行き倒れ侍従者になる 作:妖怪(侍)
平穏……その様な事を誰が願ったと言うのか? しかも言うに事欠いて、俺が一番望んでいるだと? ありえん、そんな事はあってならない。
白玉楼に住み着いて百年経つ……どんなに気の無い振りをしていていても、俺は一日たりとも忘れたりはしない。
本当に情けない話だ。
そしてまた思い出そうとしている……白玉楼に――思い出したくない日々をまた。
「女々しい……な」
この感情をどうやって鎮めていいのか分からない。どうやったら治るのだ? ソレは止め処なく心の中に溢れてきて、押し潰されそうになる。
そして目激しい目眩に襲われ立つ事すら、叶わなくなってしまった。
俺は情けなく尻餅をついて、その場でうずくまる。
「……俺は、どうすれば……」
自分の感情さえ操る事すらままならない、俺は今まで何をしていたのだろうか……獣を斬り人を斬りそして妖怪も斬れる技を以ってしても、出来ない事など……何処にあろうか?
ならば俺の過去を奴等に話し、赦しを乞うのか? それこそ無駄な事だ。俺が本当に赦しを欲しているのは――――
「……何だ……そんな事か」
雨が降り始め、俺の体を容赦なく濡らしていく。だが俺にとってはどうでもいい話だ。目眩は治らない……だったらもうどうにでもなればいい。
その場大の字になって寝転ぶ。雨すら今は心地よい。
「俺が俺を赦せば良いだけの話しだったのか……クク、何とも簡単な話ではないか……」
笑いがこみ上げて来て、何百年振りかの大笑いをした。
そうだ俺が旅に出たのも目的など無い、ただその場から逃げ出しただけなのだ。
目的ではなく手段にしている時点で、俺の根幹など見つかる訳がない! そう思えると、益々笑いが止まらない。
「ククク……何と馬鹿な話であろうか? だが今はそれすらも……」
目眩はいつの間にか治った。ならばと思い勢いよく立ち上がり刀に手を掛けた。
鯉口を斬り一閃! 雨の雫が真っ二つになるのを確認した。そして上空にある雨雲が綺麗に二つ別れていく。
腕の方は未だ衰えず……良いことだ。ならばもう一度だ……今度は更に早くそして鋭く!
――斬――
俺の周りに漂っていた空気を斬る。冷たい空気が少し和らいだ様な気がした。これは成功したのであろうか?
妖忌がここにいればその有無も分かるのだろうが……まあ良い。
さあ最期の段階だ。妖忌はその刀で時すらも斬れると言っていた。
アレに出来て俺が出来ない事など一つも無い。悠長に六百年も生きてきたわけではないのだ。
出来る筈だ……俺にも。刀を鞘に納めて、大きく深呼吸をした。俺にも出来る! そう強く心に言い聞かせ刀を強く握る。
「……ズァッ!」
刀を抜き大きく振ったその刹那。
周りを見ると雨の雫がその場で静止してしている。
「成功か」
呟くと世界は音を取り戻した。
やってみれば案外簡単な物なのだな……長生きも偶には役に立つ。
「帰るか……あの場所に」
嫌な感じは微塵も感じない。何時もならば少し心が騒つくが、今日に限ってはその様な事は起きなかった。むしろ早く帰りたいと、足が勝手に白玉楼へと向かって行った。
◯
「竹中弦蔵……戻りました」
「もう宜しいのですか? ――なんて貴方の顔を見たらそれを聞くのも、無駄と言う物ですね」
「幽々子殿……今までの無礼誠に申し訳ない!」
庭で土下座する妖怪(俺)。だがそんな謝罪の言葉などどうでも良さそうに酒を煽った。
「大空の 雨はわきてもそそがねど うるふ草木はおのがしなじな」
「は? 何にございましょうか」
「ふふ、雨は貴方はの心をすすぎ……また一つ成長させようとなさっていますね……」
いきなり歌い出したと思ったら急にどうしたと言うのだ。この雨が何かあったと言うのだろうか? 俺は意味が分からず唸っていると、
「そうねえ……じゃあお話は貴方がお風呂に入ってからに致しましょうか」
そう言ってぱん、と手を叩くと妖忌がやって来た。
