続・君の名は。黄泉からの声・死霊の復讐   作:高尾のり子

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第4話

 

 三葉と早耶香はラブホテルのSM部屋に入ると、その雰囲気に圧倒されていた。

「「……こういう部屋なんだ……」」

 通常のラブホテル同様にベッドもあるけれど、壁の棚には鞭やロウソクなど、いろいろな道具があるし、大きな三角形の木馬や、手足を拘束するための枷や鎖が吊されている。その鎖をつなぐためのフックや錠も天井から吊られていたり、壁に固定されていたりする。怖さを演出するためなのか、血のりがついた斧や剣まであった。

「……これって本物の血? じゃないよね……」

 恐る恐る三葉が触ると、血のりはペンキっぽかった。それでも雰囲気的に怖いので三葉は一縷の望みをかけて早耶香に言ってみる。

「な…長旅で疲れたし、早めに寝ようか」

「………。ふーん……もう反省する気はないんだ?」

 同じく部屋の雰囲気に圧倒されていた早耶香が急に部屋の雰囲気にマッチした冷たい声で言ってきた。もともと、代々美声で姉は役場の放送係をしているくらいなので早耶香の声も美しい。けれど、その声が冷たい響きを帯びると、恐ろしい迫力があった。三葉は身を縮めて頭を下げる。

「ぃ…いえ……反省します」

「そうよね。まだ反省、足りてないよね」

「……はい…」

「とりあえず、あなたは、おしっこ臭いからシャワーを浴びてきなさい」

「うぅっ…」

 小水で濡らしてしまった股間は乾いてきたけれど、時間が経って匂いが強くなってきているし、室内に入った分だけ、臭いのはわかるけれど、はっきり言われて心に刺さった。とはいえ、早くシャワーを浴びたいのは事実なのでガラス張りのバスルームへ入る。バスルームは洗い場が広くて、湯船も大きい。三葉は裸になると、おしっこで汚してしまったズボンと下着も手桶に入れて、お湯で手洗いする。そうして干しておかないと、明日朝に着る服がないので、その作業は早耶香も優しく手伝ってくれた。

「干しておいてあげるから、シャワー浴びてきなさい」

「はい。………ありがとう…ございます」

「強く絞っても大丈夫な生地?」

「うん、お願い」

「濡れたまま歩いてたんだから、風邪ひかないように、しっかり温まってね」

 早耶香は受け取った衣類を洗面台で絞ると、ハンガーに干す。洗面台にも血のりがペンキで装飾されていたし、ハンガーも悪趣味なドクロなどが意匠されていた。それでもホテル客室としての機能は満たしているので、女性らしく明日のために衣類を準備して、絞りきれなくてポタポタと落ちる水滴を受け止めるために備え付けのハンドタオルを下に置いた。

「さてと、こういう鞭って痛いのかな」

 早耶香は鞭を触ってみる。鞭はビニール袋に入っていた。

「買い取り3500円か……そりゃそうよね、前の人が使ったのを使いたくないから」

 他の道具類や木馬なども見ていく。

「これって、どうやって使うのかな……あ、注意書きがある。消毒用のアルコールも置いてあるんだ。ふーん……面白そう。布団叩きより、ずっと楽しそう」

 だんだん早耶香はテンションがあがってきた。ガラスの向こうで三葉は身体と髪も洗っている。

「手足は、これで動けなくするのね。仮面とコスプレもある。仮面は800円、目隠しは500円、コスプレは1万2000円かぁ……SMプレイ初心者への手引き書まであるんだ」

 早耶香はペラペラと手引き書を読んだ。

「相手の身体を傷つけないように。傷害、殺人などの結果によって警察の捜査など、当ホテルの営業を妨げたときは、相応の賠償金を請求します、か。当然ね」

 不動産系の会社に就職している早耶香は、条件や安全についての手引きに頷き、そしてソフトなプレイについての心構えも学習してみる。

「ふーん……叩き方によって気持ちよさも変わるんだ……っていうか、叩かれて気持ちよくなったら、そこが入口……。布団叩きの痕は…」

 早耶香はガラスの向こうにある三葉のお尻を見た。

「まだ残ってる……痛そう。あれは100%で叩いたときのね」

 何度も叩いたうち、全力で叩いた一回の痕だけは、まだ残っていた。三葉も視線を感じたのか、こちらを見て、お尻を撫でてから湯船に入っている。早耶香は室内のだいたいを把握したので仮面をビニール袋から出して顔につけた。そして、鞭もビニール袋から出す。

「コスプレは高くつくし、このままでいいかな」

 黒のレザー製ハイレグカットの衣装を身につけるのはやめた。右手にもった鞭で自分の左手のひらを叩いてみる。

 パシっ…

 鞭は30センチほどの棒状の硬いゴムの先に小判ほどの平べったい殴打部がシリコン製で形成されていて、布団叩きと違って面で打つようになっている。手のひらに独特の痛みが走った。

「こういう痛さなんだ……手加減すれば気持ちいいかもね。思いっきり叩いたら暴力以外のなにものでもないけど」

「お先です」

 三葉が揚がってきた。早耶香が故意に脱衣所へ備え付けられていたバスローブを持ってきてベッドの上に置いたので、三葉はバスタオルを身体に巻いただけの姿だった。

「…そ……そんな仮面つけてちゃ……怖いよ、サヤチン」

「……………」

 早耶香がつけている仮面は表情もなく性別も中立的な顔立ちの造りで、右半分は白色、左半分は黒色に塗装され、三葉から見えるのは早耶香の瞳だけなので、どんな顔をしているのか、わからない。長年の親友とはいえ、表情が見えないとコミュニケーションが成立しにくくて、それが余計に怖い。早耶香が思いっきり全力で鞭を振って木馬を叩いた。

 ピュッ! パシィィン!!!

 布団叩きとは比べものにならない派手な音がする。鞭の先端にあるシリコン製の殴打部は折り返しての二重構造になっているので叩いたとき空気を含み、威力のわりに派手な音がする仕組みだった。

「ひっ……」

 ものすごく痛そうな音がしたので三葉はお尻が寒くなった。

「あ……あのね……サヤチン……、まだ、お尻、痛いの……反省してるけど……全力で叩くのは……勘弁してください」

「……………」

「本当に、ごめんなさい。私が悪かったのは、よくわかってるから」

「……………」

 意図的に早耶香が無言でいると、また三葉は土下座して謝る。

「申し訳ありませんでした。どうか、許してください」

「……………」

 早耶香は無言のまま土下座している三葉のお尻を鞭の先端で撫でた。

「ひぅ……」

 三葉が身震いする。バスタオルを身体に巻いただけの姿だったので土下座すると、お尻が丸出しになっている。激痛への恐れがお尻から背筋、頭まで登ってくる。早耶香は鞭の先端で三葉のお尻を撫でながら冷たい声で問う。

「まず、あなたは何をして私を怒らせているか、もう一度、自分の口で語りなさい」

「は…はい……わ、…私はサヤチンが婚約しているテッシーの部屋へ夜中におしかけました」

「それだけ?」

「い、いえ。……それで、……いっしょに寝ていました……お化けが出て怖かったから」

「どんなカッコで寝ていたの?」

「…………上のパジャマだけ……でした」

「あなたも彼氏ができたわよね。その彼氏と、これから交際していって婚約までいったとして、そんな時期に下半身裸のはしたない女が彼氏の部屋で二人で寝ていたら、どんな気持ちになるの?」

「っ……すごく……悲しいです」

「それだけ?」

「……怒ります……」

「どのくらい怒るの?」

「………とても、とても怒ります………想像がつかないくらい怒ります……ごめんなさい」

「顔をあげなさい」

「…はい…」

 土下座したまま答えていた三葉が頭をあげ、早耶香は三葉の目を見ながら、鞭の先端で三葉の頬や顎を撫でた。すでに三葉は涙を零していた。怖いのと、早耶香へ悪いことをしたという気持ちから泣いて謝っている。

「ううっ……本当に、ごめんなさい。やましい気持ちはありませんでした。どうか、信じてください」

「やましい気持ちねぇ……あなた、ずっと処女だったけど実はエロい女でしょ? 正直に答えなさい。大学生になってから一人暮らしで、よくオナニーしていたでしょ」

「……はい…」

 三葉が目をそらして認めた。

「どんなオナニーしているの? 答えなさい」

「………、サヤチンも知ってる通り……です」

 大学3年生だった頃に、三葉の部屋へレポートを忘れた早耶香がバイト帰りに急いで取りに行ったとき、ついノックもせずにドアを開けてしまい、三葉の自慰行為を目撃したことがあった。そのとき、三葉は糸守高校の女子制服を着て、机の角に股間を押しつけながら枕を抱いていた。抱いた枕にキスをしながら、会いたい、大好き、などと言いつつ息を乱して腰を動かしていたので一目瞭然だった。目撃した早耶香は謝ってレポートだけ受け取って立ち去っていたけれど、ずっと大きな疑問が残っている。なぜ、制服姿だったのか、どういう性癖があるのか、この際、訊いてみたかった。

