冴えない男の艦これ日記   作:だんご

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第3話

 艦娘は、全員美人である。

 

 絵師によって表現、絵柄は異なるものの、理想として描き出される姿は見目麗しい美人だ。

 そんな美人と一緒に日常を過ごし、共に世界を救うために訓練を重ね、戦いを乗り越えていく。

 

 というのは、ゲーム上での理想である。

 

 俺はイケメンではない。精神的にも、イケメンではない。

 マンガやゲームの主人公なら、そのように頑張って人間関係を築いていけるのであろうが。悲しいかな、自分はそのような精神的強者ではなかったのである。

 

 つまりどういうことかというと……。

 

 「知らない、趣味も合わない女性。それもあんなキャラが濃い連中と頑張っていくとか……キツイ」

 

 頑張りたくない。

 

 頑張っていくとか、頑張った結果とか、そういう問題ではないのだ。そもそも頑張りたくないのだ。

 

 あんなキャラ濃い女性たち、言っては何だが変人やら不思議ちゃん達と、上手くいく自分が見えない。しかも私生活まで一緒。

 チャラ男のようなイケイケメンタル、もしくは主人公のような前向きメンタルならともかく、草食系メンタルにとっては致命的。

 どこかの狐に好かれるようなイケ魂が無い自分にとっては、パーソナルスペースに核弾頭を打ち込まれるようなもの。きっと私の心はぺんぺん草一本も生えない、不毛の死地に変わってしまうだろう。

 

 ああ、悲しいかな。自分はワイワイみんなで騒ぐよりも、一人で何かしてる方が好きだった。

 

 会社で飲み会誘われても、一人で家に帰ってネットサーフィンしてる方が良い。みんなと遊んだり、旅行したりするよりも、一人で遊んで旅行したりする方がいい。結果、コミュ力はそれ相応である。

 そんな自分が、アニメやマンガに出てくる濃い女の連中に囲まれて日常を過ごす……。おお、吐き気がしてきた。女性が可愛い事が逆にプレッシャーに感じる人種もいるのである。

 

 このままでは、彼女達との生活は胃が死ぬ、胃が溶ける、胃が破裂するに違いない。慣れるまでに軍での人間関係によるストレスと、戦場のストレスと、職場のストレスの三重苦にあうだろう。

 しかし、既に提督にならない選択肢は無いの。泣きたい。というか軍学校のトイレで泣いた。

 

 かくなる上は急成長を遂げ、イケメンにはなれなくても精神的イケメンになる他にないだろう。

 キョロ充ぐらい偽ることができなくては胃が死ぬ。ストレス過多で死んでしまう。

 

 「初期艦はその為の第一歩だ……。俺がイケメンになれるかどうかの第一歩だ」

 

 横を一緒に歩いている軍人さんに、「こいつ何バカなこと言っているんだ」という目で見られた。違うんです、命かかってるぐらい真面目なんです。

 艦娘にもいろいろいるのである。とっつきやすい子だとか、そうでない子とか。コミュ力低い自分を導いてくれる、面倒くさくなくて優しい、逆マイ・フェア・レディしてくれる存在であってほしい。

 

 そして最後は結婚せずに放逐して欲しい、農村でのんびり暮らしたい。軍は怖いからもう嫌だ。

 だってあいつら、吐くまで何十キロも走らせるんだぞ。昔の軍的な指導ですぐ殴るし、もう非体育会系の自分は限界である。始まる前からメンタルがやられている。おうち帰りたい。

 

 ゲームみたいに、初期艦は駆逐艦から選ばれるのではなく、学校によって艦種問わずに割り振られるらしい。希望を胸に、自分は初期艦と対面した。

 

 「……軽巡洋艦、大井です。別に、よろしくするつもりはありませんので」

 

 「あ、はい」

 

 希望は絶望に変わった。大井という艦娘は、当たり艦である。が、性格的な面では難がある艦である。

 某公式四コマにおける、彼女のセリフを紹介しよう。

 

 『なんなのよあの作戦提督のピーー!! ピー提督!! 1回ピーね! むしろピー ピーー!!』

 

 DMMは十八禁だから、ピー音だって普通である。ただ、このピー音はエロくない方のピー音である。つまり、私の胃は死ぬ。

 一応、姉妹艦の北上という巡洋艦には、最初から好感度が振り切れているのだが、提督は好感度マイナススタートが基本。しかも扱いがひどい。

 

 一瞬意識が飛びかけたが、何とか気を保ち、コミュニケーションに入る。

 彼女もコミュニケーションを重ねれば、それなりに敬愛の心を表すようになってくるはずだ。ゲームではそうだったのだ、なんとか頑張ってみようではないか。

 そう考え、日々彼女と接し、会話を重ねていこうとした。

 

 結論から言えば、全然コミュニケーションがとれなかった。

 

 すぐに陰口、罵倒、敬意のない言葉。止めろ、それは俺に効く。自尊心という逃げすら許さない大井の言葉には、感動すら覚えそうだ。嘘だ、辛い。

 ゲームだからまだ「こういうキャラだろう」ということで接していけたが、それは画面越しの無機質なものであった。

 

 だが現実になると、声・表情・雰囲気にも現れ出る敵意が、三次元となって俺に襲い掛かってきたのだ。

 為す術もなく、俺の心は死んだ。会話も紡ぐことが出来ず、すぐに「ごめんなさい」と言葉に出てしまい、舌打ちを飛ばされる。彼女と会話しようとする度に、場の空気が死ぬのである。

 

 ついでに艦娘と上手く行かない為に評価がダダ下がり、私の元々ヤバかった成績も死んだ。妹よ、お兄ちゃんダメかもしれない。

 

