二名によるいちゃつき度が今作トップとなっております
夢を見ている。
いつか、見たような現実の夢を。
どこか懐かしさを感じさせる夢を。
そうして、離れて、壊れていった、夢を。
──■■ピ■
だけど、呼ばれた名前に心当たりはなくて。
それを聞くと苦しさと悲しさが沸き上がって。
『ごめんなさい』
自然と、謝罪の言葉が出る。
涙が溢れる。
夢を見ている。
もう、ありはしない日々の夢を。
そんな、泣きたくなる夢を見ていた。
─────────────────────
「起きて。」
「……ん──」
体を揺すられる。
綺麗な鈴の音のような声がする。
俺は、その声に愛しさを感じて目を覚ます。
「……」
「どうかした?」
起こしてくれた少女、オーフィスは首をこてんと傾げる
その仕草が可愛くて、微笑む。
「何でもない。おはよう、オーフィス。」
「うん、おはよう、■■」
笑顔で俺の名前を呼んでくれるオーフィスを、俺は抱き締めてベッドに引きずり込む。
オーフィスは抵抗しないで引きずり込まれた。
その気になればびくともしない癖に、こういう時は無抵抗。そこがまた可愛らしい。
「ん、何?」
「可愛いなって」
「好き?」
「好きだ」
「えへへ」
頬を赤く染めて笑顔で抱き返してくる。
今日は何もしたくない。
ただ、こうしていたい。
──■■ピ■
あの、俺じゃない名前を呼ぶ声が怖いから。
頭に鮮明に焼き付いた夢の内容を、思い出して一層強く抱き締める。
ただ、この少女を感じていたい。
この、俺の名前を呼んでくれる愛しい少女を。
「■■…?」
心配そうに顔をあげて俺の顔を見るオーフィス。
「何か、怖い夢でも見た?」
「…誰かが、俺じゃない奴の名前を呼ぶ夢。」
「──そう。───」
オーフィスが小さく、俺に聞こえないくらい小さく、何かを喋った。
けど、オーフィスはすぐに俺の頭に手を回す。
そのまま、俺の頭を自身の胸に当てる。
「大丈夫、貴方は貴方。我の愛しい、貴方だよ。」
優しく、母性すら感じる声で頭を撫でながらオーフィスは自身の鼓動を感じさせてくれた。
俺の名前を呼んでくれる人の鼓動。
それを感じたら先程まで感じていた恐怖は無くなった。
「どう?」
「…ありがとう、落ち着いた。」
「ん、これくらい言ってくれればやる。」
「ああ…」
「…■■、今日はこのままがいい?」
「……駄目かな。」
「ううん、我もこのままでいい。」
暖かい温もりを感じる。
ふと、やってみようと思ってオーフィスの首筋にキスをする。
ビクッとするオーフィスが珍しくて、もう一回だけ同じことをする。
「んっ…■■?」
「少しだけ。」
「…まだ朝だから、駄目。」
「ケチだな。」
「朝からそんな事は、駄目。」
「……分かったよ。」
少し残念に思いながら、目を閉じる。
オーフィスも俺が寝ると感じてくれたのかまた頭を撫で始めた。
ゆっくりと、母親が子供を寝かせるように撫でる手を感じてすぐに意識を手放しそうになる。
「おやすみ」
「起きても…いるよな?」
「大丈夫、我は■■と一緒。」
「……そっか…おやすみ…」
「うん」
そうして、俺は眠気に身を任せて、意識を手放した。
今度は、苦しい夢は見なかった。
─────────────────────
穏やかな寝息を聞いて安心する。
そして、抱擁を解いてベッドから出る。
「……夢。」
夢を見たという彼の話を聞いて、まさかと思った。
彼の記憶からは消しておいたが…ここまで邪魔をするとは。
けれど、今日でそれも終わりだ。
悪あがきのつもりだったのかもしれないが、選ばれたのは、我ということを忘れてもらっては困る。
所詮は死者の干渉だ。
これまで少しずつ干渉したのだろうが、結果は残酷だ。
もう既に、お前を覚えてもいないのだから。
既に不要とされたお前がこの世界に干渉する術はもう二度と無い。
混沌はもう少し素直に死んでくれたのに。
魔王達は心臓を抜いた程度で死んだのに。
お前は内臓を破壊して、頭を潰してようやく死んだ。
ああ、しつこい。
しつこすぎるのも醜いよ。
もう名前を呼ぶ気は無いけど。
でも、これで。
これで、ようやく完成した。
誰からの干渉も受けない、背負うこともしなくていい。
外を見れば、蝶が舞う草原。
それを見ながら笑う。
「もう、何も苦労しなくていい。」
苦しさも、悲しさも、辛さも、痛みも、絶望も。
ありとあらゆる地獄を感じずに生きられる天国にいればいいのだ。
数百年を生きた報酬というわけではない。
そんな、下らない事であの人と生きようとは思ったことは一度として無い。
ただ、あの時。
あの時から、ずっと。
我が彼の家に落ちてきた日。
彼の魂を認識した日。
あの時はまだ感情を理解できず、彼の人間としての面を理解できなかったが……。
