ならば後は幕を開くのみ、それが監督としての最後の役目だ。
願わくば、これが良き演目であるように。
何かが割れるような音が頭の中に響いた。
気のせいだ。
何かが崩れ落ちる音が頭の中に響いた。
…気のせいだ。
何かが、砕けるような音が頭の中に響いた。
……気のせいだ。
何かが壊r気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ気のせいだ。
俺は、俺だ。
俺は、ワラキアの夜で、ズェピア・エルトナムで、■■■■で……
あれ……
俺の名前、なんだっけ?
……まあ、いいか。
俺の家族は、オーフィスとネロ・カオスと──
─■■■■ア
あ、れ……。
俺の、家族は?
もう一人、居た筈なのに、誰だか、思い出せない。
会話を、思い出そうとする。
記憶の引き出しを開ける。
『君は、どうしてそうも頑固なのかね。』
『そ■■のき■■■るじゃ■い。』
『ふむ?』
『■■■■■■だ■ら■!』
……は?
待て、待て。
忘れちゃ、駄目な存在だろう?
俺がこうして生きてこられたのも、その存在が居たからだろう!?
『■■に、■た■束を■■し■う。』
思い出せ、思い出せ。
それだけは、忘れてはならないんだ!
その約束だけは、忘れないと誓っていたんだ!
あの子との、最後の繋がりを、消したくない!
『貴方が生きている、内に……また会うって。』
大事なナニカは、音を立てて崩れていく。
それでも俺は──
─この欠片を、離しはしない。
──────────────────────
「ズェピア!」
「……む、眠ってしまっていたようだ。
すまない、オーフィス。」
「……謝らなくて良い。
ズェピアはたまに無理するから。」
眠っていたようで、オーフィスが心配そうな顔で俺を見つめていた。
謝罪すると、思い詰めた表情で別に良いと言う。
……何か、あったのか?
「オーフィス、どうかしたのかね?」
「…別に何もない。
それより、もう行くの?」
「もう、というより、やっと、が正解かな。
私達はこの時をずっと待っていたではないか。
……グレートレッドを倒す為にもね。 」
「……ん。」
思い詰めた表情は、直らない。
何だろう、何が原因なのか……。
困ったもんだ。
こういうとき、頭を働かせないと。
■■ー■■なら、どう接したか思い出……
……。
ハ、ハハハ……ここまで影響が早いか。
大丈夫、まだ俺は俺だ。
ったく、HF編の士郎君かよ俺は。
「さあ、行こうか。」
「ん。」
教授は先に行って待っててくれている筈だ。
術式の最終確認も、彼が行ってくれているから問題はない。
……もう、何気無い日常も、過ごせないのは少し寂しいもんだ。
・
・
・
帰ってきたのは、ずっと掃除されてきたかのように綺麗な冥界にある家だった。
……ああ、ここだ。
少しだけ、思い出す。
『チェック。』
『あーー!また負けた……負けてくれてもいいじゃない!』
『いやぁ、親として負けるわけにはいかないよ。』
『次、フリージア、我と。』
『ふっ、騒がしい連中だ。
チェスならば静かにやるべきだろうに。』
『そう言って一度もやらないが、君はもしや負けるのが怖いのでは?』
『……ほう、ならばやるか。』
『うむ、もう一つ用意して正解だったようだ。
死徒同士の殺し合い(チェス)に講じるとしよう!』
『『騒がしいのはそっちなんじゃ……』』
ああ、懐かしい。
この部屋だ。
この部屋で、よく本を共に読み、道具を用意しては皆で遊び、話をした。
「ズェピア。」
「……大丈夫、大丈夫だから……じゃない。
すまない、少し感傷的になってしまっていた。
ハハハ、歳は取るものではないな。」
本当に、歳は取るもんじゃない。
「…フリージアは、もういない。」
「……理解しているとも。」
「我じゃ、フリージアの代わりにはなれないの?」
「誰かが死んだ者の代わりになどなってはいけない。
それは死者を侮辱する行為だ。
大丈夫だよ、私はまだ、私だ。」
「……うん。」
そう悲しそうな顔をするんじゃない。
まだ始まってもないし、死んでもいないんだから。
ああ…無情なもんだ、世界ってのは。
そうさ、神に転生させてもらって、この姿や力を貰って、好き勝手して……
でも、世界は残酷で、周りは古くなっていき、無くなっていく。
そんなこと、分かってた。
昔から、それこそ前世から理解してた。
……分かってても、辛いものは辛い。
約束したのにな。
ずっと、待つって約束したのに。
早く会いたいと、早く言葉を交わしたいと…焦がれるのは間違いなのか?
