続・君の名は。黄泉からの声・死霊の復讐
宮水三葉は、ずっと探していた人に会えていた。
ずっと会いたかった。
ずっと探していた。
もう7年になる。
東京に来て、どこかにいるはずの彼を、ずっと探していた。
そして、会えた。
「君の名は…」
その問いに、三葉はキスで応えていた。階段を駆けて抱きつくようにキスをしていた。
「ぅっ?! ……………」
いきなり初対面の女性からキスをされて、立花瀧は驚いたけれど、本当は初対面でないことも感じていたので、抱き返していた。三葉が嬉し涙を流しながら告げる。
「ああっ! ずっと会いたかったの!」
瀧も頷いた。
「ああ、オレも、ずっと君に会いたかった」
「嬉しい! 嬉しい! 会えて嬉しい! やっと、やっと会えた!!」
「オレも嬉しい、やっと会えて」
「これは夢じゃないよね?! もう消えたりしないよね?!」
そう言って三葉は力一杯に抱きしめて、願望が見せるまぼろしや、黄昏時のつかのまの奇跡でないことを確かめる。
「ああ、夢じゃないさ」
「うんっ! うん! 夢じゃない! もう離さないから!!」
またキスをして、それでも足りなくて何度もキスしているうちに、通りがかった通学中の女子高生たちに笑われた。
「きゃははは、朝から頑張りすぎだよね」
「いい歳して、人前でやんないでよ。ババァ」
「「………」」
笑われても三葉はキスを続けた。
そんなこと関係ない。
どれだけ、この人に会いたかったか。
ずっと、ずっと、会いたくて、探していたんだから。
嬉し涙を零しながら三葉はキスを深くしていく。三葉の舌が瀧の口内に入ってきた。
「………」
「………」
二人とも初めてのキスだったけれど、想いの強さにまかせて路上でディープキスをしていく。そのうちにキスだけで満たされなくなって、三葉の手が瀧のネクタイをゆるめ、カッターシャツのボタンを外すと、男の首筋から胸元へとキスをした。
「ちょっ……待ってくれ。そこまで…」
「ヤダ、もう待てない! 何年、待ったと思ってるの?! 7年だよ!」
「…7年……」
瀧にとっては4年だったけれど、三葉にとっては7年だった。17歳の頃から7年、ずっと会いたくて、大学でも周囲が彼氏をつくっても、みんなが処女を卒業しても、三葉は待ち続けたし探し続けていた。今年で24歳になる。三葉は出産適齢期の本能的衝動のままに、肌を重ね合いたくて自分も通勤着を半脱ぎになると、瀧に抱きついた。そこまでされると男も本能に火がついて止まらなくなる。夢中で抱き合い、想いを果たした。
「…ハァ…ハァ…」
「ハァ…ハァ…」
「君たち、ちょっといいかな?」
巡回中の警察官が二人に声をかけてきた。
「朝から元気だねぇ」
「「………す…すみません」」
「駅前にホテルもあるから。そっちでやってもらえるかな」
恥ずかしそうに着衣を直しながら素直に謝る二人へ痴情聴取するのも面倒なので警察官は道の先にあるホテルを指した。
「次、同じことをしたら逮捕するからね」
「はい、すみませんでした。行こう」
「え……あ……」
瀧は手を引かれてホテルに入ると、ベッドに押し倒された。三葉は7年分の想いを一日で取り戻すように抱いて、抱かれて、昼過ぎになって無断欠勤した会社から電話が入り、風邪を引いたことにした。瀧も二次面接へ行く予定だった会社のことを思い出したけれど、もう諦めた。今は目の前の人が何よりも大切だった。
「私、宮水三葉」
「オレは立花瀧だよ」
お互いに思い出せなかった名前を確かめ合って、また抱き合い、夕方になって二人とも疲れ果てて眠った。
三葉は夢を見た。
お母さん?
お母さん、どうして、そんな困った顔をしているの?
三葉、なんてことをしたの…
お母さん?
彼に会ってはいけなかったのよ
どうして?
