タイトル通り、彼が出ますが、まだ本番ではないとだけ。
昼過ぎほど、昼食も食べさせてもらった。
シオンさん、料理うまいなぁ……。
部長と俺とシオンさんはまだ部長の家で魔王様が帰ってくるのを待っている。
中々魔王様が帰ってこないので不安になってはいるが、宛もなく探しても意味はないので、こうして座って待っているわけだ。
「……ねえ、ズェピアの目的は何なのか分かる?」
「いえ、私にも分かりません。
彼がなぜこうしてタタリで世界を覆おうとしているのか……」
「そう…」
「なあ、ズェピアはシオンさんの『切り札』で勝ちの可能性があるのは分かったけどよ。
ネロ・カオスはどうやって倒すんだ?
ズェピアの相棒って感じだったから、強いんだよな?」
「ええ、ネロ・カオス…彼はある意味ではズェピアよりも厄介な存在です。
彼は個を相手するより、群を相手することに長けている。」
「一対多数を出来るほどの能力、実力はあるって事ね。
……だとしても、一人で挑むのは危険ね。」
「はい、それどころか、私達だけで挑んでも勝てるかどうか……」
「そんなに、強いのか……」
コクリと頷き、紅茶を飲むシオンさん。
冷静に見えるが、本心までは分からない。
「シオンさん、勝機はあるのか?」
「魔王達を戻せればチャンスはあります。
これは完璧にネロ・カオスの動きによります。」
「そうか……なら──「静かに!」えっ」
じっとしておいた方がいいか、と言おうとしたときシオンさんが何かを察知したかのように俺の言葉を遮る。
「……何か、聞こえませんか?」
「何かって……」
俺と部長も耳を凝らしてその何かを聞こうと試みる。
時計の針が進む音、心臓の動く音──
─何かの、唸り声のようなものが聞こえた。
「確かに、聞こえるわ。」
「……獣か?でも、犬の声には程遠いよな……。」
「…まさか!
二人とも、今すぐ家を出ますよ!」
「え、お、おう!」
「わ、分かったわ!」
凄い気迫で言われ、俺達は玄関まで走る。
玄関まで着いたその時、上の方でバリンッと窓ガラスが割れる音が聞こえた。
マズイと感じ、俺達は外まで出る。
まだ昼頃の筈なのに、夜のように暗くなっていた。
「今のは、ネロの仕業か!?」
「はい、獣の一匹を差し向けて来たのでしょう。
後何体来るか分かりません。
何処かへ逃げますよ!」
「なら、一番後ろは俺が!」
「ええ、任せるわ、イッセー!」
俺を後ろに配置して、走る。
何処へとは決めていないが、取り敢えず開けた場所。
ここだと戦うとしても狭すぎる。
顔だけ後ろを向かせて部長の家の方を確認する。
「なんだ、あれ……!?」
「魔獣……?」
ライオンに近い姿をした黒い獣が家から出てきて、俺達を見捉える。
獣は俺達に向かって走り出した。
マズイマズイマズイ、あれ一体ならまだしも他にも来る可能性があるならマズイ!
「二人とも、公園へ行きます!
あそこなら十分に戦える!」
「ええ。
イッセー、あの獣が迫ってきたら対処お願い!」
「はい!」
くそ、アイツ速いぞ!
着々と距離を縮めて俺達を喰おうとしてくる。
そして、十分な距離になると、獣は俺目掛けて飛び掛かってきた。
「でぇいっ!」
「■■■─!」
振り向き様に蹴りを顔にぶつけて横に吹き飛ばす。
手応えは感じるのに、何処か変な感覚がする。
今のうちに倍加で、身体を強化する。
『相棒、これは誘い込まれてるぞ。』
「んなの、分かってる!」
ドライグの言葉に乱暴気味に答える。
獣は執拗に俺達を追い掛けてくる。
知らぬうちに、地面から他の形の獣も湧き出て俺達へ向かってくる。
数は今のところ、15体。
『■■■!』
無限に湧き出るとか……無いよな……?