「あなた、制服を着てオナニーするのが好きなの? 今でも土日になると制服で都内をうろうろするよね? あれもオナニー前の遊びなの?」

「ううっ……違うもん……、あれは運命の人を探すために、もし出会ったとき、私だってわかってもらうために制服を着てるんだもん」

「………」

 やっぱり、こいつ重症だ、と早耶香は思ったけれど、仮面をつけているので三葉には表情が読み取れない。

「そんなこと、ずっと言ってるね。そういえば、できた彼氏と出会ったときも制服だったの?」

「ううん、会社に行くところだったから、通勤用の服だったよ」

「……よかったね、その服で」

「ぅぅ……自分でも、そろそろ無理あるかなって、わかってたもん」

「大学生の頃なんか、ほとんど毎日、制服でうろちょろしてたよね。あれ、性癖なの?」

「違うもん。講義が終わってから、都内のいろんな高校を訪ねて回ってたの。私の運命の人は高校生のはずだから、きっと東京のどこかにいるはずだから、諦めないで探してたの」

「で、そのうちに制服でオナニーする癖がついたと?」

「…………結果的に、そうだけど……夜まで探し回って見つからなくて部屋に帰ったとき、すごく淋しくて、つい……だから、別に制服を着て、するのが好きなわけじゃないから誤解しないで」

「ってことは探し回った日は、だいたい帰ってオナニーしてたのね? どうなの、正直に答えなさい」

「……はい…してました…」

「そんな欲求不満の塊みたいな状態で克彦の部屋で寝るなんて……」

「ううっ……そこは、違います。あのとき、もうタキくんと再会してたから欲求不満じゃなかったもん」

「ふーん………で、結局、その彼氏が、ずっと探してた運命の人って認識なんだ?」

「うん!」

 嬉しそうに三葉が肯定したので早耶香は鞭を振った。

 ピュッ!

 空振りの音が響く。

「その彼氏にさ、克彦の部屋で寝たことは言ったけど、下半身裸だったことは言ってないよね。言ってみようか?」

「っ! お願い!! やめて!! やめてください!! 私が悪かったです!! ごめんなさいごめんなさい!」

 また三葉が土下座するので、早耶香は鞭の持ち手部分を三葉へ向けた。

「どのくらい悪いと思ってるか、自分で自分のお尻を叩いて誠意を見せなさい」

「……はい…」

 三葉は鞭を受け取ると、立ち上がって自分のお尻を叩いてみる。

 ピュッ! ピシッ…

 鞭の長さは30センチくらいなので自分を叩けなくはないけれど、肘と手首の捻りだけで叩くことになり、あまり強く叩くことはできない。それでも鞭らしく、そこそこには痛い。

「…………叩きました」

「一発で、終わりなの?」

「いえ!」

 ピュッ! ピシッ…

「…ぅぅ…」

 呻くほど痛いわけではないけれど、一応、少し呻いてみせた。

 ピュッ! ピシッ… ピュッ! ピシッ…

「……ぅ………ぅ……」

「……………」

 早耶香は腕組みして三葉が自分を叩いているのを見ている。仮面のおかげで表情が見えず、三葉は満足してもらえるまで自分を叩こうと頑張るけれど、お尻の痛さより叩いている腕と背中が攣りそうになってくる。もっと強く叩こうとするほど、攣りそうになる。

 ピュッ! ピシッ…

「…ぅ……」

「面白くないわね」

「……ごめんなさい…………手が攣りそうなんです……叩いてください」

 三葉が恐る恐る鞭を差し出してくる。

「私に叩いてほしいの?」

「………はい……お願いします」

「本当にいいの? ものすごく痛くて泣き叫ぶかもしれないよ? ここはアパートじゃないから、どんな大きな声を出してもいいから、手加減しないかもしれないよ? それとも、手加減してほしい?」

「………………少しだけ……手加減してください」

「…………」

 あえて無言で早耶香は鞭を受け取った。三葉は叩かれるために少し前屈みになってお尻を出すけれど、早耶香は木馬を指した。

「あれに跨りなさい」

「……あれに……」

「その前に、これで拭いてから」

 早耶香は備え付けのアルコール消毒剤と使い捨て紙ナプキンを三葉に渡した。二人とも女子として、こういう誰が泊まったかわからない場所は見た目はキレイでも不安がある。公衆便所の便座に座る前にアルコールで拭きたくなるのと同じように、大切な処があたる部分は、しっかりと消毒したい。怒っていても配慮してくれる早耶香に感謝しつつ三葉は木馬を入念にアルコールで拭いてから、命令に従って跨った。

「……これでいいですか?」

 木馬は三角形をしているけれど、さすがに先端部は丸くなっていて跨っても痛くはない。素材も表面はラバー製で柔らかみがあり、本物の拷問道具ではなくて、やはりプレイ用のソフトな物だった。

「痛みとか、大丈夫?」

「うん……痛くはないよ……こんなカッコ、すごく恥ずかしくてイヤだけど……」

 強制的に脚を開いたままで閉じられないというのは、たとえ見ているのが早耶香しかいないとしても強烈に恥ずかしかった。女性の体格に合わせて設計されているようで、三葉の身長だと爪先立ちになると木馬の先端部から股間が離れるけれど、普通に立つとピッタリと股間に先端部があたってくる。しかもラバー製の先端部は小さなコブがいくつも造形されていて刺激的だった。

「まず足首を固定するね」

「……はい…」

 三葉は足首を木馬の台座に付属していた足枷で固定された。これで一歩も動けなくなる。

「次に手首をかして」

「………はい」

 三葉は諦めて素直に両手を拘束される。手枷をされて鎖で天井へつながれると、両腕をYの字に大きく挙げた状態で動かせなくなった。

「ついでだから首輪もしようか」

「………ぅぅ……お尻叩きだけじゃないの?」

「もちろん、お尻叩きもしてあげるよ」

 そう言って首輪をはめると、やや前へ引っ張るように木馬の前部へ固定される。おかげで股間が強く木馬の先端部に押しつけられて離せなくなった。三葉は内腿に力を入れて、あまり股間が刺激を受けないようにしようとしたけれど、力を入れると余計に性感が高まるのを意識した。それを早耶香に悟られたくないので顔を伏せている。

「首輪、痛くない?」

「…うん……痛くはないよ…」

「動ける?」

「……少しも動けない」

 手足と首を固定され、三葉は何もできなくなった。早耶香は目隠しの入っているビニール袋を開封した。

「次は目隠しね」

「………」

 もうされるがままなので諦めている。両目をアイマスクで覆われ、何も見えなくなった。

 ピュッ!

「っ…」

 突然に鞭が空気を切る音がして、叩かれていないのに三葉はお尻に痛みを覚えた。

「…ハァ…はぁぁ…」

「いつ叩かれるか、わからないのは、どう?」

「…ぅぅ……怖いです」

「フフ」

 早耶香は微笑みつつ、もう暑苦しいので仮面は外した。三葉に目隠しをしているので仮面をつけている意味はない。むしろ視界を確保して、しっかりと鞭を操りたい。

「さてと、今夜は、いきなり100%で叩くか、夕べみたいに50%からか、どちらがいいかしら?」

「50%から、お願いします」

「そう。じゃあ100%からね」

「そ、そんな…」

「ん? 何か言いたいことがあるの? 言ってみなさい」

「お願い、その鞭、すごく痛そう。どうか、手加減してください」

「そう。そんなに怖いのね?」

「はい」

「じゃあ、やっぱり100%にしないとね」

「っ……そんなァァ……」

 もう逃げることも身動きもできない。三葉は激痛を恐れて身震いした。

 ピュッ!!

「ひっ…」

「まずは準備運動よ」

 早耶香は空振りして、ほくそ笑む。

 ピュッ!! ピュッ!!

「っ…」

「フフ」

 空振りする度に三葉が身震いするのが面白い。

「さてと」

「っ…」

 三葉はお尻へ鞭の殴打部をあてられて、いよいよなのだと震える。

「本気の本気、全力全開で叩くから、もし皮膚が裂けて血が出たら、ごめんね」

「…ぃ……イヤ……お願い……100発でも200発でもいいから……せめて手加減してください」

「注文をつけられる立場だと思ってるの?」

「うぅぅ……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 三葉が震えながら謝り始めたけれど、早耶香は冷たい声で続ける。

「せめてカウントダウンしてあげるよ。20、19」

「ひっ…ひぅぅ…」

「18、…17、……16」

 だんだん、カウントダウンを遅くして、より恐怖を高めていく。

「ひぃぃ……ごめんなさいぃ…ごめんなさいぃ……本当に、ごめんなさい。私が悪かったの、わかってます。わかってますからァ…」

「12、……………11、…………………10」

「…ひっ…」

 三葉はお尻にあてられていた殴打部が離れていくのを感じて背筋と両腋に汗が浮いた。早耶香は鞭をもっていない手で三葉の身体からバスタオルを剥ぎ取ると、丸裸にした。

「ひぃぃ…許してください許してください……私が悪かったですぅぅ…」

「3」

 早耶香は本気で叩くつもりはないので狙いを木馬の後部に定めるため、半歩ほど横に移動したけれど、そんな気配を感じられるほど三葉には冷静さは残っていない。

「2」

「ううぅぅ……ぅうぅぅ…」

 もう言葉が出なくなって三葉は首輪をされた首をイヤイヤと振っている。

「1」

「ひぃぃぃいぃ…」

 三葉の背筋と両腋に浮いていた汗が玉になり、くっつき合って流れた。

「0!」

「っ…」

「えいっ!!」

 ピュッ!!!