「もう出来ているからさっさと入れ」
有無を言わさず俺の腕を取り立たせた。妖忌を見ると口端を浅く吊り上げて、俺の肩を叩いた。
何を急かしているのだ……この二人は、雨も止んだと言うのに。
それに風呂など入らなくても、俺は今話がしたいのだが……そんな目で幽々子殿を見るとゆっくりと首を振った。
諦めろ……と言う訳か。
ならば是非もなし、着替えを持ち風呂場へと向かっていく。
湯気が立ち上る風呂を見ると、入らずにはいられないな。入る前は面倒くさいのだが、入ってしまったら途端に気持ちよくなってしまう。
これが風呂の魔力と言うものか。
「ふう……凄まじい遠回りだったな」
一息吐き忘れてようとしていた過去が次々と思い浮かぶ。何時もならば、頭の奥底に閉じ込めている記憶……思い出しただけで目眩を起こす程の不快感は感じない。
だが赦せばいいとは言ったが、そんな簡単には自分自身を赦せる筈もなし。だが方法が見つかっただけで取り敢えずは良しとするか。
「こればかりは……根気が必要だな」
風呂から上がり幽々子殿が座っている縁側に向かっていく。
幽々子殿は相変わらず、こちらに視線を向けずに月を眺めながら酒を煽っている。
ならばと思い俺は少し離れて縁側に座り幽々子殿に話かける。
「今一度……ここに謝辞を。そして凄まじき遠回りの道を示して頂いたので……」
「私達は何もしてはいませんわ……ですが弦蔵さんがそう仰るならば、その言葉素直に受け取らせて頂きますわ」
こちらを見ずに酒を煽る。妖忌はこちらを見て意地の悪い笑みで此方を見てくるがそれに反応する訳にもいかないので、
「童……妖夢は?」
「アレなら心配いらん。元々頑丈だ、それにお前の薬も相まって既に回復しておるわ」
「そうか……ならばよいのだ」
童の容態を聞き少し安心した。今までの比では無いくらいに痛めつけたのだ……心配にもなる。それにあれだけの才を俺が摘んでしまったとなれば、妖忌にも申し訳が立たない。
……それにしてもあれだけ激昂したのはいつぶりかな? うーむどうにも思い出せん。
「あ、弦蔵さん。おかえりなさい」
「……具合はよいのか?」
「まだ少し痛みますが……まあ日頃から鍛えていますので」
……こうも屈託のない笑顔で言われると良心がますます抉られるな……全く本当にデカくなったな、童は。
「軽率だった……あの時は本当に殺すつもりでだったからな」
「殺す気で掛かって骨の二、三本しか折れないって……弛んでいるのは弦蔵さんではないのですか? ぷぷっ」
全くいつまで経っても口が減らないな……こ奴は。童を見ていると子供がこれぐらい生意気なのが、丁度よいな。
「……さてここに全員集まりました。では弦蔵さん。貴方の答えを聞かせて下さいな」
猪口を置きこちら見てくる幽々子殿。そこには何時もの余裕な表情などではなく、ただ真顔だった。
俺も表情を引き締め幽々子殿の視線に負けぬ様、見つめ返した。
「俺の答えは初めからあった。ここ白玉楼で心を……そして自分自身の魂を癒す」
一度区切り大きく深呼吸する。心の臓がけたたましく鳴り、中々集中出来ないがこれだけはちゃんと言わなければならない。
白玉楼の住人の為、そして一番は自分自身の為にだ。
「俺の旅は一先ずここで終わりとする……だから俺の一生を幽々子殿――――白玉楼の全てに尽くしたいと思う所存である」
もう旅に出たとしても答えなど見つからないのだ。なぜか? 今までの五百年がソレを物語っている。
剣を振り己を鍛えても見えて来ぬ境地……旅で見つからないなら、白玉楼で見つけてみようと思う。
「まあ今の答えとしては充分でしょう」
「はっ……ありがとうございます」
短い問答が終わり、もう一度深く頭を下げる。
本当に感謝の念が絶えないな……この様な粗忽者を、まだ置いてくれるのだ。感謝しかない。
そんな事を考えていると、横にいた童が小さく耳打ちしてきた。
