「お、おう」
「別段付き合い長くも無いけど、らしくないのはわかる」
「そう……かもしれないけどよ」
腰に手を当ててそう言うと、陽華は頭を掻きながらこちらから視線を反らした。
そのままの体勢で溜め息をついた俺は、何がそこまで彼女の居心地を悪くさせているのか考えて、そしてすぐに。
「……場所、変えよ」
「あ? あ、あぁ」
思い至ると同時に、自分達が周りから注目を浴びていることに気付いた俺は、それだけ告げて髪を翻した。
後ろから控え目な足音が聴こえて来るのを確認してから、目的の場所へと向かう。
そうして辿り着いたのは、いつかは逆の立場で呼び出されたここ、屋上である。
出て直ぐの壁に背を預けて少し待つと、ゆっくりと陽華が姿を現した。
「…………」
が、彼女は此方の真正面に立つまでは良かったものの、そこからは先ほどと同じで視線を泳がせながら黙ったままである。
そこまで気にしなくてもいいのに、とは此方だからこそ言えるセリフではあるのだろうが、どうにもこれではばつが悪い。なので、此方から助け船でも出そうと思う。
ホルダーに入れていた木刀を抜き放ち、正眼に構える。この身体になって、人に対してしっかりと構えたのはこれが初めてだ。
当然、対する陽華も直ぐ様此方に対する構えを取った。揺るぎない応戦体勢に何の動揺も見せないところは、流石と言ったところか。
「……何のつもりだよ」
「別に。話し辛いなら、まず身体でも動かそうかと」
言いながら、そのままの体勢で一息に距離を詰める。切っ先を伸ばすように鳩尾を突こうとして、反射的に屈んだ頭の上を彼女の踵が風を切って通り過ぎた。本来なら追撃するところだが、下段に構えながら距離を取る。
それを見た陽華が、尖った犬歯をぎらつかせながら懐に飛び込んできた。後ろは既に壁である。
剣を振るうには近すぎる。
しかしてこれ以上距離も取れない。
そこで俺が取った行動は。
壁を蹴る。
下がれないなら、前に出るまで。
剣が振れないなら──
「うぉっ!」
「……よく避ける」
「剣使うヤツがラリアットって、お前……」
空振った腕を回しながら、改めて剣を構える。
壁に手を当てながら呆れたように振り返った陽華は、しかし微かに笑っていた。
「そういや、剣だけとは言ってなかったもんな。今のは油断してた」
「武術でも何でも無いけど」
少なくとも無手斎藤源流にはラリアットは存在しない。
……でも爺はよくよくラリアットなりバックドロップなり食らってたな。たまに道場に大穴が空いていた原因だ。
「にしても、いきなり仕掛けてくるとは思ってなかったぜ。そんなタイプじゃなかったろ」
「こんなのただのじゃれあい」
「良く言うぜ。全部しっかり当てに来てるじゃねぇか」
「殺りにはいってない」
切り上げを足で抑えられ、飛んできた膝をかわし、右手で放った掌底を真正面から掴まれる。そんなやり取りの中で交わされた会話である。
口数も増え、此方の知る彼女の雰囲気になったところで、頭突きと言うには少し弱めに額をぶつけた。
「っ痛ぇ」
「残念だけど、アレを引き摺る程弱いつもりは、無い」
「……お前」
此方の言いたい事が伝わったのか、目を丸くした陽華。ここで初めて見せた隙らしい隙を逃す筈もなく、思い切り脚を払って彼女を地面に転がした。それでもきっと、彼女なら体勢を整えて着地する程度はわけないのだろうけど。
木刀をホルダーにしまい、手をはたいて陽華を見やる。彼女は大の字になって空を仰いでいた。
「……一応、アタシも女だからな。目の前で男があんな風になって、しかもその翌日から学校に来なくなっちまったら、流石に思うことはある」
「そんなとこだろうと思った」
「アタシらしくもないとは思うが、どうにもモヤモヤしちゃってさ。でも」
ぐい、と脚を振り上げ、勢い良く跳ね起きた陽華はようやく屈託の無い笑顔を見せる。感情を全面に押し出してくるその表情が、少しだけ羨ましい。
「悪かった。お前の事情はよくは知らねぇけど、アタシがお前を傷付けたのは間違いないんだよな。許せとは言わねぇけど、この通りだ」
「……ううん。これは、俺が抱える弱さだから」
頭を下げてくる彼女に、ぞわぞわとする身体を押さえ付けるように腕を抱く。
恐怖症は依然として良くなっていない。本音を言うなら、額をぶつけた際の急接近で、身体は全力で悲鳴を上げている。今すぐにでも逃げ出したいところを無理にでも堪えているのは、恐怖症を理由に誰かを傷付けたくは無いからだ。
怖いから、恐ろしいから。それを理由に、仕方ないと自分から諦めることだけはしたくない。
「なぁ、この際だからはっきり聞くけど。そんなに、女が苦手なのか?」
「…………」
「あぁ、答えなくていいや。……んー、本当に嫌いなんだな」
「嫌い、ではない。……にが、て」
そう。嫌いな訳では無いのだ。もし水瀬夏波という人間があのまま育っていたら、女性という存在に憎しみを覚えることもあったのかもしれないが、そこは生憎中身は俺である。主犯の奴等にこそ腹の底にくすぶるような炎があるが、それ以外の女性には何の恨みも無いのだ。
だから、苦手。その一言で済ますには少し中身が複雑だが、きっと間違ってはいない。
「お前は、それ治したいのか?」
「勿論」
「そうか……。ん……」
今度ははっきりと答える。こんなもの、治せるなら治した方が良いに決まってる。残念ながら、明確な手段こそ見えていないのだが。
そんな風に心の中で溜め息をついている俺の横を、勢い良く陽華が通りすぎた。いきなりどうしたのかとそれを追って振り返ると、すでに扉に手を掛けていた彼女は歯を見せながら笑っている。
「取り敢えず、今日は帰る! 明日からよろしくな!」
「ん? うん」
「じゃーなっ!」
最初の落ち込みはどこへやら、気持ちだけでなく身体も軽くなったらしい彼女は、階段を一息で飛び降りたのだろう。あっという間に姿が見えなくなって、その足音も瞬く間に遠くなっていく。呆気に取られてそれを見送った俺は、なんとなく面白くなって、くすりと笑ってから屋上を後にするのだった。
校門には、氷の生徒会長が仁王立ちで待ち構えていた。怖かった。