-奈良の県大会で阿知賀が優勝した翌日。
朝登校すると、校舎には大きな懸垂幕が下げられていた。俺は男子個人戦で1回戦にして敗退をした。分かり切っていたことではあるがやはり負けるというのは悔しかった。
つまりこの懸垂幕は"俺個人"としては関係の無いものなのだが、俺も阿知賀麻雀部の端くれ。感慨深いものはあり、胸に熱い何かがこみ上げてきた。
放課後、穏乃ちゃんと部室に行くと、玄さんと新子さんが優雅に紅茶を口にしていた。何か似合うな…。お嬢様同士が世間話をしながらお茶をしている光景のようだ。
まぁこの学校自体お嬢様校だったからこの例えも間違ってはいないが。
「今朝の新聞、見た!?」
入室するなり穏乃ちゃんは手に持っていた新聞を机に置く。広げた面には、和の写真が大きく貼られていた。
『長野県・清澄高校 県大会優勝』
さすがだ。やはり優勝してきた。これで全国で穏乃ちゃん達と和達が東京に集うんだ。…それにしても、なぜ和はこんな大きなペンギンのぬいぐるみを抱えているのだろう。可愛い。
穏乃ちゃんも和と会えるのが実現したからか、とても燃えている。燃えすぎて背景に火が見えるようだ…。
「でも清澄って聞いたことない学校」
「そうなの?」
「長野で名門って言ったら風越とかだし。それに去年の全国に出てた学校がすごい強豪だった気がする」
そんな穏乃ちゃんを尻目に玄さんと新子さんが紅茶を飲みながら話す。まぁ清澄が無名なのは仕方ないんだよな。団体戦・個人戦共に初出場校なわけだし。
そういえば、結局こっちに来てから咲と連絡取り合ってないな。全国行きおめでとうの電話くらいしとくか?部活が終わったらしよう。
数分後、買い出しに行ってきたらしい灼さんと赤土先生が戻ってきた。ぼさぼさ頭の宥さんも。買い出しに行くなら俺に言ってくれればよかったのに…。
----------------------------------------
部活が終わって帰宅し、早速咲に電話を掛けてみる。3コール目で電話に出てくれた。
「おっす、久しぶりだな咲」
「京ちゃん、久しぶりだね!連絡してくれるって言ったのに全然来なかった」
明るい声色で出てくれたと思ったら不機嫌気味な声色になった。電話越しに頬を膨らませているのが分かる。面目ない…。
本当にごめんな、と謝ると笑って許してくれた。
「新聞見たよ。県大会優勝おめでとう」
「ありがとう。一度は勝てないかもって思ったけど、何とか勝ててよかったよ」
「は?咲が勝てないって思う相手がいたのか…?」
嘘だろ…?あの和や優希達を相手に常に圧勝するような咲が勝てないって思うくらいの強敵がいたのかよ…。
「何でも、去年の全国でMVPだった人なんだって」
「全国のMVPって…、それめちゃくちゃ凄い人じゃねえかよ。そんな人が同じ長野にいたんだ…。本当によく勝てたな咲。もう今年のMVPは咲なんじゃないか?」
笑って言うと、咲は謙遜してそれを否定する。去年のMVPかー、後で調べてみよう。
「そうだ。実は俺も転校先の学校の麻雀部に入部してさ。女子の団体戦が全国に行くことになったんだ」
「ほんと!?じゃあ、全国では京ちゃんにも会えるんだね」
「おう。久しぶりに皆にも会いたいし、楽しみだな」
京ちゃんに"も"…?俺以外にも全国で会う予定のある人がいるのかな?まぁ、そこら辺は聞いても俺の知らない人だろうし詮索はしないでおこう。
「阿知賀って高校だからさ。お互い勝ち進めば一緒に戦えるな」
「私たちは優勝するよ」
「こっちだって皆つええぞー?覚悟しとけよ」
「うん」
それからはお互いに最近の出来事とかを報告し合った。染谷先輩の家が営む喫茶店でバイトしたりとか、温泉に行って合宿したりとかしてきたらしい。染谷先輩の所では部長の知り合いのプロ相手に大敗したらしい。プロってやっぱすげえんだな…。てか、部長の人脈がすごいわ。
俺も阿知賀に転校してから出来た友達や麻雀部での出来事などを話した。
気づけば1時間も電話をしていた。申し訳なく思ったのか、咲から電話を終わらせてきた。またな、と挨拶をし電話を切る。
--------------------------------
昨年の長野県代表にしてインターハイMVP・歴代最多獲得点数記録保持者である龍門渕高校の天江衣。当時1年生。映像までは観ていないが、準決勝で副将戦で他校の選手がトばされたことで敗退したと記録されているが、それはつまり、天江衣という人はたったの2試合で最多獲得点数記録を樹立したことになる。
言葉通り、化け物だ。咲はこれを相手に勝ったのか…。こりゃ、穏乃ちゃんが咲と戦うのは無謀か…?
