日曜日、見事なまでに晴れたその日は、俺と島村さんが恋人割引チケットを使って水族館に行く日だ。
島村さんと二人でお出かけ、というのが異様に楽しみで1時間も早く来てしまった。初デートの彼氏かっての。そういえば、あの電車の中で見たカップルはどうなったのか。まぁどうでも良いが。
「あ、皐月くん!」
声が聞こえて振り返ると、島村さんが小さく手を振っていた。
「あれ、島村さん?早くね?」
「え、えへへ、楽しみでつい………。皐月くんこそ早いよね?」
「っ、ま、まぁ、俺も同じです」
「えへへ、案外私と皐月くんって似てるのかもしれませんね!」
「いや、それはない」
「即答で断言⁉︎」
当たり前だろ。あんたほど汚れのない高校生、そうはいないぞオイ。
「じゃ、行きますか」
「はい。楽しみだね」
駅の中に入って改札口に入った。電車に乗り込み、席が空いてたので2人で座った。
………あれ、なんか島村さんには珍しく声をかけて来ないな。普段なら仕事の話とか振ってくるのに。と思って、ふと島村さんを見ると、少し眠そうにこっくりこっくりと船を漕いでいた。
「島村さん?」
「……はっ、す、すみません」
「いや、良いけど。眠いの?」
「ご、ごめんね。昨日のお仕事は割と夜までやってたから………」
「いや、眠いなら寝てて良いよ。これから水族館に行くんだし、むしろ今のうちに寝てた方が良いんじゃね?」
「……うん。じゃあ、肩借りるね………」
「へっ?か、肩………?」
直後、島村さんは俺の肩に頭を置いた。えっ、何してんのこの人?ちょっ、恋人かよ⁉︎
「し、島村さん………?」
「…………すぴー」
もう寝てるし⁉︎なんなんだよ、この人。危機感とか無しか⁉︎いや、電車の中なんだから危機感も何もないかもしれないけど。
あ、ヤバい。緊張してきた。クッソ………。これだから無自覚系女子は………!
結局、水族館の駅に着くまで島村さんは眠り、俺は緊張しっぱなしだった。
×××
水族館に到着し、2人分のチケットを購入した。恋人割引により安く入れたのはラッキーだろう。
中に入ると、まず目の前に出てきたのはデッカい水槽だった。
「うわぁー!すごい大きいね!」
目を輝かせて島村さんは水槽の前まで走った。俺も何かコメントしたかったが、さっきまでのショックが未だに大きくて反応出来ない。何で異性の肩で寝息を立てててあんな普通にしてられんだよ……。
「おーい、皐月くーん!早くー!」
お呼びですかそうですか。こっちの気も知らないで………。
仕方なく、歩いて島村さんの方に向かった。
「見てください!マンタ、マンタです!」
「そうですね。マンタです」
「すごいなぁ……。んっ?何か、マンタの下にくっ付いてませんか?」
島村さんが一匹のマンタを指差して見上げていた。
ああ、アレね。
「あれは多分、コバンザメだよ」
「あれ、サメさんなんですか?」
鮫にさん付けしちゃうんだ。かわいい。
「まぁ、一応。サメって付いてますけど、これ硬骨魚類だから普通のサメとは違うらしいんだよね。俺もそんな詳しいわけじゃないんで、よくわからないけど」
「へぇ〜、よく知ってるね」
「いや割と有名だと思うけど………」
俺は小学生の時はよく図鑑読んでる子だったからなぁ。夏休みに本をなるべく多く読もうみたいな奴で5冊借りさせられてたけど、全部動物とか植物の図鑑だったし。
「じゃあ、あの魚は何?」
「いや分からんけど」
「あ、本当に詳しいわけじゃないんだ………」
そりゃな。それに、俺が好きなのはこういう大型の水槽じゃない。壁と一体化してる小さな水槽だ。その中のマニアックな生き物の方が可愛いしロマンがある気がする。
しかし、こうしてみると魚って本当スゲェよな。何せ「魚」というカテゴリーだけでこれだけバリエーションがあるんだから。動物なんて「犬」ってカテゴリーでも数百種類程度しかないだろ。
そんな事をぼんやり考えながら見てると、島村さんがくいっと袖を引いてきた。
「皐月くん、写真撮りませんか?マンタが来たら」
「へ?ああ、良いよ。スマホ貸して。撮るから」
「えっ……?あ、ち、違うよ!私と一緒に映るんだよ!」
「は?」
「いいから来て!」
言われて腕を引っ張られ、島村さんの隣に立たされた。強制的に腕を組まされ、俺の右肘が島村さんの胸にあたる。
「っ⁉︎」
リアクションしたいが、島村さんが平気な顔で自撮りの準備をしてるため、グッと我慢した。
「よしっ」
準備出来たのか、スマホを構えてマンタが来るのを待つ島村さん。流石、JKなだけあって、スマホという狭い画面の中に、俺と島村さんの顔がしっかり納めてある上に、マンタの入るスペースまで確保してある。