 ピシィィン!!!!

「あああああっ…ぁあぁ…あ?」

 三葉は悲鳴をあげたけれど、鞭が叩いたのは木馬の後部で振動は伝わってきたけれど、痛みは生じていない。それでも恐怖でお尻はプルプルと震えているし、滝のような汗が背筋を流れ、腋からも汗が筋になって流れ落ちている。悲鳴をあげたときにヨダレまで垂らしていた。そのヨダレや汗を自分で拭くこともできないので垂れるままだった。

「フフ、びっくりした?」

「ハァ…ハァ…だ…騙したの?」

「ずいぶんな言い草ね。やっぱり、叩こうかしら?」

「ひっ! ごめんなさい! ごめんなさい! ありがとうございます! ありがとうございます!」

「そうそう、ちゃんと自分の立場をわきまえなさいね」

「はい、ありがとうございます! 優しいサヤチンが大好きです!」

 皮膚が裂けるほど叩かれるかと恐怖していた三葉は感謝さえしていた。早耶香は鞭をベッドに置くと、内線電話の受話器をあげた。

「喉が渇いたし、小腹も空いたから何かルームサービスを頼むね」

「えっ?! 私、こんなカッコなのに?!」

「クスっ……そうよ」

 早耶香は三葉がラブホテルに慣れていないことを感じた。基本的にラブホテルでは従業員と接触することはない。接触しても帰りがけのフロントくらいでルームサービスは小窓からトレーや盆で供給されたりすること早耶香は克彦と何度も経験したけれど、三葉は先日、はじめて瀧と泊まったくらいなので知らない様子だった。それだけに一般のホテルのようにボーイが部屋まで運んでくるのだと思い込んで焦っている。

「待って! せめてバスタオルをかけてよ! お願い!」

「フフ」

「はい、フロントです」

「ルームサービスをお願いします。フルーツの盛り合わせと、生ビール二つ」

「かしこまりました」

 早耶香は受話器を置くと、焦っている三葉の頬を指先で撫でた。

「目隠ししてるから顔は見られないよ、安心して」

「そんな……お願い、身体も見られたくないの! サヤチン、お願い!!」

「すごい汗………あなた、恥ずかしがり屋だもんね。昔から。そのくせ、変なところで大胆だけど」

「サヤチン、お願い、お願いだから!」

「ルームサービスが来るまで退屈しのぎに、くすぐってあげる」

 そう言って早耶香は両手で三葉の汗に濡れた両腋をくすぐり始めた。

「ひっ?! はひひい! きゃははは! ひう! やめて、ひっひ! あひっひ! きゃははは!」

 両腕をY字に挙げたまま固定されている三葉は逃れることのできない容赦ないくすぐりを受けて、身をよじって笑った。

「あひひひい! やめて! きゃひひ! ふひっ! ああはっははあ! ひーーっは! ははは! ひゃひひひ! くふふ! んふ! サヤチ、ひひひっ! やめ、ひひひ!」

 逃げようと力を入れても鎖でつながれた手枷は、どうにもできないし、木馬に固定されている足枷も微動だにしない。それでも三葉は身をよじらずにはいられず、背中をそらせ、腰をくねらせて喘いだ。

「遅いね。早く来ないと三葉ちゃん、笑い死にしちゃうかもね。フフ、あ~楽しいぃ」

「はひひひ! きゃはははあ! あははははは!」

「ちょっと休憩。と、思わせて今度は膝の裏」

「きゃふっ?!」

 三葉は膝の裏へ指先を這わされて、また笑った。

「きひひひっ、くふふふ!」

 逃げようともがくと、木馬の先端部が股間に強く押しあてられてしまう。

「ほらほら、くすぐったい?」

「いひひひひっ、いやぁ! ひはははは!」

「さらに、ここから~ァ、こっちのデリケートゾーンへ」

 早耶香は指先で三葉の腿を撫でながら、脚の付け根へ移動させると鼠径部をくすぐり始めた。腋と同じく皮膚の薄い部分なので、くすぐったくて三葉はヨダレを垂らして笑った。

「はひひひひ! きゃひっひ! そこダメ! ひひ! あひひひ!」

「ここ効くみたいね」

「死ぬ! ひっひ! 息ができな、ひひ! きゃははははっ!」

「さらに腋との組み合わせよ」

 早耶香は片手で三葉の腋をくすぐる。

「くふっ! ふひひひ! もう許して! ひひひひ! 無理! ひっひ! 死ぬ!」

「さすがに指が疲れてきたから、今度はツンツンにするね」

 激しくくすぐるのを止めて、早耶香は指先で三葉の腋や膝裏、首筋、鼠径部、足の裏などを軽く突いていく。

「くふっ…ハァ…ハァ…きゃひっ…やめて…きゃはは! ハァ…ハァ…きゃひひ!」

 目隠しされているので、いつどこを刺激されるか、わからず三葉は笑いながら苦しんだ。三葉の体感時間で3時間くらいに思えた15分が過ぎて、客室の出入口付近にある小窓がノックされた。

「っ…」

「やっと来たみたいね」

「お願い、バスタオルをかけて!」

「ビールで、よかったよね?」

「そんな話じゃなくて! お願いだから!」

 またノックされる。

「はいはーい!」

 早耶香は出入口へ行き、小窓を開けてトレーに載せられていたフルーツの盛り合わせと生ビールをトレーごと持つと、三葉のそばに戻りながら一人芝居する。

「こっちまで持ってきて。そこのテーブルの上に置いて」

「……………ひどい……」

 三葉は顔を伏せて震えている。誰とも知れない従業員に裸体を晒されているのだと思い込み、恥じらいと屈辱感で涙を目隠しへ染み込ませていた。

「……ぐすっ……」

「見たいなら見ていっていいよ。女同士って珍しいでしょ。触ってみたい? いいよ、どうぞ」

 そう言って早耶香は三葉のおっぱいを握った。

「イっ?! イヤ!! やめて!! 触らないでよ!!」

「いい感触でしょ? こっちの、おっぱいも、どうぞ」

 さらに反対のおっぱいも握ってモミモミする。目隠しされている三葉は会ったこともない知らない人間に乳房を弄ばれているのだと思い込み、恐怖して悲鳴をあげる。

「いやぁあ!! やめて!! 訴えるから!! 警察呼ぶから!!! やめて! やめてよ!! 本当に警察を呼ぶから!!」

 さすがに社会人なので泣くだけではなくて怒っているけれど、揉んでいるのは早耶香なので少しも動じない。

「下も触ってみたらいいよ。どうぞ」

「ひっ?!」

 三葉は股間を早耶香の指先で触れられて脚を閉じようとしたけれど、木馬に跨っているので何もできない。

「ぅううっ……やめて……やめてよ、触らないで……そこだけはやめて……」

 もう恥じらいで赤くなっていた三葉の顔が恐怖と嫌悪感で青ざめてきているので早耶香は股間を触るのをやめて、おっぱいを軽くモミモミする。

「モミモミ」

「…………ぐすっ………もしかして、サヤチンしか、いないの?」

「やっと気づいた?」

「はぅぅぅうう……うわあぁぁあん……」

 安心して泣けてきた。ずっと早耶香の声しかしないし、足音や気配も一つしかないことに気づけて三葉は知らない人間に身体を触られたのではないとわかり、泣きながら安堵する。