「公園が見えました!」
「でも、これは……」
「ええ、確実に誘い込まれています。
追い込まれてる、の方が正しいですが。
……居ました。」
真ん中で待ち構えるように立っている大男は、俺達が公園まで入ると振り向く。
獣たちも、俺達へ唸りながらも止まる。
「来たか。存外、早く釣れたな─む?」
「…。」
コートを着た大男─ネロ・カオスはシオンさんを訝しげに見る。
改めて、相対して分かった。
こいつは、強い!
「─姿はシオン・エルトナムだが、中身は違うな。
貴様は……いや、お前は……。
クク、ハハハ……!」
「っ……。」
ネロは傑作だと言わんばかりに笑う。
シオンさんとは知り合いなのか……?
シオンさんを見ると悲しそうに目を伏せている。
「ハハハ!よもや、お前が私達へか。
その殻を被ってまで、過去の幻影に過ぎないお前が私達を止めに来たか。
誰の差し金だ?」
正体を察してるのか、親しそうに話し、聞いてくるネロにシオンさんはネロをしっかりと見る。
「答え、られませんね。
私は…っ、私は、貴方や、ズェピア、オーフィスを止めるために来た。
たとえ、私が過去の幻影で、弱虫で、戦いから逃げてきた者だとしても……それでも私は!」
「…そうか。
ならば殺すか、私を、ズェピアを。」
「殺すのではありません!止めるんです!」
「甘い、実に甘い答えだ。
最早、止める止めないの域ではないのだ。
既に、我らは殺すか殺されるか。
至って簡単な弱肉強食な域までになった。
よもや、その可能性を考慮しなかったお前ではあるまい。」
「っ……でも、私達は……」
「……迷いを捨てきれないのは親に似たか。
ならば、逃げ帰るが良い。
口先だけ宣うのならばそれこそ童にも出来る。
今のお前は、見るに堪えん。」
ネロはシオンさんの考えを、尽くを否定する。
心を折ろうとしているのか、それとも、知り合いだから見逃そうとしているのか。
シオンさんは、俯いて押し黙る。
ネロは、黙ってしまったシオンさんを冷めた目で見る。
まるで、人とすら思ってないような目だ。
「……私は…」
「あの頃の、お前の意思の固さは、もう残っていないのか?
私が、私達がお前を通じて見つけた人間の美しさは、お前にはもう無いというのだな。
逃げ帰る力も湧かぬか。
ならば、いっそ苦痛無く喰らうのが私にできる最後の礼だ。」
その言葉を皮切りに獣が次々と俺達へ襲いかかってくる。
目の前で餌を食べることを待たされ、ようやく許可されたような勢いで、俺達へとその牙を向ける。
俺は一発でも貰わないようにしながら獣を殴ったり蹴ったりして倒していき、部長は消滅の魔力をぶつけることで獣を消し去る。
シオンさんは、余程ネロの言葉が効いたのか、黙ってしまったままだ。
「…シオン!貴女、ズェピアを止めるって言ってたじゃない!
それを敵の言葉だけで貴女が止まってどうするの!?」
部長が、シオンさんの説得をしている。
動けと、止まってはいけないと。
俺は、更に身体を倍加で強化して獣達を倒す。
ああくそ、俺一人でこれの対処は長く出来ねぇ!
「……リアス、しかし、私は…彼の言葉が、正しく思えるんです……!
私は、現に迷ってしまっている!
分かってたんです……もう、彼らは死ぬまで止まることはないなんて事はっ…
それでも、私は……」
「……シオン、一つだけ聞かせて。」
泣き叫ぶように、シオンさんは言葉を吐き出す。
部長はシオンさんを真っ直ぐに見て問う。
「─貴女は殺したいの、殺したくないの?」
「……!」
「貴女の、本心を言いなさい。」
「部長!獣がどんどん……!ぐぁっ!」
深くはないが爪が肩を引っ掻かれた。
くっそ、こんなんじゃ部長とシオンさんが!
