士団と同じように、集団戦法をとって魔法で戦う方法。
二つ目は基本的に一人や二人の少数で戦う方法。
ひとことで言うならば、騎士団は規律がしっかりしていて、魔法戦団は人によってかなり自由。
ほかにも、魔法戦団は戦場に出ることもたまにはあるが、基本的に国境はない。幻獣についての研究・討伐が九割。そしてーー変人の巣窟。変人の巣窟だというのは、知る人ぞ知ることだが。
だからこそ、ルネアとナユカは魔法戦団に強く惹かれたのだろう。ラッシャー村を襲った幻獣はまだ討伐されていないし、世界中に幻獣は出現し続ける。もしかしたら、今世界のどこかで襲われている人々がいるのかもしれない。その人々のためにもーー。そう思って二人は魔法戦団を目指しているのだ。
「ルネア、もうすぐ魔法戦団の人がくるね」
十四歳になったナユカの髪は伸び、セミロングの長さまで伸びていた。髪型は変わらないが雰囲気は変わり、無邪気な子供から落ち着いた大人に変わっていた。しかし、子供っぽさはまだ少し残っていて、ふとした時にその面が顔を覗かせている。
「昔だったら、ナユカははしゃいで出迎えに行くけどね」
三年前のことを思い出したのか、笑いながら答えるルネアもやはり変わっていた。一つにくくりあげた髪は肩甲骨辺りまで伸びており、ナユカ同様雰囲気も変わっていた。四年前から少しずつ、他人に対しての態度を変えるように努力してきたのだ。今も無愛想な態度をとる時もあるが、それでもマシになった。これには教会の子供たちも驚き、ルネ姉に何かあったの? とみんなから聞かれた。ルネアが他人と会話をする練習をしていたことはナユカ以外、誰も知らない。それどころかルネアは、秘密の練習のことをナユカも知らない、と今も思っているのだ。だからナユカは、誰かにルネアの恥ずかしい過去話を暴露してと言われたら、その話をするつもりだ。本当に恥ずかしい話ならナユカも暴露するつもりはないが、無愛想な態度を変えるための努力なのだから、本人にとっては恥ずかしくても、ナユカからすると素晴らしいことだと思う。
まあ、練習方法はあれだが……。
「昔だったら、でしょ。今はそんなことしないよ」
危うく完全に物思いに耽りかけていたナユカは首をポリポリと掻き、話題を変えようと試みた。
「ねえルネア。ルネアはどんなアルケミストになりたい?」
アルケミストとは、魔法戦団に所属する人を指している言葉だ。由来は魔法を駆使し、錬金術を使えたからだという。最初に使ったのはどこぞの騎士隊隊長らしいが、今となっては定かではない。
「速いアルケミストになりたい」
真剣な声音に、ナユカは息を詰める。
「どういう意味?」
「十四年前、ラッシャー村に幻獣が現れたけど、ラッシャー村は人の少ない地域にあったから、一番近い魔法戦団支部でも十時間かかるほど遠い村だった。十時間あれば、村一つ破壊するのも簡単だった。村人の八割は死亡し、ようやく魔法戦団の人が到着した頃には、ほとんどの人が重軽傷を負っていた。もっと早く到着していればーー死んだ人は少なかったはず。だから私は速いアルケミストになりたい」
広場にそよ風が吹き、二人の髪がなびく。周囲の草木がカサカサとなり、その音のなかに足音が混ざる。
ナユカたちの周囲にいる同年代の少年少女が沸き立ち、なかには手を叩く者もいた。
ーー魔法戦団のアルケミストと、騎士団の王直属の隊だ。
「静粛に!」
隊長が威厳のある、低い声で発する。
広場に溢れる歓声は止んだが、興奮はまだ冷めていない。なぜなら、ラッシャー村のような辺境に魔法戦団と騎士団は滅多に来ることがないからだ。しかも王直属の隊がきたとなれば、なおさら興奮は冷めない。
巨体の隊長は大きく息を吸って、口を開く。
「我はファングル。まず、十四年前と十一年前の非礼を詫びよう。隊の配置が不完全なせいでそなたらの家族、あるいは友人を死なせてしまった。我らの落ち度だ、本当に申し訳ない。今後はそんな悲劇が起きぬように、この近辺に二百人規模の隊を配置することに決めた。どんなに遅くても、三十分で駆け付けるだろう」
そう言ってファングルは頭を深々と下げた。突然の謝罪に、広場にはどよめきが走る。当然、ルネアとナユカも困惑した。
「……どうすればいいのかな?」
ナユカが問い掛けるが、ルネアも判らないようだ。ただーー。
