行き倒れ侍従者になる 作:妖怪(侍)
侍実は妖怪だった
参った参った。気付けば見知らぬ土地。しかも回りは木ばっかり、この状況を何と言ったか……そうそう、一寸先は森――みたいな?
呆けていても仕方なし、自分の唯一の持ち物である良く切れる刀で木を切り倒していく。
邪魔だし何より普通に道を歩いていただけで、辺鄙な場所に飛ばされたのだ。これぐらい許して欲しいものだ。
周囲の木をあらかた倒して行くと、音を聞きつけた獣が寄ってくる。
「お誂え向きだな」
今日の夕餉は豪華になるな。いつもの様に無音で近付き首を落としていく。気配も鈍感な獣は頭を落としてもしばらく動いている。これが何とも愉快だ。
今日食べる分だけ首を落としたら、殺気を当てて獣を逃がしてやる。
明日以降の食料を考えての行動。実に合理的である。
何時もの様に火を起こし獣の肉を焼いていく。
さて焼けるまで何をしようか……何も無い時間はた只々退屈である。
無意味に素振りでもしようか? それとも禅でも組もうか……そんな事を考えていると、いい色をつけた肉が湯気を発していた。
肉を一口。まあ味など特に気にはしていないが偶には良いものを食べたい物だ。そんな事を考えていると、味気ない肉が更に味気ない物になってしまった。
それなりに焼いてしまった肉をどうしようか? 捨てるの勿体無い。だが食べきれない。じれんまと言うものに陥ってしまった。
周囲を良く見渡すと、先程の獣が闇に紛れてこちらを見ていた。
この獣達も存外に強かな物だ。俺は食べきれない肉を獣達の近くに投げてやる。同族を食わせてしまうが、俺の体をやる訳にはいかない。
「ふむ、寝るか」
とりあえず日はとうに暮れている。今更歩く訳にはいかないので、大人しく寝るとする。次起きたらあの獣達に芸でも仕込んでみるか。
●
気付けば見知らぬ天井だった。そう……昨日は野宿していた筈だが。
なるほど……布団に寝かされている辺り、行き倒れと間違われて拾われたらしいな。
迷惑なものだ。こちらにはこちらの事情があると言うのに。
「もし……誰か」
声をかけても反応は無し。致し方あるまい。とりあえず自分の服を探すが、何処にも見当たらない……刀もだ。
無いなら無いで別に良いのだが、服は流石に返して欲しいものだ。
うんうんと唸っていても仕方なし。障子を開いて外の様子を見てみる。
「おぉ……茶の一杯でもしばきたくなるものよな」
実に優雅で何処か涼しさを感じるその庭は、思わず感嘆の声を上げてしまう程に雅なものであった。
「ならば、堪能しなければ罰が当たると言う物よ……クック」
そう久しく感じていないかった、この感覚。心なしか渇いた地に水が流れてくる感覚に似ている。この景色とこの感覚に今は酔うとしよう。
それにしてもこの庭を見て如何程の時間が経っているのだろうか?
気がつくとお天道様は既に俺の頭上で煌々と照っている。
「そろそろ誰か来ても良いものだがな。――っと既におられましたか」
景色もそぞろに何処か塾達した気配を感じ。その方向へ体を向ける。
そこには長身痩躯緑の羽織を着た御仁が立っていた。
「其方が一向にそこから動かないのでな……儂も中々に声をかけれなんだ」
「あまりに雅な庭を見たからには堪能せねばと思いまして……それに拾ってくれた事もある。こちらの事情など卿にとっては小事であろう?」
「……それもそうだな」
そう言うと小さい童が茶を持ってきた。中々気が利く童だと感心していると、老人が俺の隣で一服し始める。
「其方名は? どうしてこんな所に?」
「名は……そうだな、弦蔵と呼ばれていた気がする……そうだ、竹中弦蔵だ……。どうしてこんな所と言われると、気がついたら森の中だと答えよう」
そうか、と小さく答え。俺は近くに置かれた茶を一口。最近は味気ない物ばかりだったからに、この様な物も美味く感じる。実際美味いのだろうが。
「して今度は卿の番だ。名は?――ここは何処だ?」
後ろで童が小さく声を漏らした。殺気が出ていたのであろうか。
急ぎ平静を取り戻し、殺気を抑え込む。
「名は魂魄妖忌。ここは白玉楼――冥界に居を構えておる」
「妄言過ぎますな。ならば俺は死んだと申されるか」
ゆっくりと頷く様を見て思わず笑ってしまう。この御仁が嘘を吐くなど先の会話では分かってしまった。と言うことは俺は死んだのだろう、まだ何も見つけておらぬというのに情けない話しである。
「……こうもあっさり死んでしまうとは、本当に情けない話しにございますな」
「だがこうしてここに来たのも何かの縁。当主がお呼びだ、着いてこい」
