【完結】 ─計算の果てに何があるか─   作:ロザミア

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BADEND 安らぎを得た先で

俺は、言葉を告げた。

それがどんな結果に繋がってしまうかを知りながら、告げたのだ。

 

「オーフィス、私は───もう、休みたい。」

 

もう、戻れない。

引き返すことは出来ない。

本心から、安らぎを求め告げた言葉を覆すことは不可能だった。

 

オーフィスは俺の顔を見上げて、聖母のように微笑んだ。

 

「うん、分かった。

すぐ、終わらせるね。」

 

そう言って、顔を近づけてくる。

俺は何もせず、拒まなかった。

 

唇と唇が重なり、何かを失う感覚に陥る。

だが、それはオーフィスが俺に安心を与えるための行為だと理解していたから恐怖はなかった。

 

─俺は、タタリを失い、ワラキアの夜…ズェピア・エルトナムの姿ではいられなくなったのだ。

 

長くも、短くも感じる口付けは力を失う感覚が無くなると同時に終わった。

 

顔を赤らめながらも、しっかりと意識が薄れていく俺を見つめるオーフィスは笑顔で言った。

 

「─待っててね。」

 

─ああ、待ってる。

 

そうして俺は、意識を闇へと沈めた。

ふと、抱き締められる感覚がした。

 

何だろうか、オーフィスが俺を抱いているのだろうか。

だとすれば、何だか可愛いな。

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

眠るズェピア…いや、愛しい人を壁に寄り掛かる形でそっとしておく。

選んでくれたのだ、我を。

 

ずっと、待っていた。

タタリも我の物になった。

もうこれで、あの人はただの人だ。

 

これでいい、これこそが彼にとっての至上の揺りかごとなる。

怖いものは、誰でも怖いのだ。

逃げてもいい。

 

ずっと立ち向かってきた彼にはそろそろ休みが必要だろうから。

 

我はそれ(場所)を与える。

我はそれ()を見せる。

 

ずっと、ずっと。

怖くないように、安心させるように優しい夢を見せるのだ。

 

「あ、ああ……ズェピア……?」

 

「ズェピアじゃない。もう、彼はズェピアでいられない。

休ませるためにも、もう殻は取り除く。

次は、お前らを取り除く。

…受け入れて、潔く死ね。」

 

絶望する奴等の顔を見る。

可哀想に。

頼ってきたツケが来たのだ。

お前らを滅ぼすのはお前らの甘さだ。

 

それを理解して、何も出来なかった事を悔やんで死んでしまえばいい。

 

「さようなら、フリージア。

これでお前は、もうおしまい。」

 

起こさないよう、静かに殺してあげる。

 

だから、抵抗をするな。

苦しむ時間が長引くだけだ。

苦しいのは嫌だろう。

 

我は、お前らも苦しみから解放してあげる。

生きる苦しみ、死ぬ事への苦しみから。

 

死ねば、何も苦しむことはない。

 

「これが終われば、次はお前。」

 

 

─グレートレッド。

 

我はタタリの星空を睨み付けてから、視線を戻す。

 

そして、作業に取りかかった。

全部終わらせて、二人だけの楽園を築き、そこで永遠に過ごすための作業を。

 

骨を砕く音も、肉を裂く音も、仲間が死んだ事を嘆く声も、助けてくれと懇願する声も、我を恨んで叫ぶ声も……

 

痛みも、辛さも、恐怖も、絶望も。

 

何もかもを作業曲として、これからの我らを想像し、楽しみに思いながら『作業』を続ける。

 

お前らは、その為の楽器。

でももう、楽器はいらない。

 

だから、壊すね。

 

魔王は、血涙を流し、悔しい、憎いと言いながら何も出来ずに死んだ。

 

獣の王は、結果がこれならば、何も言うことはないと潔く死んだ。

 

純潔の少女は───

 

 

「ぁ、あ……皆、そんな……嘘だ、そんなの……これじゃ、ズェピアは屈しただけです……!」

 

世迷い言もここまで来ると滑稽だ。

屈したのではない。

頼ったのだ。

自分はもう疲れたからと、全てを頼んだだけだ。

 

「これで、後は……お前だけ。」

 

目の前で倒れ付しながらも我を睨み付けてくる少女に何の感慨も湧きはしない。

家族としての関係も絶った。

敵ですらない蟻同然の少女に何の感情を抱けばいいのか。

 

「オー、フィス……貴女は「うるさい口を閉じろ。もう終わりだ。」あぐっ…!」

まだ説得か何かを続けようというのだろうか。

五月蝿いので腹を蹴った。

内臓、ほとんど潰れたかな。

死ぬからいいか。

 

「ズェピアが選んだのは我。

選ばれなかったのは、お前ら。

それだけだ。

それが真理で、それがお前らの最期だ。」

 

「待っ──」

 

「─さようなら、純潔の花。

もう二度と、会わないだろうから。」

 

そう言って、何かを喋ろうとした彼女の頭に足を置いて……

 

 

グシャリ、という音と共に踏み潰した。

 

そうしてこの世界からは、我と愛しい人だけになった。

 

「お前の番は……まだ、いいや。」

 

別にいつでも殺せる。

今じゃなくても構わない。

どのみち、世界が塗り変わればグレートレッドは、ただの龍に成り下がる。

所詮は星のバックアップがあるからこその強さ。

我とは違う。

 

タタリの力を無限の魔力で増幅させる。

 

世界を変えるために、創るために。

 

その為に、表の世界は消えてしまえばいい。

新世界創造の礎になれる。

二人の楽園のための犠牲になれる。

 

さぞ幸福だと思い、死ぬことだろう。

 

もう世界を包み込んだ頃かな。

 

