島村さんならどんな捻くれ者も浄化できる。   作:バナハロ

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島村さんと夏休みに入れば、疲れも暑さも吹っ飛ぶ。
分からないことがあれば、まずはググれ。


 夏休みに入った。外はミンミンゼミ合唱団が声を合わせることもせずに汚い歌声を放ち、驚く程喧しく喧しい。俺、虫嫌いなんだよね。

 だが、そんなものはバイト中の身なら関係ない。クーラーの効いた一軒の店の中で、客が来るまでただただ待機。客といえば、部活の前に飲み物を買う学生か、部活が終わって買い食いする学生、部活や仕事の最中に飯を買いに来る学生か社会人しかいない。つまり、割と忙しい。

 まぁ良いさ。涼しいし、おでん70円セールや揚げ物10%オフセールよりはマシだ。何より、暇過ぎても仕事してないみたいで何となく嫌だ。

 まぁ、そう思えるのはここ最近、バイトしてなかったからだろうし、慣れちゃうとまたかったるくなるんだろうなぁ。これも生活費のためだ。

 さて、品出しするか。おにぎりの陳列を始めた。しばらくおにぎりを並べてると、肩をツンツンと叩かれた。なんだ?フライヤーフードの調整か?と思って振り向くと、むにっと頬に何か刺さった。

 

「ふふっ、引っかかった〜」

 

 島村さんが楽しそうな顔で立っていた。後ろには三村さんの姿もある。そういう事をするのは、ついうっかり恋人かと思っちゃうからやめて欲しい。

 

「どうも。三村さんも久し振り」

「うん」

 

 なんか前に勉強会してから、三村さんがすごい警戒というか……むしろ軽蔑の目線を送ってくるんだよな………。まぁ、付き合ってもないのに2人で部屋に入ってる時点で怪しまれてもおかしくないってのは分かるが。

 まぁ、島村さんがカマってくれるならどうでも良い。なんていうか、最近は俺の方から島村さんに連絡する事が多くなった。俺と島村さんの関係を友達といっていいのかわからないが、仮に友達だとしたら、友達とはこれほど良いものなのかと、今更実感している。

 いや多分、初めての友達が島村さんだからこんな気分になってるのだろう。あの善意の塊のような女の子が友達になってくれたから、こんな風に心変わりしたんだろうな。

 

「今日は忙しそうだね」

「そうでもないよ。今はもう昼過ぎたから、遅めの昼食取りに来る人しかいない。………あ、もしかして遅めの昼食を買いに?」

「はい。レッスンが少し長引いちゃって」

「あの、コンビニ店員の俺が言うのもあれだけど、毎日コンビニ弁当食ってたら体壊すよ」

「ま、毎日は食べてないよ!昨日とかは李衣菜ちゃんが作ってくれたお弁当食べたんだ」

「李衣菜って……ああ、多田李衣菜?」

「うん」

 

 うおお、なんかそういうアイドルの口から友達感覚でポロっとアイドルの名前が出るのって良いな。スパロボやってる気分だ。シンの口からカミーユの名前が出てる感覚。

 

「それで、今日はお昼遅くなっちゃったし、ちょうど良いから皐月くんに会いに行こうかなって思ったんだ」

「っ………」

 

 だからそういうことを平気で………。すこし顔を赤くしてると、隣の三村さんが島村さんの肩を叩いた。

 

「う、卯月ちゃん。ダメだよ。そういう事を男の子に言ったら」

「なんでですか?」

「か、勘違いされちゃうよ……」

「勘違い?何を?」

「そ、その………皐月くんに会いたくて来た、みたいな……」

「? だってそうだよ?」

「……………」

 

 話が通じねー。この人に男女間の距離感は無いのか。困った顔を浮かべる三村さんが、俺の肩を叩いて言った。

 

「………ごめんね、卯月ちゃんが悪いね」

「いや、良いよ別に」

「えっ、私何か悪いことしたの⁉︎」

「「したよ」」

「息ぴったり⁉︎」

 

 そりゃもう………俺じゃなかったら勘違いどころの騒ぎではない。速攻告白して振られて逆恨みしてるまである。

 

