冴えない男の艦これ日記   作:だんご

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自分、遅筆なもので感想を返すのにも時間がかかってしまいます。
流石に疲れてモチベが消えてしまうので、申し訳ないですが次話ができた時に感想返していきたいと考えています。よろしくお願いします。
真面目だったりユニークだったり感想を沢山もらえて嬉しいです。誤字も皆さん御報告ありがとうございました。


第5話

 最近、大井がおかしい。

 

 戦うことに関してこれまで一度も話し合ったことも無ければ、意見を求められることも無かった。

 

 勿論、最初の頃はそうしなければいけないと思いをもっていたので、コミュニケーションの為にも作戦の話し合いを話題に出したり、ほのめかしたりしたことはある。

 

 しかし、例外なく舌打ちされるし、必ず睨まれることで断念せざるをえなかったのだ。美人に睨まれてご褒美と言える奴を初めて尊敬したかもしれない。あんなん無理やん、どんだけメンタル強いねん。

 

 そこで勇気をもってやろうと言える度胸はない。仮にあったとしても、それ以降のコミュニケーションが上手くとれる自信が無い。

 そんなダメダメな私は、もうがんばらなくていいのではないかと思っていた。大井も特に私を必要としていないので、残念ながら今日も一日中本でも読んでようとかいつも考えていた。いやぁ、残念残念。

 

 こんな日常を送っていたものだから、周囲からの評価はお察しレベル。実際そんなレベルだから問題は無い。

 以前、イケメンのところの吹雪ちゃんと話したときに、「作戦会議しないんですか!?え、その前にまず大井さん出撃中ですよね!?指揮は大丈夫ですか!?」と言われたことを覚えている。

 

 何を聞いたり述べたりしても無視されたり、怒鳴られたり、舌打ちされるのが作戦会議や軍議と呼ばれるものであれば、これまで一応やってきました。そう答えたときの吹雪ちゃんの頬は引き攣っていた。

 指揮しようとしても、「気が散るから口を出さないでください」って言われるんだ。そう伝えたところ頭を抱えていた。

 話せば話すほどに吹雪ちゃんの目が死んだ魚の目に変わっていったので、それ以降は話すことがなかったのだが……。

 

 思えばそれがイケメンに伝わってあんな事態になったのかもしれない。しかし私は別にそのままで良かったのである。

 命を賭ける作戦会議で意見をまとめたりする経験なんて碌にないし、度胸もない。経験を積んでいけるような状態でもない。指揮で他人の命を抱える覚悟も決めていない。そんなストレス耐性は私にない。

 

 つまり、頑張ると死にます。確実に心と体が死にます。

 時代は楽して神様等から能力ゲットのチート系主人公。苦労して悲劇を幾多も乗り越えて能力を獲得するなんてのは、ちと重い話の部類に入るようになってしまったこのご時世。

 

 神様に出会っておらず、ヒロインもおらず、イケメンでもない自分は頑張りたくない。

 毎日吐くまで走らされる軍隊ブートキャンプにより、僅かにあった冒険心は胃液と共にトイレに流れ尽くした。毎日マーライオンの日々だった。もう嫌になったので、あとはイケメンに頑張ってもらって私はのんびり生きたい。

 

 他の提督が艦娘と日常の中で絆を育んでいる時に、私は部屋のベッドで本を一人で読んでいた。最近はくらむぼんを読んだ。

 他の提督が指揮で艦娘の命を預かっているときに、私は「お前みたいな奴は食堂のテーブルを拭いていろ」と言われておばちゃんと一緒にテーブルを拭いていた。おばちゃんにごはんをおまけしてもらえるようになった。

 他の提督が夜に一人で泣いている艦娘とロマンスを繰り広げているときに、私は夜のオカズを探して手に入れようと四苦八苦していた。憲兵さん、ありがとうございます。

 

 そんな日々のほんの少しの幸せで大満足。

 

 名誉も戦果も誰からも必要とされないし、提督であることも求められない。最低限の給料をやりくりして趣向品を楽しみながら、いつか終わる戦争、いつか終わる世界を待っている。そんな位置での気楽な日常が、私のメンタルには合っていたのである。上昇志向とか持つわけない。定時帰宅バンザイ、飲み会付き合いノーサンキューの精神である。

 

 しかし、この平穏な日常が壊れ始めたのだ。

 

 先日。出撃の後に帰ってきた大井に、しっかり指揮ぐらいしなさいよと怒られたのだ。これまでそんなことは無かったのに、理不尽極まりないと思った。思っただけである。頬真っ赤にしたブチギレ大井にそんなこと言える度胸はない。