「はぅぅ……ひどいよ、サヤチン……ぐすっ…私、本当に誰かいるのかと…思って…」

「まだまだ私の復讐は終わらないよ」

「ひぐっ……まだ、何かされるの?」

「あれ? 私まだ叩くフリを1回と、くすぐったのと、ちょっと身体を触っただけ、だよ?」

「………うぅ……それは、そうだけど……」

 実害は少ないけれど、精神的には堪えている。

「………サヤチン……次は、何するの? あと、何があるの?」

 いっそ知っておきたいので質問すると、早耶香は考えて答える。

「そうね、次のは言ってからする方が楽しそう」

「…うぅ……何でしょうか?」

「このビールを飲む前に、乾杯しようかなって」

 早耶香が二つのビールジョッキを左右の手に持った。

「三葉ちゃんのわき腹に乾杯するの、右と左から」

「ひぅぅ……超冷たいんでしょ…それ…」

「ずいぶん汗かいてるから」

「冷や汗だよ、これは」

「まあ、安心して。このビール、ちゃんと三葉ちゃんが勤めてる会社のだから」

「ぜんぜん安心にならないよ」

「じゃ、乾杯するから。なるべく私が楽しくなるような悲鳴をあげてね?」

「………」

「返事は?」

「…はい……頑張ります」

「よろしい。では、3、2、1。乾杯♪」

 早耶香は無防備な三葉の両わき腹へキンキンに冷えたビールジョッキをつける。

「ピトっ♪」

「きゃうわあああ!」

 あまりの冷たさに三葉は悲鳴をあげながら、腹筋をピクピクと収縮させて喘いだ。三葉が悶えるとビールが少し零れて、冷たい流れがわき腹を通り過ぎる。

「ううぅぅう…」

「アハハハ♪ いい声!」

 笑った早耶香は右手のジョッキを自分で飲むと、左手に持っていたジョッキを三葉の唇へ飲みやすいように触れさせた。

「…んくっ……んくっ…」

 三葉も喉が渇いていたので素直に飲ませてもらう。二人とも半分ほど飲み、早耶香がジョッキをテーブルに置いた。

「さて、いよいよ本番、お尻叩きやろうか」

「……はい………深く反省いたします……」

 早耶香が鞭を持つ。

「いくよ」

「はい」

 ピュッ! ピシン!

 早耶香は軽く手首のスナップを効かせて三葉のお尻を叩いた。

「うっ! ……ぅう…」

「どう? 大丈夫そう?」

「はい……このくらいなら……」

 叩かれたところは少し赤くなってくるけれど、激痛というほどではなく、ほどほどの痛みで、布団叩きのような線を組み合わせた構造体による鋭い痛みとは違い、シリコン製の面で叩いてくる仕組みなので、何度も叩かれても耐えられそうな痛みだった。

「叩いてばっかりも、かわいそうだから、ご褒美をあげよう」

「ご褒美? んぐ?」

 三葉は口に何かを入れられた。目隠しされているので挿入されるまでわからなかったけれど、イチゴの味と香りがしたので理解して食べる。

「美味しい?」

「うん」

 昼過ぎに東京のカフェでサンドイッチとパンケーキを早耶香と分け合ってから何も食べていなかったので、とても美味しかった。早耶香もイチゴを手で食べると、また鞭を持つ。

「2回目、いくよ」

「…うん…」

 ピュッ! ピシン!

 さきほどと同じ強すぎない痛みが三葉のお尻を責めてくる。

「うっ……ハァ…」

「はい、ご褒美」

 今度はパイナップルを挿入してもらえた。早耶香も食べる。

「ラブホのわりに、けっこう美味しいね」

「うん。……ラブホって不味いこと多いの?」

「ランクによるけど、だいたい食事系はレトルトだよ。イチゴも冷凍物とか。でも、ここは美味しい。とくにイチゴ良かったよね」

「岐阜だからかも」

「東京は高くて不味いよね」

「めちゃ高いお店に行くと一流なのに、ちょっと安いと、すごく不味かったりする」

 二人とも田舎育ちなので農作物にはうるさい方だった。手枷足枷をされて首輪で拘束され木馬を跨いで目隠しされているけれど、ごく普通の世間話もしつつ、また早耶香が鞭を握る。

「お尻、大丈夫?」

「うん。……もう少し強く叩いてくれても大丈夫……です」

「そう。じゃ」

 ピュッ! ピシン!

 少しだけ強くなった痛みが三葉のお尻に拡がった。

「うあっ、…はぁ…」

「ほら、口を開けて」

 メロンが挿入された。

「皮があるから噛み切って」

「うん」

 見えないながらも早耶香が介助してくれるので、うまくメロンの皮を噛みきって食べた。早耶香も食べてみる。

「これも美味しいね」

「うん」

「ビール飲む?」

「ありがとう」

 またビールも飲ませてもらい、そして叩かれる。叩かれては食べさせてもらうパターンを繰り返して、二人でフルーツの盛り合わせを食べきる頃には、私餌づけされてるのかな、と三葉も行動の実体に気づいたけれど、イヤだとは感じなかった。

「……ハァ……ハァ……」

 そして、ほろ酔いと甘みで気分が良くなり、ずっと股間を刺激してくる木馬の先端部を叩かれる度に身悶えして動くので熱く感じるようになってきている。

「…ハァ……んっ……」

 つい腰をくねらせてしまう三葉を見て、早耶香は背後へ回ると、三葉の後ろから手を伸ばして乳房を揉んでみる。

「んっぅ…」

 三葉は気持ちよさそうな鼻声をあげてよがった。

「ハァ……ハァ……」

 ますます腰を動かしている。早耶香は乳房を揉むのをやめた。

「ぁ……」

 三葉が名残惜しそうに声をあげた。やめないでほしい、という声だったので早耶香は言う。

「手が果汁でベタベタするから洗ってくるよ。待ってて」

「うん」

「……………」

 早耶香は手を洗いに行く途中で自分のスマフォも静かに手にする。そして洗面台の蛇口をひねって大きな水音を立てながら、スマフォを操作して動画を録画する状態にした。

 ポンッ♪

 スマフォが録画を始めた音を立てたけれど、水道の音が大きいのと三葉から距離があるのとで、気づかれていない。お湯で手を洗って両手を温めると、早耶香はスマフォを持って三葉のそばに戻り、スマフォを三葉の全身を撮影できるように設置して、ほくそ笑む。

「フフ」

「……サヤチン?」

 見えない三葉は撮影されていることに気づいていない。早耶香は温めた手で三葉の乳首を摘んだ。

「あうっ…」

「フフ」

「んっ…あうっ…」

 クニクニと両方の乳首を温かい手で摘まれると、どうにも三葉は快感を覚えて、また腰をくねらせていく。

「…ハァ……ハァ……」

「………」

 早耶香が乳首を摘むのをやめると、淋しそうに胸を震わせた。息を乱したときにヨダレまで唇から零しているけれど、拭くこともできずにいる。

「………」

「………」

 無言で、続けてほしい、と乳首が語っているので早耶香は再び三葉の背後へ回ると、さきほどと同じように乳房を揉みつつ、指の間へ乳首を挟んでやった。背後からの方が手のひら全体で押し包むように揉むことができるし、同時に乳首も責められるので快感は強かった。

「はぅ……ぁあぁ……ハァ……ハァ……」

「………」

「…ハァ……ああっ……」

 もう三葉は音を立てるほど腰をくねらせて木馬へ股間を擦りつけている。机の角で自慰するときの点の刺激と違い、木馬は線で股間を刺激してくるので、より強い快感が得られた。

「ああっ……はぁあぁ!」

 三葉が大きく喘いでヨダレを垂らしピクピクと脚を動かしたので早耶香は悟った。

「イったでしょ?」

「っ……………」

「返事は?」

「……はい」

 恥ずかしそうに三葉が肯定した。

「フフ。そのまま続けなさい」

「………はい……」

 男性と違い、強い快感の波を連続することができるので三葉は続けた。もう早耶香は乳房を揉んで手伝ってやるのをやめて眺めるだけにする。

「…ハァ…ハァ……ああぁ…」

「…………」

 早耶香はソファに座り、三葉が続けているのを可笑しそうに見ている。

「……んっ……ハァ……あああっ! ハァ…ハァ…」

 見られているのは三葉も感じていて、恥ずかしさで目まいがしそうだったけれど、もう今さら止めても同じなので命令通りに続け、何度も熱い波を得ていく。

「…はあぁぁん……ハァ…ハァ…」

「…………」

 眺めているのに飽きた早耶香は鞭を持つと、三葉のお尻を優しく叩いた。

 ピュッ…ピシ…

「はんっ…ハァ…ハァ…」

 叩かれて三葉は快感を覚えてしまった。叩いた後、早耶香は鞭の殴打部でお尻を軽く撫でてもいる。餌づけされたせいなのか、お尻に叩かれる刺激を受けると、ヨダレが湧いてきてパブロフの犬のように唾液を唇から漏らしている。

「犬みたいに舌を出してハァハァしなさい」

「ハァハァ!」

「そうそう。もう人間の言葉なんて話さなくていい。ずっと、ハァハァしてなさい!」

「ハァハァ!」

 もう三葉は自分で思考することをやめて言いなりになった。

 ポタ…ポタ…

 舌先から三葉の唾液が垂れる。

「唾液を人に見せるの、よくやってたよね」

「ハァハァ! ハァハァ!」

 幼い頃から祭りの度に衆人環視の中で恥じらいながらやってきたことを言われて三葉の興奮が、さらに高まる。

 ピュッ…ピシ…

「はんっ…ハァハァ!」

「想像しなさい。ここは神社の舞台よ」

「ハァハァ!」

「なのに、あなたは、こんな姿でイキまくってる。自分で腰をふって何度も何度も」

「ハァハァ! ああっハァハァ!」

 ピュッ…ピシ…

 お尻を叩いてもらうと、その衝撃が木馬へ擦りつけている股間にまで響いてくれて、叩かれるのが待ち遠しいほどになっていた。

「もっと激しく腰をふりなさい。町のみんなが見てる中で、はしたなく喘いでイキまくるのよ」

「ハァハァハァ!」

 三葉が町のことを思い出した。すでに隕石で吹き飛んでしまった神社の舞台は、まだ記憶に鮮明な形で残っている。幼い頃から何度も、その舞台に立ったので忘れようがない。その舞台にいるような想像をすると羞恥心が頂点に達して、おしっこを漏らし始めた。

