冴えない男の艦これ日記   作:だんご

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前回、ちょこっと気まぐれで書いた後書きの反応の多さに思わず笑ってしまいました。


第4話

 『大井』という艦娘は、優れた艦娘とは言えなかった。中には配属する事に忌避感を覚えるものさえいたのだ。

 しかし彼女を知る提督であればその事について文句は言えず、むしろ忌避感を感じるものにもある程度の理解を示したのである。

 

 これは平時であれば異なっていただろう。

 しかし、そう判断される余裕の無さが、今の人類の有様だったのだ。

 

 軽巡という艦種は、突出した性能を持つ大井の姉である球磨や長良、他の軽巡よりも少ない燃料で運用できる天龍型、多くの艦装を装着できる夕張を除けば、おおよそ同じ性能をしているといってもいい。

 

 故に、その評価を決定付けたのは個々の性格だった。

 

 任務への姿勢、戦い方、協調性、事務の適正など。おおよそ性能上の数値では測ることが出来ない面で、評価が別れていったのだ。

 深海凄艦と戦うだけが艦娘の仕事ではない。例え戦闘が苦手であっても、仲間のメンタルのケアが上手い艦娘がいる。命令を守り、しかし臨機応変に現場に合わせて戦果を上げることができる艦娘もいる。秘書官として優れており、提督の書類仕事を手伝える艦娘もいる。料理や掃除といった面で、鎮守府を支えてくれる艦娘もいるのである。

 

 ただ性能だけで、艦娘を評価するべきではない。総合的な観点から艦娘を見定めることが必要とされた。

 

 その評価の中で、大井は最低と言ってもいい評価を受けている。

 我が強く、任務への不平不満を隠そうともせずにこぼし、姉妹艦以外とは協調性が低い。提督と言い合いになる事も少なくなく、それが提督に好意的な艦娘と衝突する原因となり、艦隊の空気が悪くなってしまった話もある。

 

 勿論、提督に対して不満を隠さない個性をもっている艦娘は多い。

 

 しかしそれは駆逐艦がほとんどであり、どちらかと言えば子供の癇癪に似たようなものであったのだ。容姿が幼い艦娘であっため、提督の側の受け止めも「精神的肉体的に未熟」と軍とはいえ甘めの目線であったことは否めないだろう。

 日本軍人として己の民族に誇りを感じ、大和魂を持った武士であると自負している。小学生ほどの姿の少女を戦わせることに、忌避感と罪悪感、また自分達への情けなさを感じぬものがいるのだろうか。

 

 「彼女達は兵器である、軍人である」と慈しみの念を押し殺して鬼になろうとし、ついには心忘れて非道の鬼の軍人に成り果ててしまう者は少なくない。されどどこかで忘れられぬ、自覚できぬほどに小さくなってしまった情が心の何処かにあり、駆逐艦の暴言の受け止めを僅かながらにでも「あっていい」と認めているのかもしれない。

 一方で大井は軽巡であり、駆逐艦よりも成長した姿であった。本人もその雰囲気もあってか大人びていて、言動も理路整然としている。それによってか駆逐艦と同じ発言であっても、大きな反感を感じさせてしまっていた。多くの提督は、軽巡や大井に軍人として彼らの思う正しい姿を、遠慮を覚えず求めていたのだ。

 

 扱いにくい性格、他と比べても見る点がない性能。

 多くの提督は大井を避け、他の軽巡を優先して配属を希望した。例え建造を行って彼女と対面しても、噂を聞いていた提督が難色を示す事が多く、それが大井を刺激してさらに問題が起こる。そして噂になる。

 

 「貴方の大井も、既に四回も転属が行われています」

 

 え、そうなん?

 後ろを確認すると、大井が目をそらした。一文字に強く閉じられた唇。握られた拳が震えているのが見てとれた。

 

 イケメンが言うには、上も彼女の扱いには難儀していたらしい。

 四度も転属になるような艦娘を受け入れたい人間はおらず、また有事の際に貴重な艦娘を遊ばせておくのも問題となってしまう。

 陸軍あたりに突っ込まれたら、相当ムカつくのだろう。仲がすごく悪いから。

 

 そこで本来新造の艦娘が新人の提督に配属されるべきであったが、私は入学時からして大の問題児であり、問題児には問題児だといって押し付けられたようだ。私の胃を無視すれば、なんて完璧な理論なんだ……!

