冴えない男の艦これ日記   作:だんご

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本編には及ばないけれど、次に繋がるから幕間扱いです。
主人公で書き辛くなったら、他のキャラに喋らせればいいじゃないと『月間少女野崎くん』にもある。頑張る。


幕間

 それは怒りの発露であったのかもしれない。

 

 「コイツッ!?止まらな───」

 

 身体と心が覚えている。

 

 人は痛みを忘れない。肉体的・精神的な痛みに対抗する為に、人は常にそれに順応してきた。

 痛みに「慣れる」、痛みの原因を「探る」、痛みを「負わないようにする」。

 進化として様々に枝分かれする道はあれど、その全ては命が途切れないようにするための生命の営みであった。

 

 「ちょッ!?なんでこの砲撃が躱せるの───」

 

 それに順応できない生命は壊れてしまう。

 それに耐えられない精神は壊れてしまう。

 本来、大井という存在はとっくに壊れてしかるべき艦娘だった。

 

 それがなんの食い違いか生き残ってしまった。さらには死ぬ事ができない演習という戦場に身を置き続けることになってしまった。

 敵意のある視線を受け、砲撃を、空爆を、魚雷を、たった一人で受け続けてきた。

 仲間などいない。庇ってくれる仲間もいなければ、意思をついで戦ってくれる仲間もいなかった。自分の負けが、そのまま戦いの終わりであった。

 

 「この、弾幕を抜けてくるだと……ッ!?なんて───」

 

 彼女が様々な思いを分け合える同胞も、真の意味ではいなかった。提督は指揮する立場であり、見守る立場でしかなく、戦場に共に立つことはできない。それ故に戦場に共に肩を並べて立つ仲間はおらず、常に大井は一人で戦ってきた。

 

 負けた責任を分かちあえたら、どれだけ気が楽だっただろうか。

 負けた苦しさを分かちあえたら、どれだけ気が楽だっただろうか。

 負けた悔しさを分かちあえたら、どれだけ気が楽だっただろうか。

 負けた後悔を分かちあえたら、どれだけ気が楽だっただろうか。

 

 全ての想いを戦場の中で一人で抱え込んできた。

 しかし抱え込む戦いの中で勝利は決して手に入らない。

 六人に対して大井は一人だけ。実力があろうとも、軽巡の火力の限界、そして数と連携によってそれは無意味に終わってしまった。

 

 常に敗北の苦味を味わい、常に敗者の視線にさらされる日々。積み上がる敗北。積み上がる怒り。積み上がる情けなさ。

 大井は本来負けず嫌いであり、例え負けても同情の視線など向けられたくなかった。死を望みつつも勝利を掴みたいという自分の心と、艦娘としての本能の叫び。その狭間で大井は常にもがき苦しみ続けた。

 

 そして────彼女はついにはじけた。

 

 

 

 目の前から迫る魚雷に、伊勢の顔が焦燥に歪む。

 轟く爆音。海上に倒れる人影を置き去りに、粉塵から大井が飛び出していく。硝煙の匂いをそのままに、大井が気勢を上げて目指すのは日向。目を爛々と輝かせながら、口腔より恐ろしい怒声を放って次なる魚雷を抱え込む。

 

 軽巡、重巡がそうはさせじと砲撃を始める。

 だがしかし、大井はそれを掻い潜るように海上を走った。

 無論、被弾がゼロで済むものではない。相手も必死であり、数で勝る艦娘達より放たれた砲弾は大井に着弾している。

 

 それでも、大井は止まらないのだ。

 

 「ーーーーッ!!!」

 

 声無き叫びを上げて、大井は海上を駆け抜けた。

 至近距離を砲弾が掠め、海上に着弾した後に発生した海飛沫のヴェールを突き破った。

 

 恐らく、大井ほどこの過酷な環境で孤独に戦ってきた艦娘はいない。

 恐らく、大井ほどこの過酷な環境で被弾してきた艦娘はいない。

 恐らく、大井ほどこの過酷な環境で統率された数に押し潰されてきた艦娘はいない。

 それは確かな経験となり、勘となり、大井を今この戦場に戦士として生かしていた。

 