 プシャ…プシャ…

 木馬で圧迫されるせいで断続的に漏らしながら三葉は喘いでいる。

「ハァハァあああっはぁぁあぁハァハァ!」

「…………」

 こんなに調教が巧くいくなんて私って才能あるのかな、それとも三葉ちゃんに素養があったのかな、と早耶香は考えつつも命じる。

「続けられるだけ、そのまま続けていなさい」

「ハァハァハァ!」

「…………」

 早耶香は録画中のスマフォを手にして、色々な角度で三葉を撮ると、ソファに座った。いつまで三葉が続けるのか、ぼんやりと見ていると30分も継続した。とうとう疲労の限界に達したのか、ぐったりと動かなくなって、そのままの姿勢で三葉は眠りに落ちていた。

 

 大学の入学式翌日に三葉は糸守高校の女子制服へ袖を通していた。

「探しに行こう。きっと、どこかに彼はいるはず」

 大学2日目は午前中のオリエンテーションだけで終わり、午後からの予定は部活紹介だったけれど、どの部活にも参加する気はなかった。もっと大切なことが三葉にはあった。

「会いたい………きっと、どこかに……」

 漠然とした記憶しかないけれど、絶対に会いたい人がいる気がする。

「この服を着てる方が、わかってもらえるはず……」

 東京へ下宿するのにも糸守高校の制服を持ってきていた。もともと、ほとんどの私物が隕石で吹き飛んだので本当に着の身着のまま、あの日に着ていた夏服と下着、スマフォくらいしか所持品がない時期もあった。冬になって冬服を買い揃えたので、それも東京へ持ってきている。妹とは7歳も歳が離れているので制服のデザインが変わるという予想もあったけれど、それ以上に手放したくなかったし、この服を着ていれば、会いたい人に気づいてもらえると考えていた。

「……たぶん……彼は高校生……」

 制服を着終えた三葉は東京都の地図を拡げた。だいたいのことはネット上のデジタルマップで済ませる時代になっているけれど、デジタルデータがときとして信用できず、あったはずのメッセージや記録が、目の前で掻き消えていくような体験をしたような記憶があるような気もするので、この件に関して三葉は紙のマップを購入してチェックをつけていく予定だった。

「う~ん……どこから………」

 都内にある高校のどこかに彼がいる気がする。

「勘で……勘でいこう………よし、ここ!」

 まずは大学から近い高校を一つ選んだ。一人暮らしの玄関で高校生らしい革靴も履くとアパートを出て、駅から電車へ乗る。もう大学生なのに女子高生のように制服を着て電車に乗るのは恥ずかしかったけれど、それは数分で慣れた。先月まで着ていたので、身体に馴染んでもいるし、似合っている自信もある。ただ、隣の乗客が同じ大学の男子学生で新入生のようで大きな声で会話しているのが耳に入ってくる。

「昨日、入学式の最中に小便漏らした女がいたよな。あいつ、今日、学校来てた?」

「さあな。学生数が多いから。けど普通に考えて、もう来ないだろ。テキトーに自主退学じゃね?」

「あいつ、なんで、わざわざ壇上にあがってから漏らしたんだろうな」

「みんなに見て欲しかったとか?」

「それ真性のマゾじゃん。けど、顔は可愛かったよなぁ」

「やめとけ、やめとけ。大声で泣いて、ママおしっこ漏れたよぉ、とか叫ぶ女だぞ。究極のカマッテちゃんだ。あんなの彼女にしたら大変だぜ」

「たしかに」

 会話していた二人と三葉の目が合った。

「「「…………」」」

 三葉は背中に汗を浮かべたけれど、そしらぬ顔で車窓へ視線を移し東京の街並みを眺め、私はただの通りすがりの女子高生でございます、という態度を取る。男子学生二人も似ているな、と思ったけれど、まさか女子高生の制服を着ているのが同期生だとは思わず、もしかしたら妹かもしれないとも思ったけれど、それはそれで失礼だったので、もう別の話題を始めてくれている。

「はぁぁ……」

 三葉は安堵のタメ息をついて、東京って人が多くていいな、今日から伊達眼鏡かけて登校して良かったァ、と思いつつ駅に着いたので電車をおりた。

「大学なんて、ちゃんと単位を取って卒業さえすればいいんだもん。ただの通過点だよ」

 大学で彼氏をつくるつもりはなかった。駅を出て、彼氏をつくるために、お目当ての高校へ行く。

「よかった。まだ終わってない」

 大学の方が早く終わったようで、行ってみた高校は、まだ生徒たちが校舎内にいる気配だった。三葉は校門の前に立つと、待つことにした。

「………全員をチェックすれば……」

 これから下校してくる全校生徒のうち男子生徒全員の顔をチェックするつもりだった。

「悉皆調査するんだから。見ればわかるはず……会えば……きっと……」

 忘れたくない大切な人の名前を、なぜか記憶を奪われるように想い出せなくなっていたけれど、それに対抗して三葉は戦うつもりだった。

「東京都、すべての高校、すべての男子高校生をチェックしてやる!」

 岐阜県とは比べものにならない多数の高校があるのに、それを全部調べるつもりだった。

「サヤチンは壮大な逆ナン計画とか言ったけど……逆ナンじゃないもん」

 三葉は駅で買ったペットボトルの水を飲みながら、一人淋しく下校時間を待った。

「あ、終わった。一年生かな」

 待っている時間は長く感じたけれど、下校が始まると一度に数十人という数の生徒が校門を出てくることもあるので、三葉は忙しく視線を走らせて運命の相手を探す。

「……違う……この人じゃない………違う………違う……」

 すぐに見つかるとは思っていなかったけれど、この高校にはいないのか、ぜんぜん見つからない。入学式の翌日なので一年生は、おおよそ下校してしまった。

「……二年生……三年生じゃない気がするけど……まだ一年生も残ってるかもしれないし………彼、二年生だったのかな? でも……時間がズレてたような……」

 記憶が曖昧で彼の学年もよくわからないけれど、なんとなく一年生のような気もしている。そうなると、再会しても彼は気づいてくれないかもしれないと考えるけれど、目星をつけておけば来年の秋頃に速攻で再会するのもアリだ、という作戦で三葉は校門に立ち続ける。

「…………あとは部活に参加してる生徒かな……」

 おおよそ帰宅部は下校した様子だった。彼も帰宅部でバイト派だったような気がするけれど、全校生徒をチェックしておきたいので三葉は夕日の中で待ち続ける。ときどき、終わった部活の生徒たちが通り過ぎていくけれど、彼はいなかった。

「……ぅ~……おしっこしたくなってきちゃった」

 もう何時間も校門に立っているので生理現象をもよおしている。

「…………どうしよう……ここ、離れたくないし……」

 すぐ近くにコンビニが見えるけれど、校門を離れてトイレに入っている間に何人もの生徒をチェックしそこねることになるかもしれないと考えると、三葉は我慢することを選んだ。

「完全下校まで、あと何時間かな……この学校、完全下校システムあるかな……」

 昼過ぎの最初の下校生徒から、日没後の最後の生徒までチェックするとなると、かなり大変だったけれど諦めるつもりはない。

「絶対、見つけるんだから。………ぅうっ…」

 三葉は校門に立ちながら、腿を擦り合わせて、おしっこを我慢する。

「………やばい………また、漏らしちゃいそう……やっぱり、コンビニで…」

 振り返ってコンビニを見たときだった。数台の自転車に乗った男子生徒たちが三葉の横を通り過ぎていき、顔をチェックしそこねた。

「っ、待って!! 待ってください!!」

 三葉が切実な声で叫ぶと、男子生徒たちが驚いて振り返る。

「あ……違う……すいません! 人違いでした!」

 頭を下げて謝った。

「……うくっ…ダメ……もう出る…」

 頭を下げたせいで下腹部が苦しくなり、三葉は我慢できなくなった。

 じわ……じょわ……ジョォオオ…

 下着が濡れ、すぐに脚も濡れて、黄色い泉が足元にできた。

「……ぐすっ……」

 泣きそうになったけれど、三葉は涙をハンカチで拭いて、また通り過ぎていく男子生徒の顔を見る。とても恥ずかしいけれど、目的は忘れていない。とにかく全員の顔をチェックしようと頑張る。