 

 「……どうして貴方が彼女と関係を続けているのか、その貴方の気持ちを推し量ることはできません。しかし、貴方が彼女に難儀し、戦果や評価を得られていないのは事実で」

 

 「………いや、転属というのをそもそも初めてここで知ったんだけど。そんなことできるの?」

 

 「え」

 

 「え」

 

 イケメンと大井が呆気に取られるように、こちらを見ている。

 すごいな、転属なんてコマンドが艦これに実装されているとは知らなんだ。前世で無かったぞ、そんな機能。

 

 「……本来、建造された艦娘は提督との繋がりが強く、転属される例はあまりありません。しかし提督がその役目を全うできない状態の場合、また特殊な状況下においては、転属が認められているのです」

 

 なにそれ。提督と艦娘って一蓮托生じゃないのかよ。

 それだとどっかの錬金術師漫画みたいに、後ろから撃たれる事故死とかありそうで怖いんだけど。心当たりめっちゃあるんだけど。そんなクロスオーバー嫌なんだけど。もっと夢のあるものとクロスしてよ。

 

 大井っちはそんなことしないよねと視線を向けると、あらゆる負の感情が込められた目で睨まれた。あ、これアカンやつですわ。

 

 「……そうです。艦隊の風紀、指揮系統における混乱、不敬な行動による艦娘同士の不和。それを起こす艦娘は対象となります」

 

 イケメンと大井の視線が衝突する。

 大井は怒りとも哀しみとも言えない目で、イケメンをにらみ続ける。

 

 「随分と、好き勝手言ってくれるじゃない……!」

 

 「事実だ。一人目の提督の下で、同艦隊の北上の轟沈を目撃して以来、君の素行は悪化するばかりで改善が見られないという。姉妹を失う悲しみを私は理解できると決して言えない。それでも行き過ぎた行いは――――」

 

 その瞬間、大井の目が見開かれた。

 口腔から飛び出たのは、少女のものとは思えないほどの大きな怒声。

 

 「何も知らないお前が、北上さんを語るなぁぁぁッ!!」

 

 突然目の前で巻き起こる修羅場に、私の胃は核の炎に包まれた。

 

 おかしい、私は天下のDMMの世界に来たはずのに、全然エロいことが起きない。イチャイチャも起きない。どうしてこんな胃が痛くなるような現場に立っているのだろう。

 艦これって、もうちょっとハートフルな話じゃないっけ?それでちょいエロティックな場面もあるんじゃないのかい?

 

 「ねぇ、僕はいつズボンのチャックを下ろせばいいんだい?」と白目をむいた。

 一方、そんな事を当然知る由もない二人は提督を無視してヒートアップ。歯を噛み砕かんばかりの大井の形相と、冷たいイケメンの相貌が相対し合う。

 

 「無理な出撃の連続で皆も北上さんも限界だった!燃料も、弾も碌にない状態で、何度も何度も防衛に出撃させられ、精神も肉体もボロボロだった!」

 

 「疲労困憊な私達を無茶な命令で酷使し、簡単な治療すらもさせてもらえず、懇願した僅か五分の休みももらえず、満足に戦えない仲間は沈んでいった!北上さんも、私を庇って空爆を受けて沈んでしまった!そんな私にあの男はなんて言ったのか知ってるの!『戦艦と空母に被害が無くて良かった。軽巡であればまた建造できる』っていったのよッ!!ふざけるなァッ!!」

 

 「護国の為ならいくらでも戦った!死んでくれと言われても、それが未来のためなら死んでいけた!でもどうして私達の命が軽んじられなければならないの!戦艦や重巡、空母の為に盾になって沈んで逝っても、言葉一つかけてもらえないのが私達の命なわけ!?性能が突出してないから、建造が簡単に出来るからって、私達はいざというときに使い捨てにされるわけ!?」

 

 「敬礼もなく、言葉もなく、尊厳もなく!あの時に使い潰された北上さんの事を、その恨みを私は忘れない!!あの時沈んだ北上さんは、あの北上さんが無念の中で沈んだ事を私は忘れられない!!忘れてたまるもんですか!!」

 

 捨て艦までやってるのかい。

 資源も碌にない中で、しかも育成された艦娘を使ってまで捨て艦戦法やりだしてんのかい。やっぱりこの国はもうだめかもしれない。

 