 

 おかげで指揮なんてことをすることになってしまった。

 あれだけ嫌がっていたのに、なんで突然そんなことを言い出したのだ。気分は子供が変な言葉を覚えて帰ってきてしまったお母さんのそれだ。どこで「指揮」なんて悪い言葉を覚えたのだ。私は悲しい。

 吹雪ちゃんにそれを言ったら「ええー、提督……なんですよね?ああ、事態が前進してるのか、後退してるのか。もう、私わかりません」と頭抱えていた。吹雪ちゃんもいろいろ大変なようだ。

 

 

 そんな大井と明日の演習について話し合うことになった。

 

 今の軽巡の火力で重巡以上に被害を与えるのは難しい。かといって魚雷を撃とうにも、大井一人なので攻撃が集中する為に狙いがつけづらい。

 これは無理ゲーである。演習デイリーごちそうさま案件だな。勿論私達はいただかれる方。……別に卑猥な意味はない。

 

 私としてはどうせ負けるのだから、早く寝ようと提案したいのだが、大井の目が怖いので言えなかった。吹雪ちゃん助けてくれ。

 

 「舐められっぱなしは好きじゃないのよ。何か、いい案はないかしら……」

 

 もう舐められすぎてヨダレまみれな自分達が許せないらしい。私は生きるためなら喜んで靴を舐めるし、舐められる覚悟が完了しているのに、どうして貴方も悔しい思いをしているのよねと視線を向けられるのか。これがわからない。

 

 大井が自分で淹れたお茶を飲む。

 自分もお茶を淹れに行こうと立ち上がると、何故か大井に睨まれた。

 

 「あなたのお茶はそこにあるじゃない」

 

 自分の目の前に置かれていた湯飲みを見つめる。

 ……え、これ俺のだったの?

 

 寸前まで出かかった言葉を呑み込み、何事も無かったように座り直した。よくぞ耐えた自分、てかこれ自分のなのか。初めてお茶を艦娘に注がれたぞ。

 自分にはありえないだろうシチュエーションに思考が働かない。割と真剣に大井が二杯飲むと思ってた。

 

 「……」

 

 「……」

 

 「……」

 

 「…お茶、冷めるわよ」

 

 もしかして、盛られた?

 

 いやいや、なんでそんなにじっと見てくるのだろうか。なんで急に御茶出しを私の分までやってくれているのだろうか。なんで飲むように強く勧めてくるのだろうか。怖い、なんか怖い。

 

 これが吹雪ちゃんといった、親しみが感じられる艦娘であるならまだ話は分かる。

 しかしあの大井だぞ。おはようと挨拶したら、犬のフンを見るような目で見てきたあの大井だぞ。まだ豚のように見てくるリサリサ先生の方が有情だ。家畜と排泄物では天と地ほども差があると思うのだ。

 

 最近は嫌そうに挨拶を返してくれるようにはなっているが、それでもどういう気持ちの変化でお茶を淹れるようになったのか。全く解らなくて怖い。普通に怖い。

 

 混乱の極みの中、一筋の雷鳴が脳内に落ちた。

 

 ……そう言えば、OLが嫌いな部長に絞った雑巾の汁で御茶を出すことがあるらしい。

 

 艦娘だって人間と同じようにストレスがたまり、トラウマを抱える。つまり人間と同じように、ストレスが溜まってしまえばキライなやつには雑巾で御茶を淹れてもおかしくないだろう。

 もしくは、嫌いな上司の湯呑みを雑巾で拭くこともあるらしい。女性はバリエーションを求めるというが、雑巾茶にバリエーションを求めないでもらいたい。怖いから。

 

 これは、例のお茶なのだろうか。

 恐る恐る大井を見ると、眉を顰めてこちらを見ていた。選択肢は無いらしい。神よ、私が何をした。

 

 観念して口をつける。……お茶だ。

 ダメだ、雑巾のお茶を飲んだことがないからよくわからない。これが本当にタダのお茶なのか、それとも雑巾茶なのか。

 

 「それで、どうすればいいのでしょうか。六対一という数の差がある以上、勝てない事は百も承知の上です。それでも、あの舐め腐った空気を壊してやるくらいは……」

 

 自分の葛藤を察することなく会話を続ける大井に訳知り顔で頷くが、実際はこれっぽっちも何も考えていない。

 

 これまで一度も指揮したこともなければ、艦娘の戦い方や動き方を少しも理解していない自分に、そんな事を求められても答えようがないのだ。

 よくこういう場面で素晴らしい作戦を思いつくのはお馴染みの展開だが、自分が知ってるのってお祈りゲーな艦これでしかないんだよね。

 