いや、穏乃ちゃんだって強くなってるんだ。それに、彼女にもオカルトめいた力はある。咲にも対抗できるかもしれない。
「昔さ、県代表になったら練習試合をしちゃいけなかったんだよ」
部活にて、赤土先生からミーティングがあるからと一同席に着き先生の話を聞く。
昔は県代表になったら、小学生だろうが麻雀を打ってはいけなかったらしい。しかし今は規定が変わって代表校同士じゃなければ打っても良いことになった。
そこで先生が提案してきたのは、各都道府県の"2位"となら練習試合ができるので毎週末に遠征に行くとのこと。
全国大会に出場することになったことで後援会が出来、部費も増えたので問題なく行ける。
今年の長野の2位は、あの天江衣率いる龍門渕高校だが…もし今戦えば、あまりの絶望さに心が折れてしまうかもしれない。麻雀初心者の俺でも、それくらいは何となく分かる。
「長野…」
唐突に、穏乃ちゃんがそう呟いた気がした。
穏乃ちゃん達は和と友達だ。その和のいる長野には行くかもしれないと懸念していたが、
「長野の2位と」
ハッキリと言った。やっぱりこうなるのか…。
「良いよ、じゃあまずはそこに申し込んでみようか。…」
赤土先生がメモ帳を取り出しペラペラとめくる。おそらく各都道府県と団体戦2位の学校名が書かれているのだろうが、赤土先生が長野の2位の学校名を見て表情が変わったのを、俺は見逃さなかった。
やっぱ先生も知っているんだ。龍門渕高校の恐ろしさを。
-------------------------------------
阿知賀高校は中高一貫で奈良ではお嬢様校として知られていたが、この龍門渕高校は何というか…。
「どこの迎賓館…」
灼さんが代わりに言ってくれた。それだ。ここは学校ではなく迎賓館だ。レベルが違う。
校門には執事の人が立っていて、今麻雀部の方へ案内してくれている。
少し歩くと執事の人が扉の前で立ち止まりこちらを振り向いて「こちらです」と扉を開ける。
そこには、学校の教室には似つかわしくない程の広さを誇る部屋があり、女性が4人出迎えてくれていた。
「お待ちしておりましたわ」
龍門渕の副将・龍門渕透華さん。
「こいつらが奈良代表?」
先鋒の井上純さん。
「こいつらとか失礼だよ純君」
中堅の国広一さん。
「よろしく」
次鋒の沢村智紀さん。
そして。最初は4人しかいないと思っていたが、あの人は既にいた。玄さんが突然ビクッと体を動かし左方向を見やる。俺たちもそれに倣って左方向を振り向く。
一際小さい金髪の女の子が腕を組んで仁王立ちしていた。
これが、この前映像で観た…天江衣さん…。
「遠路大義」
--------------------------------------
怪物、魔物、魑魅魍魎。どれも清廉な女子高生には似つかわしくない言葉だが、この人はこの言葉で形成されていると言っても過言ではない。
穏乃ちゃんは確かに強いが、咲より強いとは思っていない。穏乃ちゃんと咲との間には絶対的な壁が存在しているんだ。努力とか才能でどうにかすることすら出来ない絶対的な壁が。だが、その壁は一面だけでなく、二面存在していた。
「…勝てない…」
あまりの力量差に、穏乃ちゃんは顔を卓に突っ伏して絶望の表情を露わにする。