 思えばゲーム上ではいくら艦娘を見捨てようが、コーヒー片手に酷使しようが所詮は画面の向こう側。

 例え姉妹の艦娘が一人戦場で沈んだ所で、金剛は提督への愛を叫び、榛名は大丈夫であり、比叡は「ヒェ~」であった。霧島が海底のメガネとなっても、提督以外誰も気にしない。霧島は泣いていい。

 しかし彼女達はシステムでデータなんだから、そうでないとおかしいのだ。ちゃんとデータ通りに戦ってくれなかったらメンテやるだけで終わる話でもある。

 

 が、現実になったらどうだろうか。

 

 金剛は怒りと悲しみに染まる。口から出るのは提督への愛の言葉ではなく、血を吐くような叫びだろう。

 榛名は大丈夫じゃないし、比叡は「あぁァァァァァァァァァッ!」だろう。もうキャラ崩壊不可避である。

 さらには艦娘大不調、キラ付け全部無効化、SAN値減少、不定の狂気。下手すりゃPTSDで、せっかくレベル上げした艦娘がお陀仏に。どんな糞ゲーだ。

 

 ああ、これは酷い。パンツ見たさに「ストライクウィッチーズ」を見ようとしたら、ジブリの「ほたるの墓」が始まってしまったようなものだ。

 ちゃうねん。私は18禁がエッチな方は好きだが、グロだけでなく心に訴えてくるようなものはノーサンキューなのだ。悲惨なのは現実だけで十分だ、いや、ここは現実であった。僕のソウルジェムはまっくろくろすけだ。

 普通だったら面白くなったり改善されたり、艦娘の不調を直すメンテも、この世界では深海棲艦を加えるだけ加えて、運営代わりの大本営も艦娘をむしろに不調にしていく有様。現実で行われるメンテって碌なもんじゃねぇ。

 

 「……聞きましたか?これが今の現状なんですよ。無論そういう提督ばかりではありませんが、決して珍しいことではなくなってきています。それ程に、この国は追い詰められている。私が焦りを覚えるのもそこにあります。もう時間がないにも関わらず、先が見えない無計画な戦闘を行い、人類を追い詰めていく提督のなんと多いことか」

 

 お腹いっぱいです。

 

 「でしょうね……。私は自分が頼ってきた艦娘を貴方に預けてでも、この状況を理解している貴方という味方が欲しいのです」 

 

 苦笑するイケメンに大井が苛立ちを募らせた。あ、こういう場面をアニメで見たことある。爆発十秒前だ。

 

 「そのために、私が邪魔だっていうわけ……?」

 

 「ええ、そうです。貴方の境遇には同情する。今の軍部、提督と作戦の在り方、艦娘の扱いに私も思うところは多い。初期より見通しが甘い計画を立て、利権と戦果に目を眩ませた愚か者の償いを、貴方のような艦娘が背負ってきたのは事実」

 

 しかし、それが人類の未来を陰らせて良い理由にはならない。そう言って怨嗟の籠もった瞳を、正面から見つめ返した。

 

 「私達は未来へ進まなくてはいけない。貴方のような辛い体験をした艦娘は大勢いる。それは『他の大井』も同じです。それでも歯を食いしばり、人と艦娘の未来のために、皆が同胞の死を背負って戦っているのです。私は彼に希望を見た。戦うことすら困難な貴方に縛られていては、彼は蓮の花のように泥の中に埋もれたままだ。その花を泥より出て天に向かって咲かせ、亡き国の英雄方に掲げたいのだ」

 

 大井がイケメンに初めて怯む。それほどまでに苛烈な覚悟の炎が、瞳の奥で轟々と燃えていたのである。

 

 「あなた方が守りたかったものを、我々は守っておりますと。安心して、安らかに眠って欲しいと」

 

 リアルなので、大破で進まなければ轟沈しないというのは有り得ない。一回の戦闘で大破からの轟沈となる艦娘も少なくないのだろう。

 前線において、劣勢の中で成果を上げていく一握りの提督。その一人であり、素晴らしい指揮ができるイケメンとて、艦娘の轟沈を経験しないわけではなかったのかもしれない。

 

 ……やっぱりリアルはクソゲーである。そしてそんなクソゲーやらされそうになっている私はおうち帰りたい。イケメンと大井のにらみ合いで頭痛い。誰か助けてください。あとそんな花に例えないで過大評価で恥ずかしくて死ぬ。

 

 「大井という艦娘が避けられる理由。仲間の死に、特に北上の死に大きく遺恨を残しやすい。仲間への思いが深すぎるのです。この大井は『他の大井』と比べても、特にその傾向が強い」

 

 なにそのうちは一族みたいな話。サスケェ!希望の光がこの世界に足りねぇぞ!

