常識的に考えて、図書館というものは静かでなければならないものである。
しかし、うちの図書館の利用客は、騒音の限りを鳴らし尽くしていた。
そう、俺の部屋というたった一人のための図書館は、そのたった一人の利用客のお陰で落ち着ける空間とはかけ離れたものとなっているのである。
その利用客とは、もちろん隣人でもある実の妹、綾芽だ。
綾芽は一緒に昼飯を食べたあの日から、俺がいる時間帯でもギターを弾くようになった。
ギターはまだあまり上手では無いようだが、日に日に上達していることが、素人の俺にでも分かる。
センスがいいのか、熱意が強いのか、引き篭もっていて暇なのか。
どうであれ、趣味を持つことはいいことだと思う。
俺はボカロ曲を聴くことを趣味としているが、それを本当に趣味といっていいのか、わからない。
ボカロ曲を作曲することはないし、ボカロ曲のほとんどを知っているというわけでもない。
趣味であることには変わらないのだが、趣味を名乗るのにもある程度のレベルは必要だと思う。
映画鑑賞が趣味と聞くと、大抵の人は年に何度も映画を観る人を想像するだろう。
しかし、映画鑑賞が趣味でも、年に一、二回しか映画を観ることができない人もいる。
それは、趣味を名乗るには、ある程度の実績がないといけないというイメージが勝手に定着しているから、そう思うのだ。
つまり、自分にとっては趣味であっても、他人には認められない可能性があるのだ。
なんとも酷い話である。
そしたら、俺のような人間は、趣味が無いとしか一生言えないのでは無いのだろうか。
そんなことを考えながら部屋で横になっていると、隣の部屋のギターの音が止んだ。
一曲弾き終わらずに終わったので、今は急にいいアイデアが浮かんだのだろう。
歌詞のフレーズなんかが頭に浮かんだときは、ギターを置いて筆を手に取る。
天才とはそういうものなんだろう。
天才ってやっぱりいるんだなぁ、なんて考えていると、俺の部屋の扉が急に開かれた。
入って来たのは、天才である俺の妹。
左手をあげて「よっ、入るよ!」とか言ってる。
こんな明るい引きこもりがどこにいるんだ。
まあ、暗い引きこもりでいられるよりは全然いいんだけど。
「よっ、入るよ!」って普通、妹じゃなくて幼馴染キャラとかのセリフだと思うんだけどなぁ。
本棚に手をかけて、妹が口を開く。
「あっ、お兄ちゃん。新しいボカロ曲のアルバム付きの雑誌買ったんだね! これ聴きたかったんだよー!」
「おお、それに目を付けるとはさすが現役ボカロP! そのアルバム、有名なPの限定曲が収録されてるんだぜ!」
「マジかよお兄ちゃん! さすがだねぇ! サイコーだねぇっ!」
なんか普通に話をしてしまった。
いや、これだけ話せたら普通に学校に行けるんじゃないのか?
でも、俺の本とかを読んでああいう伝説級のボカロ曲ができると考えると、めちゃくちゃ興奮するな!
何はともあれ、家の中では俺の毎日は充実していた。
だがしかし、学校ではどうだ!
課題をこなしたり、気怠い授業をこなしながら送る平穏な日々。
それ自体には不満がないどころか感動すら覚えるのだが、いかんせん刺激がない!
平穏を欲するラノベ主人公どもには分からないだろうが、現実で何もスパイスがないと人生に味がなくなってしまうわけですよ。
たまにはソーダだけじゃなくて、ナポリタンやコンポタージュ味も欲しくなるんですよ!
ただの水じゃなくて、トマトが欲しくなるわけですよ!
そんなことを考えながら、放課後。
俺はいつものようにボカロ曲を聴きながら、勉強をしている。
勉強といっても、今日の勉強はいつもやってる学校の勉強とは違う。
明るい引き篭もりについて、インターネットで勉強しているのだ。
質問サイトなんかを見てみると、たくさんの関連した質問が表示される。
回答では、『学校に行くのは怖い』だったり、『家族には明るく振舞っているだけ』などと、引きこもりのリアルな心情が語られていた。
どうしたものかと考える。
考えていると、突然何者かにイヤホンを外された!
驚いて勢いよく振り返ると、そこにいたのは、黒髪ロングの大人しそうな女の子だった。
見覚えはないが、リボンの色が俺と同じだから同級生であることは間違いないだろう。
いや誰だ! なんの嫌がらせだ!
「黒沼くん……だよね?」
「……あ、ああ」
誰だこの女! なんで俺の名前を知ってるんだ!
「黒沼くんって、最近ギター弾いてたりとかする?」
ん? 俺は弾いてないけど、どう答えようか。
「いいや、俺は音楽とかできないぞ?」
「……そっか。変なこと聞いてごめんね!」
そういうと、女子生徒は走り去ってしまった。
(なんだったんだ……?)
そのあと俺は、この出来事なんかすっかり忘れて家路に着いた。
続く