 敵の砲塔、顔と目線、口より他の艦娘に飛んだ言葉、他の艦娘の配置、装填時間、砲弾の数、相対する艦娘の性格と戦闘傾向という心理学的な分析、これまでの戦いの知識とそれにより磨かれた気配と予感の察知。あらゆる要素を絡み合わせ、自分が求める可能性を追求し、有利な戦闘へと戦いを運んでいこうと足掻き続ける。

 

 躱せない。ならば軽巡の砲弾は受けるべきだ。被弾位置は……いける。

 

 痛みは身体の動きを鈍らせる。痛みは身体の感覚を鈍らせる。痛みは頭の働きを鈍らせる。

 

 ───しかし、もう慣れた。

 

 「そんな!?被弾してるのに、どうして止まらないの!?」

 

 痛みは心を弱らせる。痛みは決意を揺らがせる。痛みは諦めを抱かせる。

 

 ───そんなものに、この胸の想いは惑わされない。

 

 大事な事は飛ぶことだ。自分を信じ、提督を信じて飛ぶこと。ただ、それだけでいい。

 余計な疑念や戸惑いは、全てに邪魔になる。───躊躇ってはいけないッ!!

 

 「いいから撃ち続けなさい!!このままじゃッ!?」

 

 大井は戦艦の砲撃をギリギリで躱した。運命を分ける瞬間、勝ったのは大井であった。

 ほんの少しの気の迷い、判断と反応の遅れがあれば終わっていただろう。

 

 達観した様子の日向に対して、大井は悪鬼羅刹の如き表情そのままに魚雷を掴み掲げた。

 それを見上げた日向は一瞬目を見開いた後、迫り来る魚雷を見て静かに微笑んだ。

 

 「……ふむ。やはり瑞雲が足りなかったな」

 

 どこか満足げな日向に着弾。

 大破判定に追い込んで日向を戦線離脱させるも、満身創痍な大井は他の艦娘達によってなすすべもなく大破判定となった。

 

 この演習を見ていた大半の提督、それに随伴する艦娘の姿は多かった。

 娯楽も少なく、悪い話と噂ばかりが聞こえてくる世界。そんな中で突拍子もない事をやりだしたという面白い艦娘の噂は、多くの人間の興味をひきつけていたのだろう。

 どんな艦娘なのか、どんな戦いなのか。ひと目見てみようと大井の演習の日にはよく人が集まっていた。

 

 そして、その凄まじい光景に全員が言葉を失くしていた。

 ただの巡洋艦一隻が艦隊の前線を突破し、空母や戦艦を道連れにしていく。それがどれだけ無謀な行動であるのか、理解ができないものであるのか。ここに集まった者は提督艦娘を問わずにそれをよく知っていた。

 もし相手が多数の空母を中心に艦隊を編成すれば、大井は為す術もなく敗北している。アウトレンジから行われる開幕の大規模航空攻撃の前には、あの戦い方はまるで意味をなさない。大井の攻撃が届く前に、彼女は大破判定を受けるだろう。

 

 しかし、空母を多数編成できない提督にとっては、あの行動は悪夢に等しいものであった。

 

 砲弾の雨をかい潜り、駆逐や軽巡に見向きもせずに大物である大型軍艦へ襲いかかる。まるで夢を見ているかのような光景だ。異常な回避能力と戦闘継続能力、咄嗟の判断能力がどのように絡み合ってかあの戦果を生み出している。

 どう戦うべきかなのだろうか、あわよくば自分の艦隊にも戦い方を取り入れることは出来ないだろうかと考えていた提督達は、皆一様に首を横に振ったのであった。あれは大井でしかできないことであり、また対策も取りようがないと分かったからである。

 

 勿論、数の有利で最後には自分の艦隊が勝つ事ができる。あんな戦い方で沈められるのは一艦から三艦までが限界だろう。

 結局のところ、あの大井との戦いは戦果を上げるボーナスステージであることに変わりはない。勝率を上げることが可能なラッキーゲームのままだ。

 