 

 「へぇ、『他の大井』かぁ。私ではない同じ大井ね。ああ、つまりこういうこと。亡くなった北上さんも、他の北上さんがいるから別にいいっていうの?また別の、他の北上さんを造ればいいってこと……?」

 

 美人が怒ると、怖いよね。

 イケメンの知的な冷たい眼差しって、シベリアみたいだね。いや、カチューシャじゃなくてマジのおじさんの方ね。

 

 また白目をむきそうになっていると、肩に何かがいるような感覚を覚えた。

 首を動かすと、小さな小さな妖精さん達の姿があった。

 

 この鎮守府において、数少ない自分へ友好的な存在である。

 試験の時には煩わしく思ってしまったが、このような身になってからは癒やしの存在。可愛らしい風貌と、その動作に思わずお菓子を上げることも多い。

 他の提督は見えないのもいるし、見えても会話などできないらしいが、自分は不思議とそれが出来たのだ。提督とは関わりが薄いと言われているのに、友好を重ねて懐かれてからは、こうして知らぬ間に遊びに来てくることさえあった。

 

 「大井さん、だいげきど?」「イケメンおこらせた?」「なにゆえぞー」「むしろおこらせたい?」「なにゆえー?」「おおいさんにおこられたい」

 

 その言葉にハッとした。

 そう言えば妙な話である。あの自分のような人間も認めさせる性格イケメンが、人間の機微をあそこまで読めないものだろうか。相手を置き去りにして、一方的に否定を重ねるだろうか。

 

 「大井さんぶちぎれふんかさんびょうまえ」「にげるです?」「いけめんなぐられる?」「なぐられてもいけめん?」「わたしもなぐられたい」

 

 ……もしかして、あれって敢えて殴られようとしているのか。

 

 「おおー、なるほどなるほど」「そうですかー」「きもちはわかる」

 

 ふと視界を広げて目を向けると、奥の廊下の影にイケメンの艦娘がいた。

 

 何かあったら大井を取り押さえるつもりなのだろうが、普通であれば何か起こる前に間に入るべきなのだ。

 殴られたいってなんだ、何をイケメンは期待しているのだ。殴られたらどうなる。人の守護者と言われた艦娘が人に身体的な害を与えたとあっては、民衆の抑えられていた不安は大爆発だろう。いや、それ以前にそもそも上官を軍部のど真ん中で殴る時点で大問題だ。

 

 大井は既に転属が幾度となく行われた問題艦。

 元々無理に押し付けた存在であり、仮に何かあっても私の責任不足とするには難しい。大井の責任となる。

 

 言っていて悲しくなるが、評価が最低な自分以下の転属先が他にあるだろうか。

 有能として軍の希望となっている他の提督を突然殴るような、とても制御できない艦娘の存在は許されるのだろうか。

 そこに理由はあっても、真実はいくらでも隠せるだろう。問題児の言葉と信用を積み重ねたイケメンの言葉、どちらを信じるのだろうか?

 

 ……あれー?これってもしかして、大井は大本営の闇に消える感じ?

 そしてイケメンの望む展開、自分が戦場で戦う未来に向かっちゃう感じ?

 

 汗をダラダラ流しながら、イケメンを見る。目があった。

 

 『私は、貴方を解き放つ!未来の為に!』

 

 とか絶対言っているような漢と書かれる戦士の目だった。すげぇ、マンガみたいになんか解ったぞ。でも、解りたくなかったぞ。

 

 慌てて大井に抱きついて止める。

 大井が唖然とした後に、罵り声上げてすぐに突き放そうとするが、必死の思いで大井に抱きつき続ける。

 叩かれたりしていたいが、内心ではそれどころではなかった。

 

 イケメンも本来はそんな酷いやつではない。心を傷つけ、一人の少女を切り捨てる男ではないことは知っている。しかし時代がイケメンを鬼に変えているのだ。時代が一人の人間を鬼に変えることを求めたのだ。

 

 実際、もしイケメンの言うとおりに自分が有能であり、ヤン・ウェンリーみたいであったならどうなのか。

 そのヤンが一人の問題児に縛られて同盟が負けそうだ。問題児が生きている限りどうしようもなく、時間もない。同盟を勝たせたい人間はヤンを解き放つために非情の選択を思い浮かび、考えるのではないだろうか。

