「終わりにしよう。
この狂った劇を。」
ああ、くそ。
素で喋ってしまった。
ワラキアはこんなことを言わない。
だって、悲劇も喜劇も彼にとっては同価値なんだから。
……けれど、寧ろ、本心を告げるのが一番なのだろうか。
俺は、後ろにいるようやく再会できた少女を見る。
彼女は、俺を信じている。
……ハァ、本当、敵わない。
父親の弱味というか、なんというか。
娘の期待には応えたくなる。
でも、目の前の娘は、叱らなければ。
元を辿れば逃げてきた俺の罪だ。
謝罪なんかで事足りるか、どうか。
「ズェピア、フリージアがそんなに大事?」
「同じぐらいに、君も大事だ。
娘に優劣はつけられない。
……だが、君を頼りすぎてしまった結果が、これだ。」
「頼らなくても、してたよ。」
「いいや、しないさ。
君は純粋で、優しい子だ。
少し親孝行の方向性が違っただけで、悪ではない。
……だが、これはやりすぎだ。」
「我を叱るの?」
「勿論。
家族同士での問題は家族で解決しなければならない。
私は、君とフリージアの保護者だからね。」
「もうアレは家族じゃない。」
「家族だッ!」
「──ッ。」
「否定はさせない!
忘れたとも言わせない!
君も、笑っていただろう?
皆で遊び、皆で食卓を囲み、皆で過ごした日々を!
君も幸せを確かに感じていた筈だ!」
あの日々を、嘘にしたくはない。
あの子の笑顔を、嘘にしたくはないんだ。
それを聞いてオーフィスは押し黙る。
俺相手なら多少は会話に応じてくれるらしい。
何だかなぁ……父親として見られてないっぽいし、辛いわ。
それでもいいかって思うのはやっぱり親馬鹿なのかな。
「オーフィス、もうやめよう。
再会も出来た。約束は、果たされた。」
「でも、そいつは、ズェピアを何年も、何十年も待たせたんだよ?
そいつの言い訳なんて、我は信じない。
信じられない。」
「(…これも俺が招いた結果か。)
すぐに信じろとは言わない。
だが、頑なに自分の意見だけを貫くのは良くないな。」
慎重に言葉を選ぶ。
オーフィスは今、感情の制御が出来ていない。
初めてここまで爆発させたのだ、歯止めが利かないのだろう。
俺も、そんな時があった。
だから、下手な言葉は刺激して暴れさせてしまうかもしれない。
そうなったら力づくになるが、俺はそれを好まない。
「…ズェピアにとって、我は娘?」
「……ああ。すまない、私は君をどうしても一人の少女として見ることが出来ない。無論、フリージアもだ。
故に、私は君の愛に応えられない。恋に応えられない。」
「……そう。」
顔を俯かせたままのオーフィスは静かになる。
……理解、してくれたのだろうか。
俺を含めた皆がオーフィスの反応を待っていると、オーフィスは体を震わせる。
まずい、何か刺激してしまったか!
「……あはっ、アはハは……」
「オーフィス…私は、「馬鹿みたい。」……。」
オーフィスは、俯かせていた顔をあげる。
俺は、その表情を見た瞬間、心が痛んだ。
「…本当、馬鹿みたい。」
泣いていた。
あの滅多に泣かないあの子が。
その笑いながら、泣いていた。
俺はその涙を見て、今までのとは違う意味の涙なのだと理解した。
フリージアが死んだときの涙ではない。
俺が記憶を失っていったときの涙ではない。
あれは、自身を惨めだと嗤う涙だった。
「我は、結局一人でおかしくなって、一人でズェピアを救おうと躍起になって、一人でフリージアを恨んで、一人で狂言回しをしてた。
嗤うしかない、こんなの、馬鹿馬鹿しすぎて、嗤うしかない!」
「だが、それは私を思っての行動なのだろう?」
「違う、我の為の行動だった。
我はね……ずっと、ズェピアが欲しかった。
保護者としてじゃない。
一人のヒトであるズェピアが、欲しかった。
吸血鬼としての貴方だけじゃない、『人間』としての貴方が、ひたすらに欲しかった!」
─人間の、俺を?
「だって、吸血鬼の貴方は、何かの殻を被ってる貴方だって知ってるから。
中身の貴方は、本当は弱くて、脆いって知ってるから!