彼は三葉が死んでしまったから助けてくれたのよ
だから、会って、お礼を…
会うはずのない二人が会ったことで世界の糸はほつれ、黄泉との境が乱れるわ
ほつれ……黄泉との…
三葉は目が覚めた。
「………」
薄暗いホテルの部屋が見える。すぐそばには瀧も眠っていてくれた。時計を見ると午前2時50分だった。
「………」
瀧を起こさないようにベッドから立ち上がると、静かに冷蔵庫を開けて、一口ほどペットボトルの水を飲んだ。それから化粧が、どうなっているか気になって洗面台の方へ歩いた。洗面台の鏡で自分の顔を見ようとして背後に気配を感じた。
「…………ん?」
振り返ったけれど、何もない壁だった。それでまた鏡を見て三葉は震え上がった。
「ひぃっ…」
鏡には血まみれの自分が映っていて身体が半分潰れていた。まるで隕石の直撃を受けて潰れて焼けたような無惨な姿で、それなのに睨むように目だけがギラついている。
(…許さない……自分だけ幸せになろうなんて……絶対に、許さない……私は死んだのに……呪ってやる…)
頭の中に声が響いてきて、三葉は恐ろしさのあまり。おしっこを漏らした。
ジョわぁぁ…
黄色い小さな滝が流れ落ちて、足元に黄色い小さな泉ができる。
「ひぃっ…ひぃぃ……」
(…許さないから…)
(…痛い……痛いよ、お姉ちゃん……助けて……死にたくない……死にたくないよ…)
当時10歳だった妹の苦しむ声まで頭に響いてくる。
ズルっ…
小さな女児の血まみれの手が三葉の首筋に触れた気がする。
「ひぃ……」
「どうかした?」
瀧の声がして照明をつけてくれた。鏡に映っていた血まみれの自分が消えて、化粧の乱れた自分が見えた。三葉は腰が抜けて座り込む。
ぴちゃっ!
黄色い泉が水音を立てた。
「…ハァ……ハァ……」
「大丈夫か?」
「……ハァ……」
三葉がブルっと身震いすると、瀧は床に拡がっている水たまりに気づいた。
「おしっこ、したの?」
「っ……ヤダ……こっち見ないで!」
恐ろしさが急激に恥ずかしさに変わって三葉は叫んだ。さらに、今朝からの行動も猛烈に恥ずかしくなってくる。ずっと会いたかったけれど、もう会えないのかもしれないと想っていた男に会えた嬉しさで、無我夢中で処女を卒業したけれど、思い返すと、ありえないほど恥ずかしかった。
「うぅっ……こっち見ないでよ」
裸なのも恥ずかしいし、お尻のまわりが濡れているのは、もっと恥ずかしい。三葉が恥ずかしがって真っ赤になっているので瀧はバスタオルを三葉の肩にかけてから、ベッドへ戻ってくれた。三葉は床をタオルで拭いてから、シャワーを浴びて、備え付けのメイク落としも使うと、髪を洗うのはシャンプーが安物そうなのでやめた。
「……はぁ……やっと会えた日に、おもらしなんて……忘れてほしいなぁ……」
つぶやいて目線が自然と、メイクが落ちきっているか確かめるために鏡へ向かった。
「…………」
鏡は普通に自分を映している。けれど、なんだか嫌な気配がする。後ろを振り返り、また何もなかったので、恐る恐る前を見る。
「……はぁぁ…やっぱり気のせいか…」
バスタオルで身体を拭いてから備え付けのバスローブを着ると、瀧が待っているベッドに戻った。
「ねぇ、ケータイ番号、交換しよ」
「あ、うん。そうだな。……なんか、色々と後先が逆になった気がするけど…」
携帯電話の番号だけでなく、お互いの住所や勤め先、大学などの個人情報も交換して、もう二度と離れないようにすると、また抱き合いたくなった。そっと、今度こそ男からバスローブを脱がそうとする。脱がされそうになって三葉は昨朝から忘れていた恥ずかしさが急に燃え上がってきて7年間も想い続けていたけれど、会ったばかりの男性に裸を見られるのが恥ずかしすぎて、お願いする。
「明るいままじゃヤダよ」
「あ、ごめん。じゃあ…」
瀧はベッドサイドの操作パネルを慣れないながらも触って部屋を暗くした。
「これでいい?」
