空の色がすっきり春めいた午後の空、ボ・ヌールでお茶をしながらゆっくりしている高海さんと渡辺さん。
「へぇー東京に行くんだ」
「うん。今から楽しみだよ」
凄く楽しみなのか顔をほころばせる高海さん。
「そっか、東京か…」
私は少し思案した後、カウンターに置いてあるメモ用紙に一筆書いた。
「はい、これ」
「えっと…これは何」
不思議そうにメモ用紙を見ながら首をかしげる高海さん。
「僕の両親のお店の住所と電話番号を書いておいたから。僕から両親にサービスしてもらえるように言っておくから寄ってみて」
「本当に。イイの」
笑顔を浮かべてメモ用紙を受け取る渡辺さん。
「…」
一方、高海さんは俯いて一言も喋らないでいた。
「あの…どうしたの高海さん」
私が恐る恐る聞くと。
「ゆ、悠くん」
「は、はい」
真剣な表情で視線を逸らすことなく私を見る高海さん。
「りょ、両親というのは悠くんのお父さんとお母さんのことだよね」
「えっ…う、うん」
「高級な和菓子や果物を持っていった方がイイかな」
「お客として行くんだから必要ないと思うけど」
「着物とか着た方がイイの」
「何しに東京に行くの」
高海さんの質問に困惑しながら答えていると。
「はっ。この髪じゃご挨拶にいけないよー」
そう言って高海さんはテーブルを立つと勢いよく店の外に走り出した。
「お代は…」
「あはは…」
ボー然とする私と苦笑する渡辺さん。高海さんは本当に何しに東京に行くんだろ。
「じゃ、じゃあ悠くんの言葉に甘えてお店に寄らせてもらうねもらうね」
「うん。味はこのお店にも引けは取らないから」
他の人がどう思っているかは分からないけど、私は両親の料理の腕は遥シェフにも劣ってないと思ってる。
「あっ、悠くんからご両親に伝言はある。私から伝えておくよ」
「伝言って。普段から電話で話してるから特にないよ」
「そっか…」
私がそう言うと渡辺さんは視線を宙に漂わせて考える仕草をした。
「そうだ」
何か閃いたのか渡辺さんはテーブルから立つと、私の横に来て腕を組んでピッタリとくっついてきた。特に顔の辺りがピッタリと。
「あ、あの渡辺さん」
「ほら、笑って笑って」
そう言いながらスマホを掲げる渡辺さん。
「はい、ヨーソロー!」
「えっ、ここで」
私がツッコミを入れている瞬間にシャッター音が響いた。
「悠くんから伝言がないなら、悠くんの元気な姿をご両親に見せてくるよ」
今撮った画像を私に見せながら言う渡辺さん。私の姿を撮るなら二人で、それもくっついて撮らなくてもよかったんじゃ。
「そろそろ千歌ちゃんを追いかけないと。お会計…千歌ちゃん分も」
渡辺さんが伝票を取ろうとした時、私がサッと伝票を取って。
「早く高海さんを追いかけてあげて」
「えっ、でも…」
「両親に僕の元気な姿を見せてくれるお礼ってことで」
私が笑顔でそう言うと。
「そっか。じゃあ…ありがとね悠くん」
そう言うと渡辺さんは高海さんを追いかけるため店から出て行った。
「少しの間、二人と会えないのは寂しけど仕方がないかな」
この時は何も考えずにこんな事を言っていた私。この後、渡辺さんの画像が原因で両親から、渡辺さんとの関係をしつこく聞かれたのは別の話。
高海さんたちが東京に行った日。新規の女の子のお客さんが店に訪れた。ロングヘアで右側の側頭部にお団子頭を作っているのが特徴的な人。
「いらっしゃいませ。お一人ですか」
こくんと頷く女の子。
「では、こちらへ」
空いているテーブルへ案内し、メニューを渡すとその女の子は食い入るようにメニューを見始めた。
「口コミで書いていたのは…」
