「じゃあ、夏波の退院を祝ってぇ! カンパーイ!」
「「「「カンパーイ」」」」
始まる前からテンションMAXな我が母親に引き摺られるように、ジュースの入ったコップを掲げる子供四人。
元気にビールを喉を鳴らして飲み込んでいく母さんは別にいいとして、他の三名は若干のよそよそしい雰囲気を醸し出していた。
まぁ無理も無いよね。なんせ七年、完全に顔を合わせなくなってから五年もの時間が経っているのだ。俺ですら当時十歳。一番上の泉姉で十四歳、下の時雨に至ってはまだ八歳の頃に別れることになっている。多少他人行儀になるのも仕方あるまい。
まぁ、末っ子の時雨や、昔から静かで表情を変えなかった氷華姉はともかくとして。
「あ」
「お、おっ!? ど、どうした」
「醤油欲しいなって」
「醤油だな、ほ、ほら」
単に醤油差しに手を伸ばそうとした瞬間にただならぬ反応を見せたのは、癖っ毛ショートカットの泉姉である。
長女であり一番年上、身体も四人の中では一番大きな、こちらで言う女らしい女性である。前世の感性としては、男勝りな女性、と言ったところか。
とはいえ、それはあくまで言葉遣いや立ち振舞いでの印象である。
むしろ引き締められた身体にメリハリのついたプロポーションは、男勝りどころか女の魅力満載ですらある。
そんな泉姉だが、気を使って醤油差しを渡そうとしてくれるのは有り難かったものの。
「…………っ」
――何故だかその手はプルプルと震えてしまっている。
変に遠慮した受け取り方をすると落としてしまいそうだったので、多少指が触れても構うまいと両手で受け取りにいくと、思ったよりもバッチリ手のひらが当たってしまい。
「っちょおっ!?」
「……危ない」
そして、半ば予想していた事態が起きたものの大事には至らせない。
俺の手が泉姉に触れた瞬間に宙を舞った醤油差しは、中身が溢れる前に俺の手のひらに収まっていた。さっきの缶ビールの時といい、反射的なものは身体が変わっても健在ではあるな。
そのまま何事もなく小皿に醤油を注ぎながら、うおぉ……と手を擦っている泉姉に向けて口を開いた。
「泉姉さん、さっきから妙だけど。久しぶりとはいえ、そこまで緊張されるとちょっとへこむ」
「そうよ~。昔はあんなに仲良かったじゃない」
「そ、そうは言うけどよ……。どうしてもこう、アタシが触れても大丈夫なのかって思っちまって」
「多分~、本当は男慣れしてないだけだと思うんだけど~」
「うっせぇな! お前だってそうだろが!」
ちゃちゃを入れてきたのは、金髪で派手な顔立ちの末っ子、時雨だった。お洒落な爪をキラキラさせながら、ニヤニヤと泉姉をからかいにいく時雨。
それはともかく、泉姉の反応も仕方なくはある、か。散々女性関連で拗らせた弟相手だ。色々過敏になるのもしょうがないだろう。むしろ短時間で対応してきた母さんの対応力が凄まじいのだ。
こればっかりは時間をかけて大丈夫だと信用して貰うしかないだろうな。あとイクラ美味しいです。次はイカをもらいます。
「私はまだクラスに男子いるし? 女子一貫の学校生活してきた泉姉とは経験値が違うっていうか?」
「……っ、こいつムカつく……っ!」
余裕綽々でそんなことを言う時雨。見た目が派手なだけあって、男性経験もその歳で豊富なのだろうか。そんな感想を寿司と共に飲み込むと、隣の母さんからちょいちょいと袖を引かれる。悪戯っぽい笑みだ。
――まぁ、いいですけど。
気配を消しつつ時雨の背後に移動。ちょうどよさげなモノはないかと目を走らせて、目的のモノを視界にいれると、
「ちょっとごめん、時雨」
「うひゃいっ!?」
その金髪の頭を顎の下に入れ、ミニピザが乗った皿を回収。直ぐ様母さんの隣へと帰還する。
突然の急接近を許した時雨と言えば、何が起きたのかを理解すると同時に瞬く間に顔を赤く染め上げて、
「アッハハハ! うひゃいっ! ってなんだよ、どんな返事だよ! アハハハ!」
「う、ぅうううるさいっ! 今のは不意討ち! ノーカンだかんねっ!」
やいのやいのと騒ぐ二人を横目に、少しは雰囲気も解れたかなと、ピザを口に運ぶ。
女性恐怖症を気にして気を使ってくれるのは有難いが、こうして家族に対しては何ら問題ないのだから、気にせず自然体で接してもらいたいものだ。
「…………」
