あべこべ世界で生きてます~剣と拳と男と女~   作:風神莉亜

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連続投稿四回目。


12~交友は広めるもの~

 時計の二本の針が頂点を過ぎる。

 体感で何年ぶりの授業は存外に楽しいもので、ここまであっという間に時間が過ぎてしまった。が、慣れれば少しずつ苦痛が混じってくるのだろうな、と。そう考えると少しだけ苦笑が漏れてしまう。

 授業道具を机にしまい、さて弁当でも食べようかと机の上に乗せる。実は自作である。ほら、家族の自炊レベル思ったより低かったからさ……。

 

「ほら、今なら一人だよー」

「チャンスだって、直ぐいかなきゃまた男子に囲まれちゃうよっ」

 

 ……何やら視界の外からそんな声が聞こえてくる。休み時間に入る度に似たような会話がちょくちょく聞こえてきていたが、今回こそ声をかけてくるのだろうか。

 来るなら来るでスパッと来てくれないだろうか。結局来ねぇのかよ、と毎度肩透かしを食らうのも結構疲れるのだが。こちらの一方的な都合とはいえ、一応それなりに気持ちも作らなければならないのだから。

 

「あのっ、お昼一緒に食べませんかっ」

 

 横からかけられた声に、ちらりと視線を向ける「ひうっ」……見ただけでその反応は解せない。むしろ立場からすれば此方がひぅっなのだが。

 長い前髪、肩より上で切り揃えられたボブカットの女の子は、オドオドしながら何故か弁当箱を此方に差し出してきている。それは君の弁当だろうに。

 

「……ん」

「へっ?」

 

 小さく頷いただけでは意図が伝わらなかったのか、気弱そうな彼女は軽く驚いたような反応を返してきた。

 多少恐怖症の点で負担はかかるものの、だからといって女子との接点を全て排除していては共学を選んだ意味が無い。リハビリ的な意味でも、誘いに乗るのはやぶさかではなかった。

 

「……食べないの?」

 

 弁当箱を差し出した体勢のまま固まってしまった彼女を見て小首を傾げる。

 俺の言葉を聞いて反応したのは、彼女ではなく。

 

「おっ、弁当持参か? 一緒に食おうぜ夏波」

「ちょっと一条! せっかく愛が勇気出したとこなんだから邪魔しないでよ!」

「そーだそーだー」

「はぁ? はん、物は言い様だな。下心丸見え」

「し、下心とかそんなんじゃないよぉ」

 

 可愛らしい弁当箱を片手に持ちながら歩いてきた男子と、呆気に取られたようなままの彼女の背中を追うように現れた女子二人。

 軽口の応酬でようやく再起動を果たした件の彼女は、その小さな口から小さな声で言い返していた。多分その声じゃ聴こえてないと思う。実際他の三人はワイワイ言いながら机をくっつける作業に勤しんでいた。

 俺の隣に一条が、その前に女子が三人。机の配置的に無駄にスペースを取るフォーメーションが完成する。

 

「ってか、お前弁当でかくね?」

「そう?」

「女子みてぇなデかさじゃんか。そんなに食えんの? 太るぞ」

「……燃費悪いから」

 

 俺の隣に座った男子――一条(いちじょう)(つかさ)がそんなことを言ってくる。俺からしてみれば、一条の弁当こそ小さすぎると思うのだが。

 俺の弁当とて非常識に大きい訳でもない。普通の二段重ねの武骨な弁当箱である。少し底が深い分量は入るが、それでも俺の感覚で言えばこれでも小さく感じる。

 ……とはいえ、この身体には結構限界の量でもあるんだけども。それでも多少無理して食わなければ、消費カロリーに追い付かないのだ。

 風呂敷をほどき、弁当を開く。

 

「おっ、うまそうだな。父親?」

「……ううん。自分」

「まじか。男子力たけぇ」

 

 心にチクリとした痛みを感じ、しかし表には出さずに内に留める。わざわざ飯が不味くなるようなことを言うつもりもない。

 俯きそうになった顔を意識して上げると、前に座る三人がまじまじと俺の弁当を見つめているのが目に入った。どこか妙なことでもあるのか、と自分で弁当を確認するが、そういうわけでもなさそうだ。

 閉じたままくっつきそうになる口を開く。

 

「どうか、した?」

「男子の手作り弁当……」

「写真とろーっと」

「ほわぁ……」

 

 三者三様……というわけでもないか。少なくとも二人は同じような反応である。真ん中の一人だけやたらとマイペースなのが気になる。許可取りなさいよ。いいけども。

 

「なぁなぁ、おかず交換しようぜ。卵焼きトレード」

「卵焼き同士で?」

「よその味って気になるじゃんか」

「まぁ……いいけど」

 

 一番マイペースというか、ぶれないのは一条なのかもしれない。言われるがままに卵焼きトレードを成立させ、せっかくだからそのまま口にする。

 む、一条家の卵焼きは甘口か。ちなみに俺の卵焼きはだし巻きである。(にっく)き爺がだし巻きじゃねぇと文句つけてくるからな! 卵焼きの味違うくらいで素振りの数増やしやがって。そのくせ酒飲む時は甘くないと嫌だとかガキかと。爺のくせにガキかと。

 

「そういえば、名前」

「んー? あ、ブログ乗せていーい?」

「いいけど……」

「やりぃ。神崎(かんざき)由井(ゆい)だよ、よろしくー」

 

 う、うん。

 独特なペースにつんのめるような感覚を覚えながら名前を覚える。艶やかな黒髪のショートカットはところどころ跳ね、気だるげな口調と大きな垂れ目が全体的にダウナーな雰囲気を醸し出している。しかし、少し厚めの唇と泣き黒子がそこはかとなく色っぽい。……男をダメにしそうな子だな。気を付けよう……いや、何を?