「いつになったら私の事を名前で呼んでくれるんですか?」
何故今になってそれを聞いてくるのだ……こ奴は。
俺は無視して立ち上がり、床に就かせて貰う事を述べて部屋に戻っていく。
それを見て童が着いてきた。
「……お前は幽々子殿のお付きであろうが」
「大怪我を負っているので、今日は好きにしていいと許可は貰ってますよ」
「む……その割には元気ではないか……」
「大事を取って今日は休ませて貰っているんです!」
百年経っても気が利かないんですから! とかなり憤慨した様子で、こちらを指差す童。俺はと言うと反応するのも煩わしいので、さっさと布団を敷き始める。
「何勝手に寝ようとしてるんですか! 寝るんだったら理由だけ話して寝てくださいよ!」
「……何の話だ? 俺が覚えてないからどうでも良い話しなのだろう?」
「いやいや! さっき言ったでしょうが……何時迄子供扱いしてるんですか!」
そう言うところだろ……何時迄も子供扱いされるのは。だがそれを今言っても火に油だな。
こう言う時は静観だ、童が落ち着くまで布団に入っておこう。
いやなにちょっと横になるだけだ。寝はせんよ?
「ちょっと何本気で寝ようとしてるんですか!」
「お前が落ち着くのが早いか。俺が寝るのが早いか勝負だな」
「ぐう……どの道すぐ寝る癖に……」
察したかこう言う所に気付くのは良いのだがな……まあいい。
流石にからかい過ぎたか?
俺は半身だけを起こして童を見据える。
「冗談だ」
急に起き上がった俺を見て驚いた様な顔をする。
「お前もまだまだ餓鬼だな……」
こ奴が騒ぐせいで眠気も覚めてしまった。……まあ寝る気は余り無かったが。
布団から出て、酒を片手に縁側へと座った。
「飲むぞ童。今日は気分が良い……それに月が綺麗だ。この月に免じて、一つだけ教えておこう」
しっかりと月に感謝するのだぞ。童は自分の要望が通った事が嬉しいのか少し笑顔になり、俺の隣に座った。
「……ナニかを斬るのに感情はいらないのだ、知りたい真実を願い剣を握るだけでいい」
「お祖父様も言ってましたよ……真実は斬って見なければ分からない、と」
「……本当に妖忌が言ったのか?」
頷く童を見て首を傾げる。おおよそあの堅物がそんな辻斬りじみた事を本当に教えたのであろうか?
……恐らくだが妖忌の話しを変に解釈してしまったのであろうな。
俺は枡に注いだ酒を少し飲み、
「まあいい……これで満足したか? ……まあ、なんだ特別に後一つだけ聞いてやろう」
本当に最後だからな。今宵の月と酔いに感謝するが良い。
「……弦蔵さんは西行妖――あの大きな桜の木が咲いたのを見た事ありますか?」
「ないな……急にどうしたのだ?」
「……幽々子様は時折あの桜を見て物憂げな顔で、佇んでいる事があるのだ……」
「だが妖忌はあの桜はもう咲かないと言っていたが?」
「でも……何か方法はあるはずだ……少しでも可能性があるなら、私はソレに賭けて見たいんです」
初めてだな……この様な顔をする童は。
……咲かぬならソレを咲かせて見せようと思う事は確かに道理である。だが俺は妖忌の話を聞いた時、この件には踏み込んでは行けない様な気がした。
「……いいのか? 本当に」
「私は貴方の様に迷ったりはしない。剣を握り真実が掴めるなら――――迷いは無い」
一端の口をきくようになったものだな。俺は静かに酒を飲みながら、暫く逡巡した後口を開く。
「お前が望む真実があるかはわからん……しかしあの桜が咲く事で何か変化があるならば……手を貸してやろう」
「いいんですか?」
「俺の手では不満か? ならば一人でやるがいい」
「……ありがとうございます……」
密かな約束を交わした後童も酒を飲み始めた。そこからは特に話すことも無く、沈黙がこの場を支配していた。
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