君との時間を恋しく思うのは間違いなのか?
間違いではない。
だから、俺は待っているんだ。
「遅かったな。
あの人間と過ごした家を、今一度隅々まで確認したくなったか。」
「…そうかもしれないな。
……問題は?」
「ない。
再現において、この世界では貴様の上は居なかろう。」
「ん、なら、後は……アイツらを倒してから、グレートレッドを倒す。」
そう、これを起動すれば、俺達は……俺は、ようやく悪になれる。
「貴様は済ませたのか?」
「うむ、準備は終えた。
これでキャストは揃う。
我々は、ようやく終わりへ漕ぎ出すのだ。」
「貴様のこだわりには呆れしか出んな。」
「……ハハ、私なりの、我儘だよ。」
「……ところで、私が来る前に誰かがこの家に入り込んだ形跡があったぞ。」
言うの遅いよ!
ったく……まあ、犯人はヤス……じゃなくてサーゼクス辺りだろう。
「それ、早く言うべき案件だろう。
しかし、そうか……それは放っておいても構わない。
気付いたからこそここに一度来たのだろう。」
「そうか。」
会話が終わると、裾を引っ張られる感覚がして、引っ張っているオーフィスの方を見る。
「ズェピア……まだ、時間ある?」
「あるにはあるが、どうかしたのかね?」
「ズェピア、疲れてる。
だから、一度休む。」
ソファに座って、膝をポンポンと叩く。
……全く、この子は。
ネロを見ると、好きにしろと術式を見ていた。
俺は仕方無いかと苦笑して、ソファに座って、オーフィスの膝を枕にして横になる。
撫でられる感覚がする。
恐らく、俺がしてるようにオーフィスが頭を撫でてるのだろう。
「…我とカオスは、ずっとズェピアの支えになるから。
だから、無理はしないで。
これから、大変だから、今はおやすみ。」
「……ありがとう、オーフィス。」
俺は、礼をした後眠気が襲い、それに身を任せ、すぐに眠った。
──────────────────────
すぐに寝たズェピアに、微笑みながら頭を撫で続ける。
起きるまで、ずっと。
カオスがふっ、と笑いズェピアを見ながら我に話しかけてくる。
「貴様も、難儀なものだ。」
「我は我の意思でここにいるから、いいの。
それに、家族だから。」
「そうだとしてもだ。
貴様も気付いているだろう。
奴の異常に。」
「……。」
何かを探すかのように、無くした何かを見つけようとする表情を、最近よくしていた。
何を見付けようとしているのかは……もう分かりきっている。
ズェピアは、恐らく、フリージアを忘れかけている。
きっと、他にも今までの記憶のいくつかは欠落している。
「タタリは最早死徒とは違う存在だ。
が、何らかのデメリットかは知らんが、記憶の欠落が起こっている。
それに気付いたのは、何気無い会話からだ。」
『トマト……思い出すな。
フリージアはこれが大の苦手であったな。』
『?……ああ、そうだったね。
よく、料理に出しても残そうとしていた。』
『……そうだな。』
「あの時の何かを確認するかのような顔、そして我々との記憶の食い違い。
……奴がそれ以外であの娘の事で忘れるものか。」
「……そう。でも、それでもズェピアはズェピア。
我の大好きで、恋してるズェピア。」
「…それもそうか。
私も、死の瞬間までそれに付き合うとしよう。
……尤も……その瞬間も近いかもしれんな。」
「駄目。カオスも家族。
死んじゃいや。」
「ククク、我儘な龍神だ。」
「それが我だから。」
一時だけの穏やかな時間を、今生きている家族三人で過ごした。
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ところ変わって、会議室。
そこには四人の悪魔……魔王が座り、話していた。
「…ズェピア・エルトナムは裏切っていたと。」
「その通りだ。」
「ま、待ってよ!
