昼休みが終わる直前に教室に戻ると、クラスの男子連中が何やらわらわらと集まってきた。
何事かと目を瞬かせていると、どうやら件の彼女――立花陽華という人物は危険人物として認識されているらしい。所謂不良として、男子からは近寄りがたい存在なのだ。
が、ああいうアウトローな人間に惹かれる人もいるのは、この世界でも同じらしい。純粋に俺を心配する人もいれば、間近で話してどんな感じだったかを興味津々で聞いてくる人もいる。
女に興味の無い硬派な不良と、清楚な女子生徒のカップリングの漫画が前世では人気らしかったが……この世界でもそれは通用するのかもしれない。勿論、逆で。
そんな心配してくれたり、恋バナに持ち込みたい男子連中には悪いが、今の俺が考えていることは。
(木刀二本下げはちょっと邪魔くさいな……)
そんな、全く共有しようのない感想なのであった。
「その木刀、どうしたの」
「返して貰った……ううん。届けて貰った……?」
「……? 誰に?」
「あの生徒会室にいた」
「立花さんね。大丈夫だったならいいけど……待って、まさか二人きりになってないわよね」
「…………」
黙秘である。
放課後になり、晩の食材を買い出す為にデパートに向かう最中。隣を歩く氷華姉の冷たいオーラを感じながら、質問にあからさまに目を逸らす。
いやその。無用心だったのは認めます。なのでその氷のような視線を止めてください。
「夏波」
「……ごめんなさい」
話を流すことは出来なさそうなので、早い内に謝罪しておく。あの状況で他の人を巻き込むのも出来ないし、かといって氷華姉を呼びにいくまでもないかと考えてしまったが故の二人きり。そして今である。
下手に言い訳をすれば更に立場を悪くするのは目に見えていたので、謝罪一択。勿論、迂闊だったのもわかっているのもある。
そんな俺の想いが伝わったかそうでもないのか、左頬に感じる冷気はスッと引いていった。氷華姉は氷系の超能力でも持っているのだろうか。
「あまり心配させないで頂戴ね」
「ありがとう」
「……うん」
自然と出た笑顔で返すと、氷華姉は一瞬呆気に取られたような顔をした後に、柔らかく微笑んだ後に俺の頭に手を乗せた。
「今日は何を食べる」
「そうね。泉は肉って言うでしょうけど」
「今日は、氷華姉の順番」
「ふふっ、そうだったわね。買い物しながら考えるわ」
余談だが、晩は野菜たっぷり冷やし中華になりました。
翌日。
そろそろ慣れてきた登校を終え、無難に授業を一コマ二コマと終え、昼前の最後の授業。ちょっとだけ懸念があるとある授業を迎える。
前の授業の最中から和気あいあいとした雰囲気の中、休み時間に入った瞬間に一人の女子が立ち上がる。
「よーっし、体育に行くぞーっ」
その大きな声に自然と視線が向いてしまうが、直後に俺は――というより、俺の身体が後悔することになる。
その子はあろうことか、勢いよくブレザーを脱ぎ捨て、更にワイシャツのボタンを外すことなくたくしあげて脱ぎ捨てた。
当然、その下にある下着……つまりブラとそれを身に付ける肢体が露になる訳だが――
「おいふざけんな! 男子出てからにしろよ!」
「なによー、上半身くらいで」
「転校生もいるっつうのに最低だな」
「見たくなかったら早く行きなさいよ」
「言われなくても行くよバカ」
そうなのだ。今更といえば今更だが、この世界では羞恥心あたりのものも逆になっている。見れば(見てしまったともいう)男子の声に反発とでも言うのか、ブラにも手をかけて今にも外そうとしている女子もいる。
家族も、俺がいなければ風呂上がりなんかは上半身裸も当たり前のようだ。勿論、俺を気遣って普段はそんなこともないが。
瞬時に気を張っていなければ危うい程度には教室に肌色が多くなっていき、他の男子に手を引かれながら教室から脱出した。
精神と身体の誤差にくらくらしながら、体育着片手に更衣室に向かう。
「い、いつもあんな感じ?」
「中学じゃそうでもなかったんだけどな……多分お前に見せつけたい魂胆があったんじゃねえか」