ボロボロの街を見る。

ここでは駄目だ。

安らぎは得れない。

創り直そう。

 

タタリの力で、世界を創り変える。

どんな世界にしようか。

 

ずっと、二人で過ごしても問題はない世界……

 

少女的過ぎるけれど、これでいいかな。

 

変わっていく世界を後はタタリに任せながら、眠っている彼の所まで歩く。

 

顔を見て、微笑む。

 

─ああ、安らぎの表情だ。

 

苦しむの表情でも、作った笑顔でもない。

 

心の底から安堵している表情だ。

 

ズェピアじゃない本当の貴方の顔も、素敵だ。

 

少し疲れた。

久し振りに……貴方の、膝元で……。

 

次に会うときは、幸福な世界になっているから。

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

─ふと、目を覚ました。

 

どうやら寝ていたらしい。

起き上がり、辺りを見渡すと、優しい風の吹く草原だった。

 

はて、俺はこんなところに居ただろうか。

 

前に何をしていたのか……思い出せない。

 

だけど、不思議と誰と過ごしていたのかは分かる。

 

その少女が何処に居るのかと探す。

 

「何処にもいない……。

どうしたもんか……ん?」

 

奥から、誰かこちらに来る。

 

いや、誰か、ではない。

既に知っている人物だ。

それも、ずっと一緒に過ごしてきた人だ。

 

こちらへと走ってきているので、俺も嬉しくなって駆け寄る。

 

そして、白いワンピースの少女を抱き締めて、名前を呼ぶ。

 

「オーフィス。」

 

「…うん、終わったよ、全部。」

 

終わった。

何が終わったのか、分からないが、きっと俺にも関係があることなんだろう。

無力な俺は待つことしかできないが、オーフィスは何も悪いことじゃないと慰めてくれる。

……ああ、いいんだ、何も出来なくても。

 

風によって靡く、黒く長い髪はとても綺麗で、オーフィスは意外と髪とかに気を遣ってるというのが分かる。

可愛い。

 

「そっか。」

 

「ずっと二人で居ようね。

これから、ずっと……一緒。」

 

「当たり前だろ、今までもそうだったじゃないか。」

 

「─そうだった。ごめんね。」

 

「おかしなオーフィスだ。」

 

二人して笑い合う。

ああ、幸せだ。

 

抱き締めるオーフィスの温もりが、俺を安心させる。

 

俺はこの少女を好いているのだと、実感する。

オーフィスは、スルリと俺の腕から離れると微笑む。

もう少しああしてたかった。残念だ。

 

「ね、帰ろ?」

 

「…そうだな。」

 

「拗ねてるの?」

 

「少し。」

 

「家でいつでも出来る。」

 

「ここだと少し違う感じかもしれないだろ。」

 

「何それ、変だね。」

 

変と言われた。

泣きそうだ。

 

少し落ち込んでいると手を握るような感覚。

言うまでもなく、オーフィスが俺の手を握っていた。

 

「帰るまで、こうしよ?」

 

「……うん。」

 

「もう、子供じゃないんだから。」

 

そうだよ、俺は子供ではない。

れっきとした大人である。

 

「そういえば、何をしてたんだ?」

 

「内緒。」

 

「えぇ……」

 

「それより、貴方の料理が食べたい。」

 

「…まあいいか。

それじゃあ、今日は好きなハンバーグにしよう。」

 

「…うん、ありがとう。」

 

礼を言われるほどの事はしてないのに、妙に暗い表情で礼を言われる。

 

どうしたんだろうか。

 

「オーフィス、どうしたんだ?

そんな顔して……」

 

「……ううん、何でもない。

あ、家、見えたよ。」

 

「お、本当だ。

……悩みがあれば聞くからさ、あんまり暗くなるなよ。」

 

オーフィスは俺の言葉にキョトンとした後に、すぐに嬉しそうに微笑む。

 

俺の手を握る力が強くなる。

まるで、俺の存在を確かめるように握ってくるので、俺も同じように握る力を強くする。

 

「ねえ──この世界にいて、幸せ?」

 

オーフィスは、そう聞いてくる。

この世界で自分と過ごして幸せかどうかを聞いてくる。

 

「…ハハハハハハ!」

 

俺は、思わず笑った。

今更な質問をされたら笑うしかない。

 

「むぅ……」

 

真剣な質問をしてるのに、といった風に拗ねてしまった。

笑いすぎたかもしれない。

 

「ハハハ、ごめんごめん。

 

─幸せだ、物凄く。俺には勿体無いくらいに。」

 

「……ん、そっか。

なら、いいの。」

 

意外とあっさりだな。

もっと神妙な表情になるかと思ったが。

 

安堵した様子なので、別にいいが。

 

「ほら、さっさと家に入ろう。

それとも、まだ悩みがあったりするのか?」

 

「ううん、無いよ。

……うん、これからも一緒。」

 

当たり前なことを言うので、変なオーフィスだなと言うと、お互い様、と返された。

はて、俺も変なのか?

 

……まあ、いいか。

 

俺達は今日も二人で、平穏に過ごした。

 

二人で食事をして、二人で他愛のない話をして、二人で一緒に寝た。

 

 

─ああ、幸せだ。

 




はい、というわけでバッドエンドとなります。

一見幸せに見えますね。
しかし、主人公は力を失い、記憶を操作されてオーフィスとずっと居たという記憶に改変されています。
それも、記憶に誤差がないようにしっかりと。

世界もまた、タタリに包まれ、生きている人は一切いません。
オーフィスが始末しました。

……そういえば、オーフィス、最後に何かしてたみたいですけど、何したと思いますか?
そこはご想像にお任せします。

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