冴えない男の艦これ日記 作:だんご
生まれた世界が、艦これの世界だった。
その存在を耳にした時、一度目はオカルトだと思った。
そして姿が映像として残され、名称を『深海棲艦』と名づけられた時、ふと頭の中に既視感を覚え、激しい頭痛と共に意識を失った。
そして、目を覚ましたらすべてを思い出したのである。
「これ、艦隊これくしょんだ。死んだな」
それは自分が遊んでいたゲームの内容。
地球の海に生まれ、人類と敵対する謎の生物。それに対抗できる唯一の存在にして、歴史に残る戦艦の名を冠する乙女達。
彼女達を率いて戦い、海を取り戻し、人類の未来を救う。あとたまにサンマ漁するゲームだ。
「誰か早く提督になって世界を救ってくれないかなぁ……」
ゲームでなかったら、その世界観が実際に存在するとしたら、それはまさに死にかけた世界だ。
シーレーンが破壊され、物流が滞り、経済が停滞し、人類の夢が終わる世界である。
その破滅の危機に対して、提督となり、艦娘という見目麗しい乙女達を率いて反撃が始まる。
終わることのない、エンディングが無い戦いの日々を、艦娘と共に乗り越えていくのだ。
「まぁ、俺は軍人じゃないしな!」
俺以外の誰かが。
いや、国民を守るのは軍人さんのお仕事である。
自分はタダの大学生であり、そちらの道を志しているわけでもない。
喧嘩だって、ろくにしたことがない。することを考えただけで頬が引き攣る。
ネットの中なら本人主観で天下無双だが、現実ではタダの一般人である。そんな自分が、終わりの見えない戦いに向かって飛び込んでいきたいわけがない。
怖い。いくら美人に囲まれるとはいえ、PTSDになりそうな職場にいたくない。
一回入ったら、民意でもう抜け出せそうにない時代が来ているのだ。どうしてブラック通り越したシゲル色の職場を希望するのか。
そんな胃の壁がすり減りそうな日々を過ごすより、変な上司をヨイショしながら、お酒飲んで笑っている会社員生活を送りたいものだ。
「そもそも、美人の女の子とか気後れする」
現代の若者は、キャバクラに連れて行かれた時。
「うわぁ!可愛い女の子と話せる!」と喜ぶタイプと、「何で知らない人と金払ってまで話さにゃならんのだ……」という気が滅入るタイプに別れるらしい。
自分は後者のタイプである。
ゲームの中のような、あんなフレンドリーな態度で接されても、どもって上手く話せない。女の子は、基本趣味仲間のような気の合う子としか話したことがないのだ。
仕事目的ならともかく、プライベートで何人もの女の子と交友関係を持ち続けるとか、自分のような人間はメンタルが死んでいってしまうだろう。
ハーレム系エロゲ主人公様はすごいな、俺なら一人でいっぱいいっぱい……いや、一人でもあれ系の女はキツイ。
イケイケ系の鈴谷という艦娘や、曙という口が悪い艦娘と過ごす日々を思うだけでも、二次以外じゃ胸焼けしそうだ。
テレビで艦娘の発見と、新たな作戦の展開を報道する軍人さんに応援をしつつ、せんべいをコタツで食べながら考える。
「……いや、そもそも民間人の自分は関係ないよな。そりゃ、艦娘を率いて戦う姿にあこがれないわけじゃないけど、その大変さと釣り合うかって言うと……。夢は夢だよな。頑張ってもらって、いつもどおりの生活が戻ってきてくれるよう応援しよう」
写真ぐらいは取りたいなぁ、軍部が民間向けに、艦娘の公開イベントやらないかなぁ。
そんな妄想をして顔をほころばせ、ニヤニヤとテレビを見続けた。
この時の自分は、言ってしまえば自分は無関係だと信じ切っていたのである。
軍に関わる事のない立場。艦娘の誕生と提督の発見。やがて取り戻されていく海。
提督となった軍人さんが、この苦境を乗り切ってくれると信じていたのだ。
そして、その願いは見事に木っ端微塵となった。
「……あ、あれぇ?」
艦娘と提督の存在が、マスコミによって報道されてから数ヶ月。
この国を取り巻く環境は、改善に向かっていくどころか悪化の一途を辿っていた。
早い話が、軍部よりこれっぽっちも吉報がもたらされないのである。
報道では安心がしきりに主張されているが、物価の上昇は止まらないし、待ち遠しい戦果は一向に此方には伝わってこない。
「食料の値段が上がるし、魚なんて食えないし……」
いやーな予感を自分は感じていた。
そして日毎に益々人々の生活には陰りが見えてきて、ついに決定的な報道が大本営よりなされたのである。
「……え、民間から提督を見つけるってまじかよ」
どうしてか理由はわからない。
いわゆる提督の徴兵が行われることになったのだ。この平和ボケし始めた日本で、である。
「も、もしかして相当やばいのか?」
報道は相も変わらず、「問題はない、大丈夫だ」のオンパレードだ。
訳の分からない専門家がああだこうだと言って、気がつけば次のニュースに話が変わっていたが、ひょっとすると情報に規制や統制がなされていたのではないだろうか。
顔が真っ青になった。
しかし、まだ希望者のみの徴兵である。
テレビでは艦娘と未来を切り開いていきたいと笑う若者がいた。他にも、まぁあれだ、明らかに艦娘目当てのやつもいた。
皆が市民会館で軍部により行われる、非公開の検査の列に並んでいく。給料や手当も報道を見る限りではかなり良い。恐らく不況故に、生活目的の人達も沢山あそこにはいるのだろう。
テレビでマスコミはしきりに提督を賛美して、人々にその利と国への奉仕を説いていた。現在の提督たちの奮戦、そして彼ら民間上がりの提督により、事態は収束へ向かうだろうと。
母親と父親、妹が関心を示しながら、他人事のようにご飯を食べ続ける。
「ねぇ、あんた大丈夫?」
顔真っ青、口の端からおかずがこぼれ落ちた自分を見て、妹が目を細めてそう言った。
大丈夫だ妹よ。ちょっと嫌な予感が半端なくてな。
「まさか、あんた提督になりたいの?」
女の子目的だと思われたのか、生ゴミをみるような目でみられた。
お前は兄をどんな人間だと思ってるんだ。まぁ、何も知らなかったら俺もあそこにならんでいたかもしれない。
だが、悲しいかな。俺は『深海棲艦』を知っている。
艦娘があれによって沈められるゲームを、俺は知っているのだ。
だ、大丈夫だよな。
無理矢理そう思い込み、不思議そうに此方をみる両親と妹に「いいや」と答えて、味のしないご飯を口に放り込んだ。
一年後、俺が大学を卒業する年。
強制的な提督適性検査が、国により若い男性を対象に行われることとなった。おい、なんだそれ。