文字通り、片を付ける回です。
…白い空間だ。
見覚えがある空間で、世話になった奴がいる筈だ。
辺りを見渡すと、あっさりとソイツは見つかった。
椅子に座り、紅茶を飲んでこちらを見ている。
テーブルの上には紅茶のカップを置くための皿があるだけだ。
「やあ、役者君。」
「…よう、監督さん。」
「存外、早く再会できたな。」
「……だな。」
俺はその場で座り込む。
姿を気にする必要はない。
この空間では俺は■■■■だ。
あちらが、監督としてのワラキアの夜の姿なら、俺は評価を貰うだけの役者。
さて、アイツの評価を聞こう。
「悪いが、まだ評価を言い渡せない。
君にはやるべき事が幾つも残っている。」
「グレートレッドか。」
「それもあるが、それだけではない。」
「…人生終えるまではお預け、ね。」
「理解が早くて何より。
それに、私が評価するのではない。
君を評価するのは君自身だ。」
「そうだとしても、採点するといったのはお前じゃないのか?」
「勿論、私からの評価もあるとも。
だが、それを教えるのは君が君という幕を終えた後だ。」
「……なるほどな。」
そうしたいなら構わないが。
そも、何で俺はここにいるんだ?
ぶっちゃけると会うことは死ぬまでないと思っていたが……あ、もしかして死にそうなのか?
「その通りだ。
君は死の危機に瀕している。
まあ、治るだろうから安心したまえ。
治療が終わるまで、ここにいるといい。」
「……だな、それまで暇だし話といこうか。
お前はタタリ……この世界を通じて情報を全て持ってるんだろ?
ちょいと狡いかもしれないが教えちゃくれないか。」
「この『秘密』は感情共有が発生しないが?」
「シ○ビガミかな?」
「冗談だ。いいとも、君は私だからね。
何を知りたいのかな?」
「グレートレッドが何をしたのかを教えてくれ。」
奴がフリージアに何かしたのは明白だ。
それが俺たちにとって逆鱗に触れることも、だ。
だからこそ、何をしたかを知りたい。
大体は予想通りだろうがな。
目の前のワラキアの夜はカップを皿の上に置いて溜め息を吐く。
「あまり口にはしたくないのだがね。
まあ、教えると言ったのは私だからね。
グレートレッドは、フリージアの死後、その魂を自身のいる次元の狭間へと閉じ込めた。
君への対抗策としてね。
結果としてはオーフィスの行き過ぎた家族愛が原因で効果は見込めなかった。」
「…やっぱりな。」
「フリージアが嘘をいってなければの話だ。」
「あの娘がそんな器用な真似が出来るとでも?」
「ハハハ、無いな。
人の感情を理解できない獣に嘘を吐く技術を身につける意味もない。
さて、続きだ。
グレートレッドはフリージアの外への干渉を禁じた。
これは下手な干渉をされたら自身に…いや、星にとって厄介な事になると踏んだからかもしれないね。」
「馬鹿な龍だ。
会わせてくれたらこんな大掛かりなことはしなかった。」
所詮は蜥蜴か。
ドライグでも学んで宿主を尊重するようになったってのに。
多分、アルビオンもだな。
さてさて、どうしたもんか、あの蜥蜴。
「シオンの姿にしたのは…さて、私にも分からない。」
「ま、その辺は予想通りだろうからいいよ。
……ふぅ、殺す?」
「一時の感情に身を任せるのか?」
「そうじゃない……とは言えないか。
だが、俺は家族を不幸に貶める輩を許す気はない。
それに、今ならあいつを殺しても問題はない。」
「ふむ、答えは聞かないでおこう。
君を止めれないのは分かってるからね。好きにするがいいさ。」
「そうさせてもらう。」
この時ばかりは1%も感情を抑えようとは思わなかった。
殺されても当たり前なことをしたのはあちらだ。
俺の心には殺意しかなかった。
俺はグレートレッドに強制的に殺意の感情を取得した。
……おや?