彼から教えてもらって、彼の日記を見て、彼と過ごして分かった。
彼がどれだけ強がっても、それは臆病で。
彼がどれだけ優しくても、それは怖くて。
そうだ。
彼はただ、自分をひたすらに隠した。
自分の弱さを見失う程、彼そのものを消すほどに。
それを、見ていられなかった。
真実を知っていたからこそ、見ていられなかったのだ。
だから一人の人間が死んだとき、これで休めると思った。ずっと、心を殺してまで死を待ってあげた日々もこれで終わる。
これで、彼は我を見てくれる。
対等に生きられるのは我だけだ。
あの人間でも、混沌でもない。
我だけ。
「だって、奴等は狂わなかった。」
それを見るだけで、感じもせず、狂いもせず。
それは違う。
それは愛じゃない。
愛しいのなら、狂わずにはいられない。
だから、我は狂った。
どんな事をしても、どんなに利用しても、どんなに殺しても。
それで彼とこの揺り籠に居られることを夢見て。
ずっと、ずっと…。
抑えて、抑えて、抑えて。
感情を抑えて、それが爆発したとき、一人芝居をしていた事に気付いた。
馬鹿だと思った。
けれど、その時爆発した感情が抑えていた言葉を放ってくれたお陰で…彼を手に入れた。
そこでようやく間違ってはいなかった事に気付いた。
ああ、我はそうして…この世界を造り上げることに成功した。
醜悪な者共を殺した事に戸惑いはなかった。
というより…何も感じなかった。
だって、選んでくれた彼以外は要らないから。
使いきった道具を捨てないなんて事はしない。
さっさと捨てる。
彼が選んでくれた時点で、全神話、全生命が要らない物となった。
彼以外は要らない。
だから、あの人間も、混沌も、魔王も…夢幻も潰した。
ああでも、一番醜悪だったのは夢幻だったか。
我と同列と扱われる龍。
あの時は負けてしまったが、今度はあっさりだった。
なぜ負けてしまったのだろう。
やはり、感情だろうか。
『これは結末ではない。結末であってたまるか!
私が見た未来は、世界はこのような先もない物では─』
『うるさい。』
大層な名前な癖して、鱗全部と目を剥かれた程度で叫ばないでほしい。
我は彼のためならそれくらいは耐えられるのにおかしくはないだろうか。
どうして負けたのだろう。
今生の疑問になりそうだ。
あんなのが同列だったなんて、泣きたくなる。
まあ、そんな過ぎたことはもういい。
それよりもずっと不満なことがある。
「…出来ない。」
二人で幸せな生活をして、何者にも侵されぬ日々を過ごしているのに。
一緒に寝ているのに。
いつも、愛してもらっているのに。
おかしい。
何故出来ないのか…?
正直、今までで一番ショックな事かもしれない。
世界を造り上げられても、生命を宿すのは難しいなんて思いもしなかった。
無限の権能を使えば簡単だが、それは愛の結晶ではない
どうしたら……────
「─オーフィス。」
「ぁ…──」
後ろから抱き締められる。
誰か、なんて気にすることはない。
起きてしまったのだろう。
抱き締めてくる腕を見ると、彼の腕だと分かる。
何にしても、彼だと分かると安心感がする。
その腕に両手を添えて、微笑む。
「起きたとき、居なくて怖かった。」
「ごめんね、少し考え事してた。」
「…なあ、悩みがあるなら言ってくれないか?」
「…■■?」
「こんな俺だけど、やっぱり力になりたいよ。」
「……。」
ああ、本当に。
この声が、この優しさが…たまらなく愛しい。
彼がそう言うのなら、悩みを打ち明けてみよう。
彼の顔が見えるように上を向いて、少しからかうように笑って打ち明けてみる。
「実は───」
「え、な──」
思った通り、意外と純情な彼は顔を赤くした。
可愛らしい。
恥ずかしがる反応を楽しんでいると、突然彼が真面目な顔をする。
何かするのかなと思った時、彼は我を抱えてベッドへと行く。
まさかと思うけど、真に受けてしまったのだろうか?
「あの、■■?」
「欲しいか?」
「え?」
「…欲しいか?」
ベッドに寝かされた我に、そう問い掛けてくる。
今度は、我の顔が熱くなる。
でも、同時に嬉しくなる。
それは、彼も同じ想いということ。
嬉しくないわけがない。
「うん…」
「ッ──」
そう頷いたとき、もう我と彼は止まらなかった。
愛しい彼を、誰にも渡さない。
そう思いながら、その時間を楽しんだ。
誰にも、彼を渡さない。
誰にも、聞かせない。
彼の名前を聞いていいのは、我と、彼だけだ。
そうして、我と彼は過ごしていく。
この何もかもを壊して造り上げた、理想郷で。
永遠に───。
そうして、いつか二人には小さな生命が誕生する。
それがこの世界で幸福の形なのか、それとも───