あべこべ世界で生きてます~剣と拳と男と女~   作:風神莉亜

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病室からリハビリがてら。


17~鬼と鬼~

「単刀直入に聞くけど、いいか?」

「…………」

 

 駄目です、とか言ったら目の前の彼女はどんな顔をするのだろう。恐らくはあの時投げ捨てた木刀であろうそれを肩に乗せた赤髪の彼女は、鋭い目付きでこちらを射抜いている。

 

 彼女の背を追って辿り着いたのは、校舎の屋上。

 

 互いの長い髪が、風に靡いて揺れている。俺の返事が無いのを肯定と受け取ったのか、彼女は顔にかかるそれを耳にかけ直しながら、ぽいと木刀を此方に放り投げた後に、

 

「お前、その剣は誰に教わったんだ」

 

 やはり、そうきたか。

 

 受け取ったそれに視線を落とし、再度顔を上げる。

 質問を質問で返すのはあまり好きではないが――

 

「何故?」

「好奇心……かな。悪いか?」

「……ふぅん」

 

 そう返してくる彼女の態度におかしなところは見当たらない。

 嘘をついている訳ではないだろう。大丈夫だとは思っていたが、取り敢えず屋上での決闘なんて望ましくない状況にはならなそうだと心の中で胸を撫で下ろした。

 そうなれば、こちらの口も少しは動きやすくなる。

 

「それなら、こっちも同じ事を聞きたい」

「あん?」

 

 顎をしゃくり上げるようにして反応する彼女。

 俺が剣術なら、彼女は。

 

「武術。誰に習った?」

「……あぁ、やっぱりわかってる訳か。あの時だな」

「あれは、ごめん。……事情があって、女性が苦手」

「だからっていきなり切り付けてこようとするか?」

「だから謝る。ごめん」

 

 ふぅん、と頬を掻いた彼女の視線は、俺の左手へと注がれている。ホルダーに掛かりっぱなしの左手に、だ。

 

「まぁいいや。俺のコレは母さんからだ。母さんは婆ぁから習ったらしい」

「……流派、は?」

「無手立花源流。立花家の女が使うからそのまんまだな」

 

 ドキリ、と心音が高鳴るのを感じた。

 似ている。俺の無手斎藤源流、そして彼女は無手立花源流。この類似は、果たして偶然なのだろうか。

 けれど少し安心したような、残念なような。それでいて寂しいような感情が胸の内に芽生えるのを感じた。やはり、この世界には斎藤流そのものが存在していないのだ、と改めて突き付けられたような気分だ。

 いや、そもそも立花と斎藤で中身が同じとは限らない訳なのだが。

 

「そっちは?」

「斎藤流。武術もあって、そっちは無手斎藤源流」

「斎藤流……聞いたことねぇな。お前斎藤っていうのか?」

「違う。名字は水瀬。斎藤流はもう使う人がいないから、知らなくても無理ない」

「あん? でもお前は使えるんだろ?」

「最後の一人。察して」

「お、おぉ」

 

 あまり深く突っ込まれると説明に困る。そっちで適当に察して勘違いしてくれると有難い。パチパチと目を瞬かせた彼女は、多少困惑しながらも追及してくることはなかった。

 それにしても、最初の印象から比べると……。

 

「……な、なんだよ」

 

 俺の視線から目を背け、頬を掻くその姿。

 最初こそ、恐怖症のフィルターがかかっていたせいか、どこか関わるのが憚られるような人物だったのだが。話して見ればなんてことはない、ちょっとぶっきらぼうなだけの女の子だ。

 外見だって、身だしなみそのものに興味が無いのか、その辺りはほぼ手付かずであろうにも関わらず美少女と言って差し支えない。切れ長なつり目に鋭い眉は、普段こそ不機嫌そうな印象を強めるものの、先程のようにパチパチと瞬かせると途端に長い睫毛と二重の魅力が現れる。

 スカートから見える長い脚は程よく鍛えられていて、同様に上半身も引き締められているのだろうと予測出来た。

 ……こういう思考なら恐怖症は全く顔を出さないんだよな。脳筋思考にシフトすれば恐怖症も抑えられたりするのだろうか。実際、その時はそんな余裕ないだろうけど。

 

「で、呼び出した理由は」

「……ん、あぁ。さっきの質問したかっただけだ。お前の剣術がうちの爺さんが使ってたのとかぶったからさ。ちょっと気になってよ。……まぁ、爺さんはお前みたいに殺る気満々の剣術じゃあなかったんだが」

 