俺は自分の体が薄くなっていくのに気付いた。
ワラキアの視線から見るに、意識が戻り始めているのか。
「君の物語の一幕を終わらせにいくといい。
何、会いたければ、またすぐにでも。」
「……なあ、聞きたいこと、もう一個あったわ。」
「む?手短に言いたまえ、その状態も長くはないぞ。」
「…お前にとっての俺を、教えてくれないか?」
「ほう、質問の意図が読めないが……良いだろう。
私にとって、君は相棒だ。
生憎と本物のワラキアの夜ではないのでね、そのような答えしか出せない。」
「……いや、それでいい。
ありがとな。また会おうぜ、ワラキア。」
「ああ、また会おう、■■■■」
俺達は、別れの挨拶を済ます。
後はもう、消えるのを待つのみ。
相棒か、そうだよな、タタリはこの世界に来てからずっと俺と在ったものだ。
それくらいが、丁度良いか。
…そうして、俺はこの空間から居なくなった。
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「…む、ぅ…」
体が痛む。
その痛みのお陰ですぐに意識は覚醒した。
治療をしても、流石に全回復…なんてのは期待してない。
寧ろ、本来敵であるはずの俺を助けてくれたんだから感謝するべきだ。
まず最初に視界に映ったのは……
「あ、意識、戻ったんだね。」
「……フリージア。」
「うん。」
フリージアだった。
最初の言葉は何を言うべきか迷ったので、名前を呼ぶことにした。
フリージアは、嬉しそうに頷く。
シオン・エルトナムの姿が解けたのか。
…何故かは、もう分かってるが。
「皆を呼んでくるね。」
「いや、オーフィスと同胞…後は、サーゼクスだけでいい。
他の者はまだ休ませた方がいいだろう。」
「…そうだね、分かった。」
フリージアも疲れているだろうに、走って俺の指名した三人を呼びにいった。
すぐに三人と共に戻ってきたのではしゃいでいるのかもしれないと笑っておく。
オーフィスだけは…少し暗い表情だ。
当然か。
「ズェピア、呼んできたよ!」
「ああ…ありがとう、フリージア。」
「ううん、いいよ別に。」
本当に、俺には勿体無い位に良い子だ。
オーフィスもそうだが、また違った善性がある。
教授は呆れた様子で俺に話しかける。
「随分と無茶をしたな、ズェピアよ。」
「私は不器用でね。
あれしか浮かばなかった。」
「死にさえしてなければそれでいい。」
「そうかね。」
「ああ。」
満足したのか、教授は話をやめる。
俺達の間ではそれだけでよかった。
要は、心配させるな、という事らしい。
サーゼクスは苦笑しながら俺に話しかける。
「君、頑丈になったな。」
「一言目にそれか。」
「その状態の君を殴っても気が済まないからね。」
「…冥界は私を罰するか?」
「……ああ、君は世界を巻き込む程の大罪を犯した。
死罪は免れないかもしれない。」
「……それは困るな。」
「…この話は、後でまた。
取り合えず、無事でよかった。」
「裏切った友を心配するか。」
「するさ。」
「御人好しだな、君は。」
「親馬鹿だよね、君。」
「…ふむ、一本取られたか。」
他の者も心配なのか、去り際に一言もらってしまった。
皮肉言えるようになりやがって。
オーフィスは、黙ったままだ。
暴れない事を見るに、和解はしたのだろう。
俺はオーフィスの言葉をただ待った。
フリージアもじっと待つ。
しばらくして、オーフィスは言葉を発した。
「………………ごめん、なさい。」
「謝るようなことをしたかね?」
「えっ……?」
えっ、て言われても。
驚くことではないだろう。
「私は君からの過剰な愛情を貰っただけだよ。
……今まで、苦労を掛けた。」
「……ぅ、うぅ……」
「あ~、また泣かした。
いけないんだ~ズェピアは。」
「私の責任……だな、これは。」
体を起こして、泣いてしまっているオーフィスを左腕で抱きしめる。
オーフィスも、泣きながらこちらを抱きしめる。
俺は、フリージアを見る。
「─おかえり、フリージア。」
「─うん、ただいま、ズェピア。」
それだけを告げる。
ようやく言えた、再会の挨拶。
互いに、笑顔で。
その後は、オーフィスが泣き止むのを待った。
今度はすぐに泣き止んだ。
「……フリージアも、ごめんなさい。」
「ううん、私もごめんなさい。
オーフィスの気持ち、理解できなかった。」
「…我も、そう。」
「じゃあお互いに悪かったって事で…どう?」
「…それで、許してくれるの?」
「当たり前でしょ。」
「……カオスも、ごめんなさい。」
「構わん。
……ただ、家族に相談位はしろ。」
「……ん。」
「ハハハ、何はともあれ仲直りは出来たわけだ。」
また揃えた家族に俺は笑う。
よかった、俺の選択は間違ってなかった。
さて、後は……。
俺は立ち上がり、思考を回転させる。
今ならタタリで修復も可能か。
流石に吹っ飛んだ腕は再生しないので、タタリで複製する。
「ズェピア?」
「ふむ……良好だ。」
「まだ何かあるのか。」
「…用事が残ってる。
サーゼクスに逃げはしないから安心しろと「駄目ッ!」……オーフィス。」
察してしまったのかオーフィスは声を荒げて俺の腕を掴む。
君のような察しのいい娘は大好きだよ。
「ズェピア、駄目。
グレートレッドのところに行っちゃ、駄目。」
「えっ……?」
「…どういうつもりかは問うまい。
貴様の事だ、家族のため、だろう。」
「その通りだよ。
こればかりは一言でも言ってやらないと気が済まないからね。」
「その割には殺気があるな?」
「娘にここまで乱暴な真似をされて黙っている父親など、屑の極みだと思うが?」
「……今度こそ死ぬかもしれんぞ?」
「あり得ない。
私という存在の幕はあの凡百の龍による一撃では断じてない。」
こればっかりは反対を押し切ってでもいかないとならない。
じゃないと、今度は何をされるか。
今回の件で俺を仕留めるつもりだったグレートレッドはしかし失敗した。
なら、今度はどうするか?
