今回、二人しか出ません。
夢を見ている。
男が必死に何かを読んでいる夢を。
『─ああ、そうだ。
忘れちゃいけない。
俺はまだ果たせてない……。』
ピタリと、五ページは読み進めてそこで手を止めてある一ヶ所を大事そうに見ている。
忘れまいとしているように、私は見えた。
『これがあるなら、しばらくは忘れない。
……でも、いつかこれが意味を無くす…それまでに。』
男は急がねばならない理由があるようだ。
忘れない内に、何かを終わらせようとしている。
─ああ、これは私だ。
間違いなんてあり得ない。
これは、私だ。記憶があり、この『私』になる前の『私』だ。
何と、羨ましい。
今の私は、一つも思い出せなくなったというのに、夢のお前はまだその域ではない。
『…結局、俺はアンタを越えない。
当然か……俺は、アンタじゃないもんなぁ。』
諦めのような声。
この男は、ワラキアの夜を越えようとしていたのだろうか。
憧れが挑戦へと変わり、それが無理だと断じる彼は、それでも弱気な表情を浮かべなかった。
『まあ、家族を大事にした点は、俺の勝ちだな。
これが俺の誇れる唯一の点だから、負けれませんわ。』
寧ろ、一つだけでも勝てた。
ならば、それでいいと笑う彼に、私は呆れた。
「─君も、逸般人じゃないか?」
そこまでボロついて笑えるとは、私も呆れるというもの。
なんだ、最初から答えはあるじゃないか。
そうして私は、意識を落とす。
どうせまた出てくる奴を叱るために。
こういう展開は、好きじゃない。
だが、悲劇的すぎるのはもっと好きじゃない。
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目を開けるとそこはまたしても白い空間だった。
「芸がないな、ここは。」
「そうかな、■は好きだけどなぁ。」
「私は、このように殺風景が続くと観客が減ると言いたいのだがね。
まあ、それはどうでもいい。
君のいうように私は答えを見つけてきたぞ。」
「わお、そりゃ凄いや。
聞かせてもらっても?」
「構わないとも。」
推理など柄でもないし、元より自分との会話なのだからイタイだけなのだがね。
まあ、戻るためにはこのノイズとしてしか居られない存在を舞台に戻さなくてはならない。
「まず、私は君の神からの特典の一つであるタタリの改造、それに忘却という機能を追加した。
合っているね?」
「まあ、せやな。」
「これによって君はタタリを使う毎に死徒のデメリットを無くしたにも関わらず何かを忘れるようになった。
それは使えば使うほどに効力の増す、いわば呪いだ。
人として無意識に願ったのか?」
「……どうだろうな。
もう今となっては分からない。
だけど、あの時は多分、忘れることが人であった証と考えたのかも知れない。」
自分は元々人であると認識するための忘却。
だから半端な死徒なのだ彼は。
元より全てを覚えるなど辛い以外の何物でもない。
それを彼は何処かで理解していたから無意識に頼んだのだろう。
「そうして、現代に至るまでタタリを使い続けてきた君はとうとう重要なモノを忘れた。
ああ、『今ここにいる』君ではない。
─もう消え去った『君』だよ。」
そう、本物の『彼』はいない。
だが、目の前の彼もまた本物だ。
「んー……そこまで理解が及ぶとは、流石はアトラス院院長殿…を元に作られた人格様。」
「私がいるのは君のせいなのだがね。
さて、彼は事前に自分と同じ存在をこのタタリに作り出していた。
自分が消えたときの為の保険として、彼と同じ記憶を持ち、彼自身でもある君をね。
記憶は全て忘れる前のモノと忘れた後の出来事を君にインストールして、彼は消えた。
そうして存在するのが、『忘却』というデメリットの影響を受けていない君だ。」
私もだが、彼もまた変わった存在だ。
私はズェピア・エルトナムを元に作られた人格であり、彼は『彼』を元にして作られた人格だ。
私が覚えているはずもない。
私は忘れた後に出来た存在なのだから、記憶の不備が多少あるのは当然の事だ。
対して彼は全てを覚えている。
そうなるように作られた存在だからだ。
私とは違う。
「そこまで言えるのは凄いっすよ。」
「いやいや、ヒントを彼処まで出されたからこそだ。
……さて、交代の時間だよ、■■■■。」
「その名前はもう捨てたっ!
よし、言えた。
……でもよ、交代ってことは今度はお前がここに閉じ込められるんだぜ?
ずっとだ。
時間の影響も何もない空間だぞ?」
「何だ、そんな事か。」
「そんな事って……」
そんな悲しそうな顔をされても困る。
元より、私は彼が消えなければいなかった存在だ。
それに、死ぬわけではないのに大袈裟な。
ああ、そういえば、顔が見えるようになってるな。
なんとも凡人らしい顔だ。
前世はサラリーマンかな?
「君の物語だろう。」
「えっ。」
「君が始めた劇場だというのに、どうして主役がいないのか?