 与えられる任務は遠征、演習での有力艦を鍛えるための練習艦。

 戦場へ連れ出されても、近隣の雑魚の相手と、本隊の道を切り開く脇役係。

 

 自他、共に認める落ちこぼれ提督である。

 そんなわけで配属された先の艦娘は大井一人。しかも唯一の艦とも不仲でこの有様。

 あのデミ様は不審げに私を見てくるが、所詮自分なんぞこの程度の男である。

 

 ……あれ?俺のメンタルが死ぬだけで、これは命の危険はほぼないんじゃないか。ある日、上官に怒鳴られる中で、そんなことに気がついた。

 

 周囲からの蔑む視線と、大井の罵倒、安い給料(危険手当も戦果報酬も無いため)に目を瞑れば、そんなに悪いものではないかもしれない。

 いや、目をつむるモノ多すぎるが、生きていられるだけで儲けものではないだろうか。多くの艦が轟沈し、時に提督の悲報が届く中で、それは幸運なことなのではないだろうか。

 

 死して護国の鬼にならん。

 

 そんな世界で自分のような人間は臆病者かも知れないが、小人のほうが生き残れる事もあると思うのだ。

 よし、やっぱり私は頑張らない。私が頑張らなくても、きっと誰かがやってくれる。そうであると私は人間の可能性を信じている。

 

 ある時、いつも通り演習でボコボコにされ、大井に罵倒されて気まずい雰囲気になっていると。

 廊下の向こうに知り合いの顔が見えた。検査の時に後ろに並んでおり、士官となってからは顔見知りとなっていた、あのイケメン提督である。

 

 「おお、久しぶりだね!元気だったかい?」

 

 「あ、あー、どうも」

 

 彼はなんと性格もイケメンなのである。体力作りで何周も走らされ、脱水症状で倒れた自分を運んでくれたことがあった。また、どうしても勉強でわからないところがあると、あの脳筋軍人スパルタ教師よりも解りやすく、理知的に、幾度となく丁寧に教えてくれたパーフェクトイケメンである。

 

 ちなみに学歴もパーフェクトである。軍部に引き抜かれなければ、有名な大企業に就職も決まっていた。だが軍へ恨みはなく、国や国民のために身をなげうって尽くそうとしているのだ。

 これはもう、彼こそが人間の可能性かもしれない。溢れ出るイケメンオーラは、今時の安っぽいラノベに出てくるようなカマセ適当イケメンにあらず。某大正桜に浪漫の嵐なイケメンなのだ。

 

 ……拝んでおこう。ご利益があるかもしれない。

 

 歓談、といってもリードされる形でのコミュニケーションであるが、非常に楽しい時間を過ごす。

 人としての扱いを久しぶりに受けて、感激を覚えていると。突然彼が怪訝な表情で口を開いた。

 

 「私は共に戦場に立てる日を楽しみにしていたのですが……。見識深い貴方が、こうして謂れのない意見を浴び続けていることに憤りを感じます」

 

 変な事を言いなさるイケメン殿。

 これが私の全力の結果です。というか、もう限界です。

 

 「確かに、勉強や処世術に関しては私は上手いほうかもしれません。ですが貴方の持っている艦娘、深海棲艦への目は、いつも私を驚かせてくれたではありませんか。私は貴方と共に並んで戦うことを楽しみにしていたのです。闘争の中でも貴方の知恵がいただければと……」

 

 そりゃあ、元ネタ知ってればねぇ……。

 

 私はそんなものよりイケメンさんのコミュ力が欲しいぐらいである。知恵だけあっても、能力無ければ机上の空論でしかない。

 むしろ下手に知っている分胃が痛くなることが多いのだ。知識が精神の負担になるとは、この年まで考えてすらいなかった。艦娘の講義では、毎回吐き気がしていたレベルである。

 

 例えば、あいつら疲労度ガン無視で自転車操業を大和魂で押し進めるのだ。集中力散漫、能力低下は艦娘と提督の問題らしい。なんだそりゃと頭が痛くなった。

 艦娘はブラックと現代の若者に言われそうだが、ところがどっこい言われはしないだろう。何故ならブラックが当たり前で、比較対象としての良い見本が存在しないからである。

 ブラックという言葉が存在しようがない大本営。これには私もニッコリ。

 

 ……人間はどうしようもない時は笑うしか無いのだ。察してもらいたい。

 

 そうした自分への違和感をすぐに察し、類まれなるコミュ力で話(前世の知識)を聞き出していったのがこのイケメンだ。

 私から聞いた話を有効に活用し、戦果を上げているようだが、私は妬むこと無く応援する所存である。

 早く日本と私を救って欲しい。そして軍役から開放して欲しい。戦いが落ち着けば、自分みたいな出来損ないは放流されるだろうからね!

 

 「それとも……失礼を承知でいいます。彼女が原因ですか?」

 

 イケメンの視線が大井に移った。

 大井が睨むようにイケメンを見つめる。

 

 「本来、このようなことは言うべきではありません。しかし今は国家存亡の危機であり、それを変えられるかもしれない貴方が燻っている現状には不満があるのです」

 

 イケメンからの謎の信頼が痛い。お前ホモじゃないよね、ね?

 

 「一つ、提案があります」

 

 意を決したように、イケメンが自分の目を見据えた。

 

 「私の艦娘と、彼女を交換しませんか?」

 

 思いがけない言葉に、身体が凍ったように固まった。大井も同じく、目を見開いてイケメンを見つめていた。

 




ネタバレ、提督がビデオレター送る方、大井が送られる方

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