見習い女子シェフの男装事情   作:奥の太道

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一品目

 放課後、終礼の鈴が鳴りわたり生徒たちや先生たちの廊下を歩く音や声などが校内に響いている。そんな中、私は友達と一緒に歩いていた。

 

「じゃーな瀬乃」

 

 クラスメイトの男子生徒が笑顔で言ってきた。

 

「うん、明日」

 

 私は手を振って笑顔で答える。

 

「瀬乃くんはすぐに帰るの」

 

「僕は保健室に用事があるから先に帰ってくれていいよ」

 

「じゃあ明日」

 

「うん」

 

 私はそう言って友達と別れ保健室へ歩いていく。保健室の近くで立ち止まって私は窓に映る自分の姿を見る。

 

「…」

 

 黒髪の男の子が映っている。うん、いつもどうりの姿。問題はない。確認をしていると。

 

「瀬乃くん。なにしてるの」 

 

 保健室の女先生が資料などを持って保健室のドアの前にいた。

 

「診察するから入って」

 

 私は慌てて保健室に入る。

 

「そこに座って」

 

 私は先生に言われたとうり座る。

 

「早速はじめるわね。まずは問診から」

 

 私は先生の質問に答え、診察が始まった。そして…

 

「問題はないわね」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 私がシャツのボタンを留めている時に、先生が話しかけてきた。

 

「本当はこんな事を認めたくはなかったんだけど」

 

「すいません」

 

「まあ、あの人の元じゃ…ね」

 

 苦笑する先生。

 

「とにかく無理はしないこと。何かあれば私か担任の先生か校長先生に言うこと」

 

「はい」

 

 何で私が保健室で診察を受けているかというと私にはある秘密がある。誰にも言えない秘密。私の名前は瀬乃 悠希(せの ゆうき)。私は性別を偽っている。

 

 

 

「シェフ特性ビーフシチュー出来た。悠希」

 

 お客さんで溢れんばかりの洋食屋の店内に通る声。

 

「はい」

 

 女性シェフに言われて私は出来上がった料理をお客さんの席に運ぶ。

 

「失礼します。シェフ特性ビーフシチューです」

 

「美味しそう」

 

 女性客が嬉しそうに声を弾ませる。ここは静岡県沼津にある洋食屋『ボ・ヌール』。私は東京生まれだけど洋食屋を営んでいる両親のあとを継ぎたく、料理の勉強のためと両親の勧めもあってこの洋食屋で働くことにした。

 

「このお店、いつも満席だね」

 

 ビーフシチューを注文した女性客と同席している女性客が話しかけてきた。

 

「はい、おかげさまで」

 

「シェフの腕が良いのと瀬乃くんがカッコいいからかな」

 

「僕を煽てても何もでませんよ」

 

 ここを訪れるお客さんは私のことを男子と思っている。もちろん男装しているから。そもそも何で私が男装しているのかというと。

 

「私以外の誰かに目を向けるのは許さない」

 

「はい…」

 

 当店のオーナー女性シェフ、天海 遥(あまみ はるか)が女性客に顎くいをして口説いている。女性客もうっとりした表情で遥シェフのことを見ている。

 

「もっと君に触れたいな」

 

 この人のせいだ。遥シェフ…彼女は百合。それもハレンチな百合。以前働いていた職場でも女性客から女性従業員まで色々と手を出したために退職させられた。そのくらい節操がないので、私が遥シェフの毒牙にかからないようにするために両親が私に男装をさせた。ウソみたいな本当の話。最初は別にこの人の元で勉強しなくても東京の料理学校で勉強すればイイと思ったけど。

 

「遥シェフ。オーダーが入ったのでお願いします」

 

「はぁ…わかった」

 

 名残惜しそうに厨房に戻ると鮮やかな手つきで料理を作っていく。某ガイドブックで三ツ星をもらった料理店で女性ながら料理長を務めていたそうで彼女の料理の技術は一流と言える。これでハレンチな百合ではなかったら最高の女性シェフだと思う。

 

「そんな可愛い恰好して、私に襲われたいのかな」

 

 いつの間にか別の女性客を口説いている遥シェフ。何度も言うけど本当にこれがなければ最高のシェフだと思う。とにかく彼女に私が女子だとバレない様にしないといけない。それに彼女だけじゃない、友人にも。どこから私の事が遥シェフに伝わるか分からない。

 

「ふふっ」

 

「あっ…ああっ…んっ」

 

 バレると色々な意味で私の身が本当に危ない。洋食店で色々とする問題のある人だから。そしてこの状況で食事をしているお客さんたちの精神はどうなっているのか不思議に思う。最近はいつお店が検挙されるのか考えるようになってきた。ここで勉強していて大丈夫かな私。 

 

 

 

 ゆったりとした日曜日の午後。ランチタイムを過ぎてお客さんの姿はない。

 

