さて、ようやく始まる最後の劇場。
今回はその、プロローグみたいなものです。
さて、始めるときは来た。
邪魔者はいない。
居るとすれば、それは『俺』に他ならない。
ああ、そうだ。
俺は、『俺』を越えてみせる。
そして、その時こそ、娘の願いを叶えるんだ。
これが最後の劇になる。
ならば、最高の劇にしなくては。
監督役が出たとしても、おかしくはあるまい。
だからみっともない演技だけはないよう頼むぞ、親友。
■リ■ジ■、どうか、見ていてほしい。
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ここは、とても安らぐ場所だ。
名前の刻まれた墓で座り込んで寝かけているなんて中々におかしい行為だ。
でも、もう少し、もう少しだけこうさせて欲しい。
君が忘れられなくて、こうしていると、君が側に居るんじゃないかと思えてくる。
■■ー■ア……
「──」
─まさか、ここまでボロついてくるとはなぁ…俺も変なデメリットを神に頼んだもんだ。
長く生きれば、生きるほどに、おかしくなっていくだなんて、俺はあの時、どこかで人を望んでいたのだろうか。
それとも、永遠に近い命が怖かったか。
まあ、いい。
しばらくそうしていると、足音が聞こえた。
珍しい、誰だろうか。
「あれ、ズェピア。」
「む……サーゼクスかね。
墓参りかね?」
「うん、僕も彼女の明るさには助けられたことがあるしね。
こうして仕事に空きがあれば今でも来ているよ。」
「……そうか。」
花束を墓へ置く。
彼は、■れないのだろうか。
「君は……」
「ん?」
「いや……君の王としての姿は、見つかったかね?」
「ここで、聞くのかい?」
「あの子も聞いてくれてるかもしれないからね。」
「それだと成仏出来てないような…まあ、いいけどさ。
それが、まだ見付かりそうにないんだよね。」
困ったように、頬を掻く彼。
「でも、一つだけ決めていることがある。」
「ほう、それは?」
「悪魔の駒の廃止だ。」
「それは君達魔王が言い渡せば良いのでは?」
「そう簡単じゃなくてね。
魔王の実権というのはソレほど大きくはない。
君も知ってるだろうけどね。
僕らよりも長く生き、民を都合よく動かせるのが居るだろう?」
「ああ……大王の方にそんなのが居たか。」
「うん。
……僕達魔王は悪魔の代表だ。
その代表の権力が薄いなんてあっちゃならない。
僕達は、未熟だ。
人間や、他種族を悪魔に変えるなんて、世界からすれば人拐いをして無理矢理国民にしてるようなモノだ。
だからこそ、僕達はあの駒を廃止にしなきゃならないんだ。
次へこぎ出す為にも。」
「それが君の今の信念か。」
「そんな綺麗なものではないけどね。
三勢力が多くの罪を重ねてきたのは事実だし、償うためにも今の方法を撤廃しなきゃならないってだけだよ。」
「……そうかね。」
政治についてはさっぱりだが、立派なもんだ。
あの駒を無くすことが、どれだけの反響を生むか分からないわけでもあるまいに。
それでも前へと進まねばならぬと無くすことを決意したのだ。
……いや、きっと、前から決意はしていたのだろう。
あの駒の存在がいずれ害になることは彼も分かっていたから。
…うん、俺もそろそろ動き出さないと。
俺が、俺の望みを叶えるためにも。
「すまない、急用を思い出した。
またしばらく会えないだろう。」
「そっか、あまり無茶はしないようにね。
君が無茶をして倒れでもしたら、フリージアが怒るよ。」
──。
「─ああ、そうだね。
無茶をしない範囲での事だ、心配はいらないとも。
ではね。」
「うん。
……あ、ズェピア!」
「む?」
呼び止められ、再度振り向く。
「何かあれば、頼ってくれ。
僕達は仲間なんだから。」
「……ハハハ、無論、存分に頼らせてもらうよ。
その時は頼むよ、サーゼクス。」
そう言って、俺は今度こそその場を去る。
全く、仲間、だなんて。
ああ、頼らせてもらう。
何せ、これはお前に頼めるのは最後なんだからな。
それにしても…………。
……いや、まあいいか。
忘れるってことは、そう重要ではないって事なんだろう。
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結局、彼のどこか暗い顔をしていた原因がわからなかった。
心でも読めれば、とは思わないが、もう少し位こちらを頼ってくれても構わないだろうに、とは思う。
彼は何でも一人で解決しようとする。
それが、彼女を連れてきた理由の大半だろう。
というか、本人が言ってた。
それでも、いきなり通信を切って事を済ませてから澄まし顔で来るのは流石にイラッときたが、それも過去の話。
今の彼の顔は、とても見ていられなかった。
何かを失ったような顔をしていた。
それはやはり、今は亡き彼の家族…フリージアの事を未だに引き摺っているからなのか、それとも他に何かあったのか。
原因は分からない。
だからといって、彼の心に土足で踏み入るような真似はしたくはなかったから、あの場では頼ってくれとだけ伝えて去った。
ズェピア・エルトナムは僕が知る限り、かなりの強者の部類だ。
けれど、強いからといって精神まで強いとは限らない。
だから、それを支える存在が必要だった。
……彼にとって、唯一の支えはフリージアという人間の少女ただ一人だったのではと、考える。
僕は、良いとこ友人止まりだろう。
支えにはなれない。
セラフォルーも、アジュカもなれはしない。
彼はそれでも外面は何ともなさそうに振る舞う。
だが、時折見せる暗い顔は、辛さを隠しきれない時だ。
……それを放置して、今もこうして仕事をしてる僕は正しいのだろうか。
『魔王』としては正しいのだろう、冥界を管理する者として、これは欠かせてはいけない。
だが、『友』としては?