この世界に来る……そうなったらこの世界が抑止に見られたも同然だ。
折角世界を包み込むという荒業で奇跡的に感知されてないのに来られては困る。
ならばいっそこちらから、というやつだ。
「オーフィス、私は帰ってくる。
何、私には"とっておき"があるからね。」
「……それでも、駄目。
折角、また皆揃ったのに。」
「離れ離れにならないようにするための処置だ。
頼む、行かせてくれ。」
「………………。分かった。」
「オーフィス!?」
渋々といった様子で手を放し、了承するオーフィスにフリージアはどうしてといった様子だ。
「ズェピアなら……ズェピアなら、帰ってくるって信じてるから。」
「だって、グレートレッドだよ!?
オーフィスよりも強いんでしょ?
そんな、無謀だよ!」
「……同胞よ、フリージアとオーフィスを頼む。」
「さっさと行け、そして戻ってこい。
貴様の裁判は終わるどころか始まってすらいないからな。」
「ネロさんも……。」
凄い淡々と言われてしまった。
信頼されてるのか、呆れてるのか。
両者なのか。
さて、後は……フリージアか。
「駄目だよ、ズェピア…今度こそ死んじゃうよ!」
「おや、私が弱いと?」
「違う、ズェピアは強いよ?
でも、グレートレッドはもっと強い。
一息で死んじゃうかもしれない。
私、もう嫌だよ…ボロボロなズェピアを見るの。」
「…なら、私から約束をさせてもらおう。」
「約束…?」
「うむ。
約束しよう、私は必ずやかの龍を倒し、戻ってくる。
……信じてくれないか?」
「…でも……。」
まあ、流石に断るか……?
さっきまでのやられようでここまで渋ってんならやらかしたな。
いやでも、あれしかなかったし。
「……フリージア、ズェピアは勝てる。」
「寧ろ、負ける要素がない。」
「ネロさん、オーフィス……勝てるって、どうして思えるの?」
「フリージアの知らない秘密兵器。」
「さっきも使ってたがな。」
「……必ず、勝てる?」
「勝てるとも。」
「……。」
突然、何かがぶつかるような感触がした。
何がぶつかってきたかはすぐに分かった。
フリージアが俺に抱きついてきたのだ。
不安そうに俺の顔を下から覗き込むフリージアに俺は安心させるように笑う。
「必ず、帰ってきてよね。」
「ああ、待っててくれ。」
家族がそこにいれば、俺は諦めないから。
だから、そこで待っててくれ。
フリージアは満足したのか、オーフィスと教授の元まで行って、俺を見る。
三人とも、信じてくれている。
……なら、大丈夫。
俺はゲートを作る。
行き先は当然、次元の狭間だ。
「……行ってくる。」
「いってらっしゃい。」
「夕飯は麻婆だぞ。」
「本を読んで貰うから。」
「うむ、分かった。」
後ろから伝わる言葉に俺は頷く。
俺はゲートに入る。
最後にもう一度だけ、後ろを振り向く。
「…!」
「頑張りなよ、ズェピア。」
俺を殴る予約を入れてきた友が、フリージア達の隣に立っていた。
…全く、友人にまで言われちゃ、一層やる気を出せるってもんだ。
俺は、誰も入らないよう、ゲートを閉じた。
・
・
・
─それは、すぐそこに居た。
俺を見捉えている巨大な赤。
『
心なしか、苛立っているようにも感じる。
良い気味だ。
俺はやあ、と挨拶をする。
「お初にお目にかかる
私はズェピア、ズェピア・エルトナムだ。」
『…何故このような場所に来た。
異世界の人間。』
何故、何故とな。
馬鹿にしているのかこの蜥蜴。
まだ優位に立ててると思ってるのか。
……それに、知っているのか。
「知れたこと。
君という舞台装置が気に入らないから来たのだ。」
『気に入らない?』
「君が我が家族にしたことを、忘れたとは言わせないぞ。」
『私は星に属する者、星の為ならば娘一人の魂程度、何の意味もあるまい。』
「それが本心か?」
『少し彼女の前では申し訳無さを出してやっていた。
まんまと騙されてくれて扱いやすいことこの上無かった。
…だというのに、貴様を始末することも出来なかったようだ。』
「タタリの中を覗けないようだな。」
『タタリだけでなく、貴様の事も観ることは出来なかった。
異世界の人間だからかは分からない。
……私を消しに来たのか?』
「どうしようかと迷っていたがね。
君が馬鹿正直に答えてくれたから決まったよ。
君はここで死ね、グレートレッド。」
この害悪龍はここで仕留める。
俺は懐から最終兵器を取りだし、それをグレートレッドに向ける。
グレートレッドもその脅威性は理解できたようで少し焦った反応をする。
『私を殺せばどうなるか分からないのか。』
「君こそ、理解していないらしい─」
─今の世界に抑止はないぞ?