ズーちゃんが私達を裏切るなんて考えられないよ!
何かの間違いでしょサーゼクスちゃん!」
どこかそうであってくれという懇願に近い様子でそう聞いてくるセラフォルーにサーゼクスは沈痛な面持ちで静かに首を横に振る。
「そんな……」
「証拠はあるのー?」
「ああ、まず、旧魔王領の悪魔全てが魂の抜けた状態で死んでいたのは知っているだろう。
だが、そのようなことをする犯人はこの時点でかなり限られてくる。」
「魂を抜くなどという行為は繊細だからな。
それを旧悪魔全員に、となると実力者だろう。
しかし、それをズェピア・エルトナムがやれるというのか?」
「……出来る。
事実、彼は『魔獣創造』を人間から魂と切り離して入手している。」
「……でも、それだけだと出来るってだけで犯人とは断定できないじゃない。」
「そう、これだけなら僕も気のせいだと思えたんだ。
でも、彼は僕らにずっと裏切りのヒントを残していた。
それこそ、フリージアの生きている時から。」
サーゼクスの言葉に、アジュカとセラフォルーは驚愕した。
そんな前から決めていたのかと。
ファルビウムは依然と怠そうにしながらも話を聞いている。
「例えば、月桂樹の花だ。」
「裏切りの花言葉を持つアレか。」
「彼は意味もなく、それを聞いてきたことがあった。
……決定的な証拠もある。」
サーゼクスは、懐から手記を出してそれをテーブルの上に置く。
それを手にしてセラフォルーは読み始める。
読み進めていくと同時に段々と彼女の表情は暗くなっていき、最後のページになると、アジュカに手記を渡して伏して泣いてしまった。
アジュカも読み終えると、舌打ちをしてからファルビウムに読むか聞く。
ファルビウムは別に良いと言うので、手記はサーゼクスの元へ戻ってきた。
「……オーフィスとも関係があったとは思わなかったけどね。」
「腹立たしいのが俺達がアイツの芝居に付き合わされたということだ。
……それで、サーゼクス。
お前はどうするんだ。」
「グレートレッドを倒す……それがどのような影響を世界全体に与えるか未知数だ。
それに、彼の計画事態がどれ程のモノかも分からない。
……ズェピア・エルトナムを、倒そう。」
「…ふん、一度殴りたいと思っていたからな。
丁度良い機会だ。」
「ありがとう、アジュカ。
……セラフォルーとファルビウムはどうする?」
「……私も、やる。」
「じゃあ、僕はやらなーい。」
「えっ!?どうしてよ!」
「悲しみで判断力鈍ったかな?
外交担当しっかりしてよー。
君達魔王三人が行ったら、必然的に僕は残らなきゃでしょー?」
ファルビウムはへらへらとした笑みを浮かべながら行ってらっしゃ~いと手を振る。
サーゼクスは、感謝の念を抱いた。
「…じゃあ、任せるよファルビウム。」
「はいは~い、面倒事はそっちが片付けてきてね~。」
「ああ、任せてくれ。」
「……それで、奴が何処にいるのか分かるのか?」
「一度、彼の家に……「サーゼクス様!」グレイフィア?どうしたんだい?」
慌てた様子で、サーゼクスの『女王』であるグレイフィアが部屋へ入ってくる。
「申し訳、ございません……。
サーゼクス様、こちらを。」
「これは……手紙?
