海沿いの片側二車線の車道を私は遥シェフの運転する車に乗って走ってる。雲一つないくらい晴れきった空を眺めてると。
「松浦さんよかったの。折角の休みを私たちと一緒にいて」
「大丈夫です。それに市場って楽しいですから」
遥シェフに呼ばれた松浦さんと呼ばれた娘が笑顔で答える。ロングヘアをゴムで縛ってポーニーテールにしているのが特徴的な娘。
「でも何で後部座席に行くのかな。助手席は松浦さんの為にあけてるよ」
「だって天海シェフって隣に座ると私の太ももを触ってくるから」
セクハラ親父のような人だ。
「隣に座ってる悠希も触ってくるかもしれないけど」
私と松浦さんは後部座席に座ってる。
「そ、そうなの」
大げさに目を見開いて驚く仕草をする松浦さん。
「しません」
私が否定すると。
「本当に」
今度は遥シェフが驚く仕草をする。
「しません」
「私ってそんなに魅力ないかな」
松浦さんの表情が暗く蔭る。
「えっ、ええっ」
私が頓狂な声をあげると二人ともイタズラな笑顔を見せて笑ってる。紹介が遅れたけど私の隣に座っている娘、松浦果南さん。高海さんの幼馴染でお店のリピート客。家がダイビングショップを営んでいて彼女も手伝ってる。今日はお店が休みで市場に行く私たちに同行してる。松浦さんは市場に興味があるのか時々、私たちと一緒に市場に行くことがある。
「…」
車窓の外を眺めている松浦さん。彼女との出会いは印象的だった。私が沼津に来たばかりのころ男装をせず街を散策をしていた。これから男装して過ごしていくのに不用心だったと思う。街を歩いていると知らない男性二人に声をかけられた。二人の特徴を言えば…チャラ男。そして変な車に乗ってる。
「あのここに行きたいんだけど教えてくれない」
二人は雑誌を片手に聞いてきた。私は場所を教えて二人から離れようとしたけど、今度は一緒に行こうと言って二人はしつこく私に声をかけてきた。私が何度断っても身勝手なことを言って諦めないから。
「やめてください」
強めに声をだして離れようとすると私の手首を掴んできた。私が抵抗していると横から誰かが男の手を弾いてくれた。
「やめてあげなよ。この子嫌がってるでしょ」
颯爽と現れて私を助けてくれたのが松浦さんだった。一触即発な雰囲気になってもチャラ男たちに臆せず、私を守るようにチャラ男たちの前に立ってくれている。この後、人が集まってきたのでチャラ男たちはそそくさと逃げていった。助けてもらったのでお礼をしたいって言ったら。
「気にしないで」
笑顔で立ち去っていった。松浦さんが男だったら絶対に好きになっていたと思う。その後に高海さんと一緒にお店に訪れた時は驚いたけど。お礼をしたかったけど男装しているから以前に助けてもらった女子だと言えずお礼は出来なかった。でも一緒の時間を過ごしているうちに松浦さんと仲良くなって、先っきのように私にイタズラをするようになってきた。それくらい私に気を許してくれたんだと思う。
「どうしたの瀬乃くん。私の事をじっと見て」
「えっ」
「悠希は松浦さんに見とれていたみたいだよ」
二人はまたイタズラな笑顔で私を見てる。松浦さんって私に気を許してくれたんじゃなくて私を揶揄って遊んでいるだけじゃないよね。一抹の不安を感じる私でした。
今回なぜ市場に来たのかと言うと、お店の春の新メニューの食材を選ぶために業者のお店に直接行くことになった。普段は業者の人がお店に届けてくれるけど、新メニューを作る時は業者のお店に行くように遥シェフはしている。食材を直接見ることと値段交渉のために。食材を見極める目も値段交渉も私には分からない。だからこういった時はいつも同行させてもらってる。そして松浦さんは。
「私は市場を見て回ってるから」
そう言って一旦別れた。松浦さんは関係者じゃないから流石に交渉の場には同行させられない。松浦さんは空気を読んでくれたのか一人で市場を見て回ってくれてる。後で一緒に市場を見て回ってみようと思いながら遥シェフと業者の人の話を聞く私でした。
交渉も終わり私は松浦さんを探して市場を見て回ってる。広いうえに人も多いので中々見つからない。何故か携帯も繋がらない。仕方なく店舗を確認しながら回っていると。
「でね…」
「はぁ…」
松浦さんを見つけたけど、男性に声をかけられている。あの人は以前に遥シェフと食材を買ったお八百屋の新人の店員だ。松浦さんに馴れ馴れしく話している。ナンパかな。一方、松浦さんは苦笑いをしながら男性店員の話を聞いている。松浦さんならハッキリと断りそうだけど、どうしたんだろう。二人に近づいていくと。