「うん。………」
薄暗くなると、三葉は恥ずかしさはおさまったけれど、今度は怖さが再燃してきた。部屋の隅の暗闇に何かがいるような気がして、そちらを見るのが怖い。その暗闇から何かが近づいてくる気がする。
ぞわっ…
三葉は鳥肌が立ち、瀧に頼む。
「ごめん! やっぱり明るくして!」
「え……」
「やっぱり暗いのイヤだから。ごめんなさい」
「わかったよ、じゃあ」
部屋が明るくなると、三葉は再び恥ずかしさを感じて脱がされかけだったバスローブを着る。
「……ぅ~……」
「……。もうイヤなら、いいけど…」
「ううん、そうじゃないの。……でも、こんなに明るくて見られるのは恥ずかしいし……暗いのもイヤだから……、目隠ししていい?」
「……オレに?」
「うん」
「…………いいけど…」
「じゃあ、これで」
三葉はバスローブの帯で瀧に目隠しした。
「どう? 見える?」
「見えないよ、ぜんぜん」
いきなり目隠しプレイか、と瀧は昨朝から、いきなりなことが多いなと思いつつも応じる。相手が目隠ししてくれると、三葉は恥ずかしさが消え、逆に積極的になった。見えないので動けない瀧へキスをして、そのキスをゆっくりと首筋や男の胸へ、さげていく。三葉の舌がヘソを舐めてくると、瀧は身もだえした。
「く、くすぐったいって…」
「フフ、瀧くん、かわいい」
まだ大学生で21歳の昨日まで童貞だった瀧へキスを続けて、抱き合ってから、さすがに二日続けて欠勤するのはやめて、ちゃんと出勤した。
前日の無断欠勤で溜まった仕事を終えてアパートに帰った三葉は、スマフォで瀧と会話しながら、コンビニで買ったスパゲティーを夕食にしていた。
「そっか。就職活動、大変なんだね。昨日は、ごめんなさい。一社、ダメにしちゃって」
「いいよ、どうせ、ダメだったろうし」
瀧の方はエントリーシートを書きながら話している。
「あ~、いちいち履歴書を書くのめんどいなぁ」
「うん、めんどいよね」
「三葉さんは何社くらい受けた?」
「39社目で、いまの会社に決まったよ。その後のも申し込みはしてたから、行くだけ行ったけど、全部落ちた」
「そうかぁ……やっぱり、そのくらいの確率かぁ」
「社会人になってから聴くけど、やっぱり履歴書から感じる印象って大事らしいよ。会社によっては、その印象だけで分類して受からせる気がある学生だけグループにして集めて、あとは受けさせるだけ受けさせたり、人事課の新人が面接官の練習するのに、練習台として使われたりって」
「ひでぇなぁ……受からせる気がないなら集めるなよぉ」
「けど、練習台グループからも一人、二人くらいは、よさそうな人を二次面接に進めることもあるから、やっぱり頑張るしかないよ」
「そうだな。サンキュー、参考になったよ。そろそろ話ながら書くのやめて、集中して書くから、切るよ」
「あ、うん。また、明日ね」
「ああ、また明日」
会話を終了させた。
「…………」
急に室内が静かになり、一人暮らしの淋しさを実感した。
「………はぁ……」
食べ終わったスパゲティーの器をゴミ箱に捨てると、ベッドに寝転がった。
「…………淋しいなぁ……いっしょに暮らしたいなぁ……いきなり過ぎかなぁ……」
寝転がったままストッキングを脱いで下着姿になった。
「…………………」
部屋にテレビは置いていない。女子大生だった頃にNHKからの訪問が嫌でテレビは処分して、スマフォもTVチューナーのない機種を愛用している。おかげで静かさが身にしみる。
「…………お風呂、入ろう」
このまま寝てしまうと朝が大変なので入浴することにした。お湯を貯めて、一人で湯船に浸かる。
「………………」
いつもより静かさを痛いくらい感じる。
「……はぁ……淋しいなぁ……」
淋しいというより、なんだか怖くなってきた。怖いので、つい一人言を漏らしている。
「…………明日は、会いたいなぁ……仕事、終わってから……」
ガチャガチャ!