と、気が付くと氷華姉が横に移動してきていた。
銀髪のクールビューティなもう一人の姉だが、何を話すでもなくただじぃっと此方を見つめているだけだ。
何か質問でもあるのだろうか、と視線を合わせて見つめ合う。
睨み合いなら負ける気はせん。目を外したら四方八方から斬撃を飛ばしてくる爺もいるのだよ。
「大丈夫みたいね」
「……もしかして、心配してくれてた?」
「大切な弟だもの。怖がらせたくないから」
視線を合わせてはいたものの、一瞬想像内で爺と斬り合っていた俺は慌てて思考を現実に引っ張り戻す。決着はまた今度だ。
表情は変わらないが、おっかなびっくりと顔に向けて手を伸ばしてくる氷華姉。その手を掴んで、自分から頬に当ててやると、仄かにその頬が赤くなった、気がした。
「皆なら、大丈夫。……知らない人は、まだちょっと怖いけど」
これは本当。家族に対しては、今やっているように手が触れるくらいならば何の問題もない。自分からやるなら、たとえ抱き締めたところで恐怖症は出てこないだろう。
ところが、俺の思っている以上に根深いものもあるようで。帰りの母さんの車の中、街中で歩いている沢山の他の女性を目の当たりした時は正直おぞけが走った。
やはり根本的に身体は女性を敵とでも見なしているのか、意思とは反して手が木刀を放してくれなかったのだ。
「でも、大丈夫だから」
「そう」
ぱっと手を放し、そそくさと元の位置に戻っていく姉の姿を眺めつつ、残ったピザを口に入れてしまう。と、とろけたチーズが溢れてしまった。
胸元に微かな熱。あーあ、と声を漏らしながら服の中を覗き込むと、
「ぶふっ、夏波!?」
「ん?」
「あ、貴方……まさかノーブラ……」
「え、あぁ……そういえば」
ぱっと胸元を隠し、ばっちり見てしまったであろう母さんへと視線を向ける。別に胸を見られたのが恥ずかしい訳ではないのだが。
記憶が戻ってからは煩わしくて上の下着なんて着けていなかったのだが、どうやら今の行動でそれがばれてしまったらしい。
この世界では男性の上半身も普通に性的な意味を持つ。その為にスポーティーな感じのブラを着けるのが一般的なのだが、前世の一般感性としては抵抗があるのも確かなのだ。
しかしだからといってこれはいけない。今は別にいいとして、外出する時には何かしら着けないと痴女扱いである。男だけど。
「いや、施設だと気にすることなかったから……」
「そ、そうだったの……」
ちょっと嘘。俺が目覚める前までは、必要以上にガードが固かったのが本当である。
さすがに誘拐されて精神を患った人間がこれでは学習能力が無さすぎるので、俺ももう少し気を付けることにしよう。今の状態で襲われでもしたら、まだ無傷で撃退できる自信はない。
ふと前を向けば、姉と妹の三人は上を向くか机に突っ伏して鼻を押さえていた。
「……どうかした?」
「思春期真っ盛りの女三人には刺激が強かったか……」
そんな母さんの言葉に、そんなものかと服から手を離す。
知識としては知っているものの、俺からしてみれば羞恥心を感じるポイントがずれているんだよな。
上半身裸なんて恥ずかしくもないし、胡座のような股を開くような座り方なんて当たり前である。
だが、この世界の常識では前者を他所でやろうものならあっという間に警察が飛んでくるし、後者ははしたないと同性からたしなめられる。俺からすれば女々しくて正直気持ち悪い、というのが本音なのだが、あちらからすればはしたなくて下品、というのが常識らしい。
今の俺の行動も、服の覗きこみ、しかもノーブラコンボは姉妹三人には致命的なダメージを与えたようだ。
「……明日、服でも買いに行きましょうね」
「わかった」
こんなこと毎日やってたら三人の精神に悪影響だろうしな。
それにしても、前世の男よりもこっちの女の方がそういうのに弱いんだろうか。流石に服を覗き込んだくらいでそんなにダメージは受けない……いやノーブラは破壊力高いか……高いな。
でもブラは抵抗あるからさらしにしよう。それなら巻き慣れてるし抵抗もないし。
そんなことを考えながら、母さんに酌をする。
「やだもう……死んじゃいそう」
死なないで下さい。
とんでもない伸びを見せてて正直びびってます。
やっぱりあべこべっていっぱい仲間いるんだね(ニッコリ