強めの風が吹き、森のほうから鳥の鳴き声が聞こえてくる。太陽は空の一番高い位置まで上り、空は雲一つない青空だ。そして気温も湿度もちょうどいいので、まさに絶好の昼寝日和だ。こんな日に広場の草原にいれば、つい寝転びたくなる。
しかし、こんないい昼寝日和の日に限って昼寝ができない。せめて今から曇り空になってほしい、とルネアは願うが、いるかどうかも判らない曇り空の神は無慈悲なのだろう。ルネアは心のなかで毒づき、ため息混じりに聞く。
「精霊って……ホントにいるの? どうも信じられないけど……」
「交代すれば判るよ。まさに精霊! っていう感じの子もいれば、この子も精霊なの? っていう感じの子もいるし、絶対精霊じゃないでしょーって思うような子もいるよ」
ついルネアは振り向きたくなるが、何とか思い止まることに成功した。
「なら、羽根はある?」
真っ先に思いついた疑問を投げると、ナユカはうーん、と唸る。
「羽根が生えてる子のほうが少ないというか……そもそも飛んでいない子が多いね」
ーーますます精霊のことが解らなくなってきた……。
意識が別の方向へ飛んでいきそうになるところを、深呼吸をして危うく仕切り直す。精霊のことを考えるのは止めておこう、と強く刻み、見つめ続ける。今のところ、ひたすらアルケミストの顔を見続けること一時間。今のところ注意深くアルケミストの顔を見続けられているが、そこは見た、あれも見た、と謎の思考に陥りかけている。しかも今は昼飯時。お腹がなるとまではいかないが、現在アルケミストが食べている《ジュッカドウブルファーシュンゲンルグア》。ムダに料理名が長く、とても手間がかかる料理なので、ルネアは一度だけしか食べたことがない。しかし味は絶品で、まずくて臭くて固い肉がここまでおいしくなるのか、と驚いてしまった。
その料理を頬張っているアルケミストは、感想を述べる。
「うむ、この……えーっと、ジュッカドウブルチャーシュンゲルナグっていったかな……? こんなにおいしい料理、初めて食べたよ」
「ジュッカドウブルファーシュンゲンルグアです。その料理は手間がかかるうえに、あのまずくて臭くて固い《ジュッカドウブル》を苦労してしとめなくてはいけないんです。私は一度だけしか食べたことがありません」
ふむ、ジュッカドウブルファーシュンゲンルグアか、と呟き、一口食べて飲み込んで口を開く。
「なぜこんなに料理名が長いんだ?」
「三十年ほど前に初めて作られたらしいんですけど、初めて作った人が、とんでもなく欲張りだったらしいんです。ジュッカドウブルは獣の種類。ファーシュンは長男の名前。ゲンは仕留めた時のナイフの名前。ルグアは本人の名前。それらを無理やり詰め込んだ名前が、ジュッカドウブルファーシュンゲンルグアです。本当かどうか聞きたいなら長老本人に聞けばいいですよ。少なくとも、この村ではとても有名な話です」
なぜか感心した様子で拍手をするアルケミストは、これが終わったら行こうかな、と呟いている。
「お前、早く交代しろよ! 俺はもう疲れたんだよ! おいっ、聞いてんのか!?」
「まだたったの一時間だろう。この程度、簡単なんだからもっとやれよ」
一番左端にいる、交代を催促する少年は手を挙げているが、もう一人は手を挙げない。そしてその少年たちの口論は激しくなっていく。
「そう言うならやってみろよ、坊ちゃん。お前がいちいち上から命令してもいいなんて、誰も言ってねぇぞ!」
「ふん、この程度できなければ、お前の父親みたいな二流のアルケミストにもなれないぞ」
最後のひとことが交代を催促する少年の逆鱗に触れたのか、いきなり立ち上がって後方にいるはずの坊ちゃんの胸倉を掴む音がした。
その現象に気を取られ、うっかり眼をそらしてしまう者が二人出てきた。
「一番右端の奴とその隣、あと一番左端の奴も脱落! 残り二組が終わるまでその場で待機」
言い訳の余地はない、容赦ない宣言。表情は先ほどのふざけた面から一転、冷たい顔になり、声も低くなった。
「思ったよりも早かったな。開始から一時間で三組も脱落……。そんなものかと思ってしまったよ。一番左端の奴は協調性がないから脱落した。ほかの二組はそっちに気を取られたから脱落した。そんな奴らは実戦ですぐに幻獣に殺される。アタシらアルケミストが欲しい人材は、優秀な人材だ。第一次試験は見張りを想定した試験だ。眼をそらしている隙に、幻獣の手がコンマ一秒後に叩きつけられるとしたら? 対応できないだろう。これが実戦だったら、脱落した奴らはすでに死んでるんだ!」