「俺はさこれが一番イイと思うんだ…」
「…」
男性店員は店の商品の説明ではなく一方的に自分の事を喋っている。松浦さんはうんざりとした表情で聞いている。何だろう。男性店員の話を聞いているとムカムカしてきた。
「もうすぐ仕事が終わるから一緒に…」
男性店員が言い終わる前に私は松浦さんの肩を抱いて自分に引き寄せた。
「えっ、せ、瀬乃くん」
急に肩から抱き寄せられたからだと思う。松浦さんが驚きの表情を見せた。
「悪いけど僕の彼女なんだ。手を出さないでくれないかな」
「えっ」
「なっ」
私の発言に驚きの表情をする二人。特に松浦さんは何故か狼狽して顔を真っ赤にしている。
「じゃあ行こっか」
私は松浦さんの手を引いて歩き出すと。
「ま、待てよ」
男性店員が呼び止めてきた。私は歩くのを止めて振り向いた。
「君は自分の事を紹介していたけどここは八百屋だろ。だったら自分の事を紹介しないで商品の紹介をしなよ」
仕事そっちのけで女性にナンパするなんて。仕事なんだからしっかりとしてほしい。多分これがムカムカした理由だと思う。
「偉そうに言いやがっ…でぇ」
男性店員がキレそうになったとき、男性店員に年配の人がゲンコツをした。
「て、店長」
「お客さんに迷惑かけてるんじゃね。奥に引っ込んでろ」
店長に怒鳴られ、逃げるように奥に引っ込む男性店員。
「悪いね。うちのバカが迷惑かけて」
「いいえ。こちらこそ言い過ぎました」
「君は天海さんの所で修行中の子だろ」
「はい」
「しかし男だね~」
店長が一人うんうんと頷いている。
「な、何がですか」
「ん~。僕の彼女なんだって言って、その子を守るところなんて男だろ」
「えっ」
「それに彼女も満更でもないみたいだしな」
店長が意味ありげに視線を送る。私は店長の視線の先を見てみた。
「…」
松浦さんは頬を潮紅させ俯いて視線をそらしている。そして私は松浦さんと手を繋いだままだった。
「あっ…ごめん」
「う、うん…」
私が手を離しても頬は潮紅したままだった。何で松浦さんは赤くなってるんだろ。
「いや~青春だね~」
何故か店長一人だけご満悦でした。
八百屋の店長から迷惑かけたお詫びに数個の段ボール一杯に色々な野菜を詰めてくれた。台車を借りてそれを遥シェフの車まで運んでいる私。顔を真っ赤にして力一杯に台車を押してる私を見て。
「大丈夫。手伝おうか」
憂わし気な表情で声をかけてくれる。
「だ、大丈夫」
多分、説得力がない声で言ってると思う。そんな状態で遥シェフの車まで到着した。段ボールを積み込むため持ち上げようとしたけど。
「ん、んんん」
ビクともしなかった。私って力ないのかな。若干、途方にくれていると。
「二人で持てば大丈夫でしょ」
笑顔で手伝ってくれる松浦さん。こういった時、自然に助けてくれる松浦さんを優しいお姉さんって思えてしまう。
「じゃあ。二人で一緒に」
段ボールを一緒に積み込む私と松浦さん。傍目には微笑ましく映っていると思う。
「何だろうね。私のこの空気感は…」
この時の私は遥シェフの存在を忘れていました。
お店に帰ると遥シェフに倉庫の片付けを頼まれた。
「厨房や食材の倉庫は整頓されてるのに何で遥シェフの私物の倉庫は片付いてないんだろ」
凄く散らかっている。棚に置いてある段ボールも何かの拍子にあっさり崩れ落ちそうな状態。
「私も手伝ってあげるから、不満は言わないで頑張ろ」
苦笑しながら手伝ってくれる松浦さん。彼女の厚意にどんなに感謝してもたりない。
「でね…」
「うん…」
しばらく松浦さんと話しながら片付けていた時、市場で疑問に思った事を聞いてみた。
「そういえば市場でナンパされてる時に、ハッキリと断らなかったけど何かあったの」
「ああ、あれね。前に連れて来てもらった時にね、天海シェフがあのお店の店長と親し気に話していたから。私が何か言って天海シェフに迷惑がかかるって思うとね」
遥シェフに迷惑がかかると思って強く出れなかったみたいだ。
「そんなこと気にしないでよかったのに」
「気にするよ」
そう言いながら髪を振って顔を向ける松浦さん。
「でも遥シェフも自分の事で、松浦さんが辛い思いをするのは嫌だと思う」
「…うん」
「僕も松浦さんが辛い思いなんてしてほしくないよ」
「そ、そう」
何故か頬を緩めて作業に戻る松浦さん。
「あっ、そういえば」