 

 イケメンはイケメンであり、自分の情よりも他の人の命を取れる男であった。自分が悪者になれる男であった。幾多の英雄がしてきたことをしようとしただけなのだ。

 が、それをされたら自分が困る。そんなん重い希望を背負いたくないし、そもそも自分はヤンではないから彼の望むような未来は無い。むしろそのままイケメンが中心になって頑張らないと不味いレベル。どうか一人で人類の未来を背負ってください。俺は嫌ですできません。

 

 それにある程度、この問題児の大井だからこそ、今の自分の立場はお目こぼしをもらっているところもあるのだ。

 もし普通の艦娘が充てられてしまったら、いくらダメ提督でも戦場にもっと真面目に出なくてはいけないし、逼迫した状況では猫の手も借りたいとばかりに求められる任務も増えていく。

 出来なかったら出来るまでやらされて精神追い込まれ、廃人として終わるか、社畜みたいに言いなり人形になるに違いない。もうバッドエンドしか無いだろう。

 

 騒ぎを聞きつけて憲兵がやってくるまで私は耐えて大勝利。イケメンは「どうして……」みたいな顔をしていたが、まぁ頑張れ。

 それにしても顔は腫れたが、ちょっと胸に触れていたのは内緒の話である。……いや、柔らかいし、そういうのに詳しくはないが形が良かった気がする。思えば初めてDMMっぽさを味わったかもしれない。こんなんならもう二度と味わいたくないが。

 

 結局この件は、自分の監督責任の問題になった。

 

 イケメンは自分の責任であると主張したが、それはイケメンが庇っていると周囲は考える。

 実際、怒りが羞恥に変わって赤面になっている大井と、ビンタをいくらされても抱き占め続ける自分の姿は阿呆そのもの。娯楽がない軍でのくだらない破廉恥な馬鹿騒ぎに、表では囃し立てられないが、影で笑って吹き出していた提督や憲兵もいる始末。

 こんな痴話喧嘩みたいに成り始めた原因が例え本当にイケメンにあっても、そんな責任を認めるわけに軍はいかないのだ。イケメンはキレイな経歴を維持し、いざという時の広告塔にと考えているだろうからな。

 

 大井と二人仲良く懲罰房にぶちこまれる。部屋は隣り合わせだ。

 

 本来、こんな緊急時に提督と艦娘を房にぶちこむなんてありえない話なのだが、私は無能以下のゴミムシの評価を頂いたので、問題はあるが問題はない。

 入れられる際に憲兵に「面白かったですよ」と親指立てられたが、私は顔面アンパンマンになっているので憲兵の顔がよく見えなかった。前が見えねぇ。

 

 「騒ぎが大きくなってしまったので、数日はここで寝泊まりだろうなぁ」とぼぅっと冷たい石壁に寄りかかっていると。

 自分のちょうど後ろから声が聞こえた。大井だ。彼女も自分と同じように、壁を背にして座っているのかもしれない。

 

 「……泥、泥ね。どうせ私は邪魔で、居ないほうがよくて、役に立たないわよ」

 

 「え、何で?」

 

 スゴイ舌打ち飛ばされた。泣きたい。

 

 役に立たないのは、大井ではなく提督である私である。それをどうして彼女が責任を感じる必要があるのだろうか。

 戦闘も見ていて碌に指示も出せんし、大井の心の機微もほれこの通り。さっぱり分かりやしない。かといって艦娘は兵器だと非情になれず、割り切れもしない。

 

 それにあの平和な日本を生きた自分から見たら、この現状は地獄そのもの。

 みんなおかしい。大井みたいになるのが普通の話だ。そんな酷いトラウマがあり、病院で療養が必要な精神状態でも、自分に従って戦ってくれる。飯を食わしてくれているので有り難い話だ。

 

 「……何、言っているの」

 

 別に嫌味じゃない。本心だ。

 人間、諦めたり、挫折したり、立ち止まったりするのが普通だろう。豊かな世界であっても、精神科が大繁盛なんだ。それを知っている自分からすれば、みんな大井に求めすぎてるし、焦らせすぎている。

 

 ゆとりの何が悪い。ゆとり万歳、ニート最高。

 

 「……下手な、同情はいらないわ。分かってるわよ、私が処分される寸前だったってことぐらい。いつも私に何を言われても、不満や愚痴一つ言わなかった貴方が、叩かれることを厭わず止めてくれたことぐらい、分かっている」