「誠心誠意の謝罪だということは伝わってくる」
ルネアがポツリと言った言葉を聞いたのか、隊長は頭を上げ、一歩下がる。代わりに、前へ出てきたのはアルケミストだ。
「私からも謝罪をしたいところだが、先程の諸君たちの反応を見る限り、軽めにしておいたほうがよさそうだな。ただ……本当に申し訳ない」
軽く頭を下げると、すぐに頭を上げて口を開く。
「それでは時間が押してきているので、早く第一次試験を始めようか。我々は先日、南部にある村で同じ試験をさせてもらった。今日は諸君たちだ。それでは、騎士団を希望する者はファングル隊長の元へ集まれ。魔法戦団を希望する者は私の元へ集まれ。五分後に試験を開始する」
二人が希望するものは当然、魔法戦団。
しかし、少年少女の約九割は騎士団を希望した。おそらく理由は、ほとんどがたいした魔力・魔法を持っていないからだろう。だが、ラッシャー村のほとんどの人は身体能力が高く、武器の扱いにも非常に慣れている。
だが、魔法戦団も身体能力が高ければ入れるのだ。魔力のコントロールセンスが多少必要だが、それさえできれば魔力が低くても問題ない。だから、魔力が高くなければ入れないというのは、実は偏見だ。
「予想していたことだが……集まったのは十人程度。これだけ集まらないとなれば、さすがに落ち込む。アルケミストは年々減っているというのに……。このままでは幻獣対策も立てられなくなる」
思わぬアルケミストの事情に、ナユカは口をポカンと開けかけた。ルネアは、そんなことになっているとは……と呟いている。
「わたしたち、なおさらならなきゃいけないかも……」
「うむ、そういうことだ。だからこそ、ここにいる十人には合格してもらいたいが……実際に研究生を終えることができる者は一人もいないかもしれない。騎士団入団試験よりも甘くないのが、魔法戦団の試験だ。まあ、騎士団よりも死ぬ確率が高いからな……」
ため息混じりに答えたのはルネアではなく、アルケミストだ。最後のひとことは、本当に命のやり取りをしたことのある者の言葉だった。そこには一切の妥協がない、とナユカに感じさせた。
***
「今から第一次試験を始める。第一次試験はーーまだ決めてない」
五秒ほど、魔法戦団希望者の時間が止まる。全員ーーアルケミスト以外ーー口が塞がらず、この現象を引き起こした張本人はうぅーむ、と本気で悩んでいる。
ーーどうしてこの人が。
そうルネアは思わずにはいられなかった。
「よし、決めた! 第一次試験はーー」
全員が固唾を飲んでアルケミスト一人に注目し、アルケミストは大きな声で宣言する。
「アタシの顔をずっと注意深く見ろ。ルールは簡単。二人一組を作り、眼を閉じるな、眼をそらすな、寝るな、アタシの向こうを見るな、まばたきよし、会話よし、眼を擦りたい時はもう一人と交代。交代する時は二人で手を挙げろ。そしたらアタシが交代、と言う。もう一人は交代を拒否してもよし。基本的に自由だ」
反応は大きく二つに別れた。そんなの簡単だ、と言う者と、難しい、と言う者。ルネアとナユカは難しい、と感じた者だ。ルネアが難しいと感じた理由は、ずっと顔を見続け、集中し続けなければならないかもしれないからだ。疲れれば交代するが、もう一人が拒否すればできない。ようするに、チームワークも必要だということだ。ならば、組むべき相手はーーナユカだ。
「ナユカ」
「ルネア」
二人の声が重なり、見つめ合う。言葉を交わさなくても、一緒に過ごしてきた二人にはお互いが考えていることが判る。
ーー組もう。
二人同時に頷き、笑い合う。周りを見れば、二人組がすでに全てできていた。アルケミストの話によれば、合格できる者は一人もいないかもしれないという。しかし、ルネアは何が何でも合格したい。幻獣に殺されそうになっている人を助けて、もう大丈夫、と言えるほどのアルケミストになりたい。
改めて志しを胸に刻み、深呼吸をしてアルケミストの前に立つ。左右には同じ受験者が並び立ち、真剣な表情をしているのはルネアを含めた二人だ。後方にナユカが立っている気配はするが、見えないのでどうしているかは判らない。
「あらかじめに言っておくが、この試験が何時間に及ぶかはアタシにも判らない。まあ、覚悟しておくことだな。さあ、楽な姿勢になれ」
第一次試験が今ーー始まる。