それではいけない。
折角完璧な状態なんだ、舞台に戻り、演じたらどうかな。」
「お前が演じれないのはいいのか?」
「おかしな事を言う。
私は舞台として常に演じているだろう。」
「は?」
「私はタタリだ。
いわば、この舞台が偶然人の形をとって少しはしゃいだだけの事。
私は本来の私に戻るだけで、君は本来の役に戻る。
全てがあるべき形に落ち着くだけなのだよ。」
そう、私はタタリ、現象のタタリだ。
今更、結界としての役割に戻ることに何の抵抗があろうか。
寧ろ、この舞台になることで役者たちの演技を見落とすことなく観賞できるのだから、これ以上の娯楽はあるまい。
こんなにも楽しみにしてる私に対し彼は不安そうだ。
「でも、■に出来るのか?
■が、ズェピア・エルトナムの体に戻って、そこから本当の終わりへ導けるのか?」
「それは、君次第だ。
私はただ本来の役割に戻り、君はいつも通り、ロールプレイをするだけだ。
……だが、もう君はズェピア・エルトナム足り得ない。」
「難しい言葉は分からん。」
「む、噛み砕いて説明しろと。いいだろう。
君は君の目指すズェピア・エルトナムとしてのロールは出来ない。
何故なら、この世界のズェピア・エルトナムは本物には無いものを得たからだ。」
「……そうか、家族か。」
「その通り、この世界での君は、君でしかない。
いや、君でなければならない。
約束を守れない私より、守ろうと必死に足掻く君の方が相応しいのだよ。
……さあ、もういいかね?」
「……。」
彼は、まだ迷っている。
あれほどこの世界を楽しんでいたくせに、いざ折れるとこれか。
我が身ながら不甲斐ない。
「何が不安なのか?」
「…いやさ───」
彼は悲痛そうな顔で、自らの不安を吐露する。
「─ヤンデレを制御できる気がしねぇよ院長。」
「……。」
「……。」
……ええ?
「そこかね!?」
「いや、当たり前でしょ!
あの病み度はヤバイって!
もう意☆味☆不☆明なほどにズェピアスキーになってるんだぜ?やべぇよ、マジ震えてきやがった……。
■が■として接しても、絶対ナイフでぶっ刺すって!」
本当に震えてるのが彼の恐怖度を示している。
泣きそうな目をしてるからこれは本当に怖がってる顔だ。
だが、私には怒りをぶつける権利がある。
「分からなくはないが、君のせいだろう!
そこは何とかしたまえ!
私もよく分からずにあんな暗い目で言い寄られた恐怖があるんだぞ!」
「何とかって何さ!
くっそぉ……いやでもさぁ……。」
自分がしでかした事だろうに、自分で解決してほしいものだ。
そう思い、呆れて彼を見ていると彼が突然苦笑し出した。
「……でもさぁ、■がやるしかないのも事実だよなぁ。」
「おや、やっとやる気を出したか。」
「いや、うん。
■が招いた結果だしね、■が何とかしないと。
もう死んでも娘を元に戻します。」
「そうか。
なら、主役交代だ。」
「─ああ、そうだな。」
私は手をあげる。
彼もまた、手をあげる。
凡人の手と、非凡の手。
だが、これの何が違おうか。
行き着く果てはどれも同じこと。
ならば、私という非凡が生み出す今のありふれた終わりより、この凡人の生み出す終わりこそが相応しい。
さあ、見せてくれ。
君らしい終わりを。
君らしい家族への愛を。
そして、ここで願っていよう。
そうして私たちは、ハイタッチをして、それぞれの道を進む。
「ここからは、俺が演じて─」
「─私が観るとしよう。
監督兼観客として配点は厳しくさせてもらおう。」
「お手柔らかに頼むよ。」
「それは出来ない相談だ。
シリアスを崩した罪を味わうがいい。」
「酷いや。」
「─再会を、願っているよ。」
「……俺も、ずっと願ってる。」
彼はそう言って、この場から消えた。
……さて、私が舞台となったか。
これはまた面白い題材だ。
彼の計算は何処まで答えを出せるのか。
方程式が合っているのか、ここで見させてもらおう。
…
……
………
…おや?まだ私にスポットライトを充てるのかね?
やめておきたまえ、そんな事をしていては重要な場面を見過ごす。
退場した役者の一言でも期待しているのか?
だとするならば、私は一言だけ言いたい。
「─願わくば、次のタタリが良き演目でありますように。」
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戻って、来れたのか。
……ああ、この感覚だ。
俺の感覚は、これだ。
シリアスを崩すのは十八番だなぁ、俺。
意外と早く交代したな。
……そうか、今、ヤバイ状況だな。
いや、それよりも、だ。
言うことがあるだろうに。
開幕といこう、はもう言った。
幕といこう……はまだだな。
「……ふふ、そう、そうだった。」
ああ、これこれ。
この姿の俺といったら、これだ。
やあ、皆の衆。
俺だ、ワラキーだ。
戻ってきた馬鹿野郎。
書いてて思ったけど
卑屈になったり決意決めたりで忙しい親父だなこいつ。