私がテーブルから離れた時、そんな声が聞こえた。そして何故か焦っていた。
「お客さま」
「ひゃ、ひゃい」
びっくりしたのか体がそる女の子。
「もしよろしければ、お手伝いいたします」
注文に迷っているお客さんにアドバイスするのも大切な仕事。でも何でこの人は若干、挙動不審なんだろ。
「お、お願いするわ」
「かしこまりました」
私は女の子が食べたい料理を聞いて、その料理について説明した後に注文を決めることができた。その際。
「あ、ありがと」
顔を潮紅させて視線を逸らしながら小声でお礼を言ってくれたのが聞こえた。
「いえ」
私は一礼してテーブルから離れた。お礼を言ってもらえたあたり彼女の力にはなれたみたい。それしても女性客が来たのに遥シェフが手を出さないなんて珍しいことが…。
「ふふっ…」
「こ、こんなところで…」
ああ…別の女性客に手を出していたんだ。私は遥シェフを無理に厨房に押し込み料理を作らせた。このお店は基本は忙しい。二人でお店をまわしているのも理由だけど一番の理由は遥シェフが女性客に手を出して仕事をしないから。本当によく閉店しないなって何度も思う。
「悠希。7番テーブルのオーダー出来た」
「はい」
私は出来た料理をおダンゴちゃん(私が勝手に仮名)の元に届ける。
「これは…」
おダンゴちゃんは出てきた料理が良かったのか、嬉しそうな笑顔を見せてくれている。
「んっ…」
そして一口食べた。
「ん~」
良かった、気に入ってもらえたみたい。嬉しさで頬がゆるんでる。私はほっと胸をなでおろした後、すぐに仕事に取り掛かった。しばらくしておダンゴちゃんとテーブルの様子を見ると、食べ終えたのかナイフとフォークを揃えていた。おダンゴちゃんにお皿を下げてイイか確認すると。
「か、かまわないわ」
私が声をかけると慌てながら返事をしてくれる。
「料理はお気に召しましたか」
私がそう尋ねると。
「そ、そうね…」
僅かな沈黙の後、おダンゴちゃんは何故か片目を隠すようなポーズをとると。
「この地上で数多ある堕天使のレシピの中で、美味な食の錬金術を…」
「…えっと」
正直言って彼女が何を言っているのかさっぱり分からなかった。一方、おダンゴちゃんは片目を隠すポーズを取ったまま、みるみると頬を潮紅させていく。そして。
「ごごごごご、ごち、ごちそうさまでしたぁぁぁぁぁ」
おダンゴちゃんは凄い速さでお店から出て行った。
「…はっ、お代は」
彼女の行動に反応出来ずボー然としていた私。彼女がお代を払わず出て行ったことに気が付いた。
「あれ」
失敗したなと思いながらテーブルを片付けようとした時、お皿の横に五千円札が置かれていることに気が付いた。
「…お釣りを渡せる機会があるかな」
そんな事を考えていた私。でもお釣りを渡せる機会はすぐに来た。
学校は春休みで私は朝からお店に準備のために向かっていた。お店に近づくと、すれ違う人たちみんながお店の方をチラチラと見ていた。
「ついに遥シェフが検挙されたのかな」
冗談を言いながらお店を見ると怪しい人がお店のドアの窓から店内を覗いていた。後ろ姿しか見えないので誰かは分からない。私は怪しい人物に声をかけてみた。
「あ、あのー。このお店に何か御用ですか」
怪しい人は体をビクッと震わせ、ゆっくりとふり向いた。
「…」
なんて言えばイイんだろ。怪しい人物を絵に書いたような恰好。サングラスにマスク。そしてコート。朝からこんな格好をする知人を私は知らない。…って、あれ?怪しい人の右側の側頭部のお団子頭には見覚えが。
「あのーもしかして昨日、途中で帰られたお客様ですか」
私が質問するとおダンゴちゃんは脱兎のごとく逃げ出した。