すると、これまた良いタイミングでマンタがそのスペースに入ってきた。
「撮るよ」
「は、はいっ」
何故かとても良い返事をすると共に、カシャっとシャッター音が鳴った。
「よし、撮れた」
「お、おう」
撮れたと分かったら、すぐに俺から離れる島村さん。若干、ホッとしてると、島村さんはすぐに近付いてスマホの画面を見せてきた。
「見て、コバンザメも入ってるよ!」
「あ、ほ、ホントだ」
すごい激写だとは思うが、それ以上に島村さんのパーソナルエリアが分からなくて心臓に悪いです。ホント、グイグイ来るなこの人。
「よし、じゃあ次に行こうか」
そう言って、歩き始める島村さんの後を歩き始めた。深海魚やらタコやらイカやらのコーナー。相変わらず、深海魚って面白い体してんなー。ていうか、深海に住んでる魚を生かす事が出来る環境を水族館に作れる人間の技術もすごいわ。
「皐月くん、皐月くん!大きなタコさん!」
だから、さん付けはやめて。吐く程可愛い。
「おお、そうだな。てか本当にデカいな」
「はい。私、実は一回で良いから生きてるタコさんの足に絡まれてみたいんだ」
「えっ、な、なんで?」
「吸盤にくっ付かれるの気持ち良さそうじゃない?」
「うーん……。分からないなー」
「みんな分かってくれないんだよね……。なんでかなぁ?」
この人、生ハムメロンといい、たまによくわからん感性を発揮するよな………。
外見がグロい生命体コーナーの次に続いてやってきたのはふれあいコーナー。ヒトデとかカニとか、そういうのに触れ合えるコーナーだ。
「わぁ、カニさん!可愛い」
「あの、ハサミに挟まれないようにね」
「分かってるよ」
そう言いながら、カニの背中をツンツンと突いては、嬉しそうに「えへへ」とはにかむ島村さん。
「島村さんって、アレな。意外と生き物とか触れるんだな」
「意外、かな?」
「普通、女子って生き物とか哺乳類以外は気持ち悪がって触らないじゃん」
「あー、確かにそういう子は多いよね。美穂ちゃんとか虫とかダメみたいで………。ゴキブリが出たら毎回、響子ちゃんの後ろに隠れてるよ」
確かに、何となく小日向美穂さんって虫ダメそうだよな。逆に五十嵐さんとかは何となく慣れてそう。主に駆除する方で。
「わ、私もゴキブリさんはダメなんですけどね………」
この子はゴキブリにまでさん付けするのか。割と博愛主義者なのか?それとも生きとし生けるもの全てを尊敬してるの?
すると、チョコチョコと島村さんの方にカニが歩いてきた。
「わっ、見て皐月くん!この子、自分から寄ってきた!」
「すごいな。島村さんって水陸両用生物にも好かれるんですね」
「すいりく………?」
俺は動物には嫌われやすいからなぁ………。試しにカニに触れようとしたら、ハサミを持ち上げて威嚇された。すみませんでした。
「皐月くん、写真撮って!」
嬉しそうな声でカニを持ち上げた島村さんはカニに近づけた。カニは威嚇をすることなく、大人しくしている。ハサミを持ち上げてはいるが、むしろピースしてるように見えてとても腹立たしい。
スマホをポケットから出して、一人と一匹を画面に納めた。
「撮るよ」
「はい♪」
ピロンと音が鳴り、写真を撮った。俺が撮った写真を確認すると、満足したのか、島村さんは「またね」とご丁寧に手を振って挨拶してカニを水槽に戻した。
「それ、後で送ってもらっても良い?」
「了解」
………にしても、流れとはいえ良い写真が撮れたな。てか、アイドルの生写真撮っちゃったな。これどうしよう。とりあえず永久保存しよう。
「じゃ、次行こう」
「え、もう良いの?」
「うん。これ以上いると、名残惜しくなっちゃうから」
何その可愛い理由。なんかこっちまでほっこりしてくるわ。
ほっこりしたままふれあいコーナーを出た後、次はイルカショーへと足を踏み入れた。
×××
あの後、イルカショー、ペンギンコーナーと回り、大体の場所を回った次の場所はカフェだった。どうやら、昼飯を食べる場所も用意されてるようだった。
気が付けば時刻は14時を回っているし、昼飯にしては遅いくらいだ。
「島村さん、食べて行く?」
「そうだね。少しお腹空いちゃったし」
こういうとこの飯って高いんだろうなー。まぁ、空腹には勝てないが。
二人で席に座ってメニューを見ると、案の定高かった。
「………高くね?カレーで750円ってバブルかよ」
思わず店内でそんなセリフが漏れた。その直後、島村さんからわざとらしく「ふっふっふっ」と笑い声が漏れた。
「? 何?」
「実はね、カップル優待券の半券を見せれば、お昼ご飯20%引きしてくれるんです!」