「あの、皐月くん。私、何か悪い事したなら謝りたいんだけど……」

「いや、別にそういうわけじゃないから、そんな不安にならなくて良いよ」

 

 そんな話をしてると、レジに人が並んだのが見えたので、品出しを中断した。

 

「ごめん、お客様」

「あ、うん。頑張ってね」

「うう、私知らない間に皐月くんに何か言っちゃってたのかな……」

 

 そんな呟きを背に、お客様の接客に戻った。まぁ、別に島村さんの言動が嫌ってわけではない。ちょっと嬉しいし。

 ただ、他の男性に同じことを言ってると思うと、何となくキツいものがある。それと共に、その男達に同情もチョロっと。

 接客を終えて、再び品出しに戻ろうとすると、島村さんと三村さんがおにぎりとかお弁当、お茶を持ってレジに並んできた。先に並んだのは三村さんだった。

 

「もう行くの?」

「うん」

「………あの、この量一人で食べるの?」

 

 三村さんがレジの前に置いたのは、菓子パンにおにぎり、エクレア、シュークリーム、プリン、抹茶ラテとおにぎりを除いて全部甘ったるいものばかり。

 俺の質問を聞いて、三村さんはキョトンと首を捻った。

 

「そうだけど?」

「く、食い切れるのかこんなに?」

「美味しいから大丈夫だよ」

 

 食べる前から美味しいこと確定してんのか………。まぁ、お客さんの欲しいものを買わせない理由なんてないので、黙って会計を済ませた。

 続いて、島村さんの番だ。こちらは普通より少なめでおにぎりを二個にお茶、あとプリンを一つだけだった。女の子はやっぱ甘いもん好きなのかな。

 

「あ、それと唐揚げ棒一つお願いします」

「あ、はい」

 

 なるほど、まぁこれならそれなりの量になるのかも。いや、男の俺から見たら足りないが。

 島村さんとも会計を終えて、「またね」と微笑みながら言った去り際、島村さんが何かを思い出したように言った。

 

「あ、そうだ。皐月くん」

「? なんですか?」

「来週の日曜日は暇ですか?」

「日曜日?暇だけど」

「良かった。実は、この前バラエティ番組で共演した方に、水族館のチケットをいただいたんです。カップル優待券といって安くなるんだ」

「えっ……それ、俺と一緒に行っちゃって良いの?」

「大丈夫だよ。カップルじゃなくても、男女一緒に行けばカップルに見えるから」

「や、そういうことじゃなく………」

 

 その子、島村さんからデートに誘って欲しかったんじゃ………。いや、そいつもそいつで渡すなら誘えよって感じだが。島村さん鈍感だからそういうの気付かんぞ。

 しかし、どうしたものか。それで俺が行くのは少し申し訳ないんだけど。

 なんとか島村さんに気付かせようと言葉を探してると、急に島村さんは不安そうな表情になって、上目遣いで聞いて来た。

 

「ダメなら、無理しなくても良いよ………?」

「……………」

 

 そんな風に言われたら断れないじゃん………。

 

「良いよ。行こうか」

「!じゃあ、来週の日曜日に待ち合わせね!詳細は後ほどL○NEで連絡するから」

「う、うん………」

「じゃあ、今度こそまたね!」

 

 笑顔で手を振りながら店を出る島村さんを見ながら、俺はチケットを渡した顔も知らない男の子に同情しながら、胃を痛めていた。

 

 ×××

 

 バイトが終わり、コンビニを出た。今日は廃棄弁当は無し。なので、晩飯は自炊しなければならない。

 ま、それくらい別に構わないし。夏休みは暇だし、料理とか頑張って勉強出来る。いや、勉強したいわけじゃないけど、色々と色んなものにチャレンジ出来る。無事に島村さんと三村さんのお陰で英語も赤点回避出来たしな。

 それよりも問題がある。それは、来週の水族館だ。どうしよう本当に。どこの水族館に行くのか知らないが、行くと決まった以上、顔も知らない少年に気を使っても仕方ない。

 ただ、それ以上に着て行く服とか、当日何をしたら良いのか分からない。そういうのを教わるのには、やはり男子の友達が良いのだが、そんなもの俺にはいない。

 俺のスマホに入ってる連絡先は家族以外に島村卯月、三村かな子、神谷奈緒、店長の四つのみ。75%アイドルとかある意味リア充。

 まず、店長は論外。あと島村さんも無理。本人に相談することじゃないでしょ。となると、神谷さんか三村さんになるが………。

 でも、どっちも別に仲良いわけじゃないし、誘いにくいな………。

 