 そんな自分にアドバイス求められても、育成して、装備整えて、キラ付けして、神仏に「祈れ」ぐらいしか言えないのである。

 ああ、例の夏イベの時は下手な宗教者よりも祈ってた自信があるぞ。減る資源に、魔法の呪文シャッシャッシャッドーン。回復するゲージに精神をすり減らし、目の裏に今でも思い出す夜戦マスの悲劇は、私の胸の中にいつまでも残り続けている。

 

 ただ散々祈って北上さんを沈められている大井に、祈れなんて言えるはずないわけで。

 もしそんなことをいったら、スクールデイズ最終回か、ハガレンの「事故だよ、事故」という夢も希望もないクロスオーバーが成立してしまうだろう。どうすればいいのだろうか、助けてくれ。

 

 ……いや、待つんだ。

 一つだけ、一つだけ大井に自信を持って勧められる作戦がある。

 

 「……なにか、あるんですか」

 

 ああ、俺のできる最善の策。それは……。

 

 「それは……?」

 

 間宮の羊羹を、腹一杯大井に食べさせてあげることだ!!

 

 「……真面目に考えてくれませんか?」

 

 すごい、冷たい目で見られた。犬のフン以下を見る目だった。

 

 ちゃうねん、本気だったんですよ。どうせ何もできないからせめてね、キラ付けをね。うん、そんな概念はこの世界では発見されてないよね。知ってる。

 

 あれ?これ傍目から見ると自分相当変な事言ってた?

 

 「私が太れば、勝てると……?」

 

 そういう意味ではないけれど、そうとしか聞こえない不思議。

 

 思えばイベント後のうちの艦娘は、全員ダイエットしていたかもしれない。命懸けの戦場へ、毎回羊羹を腹に詰めさせられる艦娘の気持ちを考えたことがあるだろうか。私は無かった。無心で食わせてた。あいつらに出会ったら、自分は海に沈められるかもしれない。怖い。

 

 呆れ顔でこちらを見る大井。

 

 「せめて、魚雷が当てることができれば……」

 

 もういっそ、手に持ってぶつけてみるのはどうだろうか。そんな身も蓋もない事を言うと、大井がいよいよ馬鹿を見るような目で見てきた。ごめんなさい、馬鹿です。

 

 結局そのままグダグダで話し合いは終わってしまった。何も解決していない。

 一つだけこの作戦会議で分かつたことがあるとすれば、自分は提督に向いてないことだろうか。悲しいような嬉しいような。

  

 その日の夜に、一応間宮の羊羹を差し入れた。

 提督に向いていようが向いてなかろうが、言ったことに責任ぐらいは持つことはできる。馬鹿なのはいいとしても、誠意を忘れたら救いようがないではないか。流石にそれは心が痛い。

 

 まさか本当に持ってくるとはと目を見開いて驚かれた。

 明日も持ってくると伝えると、「本気ですか」とじっと見つめられた。見つめ返し、「ああ本気だとも」と返すと「……そうですか」といって大井は目を閉じた。もしかして、羊羹嫌いだったのだろうか。

 その時は大井の真意も、その覚悟も解らなかった私は、財布が軽くなるなとしか考えていなかったのだ。

 

 そしてこの出来事が後に悲劇に繋がるとは、思ってもみなかった。

 

 翌日の演習。

 大井が相手艦隊の扶桑に対して、手に持った魚雷を着弾させた。姉の名前を絶叫する山城の声が、海に鳴り響く。唖然とする相手艦隊とその提督、そしてワケワカメ状態な自分。お前、なにやってんの。

 

 「不幸だわ……」と呟いて倒れる扶桑に、息を乱しながら目を怒らせて仁王立ちする大井。

 至近距離で魚雷なんてものを爆発させたのだから、既に大井も満身創痍で服はボロボロ。しかし大井の目は爛々と輝いていた。

 

 目を鬼のように光らせて、大井は海上を走り出す。手には魚雷を抱えて、目指すは扶桑の姉妹艦である山城。

 

 あまりの光景に動揺する山城が悲鳴をあげて砲塔を大井に向けるも、そんな精神状態でしっかりと定まるはずがない。放たれた砲弾は大井の横を通り過ぎた。他の艦娘も混乱に陥っていて、カバーに回るのには既に遅すぎる。……つまりそれは山城の行く末を決定づけるわけで。

 

 振り上げられる魚雷、涙目の山城、口を開いて固まる提督と艦娘達、そして大井のサディスティックな笑み。海上に轟く爆音と爆煙。

 