 ただし、隣に立っている秘書艦の艦娘の顔が青ざめているのを見れば、そんな事を簡単に言えるはずがなく……。

 これからの勝利が随分と苦いものになってしまったと、提督たちは頭を痛めたのであった。

 

 そんなドンヨリとした空気の中、一人だけ目を輝かせている提督がいた。

 平均的な日本男児の身長に、大きなお腹と横幅。随分と恰幅が良い提督であった。

 その太い腕に握りこぶしを作り、歓喜に身体、いやお腹を震わせて演習場を見つめている。

 

 「んんwwいやーあそこの大井殿の戦いは心揺さぶられるものがありますなぁwww」

 

 デュフデュフと笑うデブな提督。奇妙な笑い声を上げながら満足げに頷く姿に、周囲の提督はやや距離を彼からおいている。

 しかしそんな彼の横に立っている提督の姿があった。やや頭部の戦況が著しくない提督だ。苦々しく演習場をずっと睨んでいたのだが、やがて重い溜息を吐き出して口を開く。

 

 「……何で顔ばっかり狙うのかねぇ。これまでの鬱憤が溜まりまくっているのかどうなのか」

 

 「いや、違いますなwww微妙に分かりづらいですがwww顔に向けて攻撃した後に、懐の下を潜るようにして爆発をある程度躱しているように見えますぞwww恐らくそのような動きをするために、なるべく上方で爆発させたいのでは?www」

 

 無意味に顔にやっているわけではないと安心したが、別の問題が発生してしまった。これからも、あの大井は顔面クラッシャーになるということだ。

 一体誰があんな事を入れ知恵したのだろうか。いや、考えうる限りでも一人しかいない。エロビデオを大声で叫んだり、自分の艦娘に抱きついたりするあの変態野郎。

 

 「……あれの指示か。適正民間試験の時から頭おかしいと思っていたが、いよいよ本性表してきやがったか。普通に考えても顔はねぇぞ顔は」

 

 「いやー、女の子の顔面にあれやれって命令するとか、普通に考えてもど外道だよね。普通に引くわー。ま、艦娘に罪はぬいwww」

 

 カラカラと楽しげに笑う姿に、呆れ顔になる薄毛提督。

 

 「お前はいいよなぁ、まだあいつと戦ったこと無いからそんな事を言えるんだ。俺があれをやられて塞ぎ込んだ扶桑姉妹のフォローに、どれだけ時間かかったと思うんだよ……」

 

 顔面魚雷をやった件については許す。

 真剣な戦いの中で、しっかりとした理由の下に行動したのであれば、そこに恨む理由は無い。それぐらいの事情は弁えている。

 

 だが、扶桑姉妹のフォローによるストレスで起こってしまった前髪の撤退に関しては絶対に許すつもりはない。ぜってぇ許さねぇ。

 ただでさえ最近は面倒くさいことが多く、いろいろ多忙な身であるというのに。楽勝だと思っていたあの演習で、ここまで毛根にダメージを負わされるとは思っても見なかった……。

 

 そんな苦悶する薄毛提督を見て、デブ提督は苦笑しながら演習場へと視線を戻した。

 

 「んー……wwwそりゃ大変だし、拙者の暁型姉妹艦という大天使達にそんなことされたらブチギレ不可避ですが……」

 

 拙者、そんなに怒れないんだよね。

 そうポツリと呟いたデブ提督に、薄毛提督は目を細める。

 

 「大井殿はイキイキとしておりますぞ。この前まで死んだ目をしていたのに」

 

 「……それは、まぁな」

 

 「あれをこんな風に元気にしたのは、あの提督なのでしょう?ま、やり方はエグいかもしれませんが、なんというか……嬉しいですなぁ」

 

 思い出すのは表情が抜け落ちた大井の顔。疲れ切り、気力が弱り、それが雰囲気として表れてしまっていた。

 

 別に珍しくもないだろう、やがて死んでいく死相を浮かべた艦娘、そして救われない艦娘の顔であった。

 ……いや、正確には違う。これまで幾度となく見捨ててしまった艦娘の顔だったのだ。

 