「なに」
私は松浦さんの方を見て。
「ナンパから助けるためでも、その…松浦さんのことを僕の彼女って言ってごめん」
あの時は松浦さんを助けたいという思いとナンパ男に対する腹正しさで一杯だった。
「えっ、えええ。き、気にしなくてもいいよ」
狼狽しながら言う松浦さん。
「あと、助けてくれてありがと」
優しい笑顔を見せてくれる松浦さん。私としては以前にナンパ男から助けてもらったお礼がやっと出来て嬉しく思ってる。
「でも松浦さんをナンパしてきた男。女性を見る目だけはあったよね」
「えっ、何で」
「松浦さんって美人だし」
「なっ」
「スタイルいいし」
「ちょっと」
「落ち着いた大人の女性って感じだから」
「も…やめて。恥ずかしいから」
みるみる顔を真っ赤にして上気していく松浦さん。同性の私から見ても松浦さんは魅力的な女性だと思う。特にスタイルなんて。私なんて男装しても違和感がないスタイルで…やめよ。自虐ネタは。
「ほ、本当になに言ってるのせ、瀬乃くん。と、年上を揶揄っちゃダメだよ」
狼狽しながら段ボールを棚の空いたスペースに入れる松浦さん。
「あっ」
不安定な棚のためか、松浦さんが段ボールを入れた衝撃で上の段に置いてある段ボールがぐらついて落ちそうになっていた。
「危ない」
「えっ」
私は松浦さんの腕を掴んで引っ張った。そして松浦さんが先っきまでいた場所に段ボールが落ちた。物が落ちたには軽い音だった。どうやら中身が入ってない段ボールだったみたいだ。
「空だったみたいだ。あっ…松浦さん大丈夫だった」
「…」
何も言わず無言で頷く松浦さん。どうしたんだろうと思って松浦さんの様子を見ると、私の腕の中で頬を赤くしている松浦さん。
「ご、ごめん」
私が慌てて松浦さんから離れようとした時、松浦さんはギュッと両手て私の腕を掴んできた。
「…あ、あの松浦さん」
今の私の状態は松浦さんをバックハグをしている状態。松浦さんに腕を掴まれると離れられないんだけど。
「…」
無言のまま松浦さんは私に体を預けてきた。
「ま、松浦さん。ちょっと」
これはマズい。色々マズイ。いくら私が男装しても違和感のないスタイルだとしても、これだけ密着すれば女性だとわかるかもしれない。それになんだろう?この状況にデジャヴを感じる。
「せ、瀬乃くん。私ね…」
私の腕の中にいるので松浦さんの表情は分からないけど、耳まで赤くなっているのは分かる。この後の展開が想像できるよ。ど、どうしよう。
「私ね…」
私が一人でテンパっている間に松浦さんが言葉を発する。
「悠希~松浦さん~。二人ともいる~」
急に遥シェフが倉庫に入ってきた。
「ひぐっ」
驚きのあまり声にならない声が出た。
「何してるの悠希。一人で」
「えっ」
この状況をどう言い訳しようかと考え始めた時、遥シェフの言葉の『一人』という言葉を不思議に思って私は自分の腕の中を見た。
「えっと…」
私の腕の中にいたはずの松浦さんは何時の間にか私の腕の中から離れて棚の整頓をしていた。いつの間にあんな所に…。私は今エアハグをしている状態だった。
「何しているんでしょうね…」
ホントになにしてるんだろう私。
倉庫の片付けを終えて私と松浦さんは帰る準備をしていた。
「今日はありがとう松浦さん。家まで送るよ」
「だ、大丈夫。一人で大丈夫だから」
頬を潮紅させながら手をブンブンと振る松浦さん。
「い、今は一人で帰りたい気分だから。じゃ、じゃあ、またね」
そう言って走り出す松浦さん。
「あ、松浦さん。まっ…」
呼び止めようとしたけど凄い速さで走っていく。あの速さは私じゃ付いていけない。仕方がないので一人で帰ることにした。
「…」
倉庫でのことを考えながら今一人ゆっくりと歩いている。
「あの時の松浦さん。あれって…」
告白しようとしてたよね。表情は見えなかったけどあの展開はそうだよね…。松浦さんとも高海さんと同じくらいの付き合いがある。でも男装した私に恋をするなんて。
「…私の思い違いだよね」
助けるためでも急に後ろから抱きしめられて驚いただけだよね。
「うん、そうに決まってる」
性別を偽っている私に恋をしたと思う松浦さんにどう応えたらいいのか分からない私は、高海さんの件に続いて現実逃避するのでした。
この作品を読んでくれた方々。更新が遅れてすいませんでした。試験などでプライベートが慌ただしくて更新が遅れました。次回はもっと早く更新しますのでよろしくお願いいたします。