手を引いてくれていた一条に聞くと、想定外のような……前世の男として分からなくもないような答えが返ってくる。
とにもかくにも体育館横にある更衣室に到着。が、ここでもちょっとした問題が。
「さ、ちゃっちゃと着替えようぜ」
「…………」
「……どうした?」
ブレザーを脱いでワイシャツのボタンに手をかけたところで手が止まる。
そう。俺の身体にはあの傷がある。出来れば誰の目にも触れることなく着替えを終えたいところなのだが……。失敗した。こんなことなら最初から下にシャツだけでも着ていれば……それも駄目か。腕にも火傷や何やら残っているのだから。
と、そこで一条から助けの声が飛ぶ。
「なんだ恥ずかしいのか? ほら、そこに更衣室もあるから安心しろよ」
「やった」
「早っ!」
言われるが早いか更衣室に飛び込む俺。なんて良い設備だ。
それでもリスクを減らす為に豪快に脱いで豪快に着る。長袖長ジャージの完全防備を完成させると、慣れた手付きで髪をまとめて更衣室から躍り出る。
「早っ!」
「天丼」
「悪かったな。……ってか暑くなるぞ、それ」
「大丈夫」
プチ漫才もそこそこに授業開始。
男子の生徒数が少ないからか、それとも今回だけのクラスレクリエーション的な扱いなのか、男女共同でやるらしい。
集まった人数と面子を見れば二クラス合同のようだ。
「よう」
準備運動の軽いランニング。体育館を三週走る最中に、隣から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
無駄にトップをひた走っていた俺のペースについてくるのは、やはりというか立花陽華であった。
「家に来る気になったか?」
「ない」
「なんだよぉ。一回くらいいいじゃんか」
「よくない」
ペースを上げる。容易く追い付かれる。くそっ、この身体じゃ勝てん。
その後も何かと俺に絡んでくる陽華を軽くあしらいながら準備運動を終える。態度が冷たいのは木刀が手元に無いからだ。一目散に逃げ出さないだけ成長したと思ってもらいたい。
そして始まったのは、
「これ、体育でやるものか……?」
肩口に迫るボールを避ける。即座に背後から返ってくるボールを地面を這うようにして避けた後に、顔にかかった髪を耳にかけ直した。
「ぜ、全然当たんないっ!」
「背中に目でもあるのかな」
「いいぞー夏波ー! 二組に負けんなー!」
応援を尻目に、女子がどこか遠慮気味に投げてきたそれを容易く取ると、即座に投げ返して膝元に当てる。アウトである。
てんてんと転がるボールを拾い上げたのは、
「やっぱりやるもんだな」
「また君……」
線を跨いで相対する俺たち。
ちょっぴり辟易としてきた俺にボールが飛び、それをしっかりとキャッチする。他の女子とは威力が違うそれを感じながら、バスケットボールのように地面に弾ませた。
「玉遊びだし、本気出しても怪我人はでねぇな」
「物騒」
「似たようなこと考えてるくせに」
バシィン、と高い音。なかなか本気で放ったそれを片手で取られてしまう。ちっ。
「ドッジボールなのになんだこの雰囲気」
外野にいる一条の声が聞こえてくる。
そう。やっているのはドッジボールである。一組対二組の構図。そして、現在内野にいるのは俺と陽華の一人ずつ。
最後まで残っている理由は勿論避けていたのもあるが、向こうの女子が俺を狙わなかったのもある。一人になってからは割りと本気で狙われていたが、それすらも避け続けて今のような状況になったわけだ。
「ようし。決めた」
先程の俺と同じようにボールを地面についた陽華は、笑いながら口を開く。
「ただやるのもつまんないし。ここはいっちょ賭けでもするか」
「嫌だ」
「まあそう言うなって。遊びだよ遊び。勝った方がお願いを
「…………」
飛んできたボールを取る。先程よりも痛い。
「絶対服従じゃないぜ。ただ聞いて貰えるだけだ。さ、来いよっ!」
「……勝手な人。まあ本気でやってあげる」
きっとだが、彼女は俺にこう言わせたかったのだろう。その言葉を聞いた彼女はとても嬉しそうな顔を見せて体勢を低くする。
俺はひとつ息を吐くと、こちらもそれに応えるべく足に力を込めた。