まず、天江さん以外の3人の手が一向聴から一向に進まない。一向聴から一向に手が進まないなんてことはザラにある方で珍しくはないんだが、2回戦でほぼ全ての局の天江さん以外の3人がこの状態になる。
次に、聴牌が出来ない状態で一巡、二巡と進んでいき、最後の海底牌を天江さんが毎局のようにツモる。そして当然のように海底撈月をあがる。
他家が鳴いてずらしても天江さんが鳴いて海底コースに戻るんだ。地獄のような状況がずっと続く。
「…天江さん、めちゃくちゃ強いですね!和は…えっと、清澄は、本当に天江さんに勝てたんですか!?」
しかしそんな絶望な表情から一転、顔を上げ立ち上がり天江さんに迫りながら言う。
天江さんは多少ビックリしつつも、穏乃ちゃんの質問に答える。
「いや、衣に土をつけたのはののかじゃない。清澄の嶺上使いだ」
嶺上使い…間違いなく咲のことだ。和は副将だから天江さんではなく透華さんと戦った。
「それに衣は半分の力も出せていませんわ。月も欠けてて夕方ですもの」
透華さんが言う。
これで半分なのかよ…。でも月ってどういうことだろうか?まさか天江さんのオカルトは月にまで影響しているのか…!?
「何言ってるか全然分からないけど…もう一勝負お願いします!」
穏乃ちゃんの強みは諦めないことだ。それに加えて、今回のこれは遠征。強くなることが目的だ。
赤土先生と打つことで大量の経験値が貰えるのなら、この天江さんと打つことでも大量の経験値が貰えるはず。なら、諦めずにまた打つ他ない。
穏乃ちゃんに続いて新子さんも参加。感化されたのか、この部屋にいる執事の人以外がこぞって立ち上がり始める。
次は負けないからね!と意気込む穏乃ちゃん。
半分の力も『出せていない』、月が『欠けていて』『夕方』。
…もしかしたら天江さんは、月が満月且つ夜の時が、本来の力を発揮できるタイプなのではないだろうか、と無茶苦茶な仮説を立ててみる。
-----------------------------------
赤土先生がホワイトボードに書いてある、遠征した学校名の上に○を書く。これは、遠征して勝利を収めたことを表す。全部で7校の遠征を行なったが、龍門渕高校以外には勝利を収めることができた。
「でも、三箇牧のあの人には誰も勝てなかったです」
玄さんが言う。三箇牧とは北大阪の2位の学校だ。玄さんの言う『あの人』とは、この三箇牧で先鋒を務めた2年生の人、荒川憩さんという人だ。
赤土先生は「そりゃそうね」と、溜息混じりに言う。
「荒川憩は去年の個人戦2位。あれに勝てるようなら皆は全国優勝できちゃうよ」
三箇牧へ遠征に行った時は、一人だけ良い意味で浮いている強さだった。あまりにも別次元。
7校で突出した強さを誇っていた人は天江さんと荒川憩さんだけだった。
そんなあまりにも強い荒川憩さんがいる三箇牧が何故団体戦で2位かというと、赤土先生曰く総合力らしい。今年の北大阪の代表は千里山女子というシード校だが、三箇牧の総合力は千里山女子の総合力には劣っているということだ。
つまり、こちらも総合力を上げれば、あの白糸台高校にも勝てるかもしれないのだ。
というわけで、これからは個々人の力を上げつつ総合力も上げるための特訓を行うそう。俺は先生に頼まれる買い出しを行う。
皆、頑張れ。