「ちょ、ちょっと待ってください」
何となくおダンゴちゃんの行動が予測できたので、私は彼女が逃げるよ先に動いて、おダンゴちゃんの腕を掴んだ。
「お、お釣りがあるから取りあえずお店の中へ」
「け、結構よ」
私とおダンゴちゃんとの引っ張り合いが始まった。
「とにかくお店の中へ。そうしないと…」
「ど、どうする気よ」
「色々問題が起こるかもしれないから…」
「も、問題って何よ」
私は道路側に視線を送る。おダンゴちゃんが私の視線の先を見ると。
「何あれ」
「やっぱり変質者かしら」
道行く人たちが私たちを、というかおダンゴちゃんを見てヒソヒソ話をしている。
「僕が来る前から目立っていたみたいだから。このままだと警察を呼ばれるかもしれないよ」
「…お邪魔します」
おダンゴちゃんは渋々お店の中へ入ることにした。
おダンゴちゃんを店内に招いてテーブルに案内した後、お釣りと市販のジュースを出した。開店準備前だったので何も準備をしていないので市販の物しか出せなかった。
「えっと…そのー。差支えがないようなら、そんな格好をしてお店の中を覗いていた理由を話してもらえないですか」
私が質問すると。
「…このお店が人気があるから」
「えっ」
「このお店が凄く人気があるのよ。特に女子の間で。口コミでもこのお店の事ばかり書いてるわ」
「は、はあ」
確かにこのお店は女子の間に人気があるのは知ってる。でもそれがお店を覗くことになるんだろ。
「特に終わったメニューの事なんか凄いわ。このお店ってメニューがよく変わるから、早く終わったメニューを食べてたりしたら話題になるのよ」
おダンゴちゃんの言うとうり、このお店のメニューはよく変わる。その時に手に入った新しい食材を見て、新しいメニューを遥シェフが作っていくからだ。本当に天才なんだと思う。おかげで仕込みをしている私は覚えることがたくさんあって大変だ。
「でもそれが何で開店前のお店を覗くことになるの」
「ゔっ…それは…」
急に黙り込むおダンゴちゃん。
「…お店の常連客になれば終わったメニューも食べれると思ったからよ」
「なら開店してから普通にくればイイんじゃ」
「来れるわけないでしょ」
バン!とテーブルを叩くおダンゴちゃん。お店の備品だから叩かないでほしいな。
「あんな…あんな…あんなことを言ったのに」
段々と頬を潮紅させていくおダンゴちゃん。あんなことって…。ああ、あの時に言っていた言葉のこと。
「ああ、あの堕天使って言ってた…」
「わぁーわぁー」
私の喋りを大声で被せてくるおダンゴちゃん。
「あのことなら僕は気にしてないよ。それに他のお客さんにも多分、聞かれてないと思うから」
「気にするわよ。だからこんな変装までしたのよ」
急に突っ伏し始めるおダンゴちゃん。なら言わなきゃいいのにと思ったけど、彼女にもいろいろと事情があるのだと思って口には出さないようにした。
「えーと、つまり話題が欲しいから変装してまで来たと…」
こくんと頷くおダンゴちゃん。
「そこまでして欲しんだ、話題が」
「欲しいわ。私、もうすぐ新しい学校生活が始まるのよ」
「そうなんだ」
「学校生活を楽しく過ごすにはクラスメイトと仲良くなること。仲良くなるには流行の話題よ。そしてそれが次第に私をリア充にしていくのよ。そして…を直すのよ」
そう言って手を上に掲げるおダンゴちゃん。最後の辺りは急に小声になって聞き取れなかったけど事情は分かった。
「事情は分かったけど難しいと思うよ。料理を作るのは僕じゃなくて遥シェフだから。作ってくれるかどうか」
「そ、そうなの」
項垂れるおダンゴちゃん。
「イイよ作ってあげるよ」