 大井は自分もろとも山城を大破判定に持ち込んだのだった。

 

 ……どうしてこうなった。

 

 演習後に取調室に押し込まれた自分。そして何故かいい笑顔で表れたデミ様。

 一通りの経緯を説明すると、あのデミ様が声を出して笑っていた。笑い方から微妙にラスボス臭がするあたり、さすがデミ様である。

 

 本来であれば、艦娘があんなことできるわけがないらしい。精神的な拒絶反応が出るからだそうだ。

 

 そうあるべしと定められて産まれた艦娘が、その概念を無視することはできない。装備品だって艦種以外のモノを装備できない。変な使い方を試みると、妖精も協力してはくれないそうだ。

 例えば、戦艦の装備を駆逐艦が装備できないように。……大戦艦清霜は誕生しない定めらしい。清霜涙目。

 

 ちなみに天龍の持つ近接武器も、同じ軽巡であるのにも関わらず球磨は扱えない。扱おうとしても、体が拒絶して練習すらできないらしい。

 そんなものだから誰もパイル魚雷なんて考えなかったし、たとえ考えてもやろうとすらしなかっただろうと彼は言う。

 

 しかし、うちの大井はそれをやってのけた。故に上は大騒ぎらしい。

 なるほど。確かに責任はとっても良いと言いましたが、それは間宮の羊羹のつもりであって、お財布のつもりであって、パイル魚雷のつもりはなかったんです。

 だから助けてくださいと手のひらコークスクリューでお願いすると、「手回しは済ませたので大丈夫ですよ」とデミ様は告げた。今度から神様仏様の後はデミ様である。

 

 「必要に応じた変化は、人間という種の歴史が証明しています」

 

 四度も提督を変える中で精神を病み、過酷な戦場を渡り歩いて生き延びてしまい、味方である鎮守府においても何百回と演習という名の下に理不尽な状況で戦わされ、ありとあらゆる苦渋を味わい尽くした。負け続け、追い詰められ、馬鹿にされ続け、解体もやむ無しと言われた先の出会い。その出会いが彼女の何かを変えたのだろうとデミ様は言う。

 

 頭がこんがらがってきた。ようするに大井っちパネェということなのだろう。

 

 デミ様は更に言葉を綴る。

 大井がやった事は異常極まりない事態であるために、聞き取り調査が行われたのだが、その担当がデミ様であったようだ。

 

 「私は尋ねました。嫌ではなかったのかな、体がそれを拒んだのではないのかいと。すると貴方の大井はとても興味深い事を言ったのですよ?」

 

 嫌だった。吐き気がした。体が震えて、視界が揺れた。

 

 それでも私が勝つためにこれが必要であると思い、思いこんだ。

 恩知らずのまま、北上さんのところにいくわけにはいかない。そう思い続け、気がついたら震えは無くなっていた。いつの間にか魚雷に座っていた妖精さんが、仕方がないと楽しそうに笑っていたのだと。

 

 「彼女は己の種という枠口を超える程に、誰に対してそんなに勝利を捧げたかったんでしょうね……?」

 

 今後も期待してますよ、と扉を出て行くデミ様を呆然と見送る。

 

 ……え?うちの大井っちって、そんな殊勝なキャラだっけ?それは本当に私の大井っちなのだろうか?

 

 頭を捻りながら取調室から出ると、腕を組んで壁を背にもたれかかっている大井の姿が目に入った。

 

 いつもどおりのしかめっ面。への字に結ばれた口に、ジトっとした目。間違いなく、うちの大井である。

 

 「……」

 

 「……」

 

 「……」

 

 「……なんですか、提督」

 

 「……いや、あの」

 

 「……はい?」

 

 「……なんでも、ないです」

 

 「……チッ」

 

 以前と変わらぬ雰囲気の悪さ。怖い。やっぱり気のせいだな。

 

 ホッとして大井を連れ添いながら二人で歩き始める。

 取り調べがしつこいだの、取り調べ担当の軍人の笑みが胡散臭いだの、しっかりと指揮がなされてればもう一人はいけただの。

 そんな話を聞き流しながら、部屋に戻った。

 

 演習の話を聞いたイケメンがめっちゃいい顔しながらやってきて、鬼のような顔の大井が睨み合いにもちこんだ。胃が痛い、やっぱりおうちに帰りたい。




次回より【イベント:敵泊地に突入せよ!!】――――開始






……できたら、いいなぁ

※次話出来ました。感想返し終わったら投稿予定。
 話を次へ繋ぐ為の話なので、幕間扱いとなります。

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