「うおっ、マジか」
じゃあこのパスタ600円か。いやそれでもサイゼとかより高いけど。
「へぇー、ラッキーじゃん」
「だから、少しは高くても大丈夫ですよ!」
まぁ、たかが20%引きなんだけどな。あまり贅沢を言うつもりはないが、割引って高けりゃ高いほど値引額が上がるから、微妙な値段で引かれてもなって感じ。や、まぁ安くなるだけマシなんだけどさ。
とりあえず、軽くで良いかな。俺はたらこスパで良いや。
「決まった?」
「俺は決まった。良いの?」
「うん」
店員さんに手を上げて「すみませーん」と声を掛けた。
「ご注文お決まりですか?」
「あ、島村さん先良いよ」
「じゃあ、私はこのパンケーキでお願いします」
「俺、たらこスパで」
「あ、あとこれでお願いします」
島村さんがカップル優待券の半券を見せた。店員さんは笑顔で「かしこまりました」と返事をすると、店の奥に戻った。
「パンケーキだけで足りんの?」
「私、あまりたくさん食べるタイプじゃないから」
「ふーん……。そういえば、三村さんはたくさん食べるよね。この前コンビニで大量に買って行ったじゃん」
「あー確かに。かな子ちゃん、甘い物とかお菓子ならたくさん食べるんだよ。他の子に『太るよ?』って言われても『美味しいから大丈夫だよ』って言ってて………」
出たよその謎理論………。まぁ、その辺はちゃんと自己管理してるんだろう。仮にもアイドルだし。
「それで、この前トレーナーさんにとてもしごかれてた」
あ、自己管理出来てないんだ。トレーナーさんって多分、レッスンとかしてくれる人か?アイドルってのも大変だなー。
なんて事を考えてると、店員さんがやって来て机の上に飲み物を置いた。あれ、これ頼んでないんだけど………。
「こちら、ただいま優待券のお客様にサービスさせていただいてるジュースでございます」
それだけ言うと、店員さんは立ち去った。え、このジュースストローが二つ入ってんだけど………。
「えっ、これ………」
「か、カップルジュース?」
流石の島村さんも、困惑したような声を上げた。え、何これ聞いてないんだけど。ていうか気まずいんだけど………。
「し、島村さん……。これは………?」
「い、いえ、私も……あ、ここに書いてあった」
普通に書いてあるんだ。そこは見逃すなよ。
いや、そんな事は今はどうでも良い。
「これ、どうする?」
「飲もうよ!せっかくだもん」
あ、そこも躊躇ないんだ。少しは意識して欲しいものだ。
「え、いやでもほら……良いの?」
「せっかくだし、これ量多いからどの道1人じゃ飲めないよ」
そう言って、島村さんはジュースに口をつけた。仕方ないので、俺ももう片方のストローからジュースを飲む。
…………あれだな。顔近いな。ちょっと恥ずかしくて島村さんから目を離した。なんだろう、そもそもカップルジュースってまだ生きてたのか。ていうか、これ別に2人で飲むんならわざわざ一緒に飲む必要なかったんじゃね?
まぁ、どうせ島村さんは大して意識してないんだろうし、そんな事提案しても「何でですか?」と答えられるのがオチなんだろうけどな。
そう思ってふと島村さんを見ると、顔を真っ赤にして目をグルグルと回していた。
「し、島村さん⁉︎」
「っ⁉︎な、なんでしゅか⁉︎」
突然、意識が復帰したのか慌てて顔を離した。
「あっ、あははっ……!ち、ちょっと、顔が近くて……ひゃっ、恥ずかしい、ですね………!」
顔を真っ赤にしたまま、椅子の上で縮こまって俯く島村さん。さ、流石にカップルジュースは効いたか………。でも、俺もそこまで照れられると恥ずかしくなってくるんだけど………。
あれ、何この罪悪感。俺何も悪いことしてないのに。あとこの謎の気まずさ。
俺もジュースから口を離して目を逸らした。どうしよう、このままだと午後はかなり気まずくなるんじゃ………。何とか気分を盛り上げないと。
「あっ、そ、そうだ。島村さん、SEED全部観た?」
「っ!は、はい!SEEDは全部見ました!」
島村さんも意図を理解してくれたのか、話を合わせてくれた。
「お、面白かったですか?」
「は、はい!ニコルさんやトールさんが亡くなった時は少し悲しかったですけど………。でも、戦争の悲しさとかよく伝わって来ましたね」
「だ、だよね。最後のクルーゼの演説とかな!」
「あ、でもサイさんがフレイさんをキラさんに取られた時は少し可哀想………」
そこで、島村さんの口は止まり、顔を赤くして俯いた。ああ、そういやキラとフレイのベッドシーンがあったっけか………。
結局、その日は二人してカップルジュースを飲んだ事による羞恥心でまともに会話できなくなった。