「っ?!」
すぐそばで物音がして三葉は湯船から飛び揚がった。
「な…なによ……、な、なんだ、歯ブラシが落ちただけか……はぁぁ……びっくりした」
吸盤でバスルームの壁へ貼りつけてある歯ブラシ入れごと歯ブラシが落ちただけだった。落ちた歯ブラシを拾って洗い、歯を磨く。
「……………」
なんだか、怖い。何かが部屋にいるような気がする。歯磨きを終えて髪を洗うと、余計に怖い。背後に何かがいるような気がして、温かいのに寒気がする。
「…………」
三葉はカミソリで腋を剃ると、鏡を見ないようにしてバスルームから揚がった。ノーブラで白いショーツだけ着けてパジャマを着た。
「………はぁ……サヤチンにでも電話してみようかなぁ」
やや遅い時間だったけれど、誰かと話したくて名取早耶香へ連絡を取った。
「ごめん、サヤチン、寝てた?」
「うん、まあね。寝ようとしたとこ。でも、いいよ、どうかした?」
同じく東京に出ている早耶香は寝ていたところを起きて会話してくれた。
「私ねぇ、彼氏できたよ!」
「よかったね! おめでとう!」
ずっと彼氏ができず、できないんじゃない、つくらないの、と主張しながら24歳になった友達を心配していた早耶香が眠気を忘れて祝ってくれる。その話で盛り上がって2時間ほど話して、さすがに早耶香が明日もお互い仕事だからと通話を終了させた。
「…………フフ……サヤチンも結婚するし……私も近いうちに……あんまり焦ると瀧くん引くかなぁ……3歳も年上だと……瀧くんが27のときには、私は30か……来年には結婚したいなぁ……」
スマフォ画面の時刻を見ると午前2時50分だった。
「そろそろ寝よう」
さすがに眠るために電灯を消した。
「……………つけたまま、寝よ」
暗くなるとベッドの下に何かがいるような気がして怖くなったので、電灯をつけたまま布団に潜った。
「…………」
怖い。明るくて寝にくい上に、なんだか怖い。一人暮らしの静かな部屋に何かがいるような気がする。
「………」
そっと三葉は布団から起き上がって、部屋の中を見回す。いつも通り、それほど整頓されてもいないけれど、足の踏み場がないほどではない、雑然とした部屋の中だった。
「…………怖いと思うから、怖いんだよ、うん。なんでもない、なんでもない!」
そう言って再び布団に潜り込もうとしたときだった。
バラバラっ!
化粧品が棚から何個も落ちて音を立てた。
「ひっ?!」
驚いて見ると、何もないし、何もいない。なのに、いくつも化粧品が落ちていた。
「……な……なによ……なにか……いるの……」
気配はする。背後に何かいる気がする。けれど、怖くて振り返ることができない。
ぞわぞわっ…
何かに両肩をつかまれた。
「っ! ……」
つかまれた肩を見ると、血まみれの自分の手があった。血まみれで潰れていても、自分の手なので見覚えがあってわかる。
「ィ…ぃああああ!」
三葉はベッドから転がり落ちて、そのまま這うようにして部屋を出る。パジャマのまま、靴を手に持って外へ転がり出た。
「ハァっ…ハァっ…ハァっ…」
三葉はコンクリートの通路に座り込んで、飛び出してきた部屋のドアを見る。
キィ…
そのドアを押し開いて、血まみれの三葉が三葉を追ってきた。
「ひっ、ひいいい!」
三葉は座り込んだ姿勢のまま手足で後退って逃げる。
(…許さない…)
「わうあわはわわあ!」
もう恐怖のあまり言葉がでなくなって意味不明な声を漏らしながら、三葉はアパートの階段を素足で転がるように降りると、手に持っていた靴を履いて逃げる。
「ハァハァハァ!」
暗い夜道を必死に走り、ときおり振り返ると、血まみれの三葉が追ってきているのが見えた。血まみれの三葉は身体が半分は潰れていて、片脚がありえない形をしているのに、必死で逃げる三葉を宙に浮いているような速度で追ってくる。逃げても逃げても追ってくる。
「ハァハァ! サ、サヤチンに…」
(…私も死んだよ…)
血まみれで上半身だけの早耶香が角を曲がったところにいたので、三葉は転びながら逃げる方向を変える。
テケテケ…
上半身だけの早耶香は手だけで走って追ってくる。さらに物陰から血まみれの死体が次々と溢れてきた。
(…宮水…)
(…宮水さん…)
早耶香だけでなく高校のクラスメートたちや糸守町の町民たちまで無惨な死体となった姿で三葉を追ってきた。
「ひぃひぃ! ハァハァ! ヤダヤダ! 助けて! 誰か助けて!」