だから、我の物にして、他との関わりを消して、ずっと平穏で辛くもない日々を与えたかった!」
「…君は、ずっと?」
「ずっとじゃない……フリージアが死んでから、その想いが強くなった。
……ズェピアの日記、見たよ。
本当は、辛かったんでしょ?期待だけなんて嘘でしょ?
見てれば分かる。
ズェピアはずっと、フリージアの死を誰よりも悲しんで、誰よりも無力感に打ちひしがれていた…。」
「……。」
よく、人を見てる。
そう教えたのは俺だけど、ここまでしっかりと見てるとは、思わなかった。
…狂っていたのは俺なのかもしれない。
オーフィスは俺を過剰なまでに好いている。
それは事実だ。
だが、オーフィスが俺の事を誰よりも身を案じていてくれていたのも事実だ。
何処までも、俺は弱い。
弱くて、脆い。
狂わせるしか出来ないのか、俺は。
「我は誰よりも貴方を理解してる。
ずっと、見てきたから。
痛みを隠すのも知ってる。
そうやって、元々の貴方は消えたから。
……ズェピアは、強い。
でも、本当は弱いのを、ズェピア自身が分かってない。」
「そのようなことは…」
ない、とは言い切れなかった。
無意識に苦し紛れの言い訳をしようとしている自分が情けない。
ずっと、あの子に無理をさせてきたんだ。
オーフィスは俺に微笑みながら、ゆっくりと近付く。
止めようとは思わなかった。
目の前まで来たオーフィスを、俺は見た。
そうして改めて理解した。
「(ああ、この子はこんなにも小さい。
中身が大きくても、この子の心はまだ、無垢なままだったんだ。)」
それを狂わせた。
それをねじ曲げた。
オーフィスは俺に抱き付いて話始める。
「…ね、今から、終わらせよう。」
「……。」
優しく、言い聞かせるようにオーフィスは俺に抱き付きながら言う。
「ズェピアはもう、頑張らなくてもいい。
だってずっと頑張ってきた。
我を怖がらずに家族と言ってくれた。
我に知識をくれた。
我を個人として、接してくれた。」
「…ッ。」
「でも、もういいの。
頑張りすぎた位に、ズェピアはやってきた。
この世界で、終わりにしよう?
これ以上は、持たないよ……。
ズェピアが壊れるところなんて、もう見たくない。
ここで、終わらせて、二人で永遠に静かに過ごす。
それだけで、ズェピアは…『貴方』は、楽になれる。」
「それはっ……」
「……ズェピア。
もう、いいんだよ。」
「ぁ────」
心が崩れる。
それが最悪の結末を示す提案なのも理解しながら、放棄しそうになる。
……そうだ。
ずっと、頑張ってきた。
家族に弱いところを見せたくはないと。
家族を何者からも守れる程に強くならないと、と。
ずっと、隠してきたんだ。
怖い、辛い、悲しいという心の叫びを隠してきた。
それを、この子は見付けてくれた。
密かに、誰か気付いてほしいという願いに気付いて、叶えようとしてくれていた。
これ以上頑張ったら、心だけじゃなく、文字通り俺の全てが壊れてしまうと。
そう、言ってくれている。
甘言かもしれない。
でも俺には救いのようにも聞こえた。
もし、オーフィスを選べば俺はもう、何もしなくてもいい。
オーフィスに縋れば全てを終わらせて、この世界という殻で平穏を与えてくれるだろう。
きっと、幸せで、怯えることもない夢を、見せてくれる。
それは、とても素晴らしいに違いない。
心がそれを求めているのが、嫌でも分かる。
否定なんて、出来る筈がない。
「……オーフィス……」
「…『貴方』が願ってくれればそれでいい。
そうしたら、何も怖がることのない世界で二人きり。
我が怖い?」
「……いいや。」
「よかった。」
優しく、包み込むような温かさだ。
何もかもを安心させてくれるような、温もりだ。
……どうするかは、俺次第、なのだろう。
「(俺は────)」
決断は、すぐに出た。
後は、言葉にするだけだ。
「オーフィス、私は───」
はい、ここで終わらせたということは皆さまお察しでしょう。
バッドエンド、ハッピーエンド。
どちらもを投稿します。
皆さま、勿論バッドエンドを先に所望しますよねぇ?
次回、『安らぎを得た先で。』