Central・Continent   作:ハンドボーラー

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迷いの森

「この辺りの地理は判るかな?」

 

 不意にルネアの前で立ち止まり、強ばらせた顔で聞くアルケミスト。ミュネルの両手にはこの辺りの地形が記された地図と方位磁針だが、方位磁針はなぜかグルグルと針が回っているので方向が全く判らない。ものすごーくイヤな予感がしながらも、ルネアは答える。

 

「判るわけないですよ。私たちはラッシャー村とその近辺しか歩いたことないですから」

 

 ルネアの隣でコクコクと頷くナユカ。その反応に、苦虫を噛み潰したかのような表情で、ミュネルは周りの木々を見る。

 

「君たちにとても残念な知らせがある。アタシたちは現在この迷いの森にて迷ってしまったみたいだ」

「「でしょうね」」

 

 二人揃った声に引率者のミュネルは、うぐっと奇声を発する。

 

 迷いの森ーー常に濃い霧が立ち込め、場所が判らなくなることから付けられた名前だ。

 しかし濃い霧だけならば、ミュネルは迷うことはない。しかし濃い霧に加えて、ララリア近辺の森は強い磁気で満たされている。

 だから先ほどから、方位磁針の針がグルグルと回っているのだ。

 

 ***

 

 ラッシャー村は森に囲まれた村なので、そこの住人は滅多に村から出ない。出るとすれば、ルネアとナユカのような人物だ。

 だから村人の大半は知らないが、実は森を抜けた先にはさらに森があり、その森は迷いの森と呼ばれる厄介な森だ。

 十四年前に救助隊が遅れて着いたのは、この森が原因だと言っても過言ではない。

 先日試験官たちもこの森を通ったが、あの時は目印を付けながら、慎重に歩いてきた。しかし、今やその目印はどこにあるのか判らなくなっている。

 ここでミュネルは顔を上げ、周りの木々を見渡す。相変わらず霧は濃く、十メートル先は見えない。磁気があるということは、それはつまりララリアに近いということだ。だが、ララリアは東の方向に行かなければないし、間違えて東南の方向に行けば幻獣の餌食になる。

 ならば方向が判れば問題ないのではないか、と思うが、それができないのは以下のような理由があるからだ。

 木の上に登れば濃い霧はないので辺りを見渡すことができるが、空には凶暴な魔法獣がいるのでその方法は却下。

 精霊を使って方向調べようとしても魔法獣がそれを感知するので、これも却下。

 まさに八方塞がりの状況だ。

 魔法獣とは、普通の動物とは違って、魔法が使える獣のことだ。精霊あるいは幻獣に近く、普通の動物にも近い。なぜ魔法が使えるのかは不明なので、魔法戦団が調査中だ。

 

「ふーむ……どうしたもんかねー」

 

 ーーせめて千年樹が見えれば……。

 

 そう思っても、神様というのは非情なのだろう、霧が晴れることもなく、磁気が弱まる気配もない。

 千年樹というのは、ララリアの付近にある神木のことだ。名前に千年と付いてはいるが、実際は調査によると、樹齢千年は軽く超えるほどの長生きだと判明した。確かに、古い文献でも存在が確認されている。

 太古の書物では、『神木に異常が起これば街も為る。つまり、神木と街は一蓮托生の仲である』と記載されていた。

 街を出るときに一度、近くで見てもよいという許可を当時の町長に頂いたことがある。神秘的な極光を放ち、頭上に舞い落ちてきた若葉は淡い虹色だった。不思議なことに、いまも枯れずにミュネルが着ているコートのポケットに入っている。

 不思議と、若葉はミュネルを守ってくれているような気がする。まさに切り離せない大切なものだ。

 

「木の上に登ってきましょうか?」

 

 ルネアからの申し出に、ミュネルは首を横に振る。

 

「いや、それは止めておいたほうがいい。上には凶暴な魔法獣がいるからな」

 

 そこで少し考え込む様子を見せたあと、別の案を言う。

 

「ならば精霊を使って調べれば······」

 

 再びミュネルは首を横に振って答える。

 

「それもダメだ。アイツらが精霊を感知してアタシたちに襲いかかってくる」

「だったら自分たちに身体強化魔法を使っていつでも逃げられるようにして、その状態で精霊に調べさせたらどうですか?」

 

 ルネアの隣でずっと黙っていたナユカが、不意に思いもよらない発言をした。

 一番驚いていたのはルネアで、目を丸くしてナユカの額に手を当てる。

 

「ナユカ、熱あるの!?」

 

 ナユカは心外だといった表情で、言い返す。

 

「ひどーい! わたしだってそういう時ぐらいあるよ!」

「あー······そういえば穴埋め言葉入れの時とかあったね······」

 

 二人の会話のあいだにも、ミュネルは頭のなかにある辞書をパラパラと捲っていく。

 この森の上にいる魔法獣«ブリャークオ»は群れで行動し、縄張りを持つ。侵入者を見つければ執拗に追いかけてくるが、縄張りから外に出れば追ってくることは······ない!

 

「名案だよ、ナユカ。どうして今までこんな簡単な方法が出てこなかったんだろう。今すぐ実践するぞ!」

 

 やや興奮した声で合図し、自分を含めた三人に«身体強化・速»をかける。そして各々が走りやすい姿勢になると、ミュネルは精霊を呼び出して、最速最短で命令をする。

 

「ララリアの場所まで案内してくれ」

 

 頷いた精霊はララリアの方向へ走り出し、三人は慌ててあとを追う。

 その一秒後、森にブリャークオの鳴き声が響き、それに呼応するように別の場所からブリャークオの鳴き声が聞こえてきた。

 

「まずい、急げ!」

 

 ブリャークオの攻撃範囲は個体差はあるが、大体二十メートルだ。この視界が悪い状態では闇雲に攻撃してこないだろうが、追いつかれれば一巻の終わりだ。

 

「······霧が晴れてきました!」

「ならばあともう少しでララリアに着くぞ!」

 

 ルネアからの声に返したミュネルは、自分たちの後方にバリアを張る。それによって少しふらつくが、走るぶんには問題ない。

 右手に持つ地図を握り締めながら、森の出口に向かってひたすら走る。

 

「······見えてきました!」

 

 今度はナユカが言う。十メートル先には森の出口。しかし十メートルが遠い。

 バンッ! とうしろのバリアにブリャークオの攻撃が当たる。

 それをきっかけに、次々とブリャークオが攻撃してくる。

 五メートル。

 バリアに小さくヒビが入る。

 四メートル。

 ブリャークオの攻撃が一つ当たり、バリアにさらにヒビが入る。

 三メートル。

 諦めてきたのか、ブリャークオの数が減っていくが、バリアのヒビがさらに大きくなる。

 二メートル。

 バリアが砕ける。

 一メートル。

 うしろを見れば、ブリャークオは残り一羽に減っていて、そのブリャークオも攻撃する気は失せたようだ。

 ララリアに足を踏み入れると、ブリャークオは満足したのか、一鳴きして飛び去った。

 ミュネルは安心してへたれこみ、荒い息を整える。

 

「······二人とも、お疲れさん」

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