 心が壊れていく艦娘をたくさん見てきた。生きる希望を失った艦娘をたくさん見てきた。支援も物資も満足に受けられず、絶望に襲われながら沈んでいく艦娘をたくさん見てきた。

 彼女達が提督を信じたいと、信じさせてくれと心の悲鳴をあげる姿は今でも夢に出てくる地獄だ。

 

 どうして同じ人の形をした彼女達を、あそこまで無慈悲に扱えるのかがわからない。

 いろいろな理由や理屈が在ることは知っている。それをやっている連中が、元引きこもりニートオタクであった自分よりもずっと頭が良いことも解っている。

 悔しいことではあるが、自分よりもずっとマシな人生を歩んできた連中だ。もしかしたら、間違っているのは自分のほうかもしれない。

 

 それでも、それが正しいこととはどうしても思えなかった。

 

 助けたかった。その一言に尽きる。

 だが、正しいと思っても間違いを正す事ができる力が無かった。

 

 自分の夢見たヒーローなら、理想の存在なら彼女達を助けられていたかもしれない。

 しかしここにいる自分は、他の苦しんでいる艦娘に手を伸ばせる余裕と実力、立場もなかった。自分の下に来た駆逐艦四隻を守ることで精一杯だった。

 悍ましい光景、至らぬ自分への葛藤と歯がゆさ。その思いに苛まれたことは、両手で済む話ではない。

 

 そんな手を伸ばせなかった艦娘の一人が、ああして生き生きとした顔で戦っている。

 良かった、その思いが大きすぎて他の思いが霞んでしまう。

 

 「……良かったですなぁ。いや、本当に。あなたもそんなに怒れなかったのでは?」

 

 「……かもしれないな」

 

 「あの顔を見ると、手を伸ばしてあげられなかった他の艦娘達の顔を思い出しますなぁ……」

 

 「……それはやめろ。ストレスでハゲるだろうが」

 

 「……もう手遅れでは?」

 

 「……」

 

 「無言のチョークスリーパー!?やめて、それ以上はいけないwww」

 

 この二人の提督と同じ思いを感じていた提督は多いのだろう。演習場を見る提督達の目には、どこか安堵と喜びの色が見て取れた。

 

 しかし、それ以上に艦娘と向き合えなくなってしまった提督の数は多いのかもしれない。

 多くの轟沈を目撃し、体験すればするほどに、戦力という数でしか艦娘を見れない提督が増えていった。これからも過酷な現実から提督自身の精神を守るために、艦娘という存在を兵器として考える提督は増えていくことだろう。

 

 首が痛いと泣きそうになっているデブ提督。髪について言うなら絶対に許さないと鼻を鳴らす薄毛提督。

 彼ら二人はまだ、幸か不幸か轟沈を経験していない提督であった。失うことへの怖さがある。戦うことへの怖さがある。故にかつて無い恐ろしい戦いの幕開けをその肌で感じ、頭の何処かで察していたのだろう。

 薄毛提督が周囲を見渡すと、既に二人以外の提督の姿は消えていた。巻き込まれてしまっては面倒だと思ったのか、ただ単純に演習が終わったから帰ったのか。理由はどちらかは解らないがようやく本題に入れるだろうと、目線を顔が白くなってきたデブ提督に移す。

 

 「……近々、大規模な戦闘が行われるぞ」

 

 「……大規模、とは?いや、シリアスな話の前に離してくれませんかなwww意識が落ちそうwww」

 

 このまま絞め落としてやろうかとも思ったが、この巨体を部屋に運ぶのも大変な話である。

 しょうがないので手を離し、デブ提督が息を整え終わるのを待って話し出す。

 

 「ハワイオアフ島辺りに、深海凄艦の連中が集結しているらしい。数えるのも馬鹿らしいほどの数だそうだ」

 

 「おうふ、それは大変ですなwww……はい?拙者、そんな話聞いてないのですが」

 

 「駆逐艦四隻しかいない下級提督までは伝わっていない話の内容だ」

 

