皆、ひとつ言わせて。
前回の日記の時点ではまだフリージア死んでないですからね!?
では、どうぞ。
早朝だろうか、それくらいの時に俺は珍しく起きていたフリージアに二人だけで地上に行きたいと言われ、車椅子に乗せて行くことにした。
その時の表情は…何と言えばいいのか、どうしても、といった感じだ。
地上の朝は少し肌寒い。
「寒くはないかね?」
「大丈夫、ごめんね…また我儘を言って。」
「構わないよ。娘の我儘を叶えるのは、父親の役目だからね。」
父親と聞いて、フリージアはクスクスと笑う。
…少し、寂しそうな声。
「娘より、随分と若そうな見た目なのにねぇ……。」
「…私は吸血鬼で、君は、人間だからね。
差が出るのは仕方無いことだ。」
「…そうね、だから、こうなるのも仕方がない事。」
車椅子を押しながら話し、目的の場所まで向かう。
そうだ、仕方のないことだ。
人間と吸血鬼。
人と人外。
本来なら、相容れない。
相容れてはならないのだ。
人外の常識と人の常識は互いに非常識なのだから。
……そんなこと、ずっと分かってた筈なんだがなぁ。
「…私達と過ごして、楽しめたかね?」
「えぇ、楽しかった。
家族に捨てられた私にまた家族というモノを与えてくれたから。
私には勿体無いくらい優しかった。
オーフィスも、ネロさんも、時折来てくれる魔王様も……貴方も。」
「家族には出来るだけ優しくしたいと思ってしまうのだよ。
甘い、と言われればそれまでだが。
だが、そうか。……よかった。」
「色んな事から守ってくれて。
知らないことを教えてくれて。
綺麗なものを見せてくれて。
……本当に、私は幸せだったよ。」
……ああ、そうか。
そんな笑顔で言われたら、信じるしかない。
花が咲くように美しい笑顔。
俺は、彼女を守れたんだ。
「そうか………さ、着いたよ。」
「……うん、ここ。
ここで貴方に会った。」
「ある意味で、始まりの場所だね。」
「えぇ……。」
着いたのは、初めて会った場所。
普通の、木が数本見える程度の草原。
「昔、ここで絶望して、このまま死ぬしかないって思ってた時に、貴方が来た。」
「そして、君に赤龍帝の事、冥界の事を話した。
どうするかと聞けば、ついてきて、家族になった。」
「そこから、色々なことがあった。
大変なこともあったけど、それでも楽しいことの方が多かった。
私にとって、ズェピア……貴方は正義の味方だった。」
「私はそのような破綻者ではないが…君をこれまで守り通せたのは私だけの力ではないが……だが、その言葉は受け取っておこう。」
正義の味方。
いつだったか、魔獣創造を宿していた子供にも似たようなことを言われたのを思い出す。
あの子供は今どのような人生を送っているのだろうか。
もう会うこともないだろうが、良き人生を送れてることを願うとしよう。
……正義の味方、か。
いつか悪役になる者からしたら勿体無さ過ぎる称号だ。
家族から贈られた称号。
嬉しい筈なのに、喜ぶべきなのに。
「……ズェピアが泣いているところ、初めて見たわ。」
「――泣いている?私が?」
涙、今まで一度も流したことのなかった涙が、ゆっくりと頬を伝う。
「うん、辛そうな顔して泣いてる。」
「…それは……」
「…ごめんね、本当に無理させて。
ずっと、ずっと…苦しかったのを我慢させて。
私は、貴方の優しさに甘えてた。
…本当に、ありがとう。」
優しく労るように、俺の顔を歳を取っても健康的な手で触れる。
俺は、胸の内を静かに語りだす。
「……私は、約束を守る。
君という存在が、人で死ねるように。
ずっと、君を守ってきた。
だが、真にそれを否定したかったのは私だった。
…吸血鬼に、死徒になる気はないかね?」
「無い。……最初に言ったけど、私は人として死ぬって貴方に言ったでしょ?」
「……私に力も劣るというのに?」
「じゃあ、やる?」
やるのかという顔で静かに俺を見る。
挑発的、とも取れなくもない。
……ああ、全く。
「する訳がない。君は、私の娘だ。
勿論、死徒になっても娘ではある。
だが……約束をして、それを破る気はない。
父親である私が、娘を傷つける事をするわけがないだろう。」
「……やっぱり、優しいね。