急に声がしたので振り向くと遥シェフがいた。黒のジャージにサンダルという女子力の欠片もない服装。このお店の上に住んでいるからってその格好はどうかと思う。
「遥シェフ。女子力って知ってますか」
「世間は私に女子力なんて求めてないよ」
そう言っておダンゴちゃんの前まで来る遥シェフ。
「君の作ってほしい料理を作ってあげてもイイよ」
「ほ、本当に」
「ええ。でも代わりに…」
遥シェフはおダンゴちゃんに顎くいをした。
「君のベーゼを頂こうかな」
不敵に笑う遥シェフ。一方、おダンゴちゃんは急な展開で顔を真っ赤にして口をパクパクしていた。
「目を閉じて…」
遥シェフの唇がおダンゴちゃんの唇にゆっくりと近づいていく。その時。、スパァン!とハリセンの軽快な音が室内に響いた。
「…悠希。私を叩いたそのハリセンは何」
「これですか。黒澤さんが遥シェフが問題を起こそうとしたら使うようにって言って渡してくれました」
「彼女は全く」
ため息をつく遥シェフ。
「じゃあ別に条件で」
「あ…あ…」
まだ口をパクパクさせているおダンゴちゃん。彼女には刺激が強かったみたい。
「ありがたいことにこの店は沢山のお客さんに愛されている。毎日忙しくてね。私と悠希だけじゃ手が足りないんだ」
「遥シェフが女性客を口説かず働いてくれれば何とかなると思いますよ」
「忙・し・い・ん・だ・よ。悠希」
前のめりになって笑顔で言ってくる遥シェフ。この人がオーナーだから忙しいと言えばそうなんだと思う。
「ちょうど春休みでしょ。うちでウエイトレスとしてバイトをしてみない」
「「へ」」
私とおダンゴちゃんの間の抜けた声がハモった。
「君が働いてくれている間、君が食べたい料理を賄い料理として作ってあげる。もちろんバイト代も出すよ」
とんでもない提案を出してくる遥シェフ。
「この店の価格は良心的に設定しているけど、学生の君のお小遣いじゃあ色々と食べるには苦しいと思うけど」
「ん、ん~」
悩み始めるおダンゴちゃん。
「ちょっと遥シェフ、不味いですよ。僕は学校から許可を貰ってここで働いてますけど、彼女はそうじゃないんですよ。バレたら大変です」
「変装とかさせるから大丈夫」
「変装って…」
「あんな事をしてまで私の料理を食べに来てくれたんだ。無下には出来ないよ。それに話題以外に何か事情がありそうだからね、一緒にいれば何か力になれるかもしれない」
ちょっと意外だった。おダンゴちゃんの事を考えての意見だったなんて。この人は意外に色々と考えているのかもしれない。
「それにいつでも女の子が働いて来てもいいように、色んなウエイトレスの衣装を用意しているんだ。ああっ…早く彼女を私の色に染めたい」
前言撤回。この人は本能だけで生きているみたい。おダンゴちゃんには何か別の方法を考えるように言った方が良さそう。
「いいわ。ここで働くわ。だからさっき言ったこと忘れないでよ」
あっ、遅かった。
「うん、じゃあ契約成立。取りあえず自己紹介から。私は天海 遥。で、彼は瀬乃 悠希。君の名前は」
「ヨハネよ」
「「えっ」」
今度は私と遥シェフの間の抜けた声がハモった。
「ヨ・ハ・ネよ」
「そ、そうなんだ。よ、よろしくヨハネちゃん」
握手を交わす遥シェフとヨハネさん。
「よろしく」
そう言って私もヨハネさんと握手した。というわけで、何故かヨハネと名乗る女の子と働くことになりました。
今回も更新が遅くてすいません。ヨハネの堕天使用語?はあんな感じで良いのでしょうか。まだ把握出来てないことが多いです。それにハーメルンのシステムも把握出来てません。精進していきますので今後ともよろしくお願いいたします。