 「ムカっ!大破に定評がある扶桑姉妹、それも火力不足にしかならない航空戦艦仕様を二隻も有する中級提督はご存知なのですね」

 

 「別に煽ってるつもりはねぇっての。悪かったな。あとそれをうちの姉妹の前で言うなよ。泣くぞ、引きこもるぞ」

 

 「むぅ、それならうちの姉妹も気にするから言わないで欲しいでござるよ。みんな泣いちゃうwww泣いても可愛いですけどwww」

 

 ハワイオアフ島、真珠湾を中心に集まっていく深海棲艦の数は日に日に多くなっていっている。

 このまま事態を見過ごしてしまっては、疲弊した日本海軍と艦娘達ではいずれ対処できない状況に発展することは目に見えていた。

 それ故の先制攻撃。艦隊を集結させ、大規模な海域攻略作戦を司令部は考案している。

 

 そう伝えた薄毛提督の顔は暗い。同じく、デブ提督の顔色も悪い。

 艦隊を集結させるとは言うが、既に昔の海軍ほどの余力は残されていない。万全な戦力の集結ではなく、数合わせの寄せ集めも想像できていた。

 つまり、それは本来であればお声のかからないような提督まで参加を強制されるということ。

 

 「……え?もしかして自分程度の提督も?嘘でしょ?馬鹿なの?駆逐艦四隻しかないデブよ?」

 

 「口を慎めバカ。どこで聞かれてるか解らないんだぞ。……デブどころか、あの一隻しかない大井の提督も参加だろうよ」

 

 先ほどまで演習が行われていた海を顎で示す。その姿にデブ提督の額から汗が伝い落ちた。

 

 「……本気でござるかぁ?ただでさえ最近深海棲艦が強くなってきたとかいう、意味わからない絶望的な噂があるのに」

 

 「……その噂、噂で済まねぇぞ」

 

 連中、統率がとれてきやがった。

 

 薄毛提督のその一言に、デブ提督の目が見開かれた。

 喉が乾いて仕方がない。何だそれは。間違いであってくれと睨みつけてしまうが、首は横に振られるばかり。真実であると知って、思わず天を仰いだ。

 驚異的な数の深海棲艦による散発的な戦闘、ただそれだけで人類は海を失っている。ただ暴れられているだけで人類は既に瀕死であるというのに、深海棲艦は統率された動きまで見せ始めたと言われれば絶望しか見えない。

 

 「……数も多くて、その上知性まで芽生えてきたと?それなんて無理ゲー?」

 

 「まだわからねぇよ。だが、これまでとは違う動きに上は大騒ぎだ。今回の大集結も、それが原因じゃないかってな」

 

 一体一体の深海棲艦が知性を得たとは思えない。しかし、明らかに何かブレインがいる動きを行っている。無秩序な深海棲艦に、秩序的な動きをさせる何かが確実にある。

 そしてその問題が起こっている場所は恐らく───

 

 「ハワイオアフ島……ですかなぁ」

 

 「俺もそう見ているよ。上もまた同じだ」

 

 知性を得て、人類に牙を向いている。

 機械的な人類への殺意が、悪意ある人類への殺意に変貌を遂げようとしている。

 

 「……お前は、勝てると思うか」

 

 「んーwww勝つしか無いでしょうよwww」

 

 「そうか……。そうだな、そうだよな」

 

 「拙者はこんな国のためよりも、艦娘のために戦っていますからな。見捨てられた艦娘を見て心配して、次は我が身ではと怯える暁ちゃん達を見捨てられるほど人間やめておりませんwww勝つしかぬぇwww」

 

 「……俺はお前よりも前線で戦っているから言えるが、そういう奴から先に精神がイカれるか、艦娘と一緒に海の藻屑になるぞ」

 

 思い深い存在が沈んでいけば、心が次第に病んでいく。思い深い存在が死の危機に瀕しているのを見て、冷静な判断ができるものはごく僅かしない。

 優しい人間ほど、先に死んでいくのが戦場の習いである。ある意味で言えば、その結果が今の艦娘の人間性を軽視した海軍であると言ってもいい。

 軍が艦娘を兵器であると教え込むのは、数少ない提督がそうして死んでいってしまう、壊れていってしまうのを防ぐためでもあるのだ。

 