「私、は──」
どのみち、シオンさんが居ねぇと俺達は勝てない。
なら、時間を稼がないと……そう思って戦っているのに、体にどんどんと疲れが溜まっていく。
そのせいか、一匹の獣が俺の横を通り過ぎて部長達の方へ行ってしまうのを許してしまった。
「─部長!シオンさん!」
「っ!……?」
銃声が、辺りに鳴り響いた。
部長を 喰おうとしていた獣の頭に穴が空いている。
「シオン…!」
「──私は……殺したくない。
あの人達との約束を、こんな形ではなくて、しっかりとした、笑顔を浮かべて……ただいまって、言いたい!」
しっかりとした足取りで立ち上がり、決意の籠った目でネロを見捉える。
ネロはそれを見て、獰猛な笑みを浮かべる。
先程のような冷めた目が、嘘のように。
「そうだ、その目だ。その頑固さ、戻ったか。」
「ええ、私は、何があっても……もう、私を見失わない。」
「ならば、止めてみろ。
この暴虐を為す私を、壊れても家族がために動く奴を!」
「ネロ・カオス…貴方を必ず『止めます』!」
シオンさんは、そう言って銃をネロへと向ける。
「部長、やりましたね!」
「ええ、でもイッセー、終わったわけではないわ。
私達が不利なのは依然として変わってない。
何か、後一手……いえ、二手はないと……」
絶望的状況には変わりない。
だけど、シオンさんはもう諦めはしない。
なら、何かあるはずだ。
その時、突然対処していた獣達が消え失せた。
何があったのかと後ろを振り向くと、傷だらけのシオンさんが倒れていた。
しかし、周りには獣の死体が多くあるところを見るに一方的ではなかっただろう。
「シオンさん!」
俺はすぐにシオンさんを抱き起こす。
あの短時間でこんなに……くそ、強すぎる。
そもそも、獣が多過ぎて本体までが遠い。
「お前の強さは意思の固さだ。
……だが、実力はやはりその殻に頼った戦術だったようだな。」
「ぅ…ぐっ……まだ、まだです……!」
「…その傷だらけで尚立ち上がるか。
……ふ、いいだろう。
今日はここまでとしよう。」
「どういうつもりだ!」
「シオン・エルトナムに免じて……という訳ではないが、私はお前との戦いをもう少し楽しみたい。」
「勝機を、逃すというのですか……?」
ネロはくつくつと笑う。
「勝機を逃す、そうとも見えるか。
しかし、私は強欲でね、もう少しだけ、お前と別の面で語らいたいという欲が出た。
それに従うまでの事よ。」
「……ネロ、貴方は……」
「確かに要二人を目覚めさせたのは最良とも言える。
だが、後一手遅かったな。
短期間とはいえ時間のある内を、存分に活かせ。」
「……。」
ネロはそう言って、地面へ溶け込む。
獣もまた同じように消え去った。
欲に従って、か……後悔させてやるぜ、俺達に時間を与えたこと……!
「すみません、イッセー……私のせいで。」
「謝ることじゃないぜ。それどころか、シオンさんのお陰で時間が出来たんだから俺達が感謝しなきゃな。」
「ええ、その通りよ。
ネロがあんな事をするとは思ってなかったけど、これでお兄様達の催眠を解けるわ。」
「いえ、ネロがああしたのはきっと……」
「シオン?」
「……。」
「シオンさん?……よかった、寝てるだけだ。」
二人して安堵のため息を吐く。
戦闘が初めてだったのか……?
その割には、あんなに獣を倒せてたけど。
「部長、どうしますか?
家の方はもう……」
俺はシオンさんを背負ってどうするかを部長と相談する。
「そうね……でも、お兄様はまだ催眠に掛かってるから家に帰ってくるはずよ。
一応、私達も家へ戻りましょう。
情報もある程度掴めたしね。」
「はい!」
傷の手当てもしなくっちゃな。
……ネロ・カオス。
アイツとズェピアが一緒に来なくてよかった。
二人が相手だったら確実に俺達は殺されていた。
いや、ネロ一人が相手でもあの状況は本気を出せば殺せたはずだ。
……本当に、欲に従ったから、なのか?
公園に、カラスの不気味な声が鳴り響いた。
シオン・エルトナムの中身はもうこの物語を見てきた皆様なら分かりますね。
問題は、他にあるんですけどね。