『─何?』
「今、世界を覆っているタタリ。
あれは元々抑止力の介入を阻止するために展開した代物でね。もしかしたら私か私の武器に引っ掛かる可能性があった。君の言いたいことは分かるよ。
君を殺せば、世界に影響があると言いたいのだろう?
残念ながら、抑止に属している君を、抑止のないここで殺しても何も起こらない。」
『なんだとっ……貴様、何をしたか分かっているのか!?』
「君こそ、私の家族に何をしたか、本当に、分かっているのか?
君の権能も把握しているよ。
『
元々、おかしいことだと思っていたのだ。
本来なら法が介入する筈の場面でも、それがなかった。
例えば、『
…君、主役を知っているのだろう?」
『……その通りだ。
兵藤一誠こそがこの世界での救世主足り得る存在の一人だ。
ならば私が支援するのは同然だ。』
「舞台ジャック常習犯ということか。」
『…だが、貴様だ。
貴様という存在が全てを狂わせた歯車となった!
私の支援も、その瞬間からうまくいかなくなった。
それよりも上位の存在によってな!』
「……ふむ。思い当たる人物がいるにはいるが、まあいい。」
『貴様の存在が邪魔だ、貴様の存在が世界を崩壊させる!
私のやり方が理解できないのか!
私のやり方こそが最善なのだ!』
……子供か、こいつ。
力を持っただけの子供だ。
まるで分かってない。
自分こそが正しいという態度が気に食わない。
これを殺して、俺の気分は晴れるのか?
いや、晴れるわ。
「……自分勝手で結構。
躊躇が無くなる。」
『待て!家族であるフリージアは戻ってきたではないか!』
「は?」
『大切な家族が戻ってきたのだろう?
ならば良いではないか!
何も殺す事はあるまい!?』
こいつ……は?
はー……呆れたわ。
ここまでとは。
分かってないなぁグレートレッド君はぁ。
俺は思わず片手で顔を押さえて笑い出す。
「……ヒヒ、ヒヒハハハ!」
『何がおかしい。』
「ハハハハハハ!……いやはや、失礼。
君はどこまで愚かになるのかと思ってね。
舞台があり、名優があり、血肉がある、
足りないものは脚本だけだが―――
なに、私は生の感情が好みでね、筋書きの無い
『何を言っている?』
「君という脚本は不要だということだよ。
君の方が正しいのかもしれない。
だが、それはあくまで本来の世界の君だ。
君ではない。
舞台ジャックはここまでにしてもらおう。
君もまた、役者ではあった。」
『私が、役者?星の守護者足る私が?』
「…星の守護者ならば、もう少しこの星からバックアップが事前にあった筈だろう。
もう君は、見放されていたのではないかね。」
『なんだと……私はここで死んでいい存在ではない!
あの世界では私は……!
私こそが、正しいというのに!
ふざけるな、ふざけるな……』
「いいや、幕だ。
奈落に落ちる役者に次はない。
その闇で、永久に訪れることのない再演を待つがいい。
何、消えた先は心地のいい場所だろう。」
『ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
グレートレッドは最後の足掻きとばかりに自身の最大の攻撃をしてくる。
その巨大な口から俺を容易く飲み込む程の破壊の息吹。
龍のブレス…それも赤龍神帝のとくれば威力は予想できる。
くらえば確実に死ぬだろう。
くらえばな。
俺はブレスの奥にいるグレートレッドを目を見開き、睨む。
さあ、お前の本来の出番だ
「私達の運命は、私達が決める。
君のような存在が決めることではない!!」
俺は
お前も、お前の脚本も、これでおさらばだ。
この一発は、教授と俺とオーフィス…そしてフリージアの分だ。
一発の銃弾は、ブレスを霧散させ、グレートレッドにまで真っ直ぐ飛んでいく。
『私の、終わりがこんな一発で……!!』
─そうして、銃弾はグレートレッドさえも突き破り、どこまでも飛んでいった。
次回 エピローグ 『計算の果てに何があるか』