 奇しくも、彼女もまた俺と同じような感想を抱いていたようだ。どうやら立花の剣は、斎藤のそれと比べて静の位置にあるらしい。

 それを考えると、斎藤流と立花流は剣と拳の位置関係が逆になっていると予測出来る。

 斎藤流は、剣術に対抗する形で拳が成り立っている。つまるところ爺を素手で無力化する奥さんの関係が、斎藤流でいう剣と拳の立ち位置である。奥さんの武術が後手に回る流派なのもその辺りの関係だ。

 立花流が、成り立ちからその真逆なのかはわからない。が、彼女の纏う雰囲気から無手立花源流が後手に回り相手を封殺するような受けの武術ではないのはわかる。

 恐らくは、俺の剣と同じような……殺を目的とした武術なのであろう。問題は、それを彼女がどういう思惑で習得し、振るおうとしているかだ。

 

「…………」

 

 罅の入った木刀を、気持ち強く握りしめる。

 先程彼女が言った通り、俺が振るう斎藤流は殺人剣に属するものである。しかし、俺はそれをそのまま殺人の為に使おうとは思っていない。当初の目的こそ違ったものの、最後の目標は爺に一太刀入れて俺の力を認めさせる為にこの力を磨き続けてきた。

 爺は爺で自分の剣を極めること、斎藤流の真髄なるものをその手に得ようとしてはいたが、流石に殺人までは犯していない。

 ……裏山に籠っては自然動物と相対して切り伏せてはいたようだし、その前に俺が爺の初の剣の錆になりそうではあったが。

 それでも、爺にも越えてはならない最後の一線はあったようだ。

 

 ――剣を振るう場所を間違えてはならない。

 

 あの色々とふざけた爺が、時折真剣な表情で俺に告げてくるこの言葉は、今もこの胸に形を持って残り続けている。

 どんな狂暴な剣も、振るい所を間違えなければ暴虐には至らない。逆にどんな稚拙な剣であろうと、矛先を間違えれば無為な屍の山を築き上げることが出来てしまう。

 その教えがあったからこそ、俺は――斎藤流の剣士は道を違えることなく剣と向き合うことが出来ているのだ。

 

 ――では、彼女は?

 

「んだよ。こんなとこで一戦交えようってか?」

「そんなつもり、ない」

「だったらその目をやめな。嫌でも身体が動きそうになる」

 

 言葉通りに、何かを紛らわすように落ち着きなく手を振ったり爪先で地面をつつく彼女。

 挑発していたつもりは更々無かったが、女性と一対一のこの状況だ。緊張と混じって芽生える衝動を振り払う。

 

 強者を見れば身体がたぎる。そんな習性とも言えるそれが、恐怖症のせいで余計に攻撃的になっているようだ。

 

 

「用事が終わったなら、戻る」

「あ、ちょっと待てよ。名前言ってなかったよな」

「立花さん、でしょ」

「陽華。立花陽華(たちばなようか)だ。名乗りついでになんだけどよ。お前、家の道場来いよ」

 

 その言葉に、返しかけていた踵を止める。

 彼女……陽華の顔を見ると、その名前通りの太陽に向かって咲く華のような眩しい笑顔が咲いている。

 

「話してわかった。アタシとお前は同類だ(・・・・・・・・・・)。お前なら、婆も母さんも気に入りそうだしな」

「……最初に言ったこと、覚えてる?」

「アタシと話せてるんなら平気だろ?」

 

 こてん、と首を傾げる陽華に溜め息をつく。

 詳しく話していないから仕方ないとはいえ、そんな簡単に解決するほど軽い話ではない。

 道場に興味はあるが、現時点では興味よりも恐怖の方が大きいのが実情だ。それに、仮に俺が乗り気であったとしても家族がそれを許さないだろう。

 

「別に今すぐ決めろとは言わないぜっ、と」

 

 無表情のまま陽華を見つめる俺の横を通り過ぎて、彼女は軽やかな動きで地面を蹴った。一息で四角い貯水タンクの上に登ってしまうと、寝転がってしまったのかぶらぶらと足だけしか見えなくなってしまう。

 

「気が向いた日にでも声かけろよー。大体ここにいるから、待ってるぜ」

「……授業、は?」

「フケる。一緒にサボるか?」

「冗談」

「冷てぇな」

 

 声だけの会話はそれで終わり。

 携帯で時間を確認してみれば、昼休みも終わる頃合い。

 校内に続く扉に手をかけて、最後にもう一度貯水タンクを見上げてみた。ぶら下がった脚はピクリとも動かない。

 扉を開き、

 

「確かに、同類かもね」

 

 目の前にいたなら間違いなく斬りかかっているであろう気当りを感じながら、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

「……あー、やり合いてぇー」

 

 残された彼女は、瞼を閉じたまま歯を剥き出しにして笑う。

 

 

 

 

 

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