「………」

「………」

 男子生徒と目が合った。三葉は目元を涙で濡らしているし、足元を小水で濡らしている。夕日を浴びているので反射して輝いていた。

「……よかったら、これ使って」

「ぐすっ……ありがとう」

 三葉はポケットティッシュをもらって礼を言った。その男子生徒も会いたい人ではなかった。もらったポケットティッシュで顔と脚を拭く。下着が濡れたままなのでコンビニで新品を買って着替えたかったけれど、それをする時間が惜しいので漏らしてしまったのだったので、このまま校門に立ち続けることを選んだ。

「……………靴が濡れて……気持ち悪い……」

 脚は乾いてくれたけれど、靴下と靴は濡れたままで気持ちが悪かった。

「………あと何人、残ってるのかな……」

 恥ずかしさに耐えて校門に立ち続けていると、漏らした直後は注目されて、あの他校生の女子なんで校門で漏らしてるんだ、という奇異の目で見られたけれど時間が経つと、あまり漏らしたことが目立たなくなり、普通に通り過ぎていってくれる。

「…………もう終わりかな……」

 午後7時になって、もう誰も残っていない様子になった。用務員が校門を閉めに来て三葉に声をかけた。

「誰かを待っているのかい?」

「……はい……でも、ここにはいなかったから……失礼します」

「気をつけて帰りな」

 三葉は疲れた脚で駅へ戻った。もう下着も乾いているので新品を買わず、そのまま電車に乗り、アパートへ帰った。

「……会えなかった……そりゃそうだよね……いきなり1校目で……そんな、すぐには無理だって……あははは……うん、こんなことで落ち込まない……諦めない……」

 靴と靴下を脱いでベッドに倒れ込む。

「疲れたぁぁ……」

 ずっと立っていた脚も、男子全員の顔をチェックした目も疲れている。シャワーを浴びたいけれど、その気力体力がない。何より切ない。とても切なくて胸が痛い。

「………会いたい………せめて名前を呼びたい……誰? ……あなたは……誰だったの? ……ぐすっ……会いたいよ、……ぅぅ」

 一人暮らしのアパートで枕に顔を埋めて涙を拭き、枕を抱きしめた。他の多くの田舎から都会へ出てきた新大学生もホームシックを体験し始める時期だったけれど、三葉の切なさは強度だった。もともと家族に恵まれていない上に、想い人の名前さえわからなくて心が疼く。

「……ああ……会いたい………ああ! ……会いたい!」

 枕を抱いたままベッドの上をゴロゴロと寝転がる。

「…うう……会いたい……会いたい……会いたいよ……あああ……会いたいいいぃ…」

 三葉は抱きしめた枕へキスをする。

「ねぇ、あなたは誰? 会いたいよね? 私のこと好き? 私は、あなたが大好きだよ」

 枕は答えてくれないけれど、キスは受けてくれる。

「はぁぁ……会いたいよ……君に会いたい……どこにいるの……誰なの……はぁぁ…」

 熱い吐息を漏らしつつ、心の疼きが身体の疼きも誘発してきた。ベッドの上をゴロゴロと動いているうちに身体が半分落ちそうになり、ちょうどベッドの端っこが股間にあたり、その圧迫感が淋しさをまぎらわせてくれる感じがした。

「会いたい……君に……会いたいよ……ハァ……」

 三葉はベッドの端っこへ股間を擦りつけているうちに物足りなさに気づいて立ち上がると、視線を机の角へ向けた。

「……ここなら……」

 枕を抱いたまま机の角へ股間を擦りつける。

「んっ…っ…ハァ……ハァ……会いたい……ハァ……会いたいよ……会って、こうやってギューって抱き合うの」

 強く枕を抱きしめて、腰をくねらせて机の角で股間を摩擦する。

「ハァ……うん、うん、会いたかったよ……やっと、会えたね」

 妄想の中で再会して、また枕へキスをする。

「ずっと好きだったの」

 ずっと使っていた枕は隕石が吹き飛ばしたので一昨年買った枕に唇を押しあてファーストキスの練習をしている。さらに激しく腰を動かしたとき、スマフォが鳴った。

「っ?!」

 かなり驚いて慌てて着衣の乱れを直したけれど、よく考えると誰かに見られたわけではないので落ち着いてからスマフォを見る。

「なんだ……テッシーか。もしもし?」

「よぉ。今、何してた?」

「ぃ、今?! な、何もしてないよ! うん! 何もしてない!」

 三葉は不安になったので窓のカーテンを閉めながら克彦と会話する。

「ならさ、オレの部屋へ来いよ。サヤチンもいるからさ。飲み会しようぜ」

「まだ二十歳じゃないのに?」

「別に飲むのがメインじゃなくてさ。とりあえず集まって喋ろうぜ。三葉の大学は、どうよ?」

「別に普通だよ」

「こっち来ないか?」

「う~ん……また、今度ね。誘ってくれて、ありがとう。サヤチンによろしくね」

 三葉は電話を終えると、タメ息をつく。

「はぁぁ……びっくりした……鍵も、かけておこう」

 田舎暮らしで玄関の鍵をかけるという習慣無く育ったので、つい忘れる施錠もしてから、また枕を抱いた。

「…………」

 少し迷ったけれど、身体が疼いているので、また机の角に股間を押しあてる。

「やっと会えたね」

 妄想も再開する。

「うん、もう離さないから」

 また盛り上がってきたのに、再びスマフォが鳴った。

「……サヤチンか…」

 メッセージが着ているので開いた。

「テッシーと二人で飲んでるから」

「……だから何?」

 返信を必要とするような用件ではなかったので既読スルーしてスマフォの電源を切った。

「……………。会いたいよね、あなたも私に」

 気を取り直して枕を抱きしめてキスをする。

「んっ……ハァ…ハァ…」

 今度こそ思う存分に机の角へ股間を擦りつけ続けた三葉は生まれて初めて、強い快感を覚えて恍惚とした。

「…ハァ…ぁああぁ…」

 とても気持ちよくなりベッドへ倒れ込み、そのまま眠った。

 

 三葉は目が覚めて、両手と両足を拘束されていたので数秒ほど混乱したけれど、状況を思い出して理解した。

「サヤチン? そろそろ解いてよ」

 目隠しもされたままで見えない上、吊られている両腕がダルくなってきている。圧迫されたままの股間も少し痛い。

「サヤチン? ねぇ、サヤチン?」

 呼んでも答えてくれない。

「いないの? サヤチン?」

 だんだん三葉は不安になってくる。

「サヤチンってば?! いないの?!」

 眠ってしまったので時間の感覚も曖昧で今が何時なのかもわからない。身体に自由がなく視界も塞がれて、三葉は背筋が寒くなってきた。

「……まさか……このまま私を放置して……どこかに……。そんな! ……こんなカッコで、どうしたらいいのよ……」

 泣きそうになってくる。

「サヤチン! ねえ! サヤチン! 答えて! いないの?!」

 しばらく悲壮な声で叫んだ後、三葉は喉が疲れて今度は耳を澄ませた。

「……………お風呂?」

 かすかに入浴しているような音が聞こえる。そう考えると早耶香は入浴していなかったので三葉が眠ってしまった間にバスルームを使っていても不思議ではなかった。

「……ぐすっ……早く揚がってきてよ……こんなカッコのまま……」

 やや不安はやわらいだけれど、それでも不安が強い。

「……自力で抜け出すのは………やっぱり、無理か……」

 手足を動かそうとしたけれど、まったく不可能だった。

「はぁぁ………腕がダルい……股も痛いし……」

 かなり長く感じる時間を待ち、やっと早耶香がバスルームから出てくる音がした。

「サヤチン、早く解いてよ」

「…………。はァ?」

 湯上がりの早耶香が冷たい声を投げつけてきた。

「ぅぅ……そ、そろそろ、解いてください。腕がダルいの」

「どこまでも調子に乗るのね」

 早耶香がバスローブを着てから鞭を持つ気配がした。

「………サヤチン……もう、やめてよ……」

「…………。えいっ!」

 ビュン!! ビシィィィ!!!

 ものすごい音がして次の瞬間、三葉はお尻を火で焼かれたのかと思うほどの激痛を感じて悲鳴をあげた。

「キャアアアア!」

「えいっ!!」

 ビュン!! ビシィィィ!!!

 さらに、おっぱいまで叩かれる。

「アアアアッ!! 痛い! 痛すぎる!! うぃぃ!! ハァ…ハァ、て、手加減して……痛すぎるよ!」

「調子に乗ってるのは、その口か?!」

 ビュン!! ビシィィィ!!!

 頬まで打たれた。頭が痺れるほどの痛みが襲ってくる。

「ひぃぃい…ハァ…ひぃいぃ……」

 痛すぎて三葉は泣きながら、おしっこを垂らした。

 しょわ……しょわ…

 勢い無く少量を漏らしてガタガタ震えだした。

「ごめんなさい、もう許して…ハァひぃ…痛い……すごく痛いの…」

 眠る前とは、まったく強さの違う叩かれ方で情け容赦無く早耶香は鞭を振るってくる。

 ビュン!! ビシィィィ!!!