「……………」

 

 どうしよう。俺のセンスでも良いかな。スマホで調べりゃ服装くらい出てくるから何とかなるにしても、何を話せば良いのやら………。なるべく島村さんを退屈させないようにしないと………。

 悩んでると、ヴーッヴーッとスマホが震えた。島村さんからの電話だ。

 

「もしもし?」

『えっとー……古川皐月くんのお電話ですか?』

 

 ………誰だ?島村さんの声じゃないな。

 

「えっと、どちら様?」

『五十嵐響子って言います』

「………えっ、アイドルの?」

『はい』

 

 えっ、最近のアイドルってこんな簡単に知り合えるの?擬似太陽炉並みにやっすいんだけど。

 

「えっと、何か?それ島村さんのスマホですよね?」

『はい。卯月ちゃんの目を盗………卯月ちゃんの許可をもらって少しお話ししたいと思って』

「今、盗んだって言いかけなかった?」

『言ってませんよ?』

「いや、『目をぬす』から始まる熟語って『目を盗んだ』以外に思いつかないんだけど」

『言ってません』

 

 うん、これ以上は無駄だわ。この人、全力で惚けに来てる。

 

「まぁ良いけど。それで、俺に何かご用ですか?」

『実は、卯月ちゃんからあなたの話をよく聞くんですよ。それで、来週は卯月ちゃんと出掛けるそうじゃないですか?』

「はい。………何処かの男性芸能人にとても申し訳ない水族館のチケットで」

『申し訳ない?』

「何でもないです」

 

 その辺の事は話してないのか。話せない事情でもあるのか?どうでも良いけど。

 

『それでさ、卯月ちゃん不審者に「お菓子あげるからついておいで?」って言われたら多分ついて行っちゃうほど純粋だから、よろしくお願いしますと言おうと思っただけです』

「あ、そうですか」

『はい』

 

 ………えっ、それだけ?切って良いのかなこれ。どうしたら良いのか固まってると、ようやく本題、といった感じの声が聞こえて来た。

 

『それで、卯月ちゃんの事はどう思ってるんですか?』

「…………はい?」

『好きか嫌いかですよ』

「…………」

 

 何をいきなり言い出すんだ?

 

「えっと……それはどういう意味で?てか、いきなりなんですか?」

『ほら、やっぱり友達と仲良い男の子って気になるじゃないですか』

 

 ………だからって本人に電話してくるか普通。いや、まぁ別に気にしないけど。

 

「まぁ……好きか嫌いか、で言ったら……その、す、好き……ですけど………」

 

 なんか、別に恋愛的な意味で言ったんじゃなくても、女の子を「好き」って言うのは恥ずかしいな………。俺は純情な少年かっつの。

 

『愛してる方の?』

「っ!」

 

 だからなんでいきなり確信的な質問してくんだこの人は⁉︎

 流石に文句を言おうとした時、別の声が聞こえて来た。

 

『き、響子ちゃん!何してるんですか⁉︎』

『あっ、ヤバっ』

 

 そこで通話は切れた。なんだったんだ一体。

 ………しかし、俺は島村さんのことが好きなのか?いや、まぁ好きか嫌いかで言えば好きだけど。

 確かに、思い返してみれば島村さんは可愛らしい人だ。いつも笑顔だし、人当たりも良くて、性格も裏表が無い、まるでアニメのキャラのような子だ。一緒にいてドキドキする事もたまにあるくらいだし。

 だけど、仮に好きだとして、島村さんは俺の事を好きになる事はあるのか?いや、無いな。向こうはアイドルだし。

 なら、俺は島村さんを好きになるべきではない。その辺はしっかり判別しないと、島村さんに迷惑を掛けることになる。

 そう判断し、再び家に帰り始めた。…………あ、結局水族館でどうしようか決めてないや。

 

 


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