カランカラン♪

 

 ドアベルの音が店内に響く。同時に勢いよくドアを開ける音が聞こえたそして。

 

「悠くーん、来たよー」

 

一人の女子が勢いよくお店に入ってきた。その子はセミショートヘアの頭頂部にはくせ毛?があって向かって右側の一部を三つ編みにして黄色のリボンで結び、向かって左側に三つ葉のクローバーのヘアピンを付けている。

 

「高海さん、もう少し静かに入ってきて」

 

 私はため息交じりにお店に来た女子『高海さん』に注意した。

 

「あはは…ごめん…」

 

 そう言いながら笑顔で謝る高海さん。

 

「賑やかだから見てみれば、来てたの高海さん」

 

 遥シェフが厨房から出てきた。

 

「あっ、お邪魔しています」

 

「いらっしゃい」

 

 笑顔で高海さんに近づく遥シェフ。そして…

 

「え、えっ」

 

 鮮やかな手つきで高海さんの腰に手を回し、自分に引き寄せて顎くいをする遥シェフ。

 

「ずるいな。悠希とだけ仲良くするなんて」

 

「あ、あの」

 

 あの高海さんが凄く動揺している。これを見ると私が男装してなかったらどうなっていたんだろうと思う。

 

「ゆ、悠ーくん」

 

 困惑した表情で私の事を呼ぶ高海さん。そろそろ助け舟を出した方がイイかな。

 

「遥シェフ。学生に手を出さないでください」

 

「悠希。私にかまってほしいならハッキリ言わないとわからないよ」

 

 意味ありげな事を言う遥シェフ。。 

 

「悠希は可愛い顔をしているから、ついイタズラしたくなる時があるんだよね」

 

 そう言って高海さんを離して私に顎くいをする遥シェフ。その言葉と行動に私はヒヤッとした。この人は百合本能で私が女子って分かっているのかもしれない。

 

「え、えっと」

 

予想外の展開に戸惑っていると。

 

「あ、あの男子同士でそんな事をするのは良くないと思います」

 

 高海さんがあたふたしながら言う。

 

「私は女だから問題ないよ」

 

 不敵に笑ってそう言う遥シェフ。私も女だから問題がありますよ。

 

「と、とにかくダメ。私は日替わりスイーツセットをお願いします。ゆ、悠くん。案内して」

 

 高海さんは遥シェフから私を引き離すと、私の手を引いて適当なテーブルに座った。

 

「むー」

 

 そしてぷくーと頬を膨らませてジト目で私の事を見ている。

 

「な、何か」

 

「悠くんっていつも天海さんとあんな事をしているの」

 

「してないよ」

 

 あんな危険な事をやりたいとは思わない。

 

「本当かな」

 

「本当だよ。じゃあ、厨房に戻るから」

 

 そう言って私は厨房に向かう。そして歩きながら考えた。何で高海さんは私と遥シェフとのことを疑うのかな。彼女と知り合って一年くらい。お客さんでもあり友人だとも思っている。多分、高海さんも同じように考えていると思う。いや、だからこそ気になるのかな。恋バナはみんな好物なんだ。そんな事を考えながらシェフが用意したセットを高海さんのいるテーブルに持って行く。そうすると高海さんはすぐに食べ始めた。

 

「ん~♪」

 

 幸せそうな表情で食べる高海さん。

 

「今日は渡辺さんと一緒じゃないんだ」

 

「水泳部のミーティングがあるから後から来るって」

 

 渡辺さんというのは高海さんの幼馴染でお店のリピート客。

 

「悠くん聞いて」

 

 身を乗り出して愛嬌のある笑顔で楽しそうに私に話しかけてくる。そんな高海さんの話を聞いていると。 

 

カランカラン♪

 

 ドアベルの音が店内に響く。そして女性客が入ってきた。

 

「いらっしゃいませ。ごめん高海さん。お客さんが来たから」

 

 私はお客さんの元に向かう。

 

「あっ…」

 

 高海さんの声に寂しそうな響きが含まれている気がした。。

 

「ってかんがえられないよねぇ」

 

「でしょ」

 

 彼女たちは高海さん以外のリピート客の娘たち。私はオーダーを受ける合間に彼女たちと他愛のない話をしていた。その際に高海さんの顔が少し見えた。どこかむくれているように見えた。どうしたんだろう。

 

 

 

「渡辺さん遅いね」

 

 高海さん以外のお客さんは帰り、ディナーの仕込みを終えて私はテーブルを拭いていた。

 

「…」

 

 返事をせず、またぷくーと頬を膨らませてジト目で私の事を見ている。何だかいたたまれないのだけど。

 

「ねえ、悠くん」

 

 高海さんに呼ばれて私はふり向いた

 

「私の後から来た娘たちと仲が良いよね」

 

「まあ、お客さんだからね」

 