 

「しつれーなこと考えてるでしょー。これでも由井ちゃんは才女なのだよ」

「へぇ」

「つめたーい」

 

 限り無く素に近い返事が出た。が、神崎はにへぇと笑ってコンビニのパンを口にする。掴み所のない人間だ。

 

「アタシは太刀川(たちかわ)皐月(さつき)。剣道部だよ! よろしくね」

 

 此方は髪を横で纏めあげた、つり目で二重瞼の元気な娘だった。差し出された手を見て、少し躊躇ってからその手を握る。服の下で鳥肌が立つのがわかったが、それも直ぐに収まった。

 

 ……良い手だな。テーピング越しなので細かい感触はわからないが、長年の努力が手に現れている。

 

「水瀬さんも剣道やるの?」

「夏波でいい。……剣道、とは違う。俺がやってるのは、剣術」

「へぇ? どこの流派?」

 

 ……流派、流派かぁ。

 手を離し、顎に手を当てる。

 答えることは出来る。出来るが、斎藤流は時代と共に受け継がれてきた、所謂古流剣術ではない。当然新撰組の斎藤さんとも何の関係も無い。

 つまるところ、斎藤流とは爺が源流。つまり爺の我流の剣である。古今東西、世代を超えて世界を越えて、果ては剣というカテゴリーすらはみ出して。爺が使えると思った技術を組み合わせて練り上げた、それが斎藤流なのだ。

 人切りなんて望むべくもない世間で、生物を切り殺す為に磨かれた技術。極めれば龍すら殺めてみせると大笑いしながら俺に言っていた爺の目は、しかし全く笑っていなかった。

 しかし、この世界に爺はいない。斎藤の剣を受け継いだのは俺しかいない中で、あえて流派を挙げるとするならば――

 

「――我流、かな」

「……我流?」

 

 太刀川の目が怪訝そうに細められる。どうやら気に触ったらしいな。嬉しくないことに女の機敏には鋭い俺だ。腰の木刀に手が伸びる。

 彼女は笑顔を見せた。間違っても好意的なものではない。少なくとも、俺にとっては。

 

「あんまり無茶なことしたら危ないよ。男の子なんだし」

 

 クスクス笑いながら言う太刀川。どうやら、彼女は俺の言葉を軽く受け取ったらしい。子供が棒切れを振り回して遊ぶのを諌めるような口調だ。

 ……仕方がないか。我流で剣術やってますとか、俺が聞いても似たような感想を抱いただろう。

 木刀から手を離す。代わりに箸を手にとって、唐揚げを口に運ぶ。

 

「あ、あの! 間宮(まみや)(あい)です……」

「どうして自信を無くしていくのか」

 

 最初が一番大きく、最後には聞き取るのも苦しいくらいに細々と消えていった言葉に、妙に流麗な仕草で口元を拭いていた一条が突っ込んだ。

 名前は辛うじて聞き取れたので問題はない。ないが、会話の度にこれだとするならば、是非とも改善して欲しいところだ。

 

「柔道着着てたらホント別人なのにねぇ」

「由井ちゃんは双子説を提訴するー」

「あぅ」

「柔道着……?」

「あぁ」

 

 軽やかに唐揚げを拐っていった一条が会話を引き継ぐ。

 

「間宮は柔道部なんだよ。なんでも先輩方を入部初日に全員ぶん投げたとか」

「ぜ、全員じゃないよ。流石に主将には負けたよぉ」

「うちの柔道部の主将ってメダル期待されてる化けもんだろ? それにまで勝ってたら流石に引くわ」

「うぅ……あの引き手を切れてたら……」

「悔しがる場面じゃねぇし。引くって言ってんだろうが……あれ、シュウマイがいっこ消えてる!?」

 

 若干リスみたいになっているであろう状態で、小さく縮こまっている間宮を眺める。

 どこからどうみてもか弱い女の子にしか見えないのだが……やはりこの世界の女は見た目で判断してはいけないようだ。

 そう考えると、もしかしてクラスの女子連中に俺は力で負けている……? 由々しき事態、なのか? それよりもシュウマイが思ったよりもデカイ。一口で食うんじゃなかった。

 

 

 

 

 その後、弁当を平らげて変わらぬ面子で過ごしていると、

 

「夏波。お昼は食べた?」

「氷華姉」

 

 朝ぶりとなる氷華姉が教室に降臨する。氷華姉が現れた瞬間に、昼休みにも関わらず教室が静けさに包まれたのだから降臨でもあながち間違ってないだろう。

 

「校内を軽く案内するから、ついてらっしゃい」

 

 言いながら手を差し出されたので、それを掴んで立ち上がる。

 皆に軽く手を振ると、全員笑いながら手を振り返してくれた。つられて顔が緩むのを感じながら、俺は氷華姉に手を引かれながら教室を後にするのだった。

 

 

 

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