あまりの説明不足な御仁に俺は小さくため息を吐いた。なんなのであろうか? この得も言えぬ疲労感は。
妖忌が立ち上がりさっさと行ってしまう、それに着いていく童と俺。
もしかしたら俺は物凄く危ない所に拾われてしまったのかもしれない。
「ここだ。幽々子様がお待ちである」
妖忌は襖の向こうを顎でしゃくり、早く入れと促す。ここから先は一人で行けとの事。
「では竹中弦蔵。失礼致す」
襖を開けると独特な服に身を包んだ女性が座っていた。
だがその存在感に圧倒され思わず息を飲んだ、女――幽々子と言っていたか、それは扇子を口にあてがい此方を品定めするかの様な目で見てくる。
一言も発さぬ彼女を見て、その厳かな雰囲気に気圧され平伏してしまう。その何というか殺気とはまた違う……そうせねばならぬと思わせる何かがあった。
「此度は行き倒れていた所を拾って頂き感謝したす」
「気になさらないで下さいな。その様な事は全て妖忌に任せております」
「ははっ、では不躾ですが拙者の荷物をば返して頂きたく……」
「あらその体で……ですか? 魂とでも言いますか」
最後の方は良く聞こえなんだが、俺の体を気遣ってくれているらしい。だが俺も道の途中だ止まる訳にはいかない。
「……そう言えば拙者ここが冥界だと聞きましたが……それは誠にございましょうか? そして拙者も既に死者……だとも」
「あら……妖忌は全部は話していないようなのですね……全く」
どうやら妖忌に不満がある様だ。だが暫く無言の後俺の現状を説明してくれた。
曰く俺は既に死んでいて妖になっていたらしい。
曰く俺が持っていた刀が俺の時間を止めていたらしい。
曰くその膨大な時間のせいで通常の魂が擦り切れ徐々に妖の魂へと変わってしまったらしい。
何と聞いた話によると俺の時間は既に500年も経っており、俺を妖に変えるのには十分な時間だとも。何とも嘘くさい話であるが。
だが言われてみれば、他の人間の服装が日々奇天烈な物に変わって行った事は印象に残っているな。
「ですが、普通の人間ならば何処かで気でも触れていた筈……貴方よっぽど刀に好かれていたんじゃないかしら?」
「成る程……通りで最近力が着いたと思ったら……最早この身は妖か……」
情けなし……! 何も見つけられずに、しかもこの身に起こった事すら、気づかぬとは……! 俺は顔をあげて幽々子の目を力強く見つめた。
「拙者の体を教えて頂き感謝致す。だがこの身が妖であろうと、今更止まる訳には行きませぬ」
「あら潔いのね。でも……そーねー今はまだとても不安定な状態なの。妖怪になったからって魂がダメなら直ぐに畜生以下になってしまいますわ。それでも良いなら旅の続きをご存分になさって下さいな」
「だからと言っても拙者只の流浪人。宛てなど何処にもありませぬ」
「なら暫くの間私の従者になりませんか? 貴方の様な特異な方。凄く興味がありますわ」
成る程俺の生い立ち故に……か。此方としては食い扶持が出来るのはありがたいが、妖忌や童はどう思うのだろうか?
万一俺が理性を無くしたとしても、妖忌ならば一瞬であろう。
いざとなったら介錯を頼んでおくか。
「ならばその提案お受け致す。だが俺の魂が安定した時には、再び旅に出ても宜しいか?」
「元よりそのつもりでした。ではこれから宜しくお願いしますね」
俺は深く礼をして部屋を出て行く。途中童が目の前に現れたが、直ぐ逃げられてしまった。
「どうやら幽々子様の従者になられた様だな」
「妖忌殿。これからよろしくお願い致す」
妖忌は口端を浅く吊り上げ、俺の肩に手を置いた。
「ならば早速庭師の仕事と炊事洗濯、それと剣術全てを見てやる」
「妖忌殿。拙者庭師も炊事洗濯どれも経験などありませんぞ……剣術も護身程度なので」
「ならば手合わせだ。500年の集大成を儂に見せてみよ」
随分と勇み足な御仁である。恐らく俺を拾って来た時から、目をつけていたのであろうな。
妖忌が手をパンと鳴らすと、童が現れた。
「妖夢。弦蔵を道場まで案内せい」
小さく会釈すると俺を待たずに歩いて行ってしまう。全くこの住人は足並みすら合わせてくれないのか。此方は新参なのだ、初日ぐらいは大目に見て欲しい物である。
そしてこの童……確か妖夢と言ったか。たまに此方を見てくるだけで、一向に喋ろうとしない。幽々子殿が饒舌に喋っていたので、酷い温度差を感じる。
これを見て察するに歓迎されて無い訳だ。まあ行き倒れが今まで仕えてきた主人の従者になるのだ、面白い訳が無い。
なればこそ人を喰った態度の妖忌や童の度肝を抜いてやろうではないか。