 

 「それ、不満や愚痴を言える相手いないだけだよ」と言わないぐらいの空気は読めた。

 そしてどんな言葉を言ったら良いのか解らないので、何か言うのを諦めた。……ラノベの主人公、こういう状況でバンバンあんなこと言っていたのか。すげぇ、ネタにされることもあるが、なんか尊敬の念が湧いてきた。ヒロインを助けるのもいいが、今の自分も助けてもらいたいな。

 

 「……でも、私は、もう嫌なのよ。死にたいのよ。無能な奴に回されると聞いて、ようやく戦場に北上さんみたいに放り出されると思った。無意味に、無価値に、ようやく死ねると思った」

 

 軍部ぇ……。ネットが出来たら守秘義務を無視していろいろぶっちゃけてやろうか。いや、デミ様もいるのか。やっぱり怖いので止めておこう。

 

 「北上さん、北上……さんッ!」

 

 泣き出す大井っち。

 心療内科は、臨床心理士はどこだろうか。もう私も一緒に見てもらいたい……。

 

 「あ、え、うん……」

 

 「……」

 

 「……」

 

 「……」

 

 「……」

 

 何か言おうとしたが、無言になってしまった。大井も何故か慟哭を止めて無言タイム。

 

 ……言葉がでねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。

 

 無理無理、こんなん無理。俺は某シモネタがキツイ侍マンガの主人公じゃないの。普段だらけてるけど、しめるところはしめられる人間じゃないの。だらけてて、しめられないガチの方なの。GHQで政策で、侍魂とっくに無くなってる時代に生きてたの。

 格好いいこと思い浮かぶ信念なんてないから!艦これやってて、ガチで世界救おうとか一度も思わなかったから!もっと可愛い女の子欲しいとか、大学めっちゃ時間余るし暇つぶししたいとか、そんな不埒な理由だったから!てか、それが当たり前だったから!

 

 「……自分は、大井が必要だ。他でもない、大井だからこうして、こんな自分でも提督やれている。大井は死にたいかもしれないけど、俺は死にたくない」

 

 「俺は、自分が死にたくないから、大井を沈ませない」

 

 「だから、そんな身勝手な俺を、これからも不満ぶち撒けて、怒って、馬鹿にして、全部ぶつけていいから。……いろいろと」

 

 今の自分の仕事なんて、給料もらってやってることってそれぐらいなものである。こんな少ない給料で命を賭けたくない、自分の時間を大切にしたい現代魂。

 真っ白な頭で出たのがこんな答えなのだから、これは死んだなと確信した。胃を含めた二重の意味で。

 

 ところが、いつまで待っても大井の罵声の言葉は聞こえてこなかった。変わらず無言のまま。自分は気の利いたこと言えないので、ずっと無言の空気のまま。

 壁を隔てているので、大井がどんな怒りの形相を浮かべているのかもわからない。気まずい、ものすごく気まずい。余計なことを言わずにずっと黙っていればよかった。

 

 結局、それから大井と会話することはなかった。そのまま数日の時が過ぎ、この懲罰房での最終日を迎える。

 

 「……行きますよ、提督」

 

 「……は、はい」

 

 出ていく自分達を何故か物知り顔で笑う憲兵。いつまで誤解してるんだこいつはと思うが、それを言えるだけの気力がない。ガタイがいい軍人に言える度胸もない。

 あれからずっと無言であった。もう静かすぎて静かすぎて、むしろ罵倒して欲しかったぐらいであった。気疲れ半端ない。でも有給取れない、緊急時の軍人にそんなものはない。艦娘だけでなくて提督にもブラックな鎮守府だ。平等だな、世の平等主義者はみんな滅びればいい。

 

 そんな事を考えていたので私は気づかなかった。この最初の会話で、初めて『提督』と大井に自分が呼ばれていたことに。

 




密閉された空間。隣には関係を築いていた異性。そして憲兵。

提督が守ろうとする方。
大井が守られる方。

追記:感想にて

>イケメンと大井さんが主人公を取り合うということか
 つまり純愛だな(錯乱

>これはむしろ
 イケメン提督「信じて送り出した同僚提督が毒舌艦娘の変態調教にドハマリして腫れ顔を鎮守府中に見せつけてきた」
 ではないだろうか

センスで負けたと思いました(小並感

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