こんな時に誰から……」
手紙を受け取り、それを裏返してみる。
─ズェピア・エルトナム
そう、名前が書いてあった。
「……全て、お見通しか。」
手紙を開けて、どのような内容かを確認する。
『家で待つ。
そこで、最後の劇の開幕といこう。』
……それが、誰にとっての最後かは分からない。
「彼は家にいるようだ。
何かされぬ内に行こう。」
「ああ。」
「うん……。」
サーゼクス達の精神的なダメージは決して小さくはない。
長年の付き合いだった友人が裏切ったのだ、当然だろう。
セラフォルーはサーゼクスの次に仲が良く、ズェピアの知恵には何度も助けられた。
だからこそ、ダメージは大きかった。
アジュカも、何ともなさそうな風を装ってはいるが内心は傷付いていることだろう。
「……サーゼクス、お前は大丈夫か?」
「大丈夫と言えば、嘘になる。
けれど、僕はここで立ち止まれないから。」
「…そうか。」
「うん。では、行ってくるよ、ファルビウム、グレイフィア。」
「お気をつけて……。」
「じゃあね~」
そうして彼らは会議室を後にした。
ファルビウムはそれを見送った後、溜め息を吐く。
「はぁ~、あの三人が行っちゃったら僕大変どころの騒ぎじゃないよ。」
「……ですね。」
「ま、引き受けたからにはやるけどね。
久し振りに働くぞ~。……面倒だけど。」
──────────────────────
そうして、三人はズェピアの家へと着いた。
魔獣の一匹くらい襲ってくるかと思ったが、これといった襲撃はなかった。
だが、彼らはここに居る筈のない人物たちを目撃する。
「リアス……!?それに眷属の皆も……」
「お兄様、それにアジュカ様にセラフォルー様も!」
「魔王様達が何でここに……?」
それはサーゼクスの妹であるリアス・グレモリーとその眷属達であった。
特にリアスとイッセーの驚きは大きかった。
「…何故ここに居るんだい?」
「ズェピアおじ様から手紙が来て、それでここに来たのですが……何かあったの、お兄様?」
「……言った方がいいだろうな。」
「…そうだね。」
サーゼクスはリアス達に説明した。
ズェピアが裏切っていたこと、オーフィスと家族であったこと。
グレートレッドを倒す目的があること……そして、ズェピアからここに呼ばれたことを。
リアス達は驚愕を隠せなかった。
特に幼少期から優しい彼の姿を知っているリアスの衝撃は計り知れない。
「ズェピアさんが、そんな……」
「……あの時の問いも、嘘だったと言うことか。」
「そういう訳だから、彼は何をするのか分からない。
君達は早く避難を…「嫌です!」…リアス、危険なんだ、分かってくれ。」
「お断りします。
それに、魔王様方がいくら強くても、おじ様…ズェピアとネロ、そしてオーフィスを相手取るのは自殺行為です!
ならば、一人でも戦力が多いに越したことはないはず!」
「しかし……君達は未来ある若者だ、失うわけには…」
「……魔王様、俺からもお願いします!」
「イッセー君まで…」
他の眷属からも、頼み込むような視線をサーゼクスは受けて、葛藤した。
確かに、戦力が多い方がいい。
だが、彼らが戦いについていけるかは別だ。
それこそ、ズェピア・エルトナムとネロ・カオス、オーフィスは今までの敵とは桁違いの強さを有している。
……数で叩けば勝てるとは到底思えない。
「……いいんじゃないか、連れていっても。」
「アジュカ!?何を言ってるんだ!」
「言っても聞くまいだろうから、連れていく。
それだけだ。」
「だが……」
「実力差があるなんて百も承知だろう。
それでも戦うと言っているんだ。」
「…えっとね、リアスちゃん達。
私たちも全力で戦うけど、守りきれないかもしれない。
それでも来るの?」
「はい!」
「……ほらな。それに、一刻を争う可能性も否めん、さっさとした方がいい。」
「サーゼクスちゃん。」
「……分かった。では、協力感謝する。」
「…!ありがとうございます!
皆、聞いたわね。
これは危険な戦いよ、それでも来てくれる?」
『はいっ!』
皆、強い意思を持っての返事だった。
それがたまらなく彼女には嬉しかった。
それを見て、サーゼクス達はこの若者達は守らねばと決意した。
サーゼクスは、魔王としての自分に切り替える。
「……行こう!」
そうして、彼らは入っていった。
割れていくナニカ、それはもうすぐ全て消えていく。
だが、それでもこの『約束』はこの手の内に。
次回、『ワラキアの夜』