厳しい言葉が、容赦ない言葉が降りかかる。誰もアルケミストの正論に言い返せず、一番左端の組も押し黙る。アルケミストはその様子を見て、再び口を開く。
「それに比べて、残った二組はすばらしい。だが、この試験を通過できる者は一組のみと決めている。どちらか一組が脱落したら、この試験は終わりにしよう」
***
厳しい言葉はナユカにも響いた。現在試験時間は十五時間にも及び、さすがに眠気が襲ってくるが、昼間はたっぷりと寝たので、まだ大丈夫だ。反対にルネアは九時まで十時間連続で見続けていたので、今は規則正しい寝息が聞こえてくる。
ここで問題だ。現在アルケミストはどうしているでしょう。
一、寝相がとても悪い状態で、気持ちよさそーにいびきをかきながら寝ている。
二、寝ているひとたちに悪そーな顔で落書きをしている。
三、泥酔い状態で歌いながら、とてーつもなく腹が立つ踊りを披露している。
正解は一番だ。しかし二番も三番も、いちおう不正解ではない。
二番は交代をした四時間後にし始めていた。それも、不気味に笑い、かれこれ一時間は続いていただろう。そのあいだ、ずっと顔を見続けていたので、あの悪そーな顔が頭から消え失せない。寝ている者は全員被害者になっているはずだ。
三番は落書きに飽きると、アルケミストは精霊に酒を買ってこい、と命令した。その精霊は「きゅ~~」と鳴いて買いに行き、おそらく大量に持って帰ってきた。アルケミストはそれらをたくさん飲み、泥酔い状態になった。そして突然歌い出し、真夜中ののど自慢大会が始まる。ナユカは無理やり歌わされ、仕方なしに適当に一曲歌っているとーーアルケミストが、「その歌いいねぇ!」とハイテンションになって突如踊りだした。そして力尽きたのか、「精霊が見張っているからな~~」と言って、グースカグースカいびきを気持ちよさそーにかき始めた。
しかも寝相がかなり悪く、うつぶせになりそうになれば、ナユカともう一組の人が仰向けに固定した。しかし何よりもムカッとくるのはアルケミストの寝顔だ。今すぐにでも、殴り、殴り、殴りたい……!
思わず殺気立ってしまうナユカ同様、もう一人の人も「殴りたい……! 」と呟いている。
日は上り、目元に隈を作っているナユカ。しかし決してうたた寝をすることなく、アルケミストの寝顔を見続けている。
もう一人の人はすでにダウンしていて、大の字になって寝てしまっている。
後ろでは、ルネアがようやく起きたところだ。ふわあぁ~~と大あくびをすると、顔を叩いて気合いを入れる。
「おはよー……ルネア」
ナユカは振り向かずに、元気のない声で挨拶する。
「……お疲れ様。早く交代しよう」
ルネアは労いの言葉をかけ、交代を促すがナユカは小さく首を横に振る。
「交代する必要はもうないよ。ほら、そこでもう一人の人が寝てるでしょ?」
「……ホントだ。私たちの勝ちだ~~」
まだ少し眠いのか、あくび混じりに喜ぶ。ナユカには勝利を喜ぶ気力がなく、アハハ……と乾いた笑い声を上げるが、やはり顔は笑うことができなかった。やはり、今することは一つ。アルケミストを苦しませながら起こす……!
「ナユカ、悪い顔になってるよ……」
ルネアのツッコミにも耳を貸さず、ナユカは思考回路をフル回転させる。
ここでまたもや問題だ。ナユカはこのあとどのようにして、アルケミストを苦しませながら起こすでしょう。
一、火あぶりの刑。
二、串刺しの刑。
三、凍り漬けの刑。
四、悪夢の刑。
正解はーーーー火あぶりの刑。これはーー顔を落書きされたはずの、ルネアのための復讐でもある。
「ちょ、ちょっと、何するつもり?」
ルネアの制止にも耳を貸さず、ナユカは右手をアルケミストに向けて突き出す。
もちろん死なない程度に激熱温度だ。体内にある熱い魔力を感じながら、右手からそれを放出するイメージ。ナユカはそれをアルケミストに狙いすましてーー。
「あっぢいぃぃーーーーーーーー!!」
「アーハハハハハハハハ!!」
明け方に、アルケミストの悲鳴とナユカの悪魔の笑い声が村じゅうに響き渡り、鳥たちが木々から驚いて飛び立った。その一劇を見ていたルネアはドン引きしていた、と記しておこう。