三葉は混乱しながらも助けを求めるために勅使河原克彦のマンションを目指した。克彦は東京に出てきたとき、三葉と早耶香の住まいから中間地点あたりに親から不動産投資も兼ねたマンションを買ってもらっていたので、そこを目指して逃げた。
「ハァハァハァ! た、助けて、テッシー!」
マンションのエレベーターに乗り込もうとしたけれど、待っている時間に追いつかれそうで、三葉は階段を駆け上がって、克彦の部屋のドアを必死に叩いた。
「助けて!! 助けて!!」
夜中に連絡もなく訪れたけれど、恐慌した三葉の声を聴いて克彦はドアを開けてくれた。
「どうしたんだよ? 三葉」
「た、助けて! お化けが!!」
すがりついて克彦に説明しようとしたのに、その克彦の頭が半分しか無かったので、三葉は腰を抜かして、おしっこを漏らした。
チョロチョロ…
三葉のパジャマの股間が濡れて、小さな黄色い泉をつくった。
「おい、三葉? 大丈夫か?」
「ひぃっ………」
怯えて身を固くしたけれど、克彦は心配して三葉の肩を撫でてくれる。その頭は半分ではなくて、いつもの克彦だった。
「……テッシー? 生きてるの?」
「は? 三葉、そんなカッコで、どうしたんだよ?」
「ぉ、お化け! お化けが!」
三葉は階段の方を指したけれど、何もいない。
「…ハァ……ハァ……」
「何もいないぞ」
「……ハァ……」
「………」
克彦は三葉がパジャマを濡らして、おもらししているのに気づいた。コンクリートの通路に手のひら大ほどの黄色い泉もできている。
「そんなに怖かったのか……とりあえず、中に入れよ」
「ぅっ…ぅうっ! 怖かったの! 怖かったよぉ! うえええん!」
三葉に抱きついて泣かれると、克彦は自分のパジャマまで濡れたけれど、それを気にせず抱き返して背中を撫でた。
「そうか、嫌な夢でも見たんだろう。かわいそうにな」
隕石が落下した7年前、奇跡的に誰もが無事だったものの、自宅も神社も吹き飛んだ三葉が今になって悪夢を見ることもあるかもしれないと、腰を抜かしてるのを立たせてやってバスルームへ案内した。
「ぐすっ……ひっく…」
「シャワーでも浴びて落ち着けよ。洗濯乾燥機も使っていいから」
「うんっ…ありがとう…」
礼を言って濡らしたパジャマと下着を脱ごうとすると、克彦は赤面しつつ脱衣所を出て行く。その袖を三葉がつかんだ。
「ここにいて」
「……け、けど……」
「一人にしないで。目を閉じて、そこにいて」
「………わかったよ」
信用されている嬉しさもあって克彦は目を閉じて、三葉が脱衣するのを待ち、パジャマと下着が洗濯乾燥機へ入れられる音がしたので教える。
「そこの洗剤を入れて、オレンジ色のボタンだけ押せばいいから」
「うん、ありがとう。ぐすっ…シャワーもかりるね」
三葉はバスルームへ入りつつ、克彦に頼む。
「そこにいて。少しだけ開けておくけど、こっちを見ないでね」
「……わかった…」
三葉はバスルームの扉を5センチほど開けたまま、下半身だけシャワーで流して、それから恥ずかしそうに脱衣所へ戻ると、バスタオルも借りて腰に巻いた。
「もういいよ、ごめん。ありがとう」
「お…おう…。何か飲むか? 酒は、もう時間的にあれだし……紅茶でも」
そろそろ日が昇るかもしれない、缶ビールより紅茶かコーヒーという時刻だった。
「うん、紅茶をお願い」
「おう」
克彦は紅茶を淹れる。克彦が住んでいるマンションは勅使河原建設の不動産事業部が購入して、半分は東京支部の事務所として使っているので広さは三葉のアパートの5倍はあった。大きな冷蔵庫から、ミネラルウォーターを出すとIHヒーターで熱湯をつくり、三葉と自分の分を淹れた。
「ほら」
「ありがとう」
三葉はリビングのソファに座り、淹れてもらった紅茶を飲むと少し落ち着いた。それでも怖いので、なるべく克彦に近づいて座っている。
「………」
「………」
この状況、オレが婚約してなかったら、きっと押し倒したな、と克彦は自制心を保ちつつ三葉の顔を見る。まるで怖い映画を見た後の子供のように三葉は袖をつかんで離れないようにしている。三葉の肩を抱いたら、自制心を失いそうなので克彦は動かずに紅茶をすすった。もう5時過ぎで、これから寝るのも中途半端な時刻であり、また出勤の準備は、まだしなくていい頃合いだった。
「………」
「………」
三葉の頭がふらりと克彦の肩に重さを預けてきた。
「っ…三葉? ……なんだ……寝てるのか……」
安心したら眠くなったのか、子供ように寝ている。克彦は起こさないように、そのまま座っているうちに、自分も眠くなって座ったまま眠った。