「ここだ行き倒れ。倒れるなよ」
「童……俺は行き倒れではない。次言ったら尻をひっぱたたいてやる」
何とも敵意の篭った視線を浴び、軽く煽られたのでこっちも返しておく。童はフンッと鼻を鳴らし、道場に入って行く。
「こんなに広いのか……」
ここなら十分に本気を出せそうだ。狭いと存分に動き回れないしな。
そんなこんなで妖忌を待っていると、木刀を二本携えて道場に入ってきた。
「では始めようか。好きに打ってくるが良い」
「ならば、一つご教授お願い申す」
足に力を入れ一気に最高速で肉薄し妖忌の首を刈り取ろうとする。
だが妖忌は予備動作なしで、これを防いだ。
ぶつかり合い乾いた音が鳴る。だがこれで終わらせる訳にはいかない。
悠長に鍔迫り合い等してる場合ではない。その後も食らったらタダでは済まない、一撃を見舞おうとするがどれも簡単に防がれる。
「縮地法……見たのは200年振りか」
「冥界にいたらそうなるでしょうな。では次だ」
今度は天井・壁を縮地法を駆使して攻めあげる。一合ニ合と重ねて行くうちに妖忌は、俺を捉えようと次々と目で追ってくる。
速さには自信があるが、もう呼吸を合わせられていて直ぐに手酷い一撃を食らわさせれるであろう。
少し距離をとろうとしたが妖忌はこれを、読んでいたかの様に距離を詰めてきた。
だが逆に詰めてくる事は予想済みだ、十分に対処できる。
「護身程度とはこれ如何に。中々良いものを持っておる」
「……ならば卿も本気を出して如何かな?」
此方も少しは手の内を見せるとしよう。妖忌は小さく笑い、抜き胴を放つ――がその一手は読めている。
それに合わせて、俺も後ろに下がり必殺の突きを喰らわせようとした。
妖忌の首元に寸止めして、勝負の終わりを告げる。
「本気を見せぬからそうなるのだ」
「……成る程。読み違えたか……」
実際一手先を読まねば負けていたのは俺だからな。それでおあいこだ。次は本気で仕合いたいものよ。そこで目を剥いている童も含めてだ。
「次は本気で仕合いたいものですな。それとも手の内は何処ぞの行き倒れには勿体ないと、仰いますか?」
「たかだか一度位で調子に乗るな! バーカ! 行き倒れっ!」
すると童が勢いよく立ち上がり捲し立てた。暫くの沈黙の後、我に返り恥ずかしくなったのか顔を真っ赤にして道場を出て行く童を見て、笑ってしまった。元気だな、この童は。
「元気が良いですな。童妖夢は」
「茶化すな。まあ……今まで儂が負けた事など無かったからな」
「今回は遊びでしょうに、あれは勝った負けたの話にござらん」
意味の無い事にあれだけ昂ぶる事が出来る童をある意味羨ましく思う。
「では妖忌殿。次は炊事をご教授願いたく」
妖忌は頷き今度は台所まで案内される。包丁を扱う妖忌は武人では無く、一人の料理人だ。
俺もいつまで呆けておらぬので、妖忌が出した屑や使い終わった物を洗ったり、捨てて行く。
しかし見事な手際だ。俺が居を構えていた時もここまでやる女中はおらなんだ。何事もやらねば出来ないという事か。
「其方もやるではないか」
「只の先手にやるやらないはない」
しかし台所に男二人実に華がない。だが綺麗に盛られていく料理には何れも華があり、実に食欲をそそる。
出来上がった物を、洗濯物を取り込んで帰って来た童と一緒に配膳して行く。
配膳も終わり幽々子殿を呼びに行こうと腰を浮かせたが妖忌がそれを制した。曰く匂いで分かるとの事。
しかし何度も言うが、本当に華がある。今まで焼いた肉とか粗末な物しか食べていなかった俺にとっては、更に輝いて見える。
「あら、待たせちゃいましたか?」
そう言いながら現れた幽々子殿。それを妖忌が否定して、
「では頂きましょうか」
皆一様に箸を伸ばす。俺も適当な物を更に運び、口に運んで行く。
言うでもないが美味い。だががっつくのもはしたない。だから静かに咀嚼して行く。
――――正に至福である。
「酒はどうだ。弦蔵」
急に声をかけられ妖忌を見る。その手には徳利が握られていた。
あまり酒は飲まないが、こう言う時の場では飲まない訳にはいかない。
杯を貰い一口。美味い。これ以上何というかべきか!
これを表現するのは野暮だ。
「弦蔵さんも打ち解けて良かったですね」
「はっ、これから精進致すのでどうぞよろしく」
「ふん、どうせすぐに逃げるに決まってる」
それを聞いた幽々子殿は少し笑った。妖忌も可笑しそうに笑った。
俺はと言うと、小生意気な童の額を軽く小突いてやって、少し笑った。
読んで下さりありがとうございます。