「キャウぅぅ!」

 ビュン!! ビシィィィ!!!

「イィッ!!」

 お尻に限定せず、おっぱいや頬、さらに腿、わき腹、下腹部、腋、背中、股間まで、目隠しされて見えない状態で、どこを打たれるかわからずに虐待され続けて、三葉は悲鳴をあげる気力もなくなり、ぐったりと脱力した状態になった。

「………ゆる……して……くださ……い…」

「ハァ…ハァ…いい運動になったかな」

 早耶香が鞭を置いて、汗を拭いた。冷蔵庫から缶ビールを出して飲む。三葉へ勧めてくれることは無かった。

「あなた、さっき反省するはずだったのに、ちょっと試しに優しくしたら結局は自分の快感を優先したでしょ?」

「……あ………あれは………」

 三葉が答えにくそうにしたので早耶香は目隠しを取った。やっと三葉は視界を得たけれど、その瞳はうつろだった。

「その上、気持ちよくなった後はグースカ寝ちゃってさ。ホントに自分勝手な女ね」

「ぅぅ………ごめん、なさい……」

「あなたが、いかに口先だけで謝ってるか、よくわかったわ。本当に油断のならない女。自分さえよければいいっていう典型的なヤツ」

「…………」

「お風呂に入ってる間、ふと思い出したけど、あの隕石が落ちた日、たぶん私に放送か何かさせたわよね。克彦には爆弾まで使わせた。そのくせ、自分は手を汚さずに」

「……そ……そんな風だった………かな………よく覚えてなくて……」

「ええ、私も思い出しては、すぐに忘れたりするけど、もう単純に、あなたが嫌い。あなたを許せない」

「……サヤチン……ごめん………本当に、いろいろ私が悪かったから……」

「もう謝らなくていいよ。この際、あなたを徹底的につぶしておくから。精神的にも社会的にも抹殺してあげる」

「…………」

 三葉の瞳が早耶香を見ると、穏やかなのに冷たい目で見返された。そして早耶香は自分のスマフォを操作して動画を三葉へ見せる。

「ほら、これ見て」

「はぅ……ぁあぁ……ハァ……ハァ……。…………。…ハァ……ああっ……。ああっ……はぁあぁ! イったでしょ? っ……………。返事は? ……はい。フフ。そのまま続けなさい。………はい……」

 動画は三葉の姿を撮影したものだった。うつろだった三葉の瞳が驚愕に染まる。

「撮ってたの?!」

「ええ」

「ヤダ! そんなの消して!」

「消してほしい?」

「お願い!」

「じゃあ」

 早耶香はスマフォを操作して、静止画像を撮影するモードにした。そしてカメラレンズ部分を三葉へ向ける。

「にっこり笑ってピースサインしなさい」

「っ……、イヤ………撮らないで! お願い! お願いです!」

「早くしないと、この動画、克彦にでも送ろうかな?」

「っ! やめて!! お願い!!」

「ほら、さっさとしなさい! 撮ったら消してあげるから!」

「うぅっ……………本当に消してよ……約束して」

「ええ」

「…………」

 三葉は嫌々ながら吊られたままの手をピースサインにして、引きつった笑顔をつくった。

 カシャ♪

 シャッター音が響き、三葉の気持ちが沈み、早耶香の気持ちが高揚する。

「ほら、いい顔してるよ」

「…………」

 三葉は画面を見せつけられて、見たくなかったけれど、確認せずにはいられず、目を向けた。

「……………」

 当然ながら、木馬を跨いで手足を拘束され首輪までつけた全裸の自分がピースサインして笑っている姿が写っていた。その写真は、お尻だけでなく胸や腿なども鞭で打たれて赤くなっているのがわかるほど鮮明だった。

「……早く消して……お願い……」

「ええ。利用はするけど」

「っ?! 何するの?!」

「フフ」

 早耶香はスマフォを操作して、今の写真と動画を削除した。うっかりネット上などにあげてしまうと、お互いの人生が終わるので慎重に削除したけれど、その様子は三葉には見せない。もう目隠しされていなくても、スマフォの画面を見せてもらえない三葉には早耶香が何をしているか、まったくわからない。

「消して! お願い! 早く消してよ! 約束したよね?!」

「ええ。消す約束もしたし、克彦にも送らないよ」

「じゃあ、どうするの?!」

「まずは、これと、これを送信」

 早耶香は昼過ぎに三葉と食べたサンドイッチとパンケーキの写真を三葉のスマフォへ送信した。すぐに三葉のスマフォが鳴った。

「っ…私のケータイに……?」

「そうそう。ということで私のケータイからは削除。ほら、約束は守ってる」

 芝居をしながら自分のスマフォを電源を切ってからテーブルに置くと、勝手に三葉のバックを開ける。

「やめてよ! 触らないで!」

 普段なら、お互いのバックを触り合っても平気な間柄だったけれど、今は拒否して叫んでいる。

「たしか、暗証番号と指紋認証だよね」

 三葉のスマフォを取り出した早耶香はセキュリティ解除の方法を知っていた。

「まずは指紋」

「っ」

 三葉はギュッと両手を握った。けれど、あまり力が入らない。ずっと吊られていた腕はダルくて握力も落ちている。そんな三葉の人指し指を早耶香が強引に両手で伸ばさせる。

「うううっ! イヤ! イヤ! イヤアァァ!」

「なんか悪い取引みたいで、楽しいね。これ」

 不動産会社に勤務していて顧客へ嘘でない範囲の情報で営業する経験を不本意に積んできている早耶香は悪役がするような強引さで三葉の指紋認証を取る。どんなに三葉が力を入れても指一本と早耶香の両手では勝負にならない。指を引き伸ばされると三葉は泣きながら頼む。

「イヤだよ…っ…お願いだから……ひっく……サヤチン…どうか、許して…」

「三葉ちゃんの涙って、けっこうキレイだよね。そうやって、ポロポロ泣く顔も撮ってあげたいくらい」

 早耶香が引き伸ばした三葉の指先とスマフォを接触させる。

「うぅぅうっ…」

 最後の抵抗をして指を逃がそうとするけれど、どうにもならなかった。

 ピッ♪

 スマフォが三葉の指紋を認証してしまった。

「暗証番号は?」

「……………」

「素直に言うわけないよね。鞭で身体に訊く?」

「………」

 どんなに打たれても言わない覚悟をしている顔になった。

「なんてね。どうせ、2013でしょ」

「っ! ヤダ!! やめて!!」

「あんた、あの隕石にこだわり過ぎ。暗証番号は、ちゃんと管理しようね」

 そう言う早耶香も克彦の誕生日を愛用しているし、それを三葉も知っている間柄だった。それだけに裏切られるとダメージが大きい。早耶香は平然と2013と打ち込んだ。

 ピン♪

 三葉のスマフォがロック解除された。

「どうする気なの?! お願い! 何もしないで!」

「さっき送った画像は………あ、着いてる着いてる」

 似たような機種を愛用しているので早耶香は迷わず操作していく。送っておいたパンケーキとサンドイッチの画像を添付したメールを打ち始めた。

「送り先は……立花瀧、これかな?」

「っ…ぃ……ぃヤ……なに……する気……なの…」

 もう三葉は顔面蒼白になっている。早耶香はクスクスと微笑んだ。

「ちょっと画像つきのメールをね。運命の相手とやらに送信するの」

「さ……サヤチン……お願い……やめて……他に何をしてもいいから……それだけは、やめて……その人は私のすべてなの……」

「へぇ」

「この7年、ずっと想ってきたの……ずっと、ずっと会いたくて、やっと見つけたの……だから、やめて」

「私は10年以上、克彦を想ってきたけど、あんた、ひどいことしたよね?」

「っ…あ、謝るから!」

「そっか。じゃ、私も、やってから、謝るね。送信、ポチっとな」

 早耶香はメールを送信する。瀧へのメール本文は、今日のお昼ご飯はサンドイッチとパンケーキを友達と食べたよ。タキくんは、どうしてるの? 何でもいいから返信ほしいな。という平凡なものだった。