約束だなんて理由にしてるだけで、本当は貴方がしたくないからでしょう?」
「なら、聞かないでくれると私としても嬉しいのだがね。」
この子は、分かってて言うんだから質が悪い。
いつの間にか、涙は止まっていた。
そして、とある物を見て、俺は悟る。
「……もう、駄目なのかね?」
「…………気づいてたんだ。」
彼女の終わりが、もう近い。
…こんな時でも、笑って。
俺は泣きそうだよ。
「娘の事は、よく知ってるとも。」
「…なに考えてるかも?」
「…それは分からないな。」
「じゃあ、もうちょっと父親修行ね。」
「手厳しいな、君は。」
少しでも長引かせようと、少しでも声が聞きたいと話を続ける。
手を握ると、少しだけ、暖かかった手は冷めてきていて。
それが存在が遠退いていくのを実感させていく。
「……眠くなってきちゃった。」
「─っ、そう、か。」
彼女がそう呟くと、俺は手を握る力が弱まっていくのを理解する。
俺は、俺は……
「…大丈夫、またいつか、絶対に会えるから。」
「……会えるものか、私達は容易く死ねない。
君と死後会えるのも、期待は薄い。」
「夢が、ないなぁ……そうだ、最期に、また約束をしましょう。」
「約束……?」
微笑みを絶やさないで、意識の薄れてきているであろう目で俺を見つめる。
「貴方が生きている、内に……また会うって。」
絶対に再会すると、あり得ないことはないと。
そう語りかける彼女に、俺は信じたいと思ってしまう。
あり得ないと言っておいて、娘の言葉ひとつで変わるとは随分とチョロいなと笑ってしまう。
「…ああ、約束だ。必ず会おう、フリージア。」
「……うん、今度は……今度は……。」
掠れていく声。
手を握る力は、もう感じない。
「私から…………会いに…………」
握っていない方の手が、だらりと落ちる。
「…………っ。」
そうして、言いたいことを言い切ったのか満足そうに、笑顔で─
「──親より先に、逝かれると、ここまで苦しいものなのだな。」
─旅立ったのだ。
生命の終わり、彼女はこの世で旅を終えたのだ。
俺達のように人外からしたら短く、けれど彼女からすれば長い旅を終えたのだ。
ああ、終わってしまう。
忙しくも、楽しく、幸福に満ちた日々が終わってしまう。
もう、俺の名前を呼ぶ優しい声は聞けない。
もう、聞けないのだ。
「─さようなら、フリージア。」
次の再会はきっと、全部が終わった後だから。
だから、今はおやすみ。
「……帰ろう、皆が待ってるよ。フリージア。」
俺はマントを彼女に掛けてから、転移する。
─────────────────────
月 日
彼女はもう寝てしまった。
それを知らせると、オーフィスは彼女に抱きついて泣き出してしまった。
教授は『契約は終えた。安らかに眠るがいい、娘。』と言って戻っていってしまった。
ああでも言わないと、きっと彼も……いや、やめておこう。
帰って来た俺にあったのは悲しみではなくただ期待だけがあった。
彼女とまた約束をしたから。
いつか、会おうと。
今度は彼女から会いに来ると。
そう、約束したから。
彼女が来るのをいつまでも心待ちにしておくとしよう。
ゆっくりと来るといい、俺は、俺達はずっと待っている。
だから、今は。
─旅先で、休んでいなさい。
また、いつでも会えるから。
俺達は待ってるから。
─────────────────────
……この日記を書くことは、もうないだろう。
これからは、書くべきではない内容だ。
望みながらも、まだ平和を過ごしていたいと思っていた。
そう、俺はこれから計画を始める。
俺の望みを叶えるときが来た。
オーフィスの願いを叶えるときが来た。
夢に見た同胞との共闘の時が来たのだ。
だから、どうか、これを見ている君は、この日記の最後のページは俺達の前で話題に出さないでくれ。
あの子は俺にとっての宝物だから。
あの子は無限の少女にとっての宝物だから。
あの子は混沌にとっての宝物だから。
故に、汚そうとしないでくれ。
これは俺が親としていられた最後の記録である。
「さあ、開幕といこう。」
というわけで、待ちに待った原作編、開始となります。
さぁ、虚言の夜を始めましょう!