「そろそろ解放してやれよ」
「駄目よ。ちゃんと身体で理解させないと」
「話は聞いたし注意して欲しい気持ちもわかるが、その行動はよくわからん」
「…………」
「母さんも無言で写真取るなよ」
背後……というよりは頭の上から氷華姉の声。
斜め向かいに座る泉姉から飛ぶ呆れた声に、何も言わずにカメラのシャッターを切り続ける母さんの姿。その向こうに座る時雨はどことなく羨ましそうにこちらを頬杖したまま眺めている。
「あの……」
「駄目よ」
「むぅ」
「唸っても駄目」
脚の間に座らされ、お腹に腕を回されてしっかりとホールドされた状況の中で軽く頬を膨らませる。逃げようにも、動いた瞬間にその細腕からは信じられない腕力が発揮されてその場に縫い止められてしまう。
……前世の男よりもこっちの女性の方がポテンシャルが高いんじゃないだろうか。
「つかぬことを聞くけど」
「?」
「この中で一番力強いのって誰」
俺の質問に、母さんを除いた三姉妹が顔を見合わせる。
「少なくとも、私では無いわね」
「この中じゃあ、流石にアタシが一番じゃないか」
「氷華姉よりは私の方が力あるけど……泉姉ゴリラだからなぁ」
「握り潰してやろうか?」
「マジ勘弁」
流石に一番年上で身体も大きい泉姉が一番らしい。そして、この力で一番非力だという氷華姉にも驚きだが、時雨が二番目と言うのも驚きである。
それを聞くと、男として……まぁ、こちらの男にしては珍しいのかもしれないが、少し興味が沸いてくる。詰まるところ、どれだけ自分との差があるか、ということだ。
「時雨、腕相撲してみよう」
「私と? 別にいいけど」
じゃあこっちおいでよ、と時雨が肘をついていたテーブルを指でとんとん叩く。その流れで優しく氷華姉の組まれた指を解いて立ち上がる。
「上手いこと逃げたな……」
「あぁん、もう二十枚くらい」
「だから撮りすぎだっつの」
「……収まりが良かったのだけれど」
「罰じゃ無かったのかよ」
プチ漫才を繰り広げる家族を背中に、時雨の対面へと座る。ちょうど時雨はワイシャツを捲り終えたところで、とん、とその細く長い腕を構えた。
「爪、痛かったらごめんね」
「大丈夫」
それに合わせて掌を合わせた、その瞬間に目を見開いた。これは……、と衝撃を受けていると、どうやら時雨も何やら動揺しているようである。
「え、ちょっと怖いんだけど……。怪我させちゃいそう」
きっと、前世の男性諸君ならわかるであろう。
男同士でふざけてハグしたりしても特に何も力加減に心配することは無いが、それが女性相手になるとその身体の頼りなさに不安になってしまうあれだ。それが、ここにきて立場が逆転してしまったのである。
「いいかー、力抜けよー。時雨は加減しろよー」
「わかってるもん」
ぐらぐらと合わせた拳を揺らす泉姉。
そして直ぐに、勝負は始まった。
「レディ……ゴッ」
「んっ!」
「おっ?」
泉姉の手が離れた瞬間に、掛け値なしの全力で力を入れる。一瞬時雨の声が聞こえたが、その腕は微動だにしなかった。
「どうだ?」
「力あるよー。やっぱり素振りしてるだけあるよね」
「夏波、結構鍛えてるもんな」
「何にもしてない女子よりも強いかも。流石に負けないけど」
「全国選手が負けたら話にならんだろ」
「私陸上なんだけど」
「それでもだろ」
因みにだが、この会話の間俺は全力を出したままである。
少しして、泉姉に後ろから顔を両手で挟まれたところで、勝負は終わった。
「ほらほら、あんまり無理すんな。顔真っ赤だぞ」
「っ……むぅ」
「そういう負けん気の強さは買うけど、コイツそこらの女よりも腕力あるからな。怒るかも知れんけど、勝とうとするのがそもそも無謀だ」
「お兄ちゃんだって充分強いけどね。運動部の男子と比べても全然勝てると思う」
慰めにならない慰めを聞き、顔を揉まれながら負けを認めて手を離す。いや、元より勝てるとは思っていなかったが、ここまで力の差があるとは些か予想外だったのだ。時雨でこれなら、泉姉だと指で相手をされても負けてしまうだろう。
……しかし、本当に。
「んー? 何々?」
時雨の手を改めて手に取り、そこから腕まで手を這わせて揉んでみる。やはり、あれだけの力が出るような筋肉があるようには思えない。
振り返って、今度は泉姉の腕を揉んでみる。
「……おぉ」
「なんだよ、くすぐったいな」
照れ臭そうにしている泉姉だが、俺はその不思議な感触に感動していた。時雨よりも幾分太いが、脂肪という訳では無い。前世の俺ほど見た目には筋肉が現れてはいなく、しかし、その内側にはしっかりと鍛えあげられた筋肉があった。機能美の極み、とでも言えばいいのか。
「泉姉、ベンチプレスとかやったことある?」
「あぁ。自慢じゃないが鍛えてるからな。120は楽に上がるぞ」
「すごい」
「力だけは自慢できるかもな」
「ゴリラ」
「よーし、次はアタシと勝負するか」
「やだよ折られそうだし」
「心配すんな。テーブルが凹むくらいに手加減はしてやる」
「それ加減って言わないし」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる中で、改めてここの女性は見た目では測れないものがあるなと再確認する。仮に泉姉と相対することになったとして、俺は今の状況で彼女を制圧することが出来る自信が無い。
……焦るつもりこそないが、更に鍛練に力を入れていこうと気持ちを新たにした夕暮れだった。
「こっ……のぉ!!」
「オラどーしたぁ。手加減なんていらねぇぞ?」
「やっぱりゴリラだよこの女ぁ!!」
「あっ、力入れすぎたぁ!!」
「ぎゃぁぁぁぁ!」