間違っているのだろう。
だが、二つ同時を得るのは無理なのだ。
故に、民を護る『魔王』を僕は選び取った。
そして、彼は僕に自分の描く王を語った。
だけど、僕の目指す王は少し違う。
……頑張らなくては。
他の皆も共に頑張ろうと、言ってくれた。
とてもありがたいものだ。
僕のような無能に、ついてきてくれるのだから、支えてくれるのだから。
僕にはこんなにも心優しいヒト達が支えてくれている。
それが僕の生きる原動力にもなる。
理想の王になり、この冥界を、後の世代が不自由なく生きれるようにするためにもまだ僕は死ねない。
……頭の中で一人ずっと王としての自分を描きながら、最早慣れた仕事をする。
この後、このままのペースでやっていけば時間があるはずだから少し街に出ようかな。
そう思っていたら、扉をノックする音が聞こえたので手を止める。
「誰だい?」
「サーゼクス様、グレイフィアです。」
「入ってどうぞ。」
「はい、失礼します。」
……珍しい。
いつもなら、この時間は彼女も色々と忙しいはずだが……
グレイフィアは少し険しい表情で入室してくる。
彼女が表情を露にするなんて……一体どんな案件なのか。
「サーゼクス様、緊急のご報告が─
─旧魔王領の悪魔全員が、死亡したとの連絡がありました。」
「なっ……!」
馬鹿な……旧魔王領の悪魔が全滅?
僕達現魔王はそのような事はしていないし、眷属に命じてもいない。
……とすると、現魔王の悪魔でなく、旧魔王の悪魔の内乱?
いや、それならばもっと早い段階で起こっていた筈だ。
しかし、可能性は捨てきれない。
……残る可能性としては、第三者による犯行。
一体誰が……?
堕天使、天使…他の神話勢力……疑ったらキリがない。
「誰がやったかは?死体の状態は?」
「誰がやったかについては不明ですが、状態としては奇妙な共通点があります。」
「共通点?悪魔の死体全てにか?」
「はい──魂が、抜けていたと。」
「────。」
数秒ほど、自分の中の時が止まった。
魂が、抜けていた?
いや、そんな。
昔の会話を、思い出す。
『……それは神器を抜き出すってことかい?』
『その通りだ。
だが安心したまえ、魂と結合しているそれのみを抜き出す。』
『…もうその技術が君にはあると?』
『ああ、錬金術というのは便利なものだよ。
見極めが楽になる。どこをどのように錬成すればいいかとかね。』
「─まさか。」
『すまない、急用を思い出した。
またしばらく会えないだろう。』
そう言うことなのか?
あのタイミングで、冥界に来たのも。
いや、待て、落ち着け。
もう少し整理しよう。
まだ犯人とは決まって─
『月桂樹の花は好きかね?』
「…グレイフィア、少し、良いかな。」
「何でしょう?」
「月桂樹の花の、花言葉を知ってるだろうか?」
「月桂樹の花……ですか?
ゲッケイジュ全般では、『栄光』『勝利』『栄誉』。
月桂樹の花では確か──
─『裏切り』、だったかと。」
「……そう、か……ありがとう。
すまない、至急、セラフォルーとアジュカ、ファルビウムを呼んで欲しい。
ファルビウムは脅してでも連れてきてくれ。」
「は、はい。」
少しドスの効いた声で頼んでしまったせいか、グレイフィアが困惑していたが、すぐに呼びに行ってくれた。
仲間でいたと、親友でいたと、思っていた。
拳に力が籠り、気付けば机を叩いていた。
割ってないかと心配するところだが、それどころではなかった。
僕は、無能だ。
君のヒントをこうまで気付けなかったなんて。
……ああ、そうか、君はずっと僕に伝えていたんだね。
自分は、いつか、そうすると。
止めるなら、今の内だぞ、と。
─ズェピア・エルトナム。
致命的な見落としが、ここまで波紋を広げてきた。
物語は、終盤へ。
最後の劇が始まる。
それが誰にとっての最後なのかは、さて。
もう少し、観客にはこの三流役者だらけの舞台を見守ってもらおう。