 お客さんとのコミュニケーションは大切だと思っている。会話の中にお客さんの好みなど知ることが出来るから。

 

「他のお客さんとも仲が良かったね」

 

「お客さんを邪険にするお店はないと思うけど」

 

「そうだけど…心配だよ」

 

 ポツリつぶやく高海さん。

 

「心配って何で」

 

「悠くんって押しに弱そうだから、悪い人に騙されそうな気がして」

 

「騙すって」

 

 さすがにそれはないと思う。

 

「それに僕は押しに弱くなんてないよ」

 

「本当に~」

 

 納得がいかないような顔をする高海さん。

 

「そういう高海さんの方が騙されそうだよ」

 

「私は騙されないよ。しっかりしているからね」

 

 自信ありげな表情をする高海さん。いや、どう考えても高海さんの方が騙されそう。そんな事を考えていると高海さんに対してイタズラ心が出てきた。

 

「高海さん…」

 

「なに、悠くん」

 

 今は壁際のテーブルにいる高海さん。私はゆっくりと高海さんに近づいて。

 

ドン!

 

 私はイスに座っている高海さんの背後の壁に右手をついて顔をのぞきこんだ。

 

「ゆ、悠くん…」

 

 急な展開で驚きを隠せない高海さん。

 

「高海さんは僕の事が心配って言ってたけど僕も心配してる」

 

「え、え、な、何を」

 

 どもる高海さん。

 

「高海さん、可愛いから他の男子が絶対に放っておかないよ」

 

「か、かわ、可愛い」

 

 今度は声が裏返った。

 

「ゆ、悠くん」

 

 恥ずかしそうに顔を赤らめる高海さん。そろそろ揶揄うのを止めようとした時。

 

「悠くん…」

 

 両頬を潮紅に染めて上目づかいでとろんとした瞳で私を見ている高海さん。あ、あれ。想像していた展開とは違うことになってきた。

 

「…」

 

 無言で私を見つめる高海さん

 

「…」

 

 この後どうすればいいのか分からず固まる私。そして…

 

「悠くんーヨーソロー!」

 

 勢いよくドアを開けてお店に入ってくるセミショートヘアの少女が一人。

 

「千歌…ちゃ…ん…遅くなっ…」

 

 今の私たちの姿を見て固まるセミショートヘアの少女。

 

「え、えっ、ええっと、こ、これは」

 

 彼女の名前は渡辺 曜さん。先ほど話題に出た、高海さんの幼馴染でお店のリピート客。

 

「…二人とも何してるの」

 

 ジト目でこちらを見ている渡辺さん。

 

「こ、これは…」

 

 しどろもどろになる私。

 

「ちょっと悠くんを揶揄っていたんだ」

 

 あははと空笑いをする千歌ちゃん。

 

「そ、そうなんだ。高海さんに揶揄われていたんだ」

 

 わざとらしく笑いながら脈絡のない言葉を並べる私と高海さん。どう考えても信じてもらえそうにない。

 

「そうだったんだ。千歌ちゃん、悠くんの邪魔しちゃだめだよ」

 

 えっ、信じてもらえた。

 

「そ、そうだね。ご、ごめんね悠くん」

 

「う、うん」

 

「先っきよりも賑やかだと思ったら、渡辺さんも来たの」

 

「天海シェフ、ヨーソロー」

 

「ふふっ、ヨーソロー」

 

 渡辺さんにつられてヨーソローと言う遥シェフ。言いながらも高海さんの時と同様に鮮やかな手つきで渡辺さんの腰に手を回し自分に引き寄せる遥シェフ。

 

「あ、あのー離してもらえると嬉しいです」

 

 苦笑する渡辺さん。

 

「ダメ、離さない」

 

 渡辺さんに迫る遥シェフ。

 

「だから学生に手を出さないでください」

 

「だから私にかまってほしいなら…」

 

「それは先っき聞きました。渡辺さんは部活で疲れているから元気が出るものを作ってあげてください」

 

「なら私の…」

 

「はいはい。じゃあ渡辺さん、オーダーはお任せでいいかな」

 

「う、うん」

 

 私は遥シェフの背中を押して厨房に行く。その際に横目で高海さんを見る。

 

「でね…」

 

「おおー」

 

 渡辺さんと楽しそうに話している高海さん。先っきのような様子はない。何で高海さんは私が壁ドンした時にあんな表情をしたんだろ。あれはまるで…。

 

「えっ…」

 

 あれはまるで恋する乙女の表情。まさか高海さんは男装した私に恋を…。彼女にも私が女子だって伝えてない。だから…

 

「まさかね」

 

 急に壁ドンされて戸惑っただけだよね。今後はあんなイタズラはしないようにしよ。この時の私は自分のことを好きになる人なんていないと思い現実逃避しました。

 

 




一話目はアニメ本編が始まる前の辺りの話になっています。至らない点もありますがよろしくお願いします。

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