 「どうせ引きこもりニートとしてあの部屋で終わるはずだったこの命。可愛い小さな女の子のためになるやら何をおしみましょうかwwwどうせ帰っても親に合わせる顔もない、歓迎してもくれない。こんな体にこんなブサイクな顔、引きこもり歴のダブルパンチで軍以外にいけるところもない。ある意味無敵ですなこれwww」

 

 茶化すように笑ってはいるが、その目は覚悟を決めている。

 軍や国家に殉ずるのであれば、間違った決意だろう。しかし艦娘と共に戦うのであれば、それは正しい決意であった。

 

 「……俺の連合艦隊に来い、こき使ってやる。他のところじゃすぐ死ぬだろうが、俺のところなら無茶は少ないだろうよ」

 

 「……もっと有能な提督に声かければいいのでは?その方が扶桑姉妹の為にもなるでしょうに」

 

 「あんまり有能な艦隊になっても、前線に出撃させられて困るだろうよ」

 

 「……感謝ですなぁ。拙者を抱いてもいいですぞwww」

 

 デブ提督の頭を小突いて、歩き出す薄毛提督。

 そういう優しさを捨てきれないからあの頭なのだろうなぁ、そう思い至って苦笑しながら、デブ提督も後に続いて部屋を出ていった。

 

 彼らの姿を見送る人間はいない。しかし、妖精さんだけはそれを見ていた。キャッキャッと笑いながら、楽しそうに手をふって送り出す。

 ───たとえその姿が彼らに見えなくとも、妖精さんは常に提督の側に、艦娘の側にいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 

 「それで提督、このままでは限界があります。何かいい考えはありますか?」

 

 目の前には此方を睨んでくる大井。そして例のお茶。

 

 いつもどおりの作戦会議である。中に何が入っているのかわからないお茶を飲みながら、苦痛を感じる時間である。

 いやね、何も無いって言っても何故か信じてくれないのだ。仮にも自分の提督なのだから、もっとキミの提督は出来ないやつだと信じてくれてもいいではないか。

 既に五回ぐらい使い回されたお茶の出がらし並に、今の自分はありもしない考えを絞り出されようとしている。ハゲそう。

 

 しかしここで何も言わなければ、益々空気は淀んで胃は死んでいくだろう。何かないか、何かいい考えはないか。そう苦心する私の心に、一つの光が見えた。

 

 「……妖精さんにも羊羹あげるとかどう?」

 

 『やったー!』『かみこうりん!』『おちゃもおねがいします!』

 

 大喜びの妖精さん達を余所に、大井にじっとりとした目で睨まれた。……すぐに謝ったのは言うまでもない話である。辛い。

 

 出た言葉は既に戻らず。ノリ気の妖精さん達に負けてしまい、結果として行われた妖精さん達のお茶会は大盛況だった。見たこともないような妖精さんまでもが、どこからか集まってきてどんちゃん騒ぎである。おかげで私の財布は死んだ。泣きたい。

 

 やってしまった感に襲われて涙目になっていた私。

 そんな私の視界に、ほんの一瞬女神っぽい妖精が見えた気がした。思わず二度見をしてしまったが、もうその存在はどこにも確認できなかった。

 不思議な体験に首を傾げていたその後日、大井から「装備容量が不自然に減っている」と不審な顔で睨まれた。おかげで戦い辛くなったと嘆いていたが、私は何もしていないと訴える。

 

 信じてもらえなかった。昨日とは違って、そこは信じてくれてもいいのではないだろうか。胃が痛い……。




次回から、本当にイベント開始。
短編らしく、すぱっといきたいです。のんびり書いていこうと思います。

※6月6日
大井さんと提督を外した視点で四千字書いたあたりで、
これ、楽しくないなと思って大井さん提督視点で書くことを決意。
のんびり書いてます。

※6月23日
完成しました。あとは感想返してから投稿しようと思います。

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