「ごめんね、送っちゃった。謝るね、ごめん」

「……なんて送ったの?」

「今日も新しい運命の出会いがありました。最高に気持ちいいの。タキくんも、こんなプレイしたいよね? 色々やろうね」

「っ……っ……っ…」

 三葉が首輪されたままの首を左右にイヤイヤと振って涙を零している。

「大丈夫だって。運命の相手なんでしょ。それなら、三葉ちゃんが、どんな女でも受け入れてくれるって」

「………ケータイ返して……これを解いて……電話したいの…」

「そっか。テレビ電話にしてあげよっか?」

「……お願いだから……サヤチン……一生のお願い……」

 三葉は真剣な瞳で早耶香を見つめて懇願した。早耶香は肩をすくめて告げる。

「あなたからの一生のお願いは、もう隕石落下の日にきいてあげた気がするけど?」

「……サヤチン……どうか……どうか……」

 三葉が懇願を続けるうちに、三葉のスマフォが鳴った。その着信音が瀧からのメールだと三葉にはわかる。

「あ、来た来た。どれどれ。………………」

 早耶香がメールを開く。瀧からメールが来ていて、オレの昼ご飯はコンビニ弁当だったよ。話題性なくて、ごめん。という平凡なものだった。

「あちゃ~……なんか、ごめん。フラれちゃったね」

「っ…見せて!!」

「読んであげる。こんな女だと想わなかった。二度とオレに顔を見せるな。もう連絡もするな、って」

「ヒッ…」

 三葉が息を飲んで震えた。

「かわいそうだから、最後に電話くらいかけてあげるよ」

 早耶香は三葉のスマフォから自分の番号へとかける。すでに電源を切ってあるので、かけても、かからないはずだった。発信中のスマフォを動けない三葉の耳元へあててやる。

「出てくれると、いいね」

「……タキくん…」

「この電話は現在、電源を切っておられるか。電波の届かないところに…」

「ヒッ?!」

「拒否られたね。もう、いいじゃん、こんな男。こっちも番号、削除しておいてあげるよ。メアドも全部」

「イヤっ!!! やめて!!!」

「はい、削除」

 早耶香はスマフォを操作するフリをした。

「きっと運命の相手じゃなかったんだよ。また見つければ?」

「……………………ぁああ……ぁああぁあぁぁぁぁあぁ……あああ! わあああああ!」

 三葉が狂ったような声をあげながら拘束された手足をガチャガチャと動かし泣き喚いた。

「ぁあぁぁ!! ぁあぁぁぁああぁぁああああああぁぁぁ!!」

「………」

 この子、この彼氏が浮気したりしたらマジで気が狂うかも、この歳まで彼氏つくらないとか不安定なことするから、と早耶香は心配しつつも次の私刑を行う。

「そうだ。新しい運命の人を募集してみるよ。さっきの動画と写真をサイトにあげてさ。実名も」

 またスマフォを操作するフリをする。もう三葉は冷静さを一欠片も残していないので雑な演技でも信じていく。

「うわっ、すごい。あっという間に再生数が1万を超えてる……ネットって怖いねぇ。あ、ごめん、実名をあげたせいかな、勤務先まで特定されてる」

「……………」

「ネットって本当に怖いね、すぐに町長の娘だってバレてるみたい。勤務先での立場も、やばいかも。ごめんね。謝るから許して」

「…………………」

 もう三葉は聞いているのか、聞いていないのか、その瞳に光りが無くなり、生気さえ消失していく。ポタポタと涙やヨダレ、おしっこを垂らしていた。

「恋も仕事もダメになっちゃったね」

「………いっそ……殺して…」

 すべてを奪われたと思った三葉の一言を聞いて、早耶香は満足した。

「よし、もう許してあげる」

「……………」

「ほら、見てごらん。さっき送ったメールは、これ。返信は、これだよ。あと、ネットにあげるわけないよね? 私まで逮捕されるし」

 早耶香は手早くスマフォを操作して瀧とのやり取りを三葉へ見せていく。

「安心した?」

「………あの動画と写真は?」

「とっくに消したよ。私のケータイも見せてあげる」

 早耶香は自分のスマフォを持つと電源を入れて三葉に見せた。

「…………全部、ウソだったの?」

「ええ」

「……………………ぐすっ……うぅっ……ううぅぅっ…」

 安心しても泣けてくる。

「ごめん、ごめん、やり過ぎだった?」

「うくぅう…」

 泣きながら三葉が頷く。もう首輪を外してやり、手枷も解いた。ダルくなった腕が解放されて三葉は自分を抱いた。

「ぐすっ…ひぐっ…」

「ビール飲む?」

「……先に足も解いて」

「そうだね」

 早耶香に足枷も外してもらうと、三葉はベッドへ倒れ込み、啜り泣いた。

「はぅぅぅ……ふわうぅぅ…」

「よしよし。たっぷり懲りた? 反省した?」

「はひい……二度と、いたしません…」

 心底懲りた様子なので早耶香が抱きしめると、三葉も抱きついてきて泣いた。泣きやむまで抱きながら撫でる。

「ぐすっ……怒ったサヤチン……超怖かったよぉ…」

「まあね」

「……嘘も巧いし……ひどいし……私、もう何もかも終わりなのかと思って……」

「嘘が巧くなったのは社会経験かな。不動産関係って、ホント嘘が多いから」

「ぅぅうっ……気をつけるよ……」

「もう一回、お風呂に入る? 背中、洗ってあげるよ」

「うん」

 かなり汗もかいて身体も汚れたので二人で入浴して、やっと三葉は落ち着いた。ラブホテルなので二人で一つのベッドへ横になる。二人ともバスローブを着ていて、もう鞭などは使うつもりはなく、ただ寝る前に少し会話している。

「サヤチン、里帰りするの、どのくらいぶり?」

「お正月以来かな。三葉ちゃんは結局、高校卒業以来、帰ってないまま?」

「うん………お婆ちゃんとは、何度か、電話で話したけど、それだけ」

「そっか。糸守町、復興して、かなり変わったよ」

「そうなんだ」

「新糸守神社も、どんどん大きくなってるし。町長さんも有名になって、ユルキャラまで出てるし」

「お父さんのユルキャラ?」

「ミラクル・トッシーっていうの知らない? 去年のユルキャラ・ランキングで11位だったよ。あの避難訓練で町を救った英雄だからミラクルらしいけど、微妙なデザインだった」

「………あんまり見たくないなぁ……」

「肉親のユルキャラはねぇ」

「……………」

 三葉は時計を見て午前2時50分だったので早耶香に抱きついた。

「怖いの?」

「うん。この時間くらいが、一番怖い」

「よしよし。お化けなんていないよ。いても、四葉ちゃんが祓ってくれるよ」

「ぐすっ………四葉、なんて言うかな……」

「四葉ちゃんがダメなら、いっそ、私が祓ってあげる」

「サヤチンが?」

「見ていて」

 早耶香が立ち上がって神社を参拝するときのような柏手を打った。

「お化けなんて消えろ! 三葉ちゃんから出て行け!」

「…………」

「ほら、もう大丈夫」

「……うん……ありがとう…」

 あまり不安は解消しなかったけれど、気持ちは嬉しいので礼を言った。

「だいたいさ、死んだ私たちが、生きてる私たちを呪うなんて、根本が間違ってるよね。せっかく生きてる私たちを守護霊として守るのが本当じゃないの? いるとしたら、よっぽどバカな霊だよ。バーカっ、バカ!」

「……さ…サヤチン、やめて……霊を刺激したりしないで…」

「平気だって。どうせ、いないから。バーカっ、バカ! ほら、いない」

 ガチャン!

 急にテーブルにあったビールジョッキが倒れた。

「「ひっ?!」」

 早耶香と三葉が驚く。

 パタっ…

 早耶香が使っていた仮面も勝手に動いて床へ落ちた。

「「ひぃぃぃ…」」

 二人が震えあがる。次々と客室内にある物が不自然に動いて、倒れたり落ちたりするし、天井から吊られている鎖が風もないのにチャラチャラと揺れ、血のりが着色された斧が床へ落ちると、早耶香はベッドの上で土下座を始めた。

「すみませんでした!! ごめんなさい! ごめんなさい! どうか、お許しください。御静まりください! 信じます! 私が間違っていました!!」

 土下座している早耶香はガタガタと震え、おしっこを漏らしてバスローブを濡らしている。早耶香の土下座に満足したのか、室内の物が動くことは止まった。

「ハァ…ハァ…ありがとうございます…ガチガチ…」

 早耶香は奥歯を鳴らして震えていた。なのに、三葉が嬉しそうに言ってくる。

「あ、サヤチン、おもらししてる」

「……」

「ほら、バスローブが濡れてるよね。これ、おしっこだよね?」

「………」

「もらした、もらした。私と、いっしょだ」

 いつもいつも自分ばかり漏らしているので、かなり嬉しそうに早耶香のお尻を撫でている。心霊現象が起こったばかりなのに、何度も追いかけられたことのある三葉は物が勝手に動くくらいのことには慣れてきたのか、むしろ早耶香のおもらしに反応していた。

「怖いよね、怖いと、もらすよね。それが普通だよね」

「…………」

 早耶香は黙って濡らしたバスローブを脱ぐと、布団に潜り込んだ。三葉も漏らしていたのでバスローブを脱いで布団に入る。

「私たち、おもらし仲間だね」

「………。もう寝よう。きっと、四葉ちゃんが、なんとかしてくれるから」

「裸で寝るの?」

「他に着る物ないし」

「…………。抱きついて寝てもいい?」

「うっ……う~ん……まあ、いいよ。どうぞ」

 根本的に同性愛者ではないので早耶香も抵抗を覚えたけれど、お化けが怖いので三葉と抱き合って寝ることにした。

 

 

 

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